気苦労は買ってでもしない
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とりあえず、基地に到着後はヴェルメイユには来客室で待機してもらうことにした。
「……まったく、帰れといっているのに」
「どうしたんだノワール、俺はただ君の力になろうと! それに君も知っているはずだ、たったひとりの少女からなんの情報も手に入れられない無能だと皆が陰口を叩いていることを! 俺は、親友がそんないわれをされていて黙ってはいられない!」
「そんな気遣いは必要ない。私はひとりで十分だ」
「しかしっ!」
というのも本当ならば途中で帰って頂きたかったのだが、頑として譲らないヴェルメイユはこうしてここまで着いてきてしまったのだ。厄介な。
ちなみにその背には、ぐったりとしたブランシュが背負われている。ついでにヴェルメイユは熱く語るとき大きく身体も動く習性があるので、この話にはぜんぜん関係ないがその背のブランシュはきっといま。
「……うっぷ、吐きそう」
グラインドされまくり、さながらコースターにでも乗っているような感覚だろう。哀れ、あと幾ばくもなく諸々噴出しかけてしまいかねない。だが見目は妖精のように美しい白髪紅眼の少女だけに、それは見るに耐えない。ので、ノワールは「まあ、落ち着け」と手のひらをかざし。
「とりあえず、その背中のモノを揺らさないでやって欲しい。たぶんもう、限界のようだ」
「……おっと、すまないブランシュ中尉。すっかり忘れていた……大丈夫か?」
「……だいじょばない、死ぬぅ」
「だ、そうだ! ノワール、俺はどうしたらいい!?」
「そうだな、とりあえずそのまま背負って医務室に運んでやってくれないか? 話はゴミ――ブランシュが元に戻ったらにしよう」
「……ゴミ、って言いかけたわね。元気になったら、全身の匂いを嗅いでや――」
「はやく連れて行け! 急患だぞヴェルメイユ! ダッシュだ、全速力だ! おまえの本気を見せてやれ!」
「わ、わかった! よし、いくぞブランシュ中尉!」
「ぐええええぇぇ……」
よっと、と再びきっちり背負いなおされて。ブランシュはさながらロデオでもするみたいな動きでヴェルメイユに運ばれていって。……ふう、ちょろいやつらめ。そのまま地の果てにでも行ってろ紅白バカ共。と、ノワールは合掌。そのまま踵を返して、
「さて、邪魔者がいなくなっている間に彼女を他の場所へと匿わねばな。間違っても、あの筋肉馬鹿の目には触れさせるものか」
早足でツカツカと靴を鳴らしながら尋問室へと向かう。とりあえず自室にでも引き込んで身を潜ませて、ほとぼりが冷めたらまた戻ってもらうとしよう……と考えていて。
――なぜか、ノワールは彼女を、リリィベルを他の男に会わせたくないから。それだけは絶対に嫌だったから。
だがそれがどうしてかは、実のところよくわからない。けれど、会わせてはいけない、それだけはならない。と、ノワールの本能が囁くのだ。と、ともかくそういった危機感めいたなにかに突き動かされて、ノワールは急くように尋問室へとたどり着く。
そして、扉を開け放った瞬間――
「あ、大佐さん。お友達が、いらっしゃってますよ」
「遅かったなノワール。先に彼女と紅茶を頂いているぞ!」
「……気持ち悪い、ああああ、気持ち悪いよお」
――パリーンと割れた、なにが、眼鏡が。あまりのショックに。衝撃的な光景に。そのままノワールは膝から崩れ落ち、震える声で、問う。
「……なぜ、貴様らがここにいる?」
本当に、なんで、ここにいる……? 医務室はどうした……? と。ノワールがいつも座っている席で優雅に紅茶を嗜む紅髪の爽やか過ぎる笑顔の男と、地べたでもぞもぞ蠢く白髪の女に、言ってやる。どうしてやろうか、まとめて殺してやろうか、とすら考えて。
すると、トトト、と気の抜けそうな足音が殺意に燃えるノワールに近寄ってきて。顔を上げれば、
「あの……大佐さん」
「どうした?」
「……おかえりなさい」
「……!?」
逆に必殺の一撃、はにかんだ、まるで待ちわびていたかのような笑顔を貰ってしまって。ノワールは、
「……我が人生に、悔いはなし」
「ノワール!?」
最近多くなった黄泉への旅路へフライアウェイ、安らかな顔で召されていって。慌てて駆け寄ったヴェルメイユに、まるで抱きかかえられるように見取られながら。
「しっかりしろ、ノワール! どうしたというんだ、なにか食らったのか?」
「……ヴェルメイユ、ひとつ、言っておく」
「なんだ!?」
ふっ、と。まるで後悔もなにもない穏やかな顔を浮かべて。
「……パト、ヴェルメイユ……走ったから疲れたろう。 私も疲れたんだ。 なんだかとても眠いんだ……パ、ヴェルメイユ……」
「ノワール、そんな弱気なセリフなんて君らしくないぞ! そしてなぜ俺の名の前にパをつけるんだ? 教えてくれ、ノワールッ!」
……ガクッ、とノワールの手が床に落ちる。ヴェルメイユの叫びが、いつまでもいつまでも尋問室に木霊して。そんな野郎ふたりを、女性ふたりはテーブルで紅茶を飲みながら眺めて。
「……ねえ、あなたリリィって言いましたっけ? ノワールって、ここではいつもこうですの?」
「はい、大佐さんはいつも大体あんな感じですよ?」
「……知りたくなかったわ、あんなの」
「でも、カワイイんですよ大佐さんは」
「ん、知ってるわよそんなことは。気が合うわね」
ノワールの知らぬ間に、気付けば打ち解けていて。
――存外、心配することというのは心配に値しない事柄のほうが多かったりするのかもしれない。