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厄介者には蹴り技を



   ***



 日は変わり翌日、ノワール自室にて。


 なぜか昨日の記憶が途中で飛んでしまっている。が、それはリリィベルに会うときはいつものことなのですっかり慣れたノワールはそのことは気にも留めず、とりあえず朝から押しかけてきた目の前のニコニコと笑みを浮かべる男を睨みつける。


 ソファでそれぞれ対面に陣取り、ノワールはその紅髪の男を、ヴェルメイユをきつく見据えて。重々しく口を開き、


「ともかく尋問の様子を見学したいと、そういうことなのだな?」


 そう、渋い顔で伺ってみれば。ヴェルメイユはにこっと口元に弧を描き、うんうんと八重歯を覗かせた子供っぽい笑顔を輝かせて何度も頷いてみせる。


「そういうことだ! あいにくブランシュ中尉は昨日の戦いのダメージが抜けないらしく今日は来れないそうだが、せめて俺だけでも見学させて欲しい!」


「そう、か。しかし促した私が言うのもなんだが……哀れな女だ、地獄のメリーゴウランドはさぞきつかっただろうに」


「すまん、つい軽くて調子に乗ってしまった! だが軽い女性は回しやすくて楽しいものだな!」


「……ヴェルメイユ、間違ってもそのセリフは他には吐くなよ? いらぬ誤解を生むからな」


「なぜだ!?」


 頭の悪い犬のように、ヴェルメイユは大きく「?」を浮かべてみせて……ああ、なんだこれ。そうか、あれか。番犬にもならない馬鹿な犬を飼う飼い主の気持ちが、少しだけノワールはわかった気がして。と、それはともかくだ。


「分からないなら、気にするな……はあ、しかしわかった。とりあえず、見学ということなら撥ね退ける意味もすでにないしな」


 会わせるつもりはなかったが、すでにばっちり会ってしまっているのだし。もはや隠し立てする意味もない。ならばぎゃんぎゃんとうるさく吼えられるよりは、見学くらい許してやるのが建設的だ。そう、ノワールは判断して。


「では、いいのか!?」


「構わんよ。ただし、見学のみだ。半径二メートル以内に近づくことや、彼女との会話や接触は禁止する……捕虜とはいえ、軍人ふたりがかりで問い詰められては言えるものも言えなくなるからな。いらぬプレッシャーは与えたくない」


 注意事項を丁寧に説明してやって、わかったか? とノワールは釘を刺すように再度訊けば、ヴェルメイユは、いや紅毛の犬は、


「……? ああ、わかった!」


「待て、なんだいまの間は!? 貴様、本当に理解したのか!?」


 問題ない! と絶対わかってない顔。だが返事だけはしっかりと返してきて……すごく、すごく不安だ。ノワールは躊躇する、が。この男も一応は自分と同じ帝国軍の大佐という地位を賜った男だ。馬鹿そうに見えても、その実そこまで馬鹿ではないだろう、と。


 そうも思い、悩むこと数分。ノワールは仕方なし、信用してヴェルメイユを連れて尋問室に向かうことにした……のだが。


「あ、大佐さん……と、昨日の軍人さん――」


 扉を開けて可憐な天使が、違うリリィベルが振り向いたと同時に、


「やあ、昨日ぶりだねリリィちゃん! 俺のことはヴェルメイユでいいってば!」


「――わぷっ」


 抱きっ! と。もうさっき言ったことをすべて忘れてしまったらしい大柄な紅毛の犬は、じゃれつくようにその小柄な身体を包み込むように抱き締めて――


「ふんっ!」


「ぐあっ!」


 ――蹴ってやった。長い脚に遠心力をありったけ込めたハイキックだ、しかも本気の。脇腹の辺りに深く突き刺さるようなノワールのその蹴りに、鈍い悲鳴を上げてヴェルメイユはぱっと手を離して。


「な、なにをするんだノワール! 親友を蹴るなんて!」


「黙れ、ちょっとこっち来い駄犬」


 がなるように半泣きでこちらを振り向くが、青筋立てた鬼の形相でノワールはすぐさま襟首掴んでずるずると引きずってリリィベルから引き剥がして。尋問室の隅に追いやって。


「な、なんだというんだノワール」


「貴様はさっき私がした説明を聞いていなかったのか?」


「説明……?」


 そこで、疑問符を浮かべるかこの駄犬は。どうやらなぜこうして問い詰められ、怒られているのかをまったく理解していないヴェルメイユは、えーと? と悩む素振りをしてみせて。だめだこの犬、本気で忘れているようなので。


「彼女に、近づくな、話しかけるな、触れるな。復唱しろ」


「彼女に近づくな話しかけるな触れるな! もう大丈夫だ!」


 再度言い聞かせ、ようやっと理解した様子。やれやれとノワールが振り向く。が、


「ノワール、彼女に尋問をするのだろう? だが聞けばいつもその前にお茶を楽しむそうだし、今日は三人で話そうじゃない――」


 ててててっ、と小走り。ノワールの横を抜けてリリィベルが待つテーブルの方へと呑気な声を上げて駆け寄ろうとしていくので、


「躾っ!」


「かはあっ!」


 帝国式ドロップキック、つまりはただのドロップキックを背中めがけて打ち込んでやって。そのまま大柄な体が滑るようにカーペットの上を飛んでいって――よしっ、と。ノワールは何事もなかったかのようにテーブルへと向かい、いつもの自分の席に腰を落として。


「さて、尋問を始めようか」


 あの犬のことは気にせず、さっさと楽しいトークタイム……間違った、尋問を始めようとするのだが。


「……」


「ど、どうした?」


 なぜか、リリィベルは無言でじぃ……っとノワールを見つめて、一言。


「大佐さんは、ぎゅっとしてくれないのですか?」


「あれがすべての帝国軍人共通の挨拶だとは思わないでくれ!」


 こうして誰がいても変わらない。本日も安定の、妄想捗る発言から尋問が始まってゆくのだった。



 ――良くも悪くも変わらない、過激な日々が当たり前になっても気付けない。

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