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してみたいんです。



   ***



「さて、尋問を始めるとしよう」


 テーブルの上で手を組み、ノワールは厳かな口調で開始を告げる。怪しく光る眼鏡は、決意の証。そんなノワールを対面に座るまだ少し寝ぼけ眼のリリィベルは、どこかぽわんとした顔で見つめて。


「あの、大佐さん」


 おっとりした口調、ノワールの淹れた紅茶を味わいつつも何かを聞きたそうにする、が。


「先ほどのことなのですが……」


「発言を許可した覚えはない。質問するのは、こちらのほうだ」


 ノワールは有無を言わせずぴしゃり、言葉を断ち切る。その様はまさに、軍人としての顔そのもので……揺るがない、揺らいではならない。なぜなら私は帝国軍大佐、ノワールなのだから。


 ここにきて、ノワールは本来の冷酷さを取り戻しかけていた。なぜなら、


(……しゃべらせたら負けしゃべらせたら負けしゃべらせたら負け! さっきのことを話題にあげさせるな、あがったら負け! 言い訳をはやく考えろノワール、燃えろ私の脳細胞! たとえこのまま脳が壊れてパーになろうともおぉぉっ!)


 錯乱しまくりの内心を隠すためには、せめてこんなメッキを外側に張らねばやってられないから。動揺は、見せない。なにがあろうとも――せめて、言い訳が思いつくまでは。


「でも……」


「私が質問するまでは、君はただ紅茶を楽しみ、フルーツタルトを味わっていればいいのだ。そう黙って、だ」


 だが、こうして冷たくあしらうような態度のノワールに天使は、おっと間違えたリリィベルは。


「……今日は、お話しできないのですか?」


 とんでもなく、可愛かった。眼鏡が割れる、五秒前。


 しょんぼり、としか言いようがない。はらり金色に輝く前髪が鼻先に落ちるほど俯いて、ひどくがっかりとした、寂しそうな顔を浮かべてしまって――はああぁぁぁんっ! その顔に、ノワールの帝国軍大佐というメッキに瞬時にヒビが入って。ついでに眼鏡にも亀裂が入って。


 ……そんなわけ、あるわけがないだろう! お話しよう、いくらでも! お話したいさ、いつまでも! 君の話を聞かせておくれ! もっともっと君の声を聞かせておくれよ! ……言いたくなり、しかしぐっと堪えて。メッキを塗りなおし、冷たい大佐としての顔を崩さずに。キリッと睨むようにして。


「……リリィベルさん、マジ天使」


「はい?」


 ぼそぼそと聞こえないくらいの呟きをして――はっ!? 私はいま、なにを口走った!? 無意識の発言、慌てて。


「……違う、噛んだだけだ。なにも言ってない」


「それにしてはとてもいいお声でしたが」


 カチャカチャと震える指で眼鏡を押し上げて、ななななんのことかわからないな……誤魔化して。大丈夫だ、まだ大丈夫なはずだノワール。気を強く持て、耐えるんだノワール! この可愛さに、負けてはなら――


「大佐さん、今日もなんだか変です」


「今日も、とは遺憾だな。私にそんなことを言える命知らずは、将軍閣下くらいのものだと思ったよ」


「はい、私は大佐さんになら殺されても構いませんから。もう私、大佐さんじゃなきゃ……だめなんです」


「……またそんな妄想加速させることを……! ふっ、ふふっ! しかし相変わらずの素晴らしい攻めだな。私が任せるタイプだったなら、今頃は君の膝の上でごろにゃんと鳴き声をあげていただろうさ!」


「それはいつでも構いませんが……ところでもう、先ほどのように名前を呼んではくれないのですか? 私は、大佐さんに呼んで欲しいです。それがダメなら、私が大佐さんをお名前でお呼びしてみたいのですが」


「ごろにゃんっ!?」


 ――負けそうだ、もうすでに! その膝の上に本当に飛び込んでしまいたい!


 しかもくそっ、なんだその交換条件は! 交渉のつもりか、この天使め! まさか自分の名を呼ばれないからといって、私の名を呼ぼうとするなどとはな。くくく……愚か者め、貴様如きにこの高貴なる帝国軍大佐である私の名を軽々しく口にすることなど、


「だめ、でしょうか?」


「ふむ、よろしく頼む」


 即答、もちろんいいに決まってるではないか。ノワールはその甘い誘惑に、すべての抵抗をやめた。呼ばれたい、ぜひに! と。さらに、


「出来ればこう、少し小首を傾げて疑問系で呼んでみて欲しい。そう、呼び捨ててでちょっぴり甘えるような感じでお願いしたい」


「……? 頑張ってみます」


 妄想内でしか成し得なかった夢のシチュエーションを要求でプラスして。さあ、こい! 万全の体制、今か今かとわくわくする心を微塵も出さずに真顔で待っていて……カラカランッ! と、頭からネジらしきものが抜け落ちる音が聞こえたが、ノワールはそんなこと気にしない。


 そして、待つこと数秒。


「では、いきます」


「うむ」


 リリィベルは、相変わらずの表情が死んだようないつものぽやんとした顔で、そう言って。次の瞬間、


「……ノワール?」


 小首傾げて、上目遣い。小さな握りこぶしで口元を隠しながらちょっぴり恥ずかしそうに、尋ねるように呼んだ、その名前に。名前に。名前に、


「すみません、なんだかやっぱり恥ずかしいですね」


「……」


「……あ、大佐さんが動かなくなってしまいました」


 音もなく、静かにノワールの息の根が止まりました。



 ――燃えたよ、燃え尽きたよ。最後の言葉通り、黒は白になっていた。

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