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嘘つきは素直になれないひとのこと。



   ***


 

 ひとしきり抱きしめたことで満足したのか、グレイッシュはノワールから手を離しソファへと腰を沈める。そして脚を組み軍服の胸元で黄金に輝く大量の勲章の隙間、胸ポケットから葉巻を取り出し咥え火を着けて。


「それで? おまえにしては随分と手こずっているようではないか」


「……尋問の件、でしょうか」


「そうだ、愛しい息子よ」


 ぷふう、と白煙を吹き上げて、グレイッシュはニヤリ、笑みを浮かべる。ノワールは対面に座りながら、目を逸らして。


「……では父上は、」


 ガチャッ、金属音。


「いえ、間違えました。パパは、叱責しにいらっしゃった、と受け取ればよろしいですか?」


 恐る恐る、訊いてみる。どちらの意味でもどちらの場合でも、恐ろしかったから。だが、


「まあ、そういう体面もあって、というのが正しいな。しかし、そうではないな」


 グレイッシュは銃を胸元へしまいながら、また煙を吹き上げる。


「聞けば相手は反乱軍とはいえまだ少女だというではないか。だというのに冷酷無比にして冷徹なる悪鬼とすら呼ばれたおまえが、いまだになんの情報もない、という報告をする。その体たらくはガラじゃあないなと思ってな。パパは心配になったのだよ」


「……っ」


 ノワールは、なにも言い返せず唇を噛み締める。いまグレイッシュが話しているのは恐らく、先日送ったここ数日の尋問で得た情報をまとめた報告書、のことだろう。間違いなく。


 ……特筆すべき情報、得られず。目下尋問継続せり。と、書いたあのリリィベルの事柄一切を伏せた、虚偽の報告書のことに他ならず。


「言い返さないなんてらしくないじゃないか、息子よ。だがおまえは昔から嘘が下手なやつだ。だからちぃと、パパと腹割ってお話しようか」


「……報告書に、書いたことがすべてです」


 目を見れない、顔を上げられない。ノワールは、ただそれだけを振り絞って言ってみせるが、


「なあ、ノワールよ」


「……はい」


「私はいま、将軍ではなく父として子に聞いているんだ。もっと言うなら、同じ戦場で生きるひとりの友人として。男として話そうって言ってんだ」


「……」


「だからここからの話でその少女をどうこうしようってつもりはサラサラないし、おまえから奪い上げるつもりもない。ただ、な」


 グシュッ、とグレイッシュは葉巻を灰皿に押し付けて。脚を組みなおしながら、


「おまえの目から見て、どう思ったかをパパに嘘偽りなく話せってことだ。その少女のことを、な。そのために仕事ぜんぶほっぽりだして、わざわざおまえと二人きりになってるんだよ、私は」


 他のやつには、素直に言えやしないだろうからな、と。グレイッシュはまた笑ってみせて――それがノワールを安心させるためのものなのか、はたまた油断させるための笑顔なのかはわからない。けれど、


「昔から、その笑顔はずるいと思っています」


「男前、だろ?」


 ノワールはグレイッシュの、この父の笑顔には勝てないのだ。幼い頃も、今も、変わらず。


 数十万人の兵を束ねる将軍でありながらも、息子であるノワールにだけ見せるそのまるで緊張感のない緩まった笑顔。朗らかで、柔らかくて、包み込むようなその笑顔。優しくて、優しすぎるその笑顔に。


「……参りました、やっぱりあなたに嘘はつけません」


「ふあはははっ、そうかそうか」


「話しますよ、ちゃんと。うまく説明できる自信なんて、ありませんけれど」


 勝ち負けでもないけれど、勝ち目がない。逆らう気すら起きない。だからノワールは眼鏡を押し上げながら、白旗を振り回すしかない。なので、大人しく。


「それで、どんな少女なんだ?」


「そう、ですね……一言で言うなら」


 話すことにするのだ、彼女のことを。


 リリィベルという名の、ノワールから見たあの少女のことを。


 そして、その語り口としてはノワールは、ひとつしか思い浮かばない。浮かんでいない。


 それは、それは。


「彼女は、たぶん魔法使いなんだと思います」


「ほう……?」


「なぜなら私は、」


 そこで、一度言葉を切って。

 

 こんな、感じだ。うまく言えないから、かなりおかしな例え方かもしれないが。でもそれでも、ノワールは真面目な表情で、茶化すつもりのない証拠に平坦な口調で続けるのだ。


「彼女を一目見た瞬間に、雷に打たれたんです」


 嘘偽りない、ノワールから見た彼女をこれから語るのだ。

 


 ――得体の知れない感情溢れる、この物語の名を今はまだ誰も知らない。

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