数少なくとも、いるはいる
***
――帝国領内軍本部、作戦会議室。
現在帝国本部よりの召集により、前日死にかけたノワールはブランシュを伴ってそこで行われる会議に出席していた。
そして本日呼び出されたノワールたちを含む面子はみな巨大な円卓を囲み、揃った顔ぶれはいずれも各軍事基地の司令官級。それほどの面々で迎えた議題は、ひとつ。
「反乱軍の殲滅、とはな」
で、あって。しかしながら、数時間にも及んだその会議はといえば。
「……だがさして具体案が出るわけでも無し、か。揃いも揃って、逃げる狐の捕まえ方すら満足にならんとはな」
「それでしたら彼らに呆れて発言すらしなかった私も大佐も、その無能な狩人ということになりますが?」
「言うなよ中尉……皮肉だよ、だたのな」
なんの進展も案も出ないまま、ただ無作為に打倒せよとのたまうばかりのつまらないものでしかなく……ノワールもブランシュも体裁としての出席、ただそこに居ただけに近かった。
なぜなら正直、脳みそが筋肉で作られているような御歴々方には、どれだけ妙案が浮かんだところでわかりはしないだろう、というのがふたりの統一見解であって。
今は帰りの車中、ならばとふたりはこうして愚痴を漏らしている最中、というわけで。
「あの方たちは、銃を撃てば物事がすべてうまくいくとお考えなのかもしれんな。意見すら求めなかった辺り、私や中尉の頭の中で考えた作戦などは……口にはせずとも自分たちの誇る軍事力には及ばない。と、いう自信なのだろうな」
「ええ、どれほど優秀だと知っていても、彼らはモノクロの頭脳には興味がないみたいですからね」
「モノクロ?」
「ノワールとブランシュ、黒と白。合わせてモノクロ、で。頭ばかりが優秀でその実はモノクロのように不鮮明。戦場のことなどなにも見えていない、などと私と大佐は陰で言われています」
「……だとしたら、随分と学の浅いことだな。モノクロは単色を表す言葉で、白黒を指し示すために用いるものではないのだがね」
「もしかしたらそれすらもわざと含めての、かもしれませんよ?」
「……そんな頭がある連中なら、もっとマシな会議になっていただろうさ」
「ええ、同意権です。そもそも戦場なんてどこも黒か白、死ぬか生きるかだけですから。大佐と私に愛とラブしかないように」
「……中尉、なぜ君は頭がいいのにそうも馬鹿なのだろうな」
「いえ、捕虜に名前呼ばれて緊急搬送された大佐には負けますわ」
「……ぐっ」
と、そこまで話した時。突如ノワール達の乗る車の隣、同じく軍用車が寄ってきてクラクションを鳴らしてきて。キュッ、と音を立てて車が止まって。
「……何事だ?」
ノワールは腰に手を伸ばして、同じ帝国軍の車両とはいえ一応の警戒。銃を構え、セーフティを外す。そしてスライドを引き、隣のブランシュにそのままでいろと目配せすれば、
「……そのままで、私が最初に様子を伺いま――ぐえっ」
「違う、君がそのままでいろという意味だこの貧弱娘が」
同じように使い慣れもしない銃を片手に飛び出そうとしていたので、襟首掴んで引き寄せてやる。頼むからじっとしていていただきたい。もし死なれたら、本当に面倒だから、君の父君がな、とノワールは思っていて。
だが、そんなノワールの意図を知ってかしらずか、ブランシュは。
「……ノワール、かっこいい。まさか身を呈して私を?」
なぜかうるうるっとした赤い瞳、紅潮させた頬を目一杯に緩ませてこちらを見てきて――ああ、面倒だこんなときに。なにかいけないスイッチを踏み抜いてしまったらしい。
なのでノワールはぴったり寄り添ってくるブランシュを、嫌そうに見つめながら言うのだ。こういうときは、
「まさかノワール、口では拒絶ばかりだけどそれは照れ隠しだったのね……自分の命よりも、私のことを大切にしてくれるなんてっ」
「ああ、盾はいざというときまで残すタイプなんだ私は。最初の一発よりも、後々銃撃戦になったときのほうが役に立つからな」
「た、盾……?」
「なに、上官の命を身を呈して庇ったという美談の戦死ならば、君の父君も納得するだろう。そういうことでよかったな、銃撃戦になったときは私のために死んでくれ」
弾避け扱い、乾いた笑いを上げながらノワールは言い切って……こういうときは、さっさと心を砕いてやるのが一番なのだ。が、甘かった。そんな態度も言葉も、この変態には。
「……こ、この鬼畜眼鏡! そんなに私が敵にやられる姿を見たいのねそうなのね? はあはあはあ……わかったわ、ならあなたのために私、いますぐ敵前に……いってくりゅうっ!」
「どんな解釈だこの変態めっ!」
届かない、届くはずもなく。簡単に押さえ込めるとはいえ、なぜか軍服を脱ぎかけたブランシュは狭い車中でじたばたと暴れ始めて。と、そのとき。
「……なかなか出てこないから警戒されてるかと思ったら、なんだお楽しみ中だったのか?」
「っつ?」
ガチャッとドアが開いて、顔を覗かせたのは。
「あら、なーんだヴェルメイユ大佐じゃない。ごきげんよう」
「はははっ、相変わらずフランクなのかそうでないのかわからない挨拶ありがとう中尉。それと、親友ノワール大佐もごきげんよう」
無邪気さいっぱいの爽やかな笑顔と、なびく緋色の髪の……よく見知った男だった。
――炎とは燃えるためにあるのではなく、なにかを等しく燃やすためにあるものだ。