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血は水よりも濃いのです



   ***



 軍という組織に所属している以上は、ノワールも常に尋問にかかりきり、というわけにはいかない。


 当然のように書類仕事もあれば部下への指示、今後の作戦の立案など。加えて軍事会議や式典などへの参加。時には戦場へと自ら赴き、敵との激しい戦闘の只中で血を流すこともしなければならない。それが自らに与えられた『大佐』という階級の責務であり責任なのだから。


 そして、もうひとつ。必ずしなければいけないことがある。それは、


「……久しぶりだな、ノワール。相変わらず貴様の部屋は、遊び心のひとつもないな」


「はっ! お久しぶりです、将軍閣下! ご足労いただいたというのにこのような私の部屋については、申し開きもありません!」


 基地の視察にやってきた上司への対応、及び状況説明と報告義務、というやつで……そのため普段の不遜な態度や物言いは影を潜め、ノワールは教本どおりの型にはまった敬礼を行う。失礼も無礼もあってはならない。


 なぜならいま目の前に立つ彼の名はグレイッシュ将軍。帝国軍において、最高司令官でありノワールの直属の上司で。なおかつ、


「そう力むな、ノワール。軍事の席でもあるまいに、血の繋がらぬ義理であるとはいえ、私的な場で父親に敬礼する者があるか」


「はっ! 失礼しました!」


「ええい相変わらずの堅物め。わはは、だが貴様らしいか」


 そう言って笑う将軍は、ノワールの育ての親でもある。だが本人が言うように、血の繋がらない義理の親子、ではあるが。まあ、そこはいまは詳しく説明する気はないが。


 ともかくノワールはこのひとには育ててもらった恩義もあれば、軍人としての矜持を叩き込まれた師としての敬意が深くある。なので頭が上がらない。そしてこの世でただひとり憧れた人物であって――だからこそ、いかなる場においてもこうして最大の礼節を尽くすと決めているのだ。


 父としても、師としても。なによりもひとりの男として、羨望の眼差しをいつだってノワールは彼に向けているから。頭の悪い子供のような言い方なら、誰よりもこのひとは格好いいのだ、とても。見た目も、中身も。


 もう歳は六十近いというのに、その体躯はノワールよりも遥かに大きく力強い。白髪をオールバックにし、口元から顎にかけて整えられた髭をなぞる指は太く、それを支える腕は丸太のようだ。


 顔立ちは掘り深く、見目からして内包する厳しさと思慮深さが滲み出る。しかし低く震わすような声色はどこまでも落ち着いていて、不思議な安心感を孕んでおり。なによりも階級や見目とは裏腹に。


「ふん、だが報告を聞きに来た体であるとはいえ、こうも息子に上司扱いされるのはやはり気分が悪いな。久しぶりの家族の再会だというのに」


「はっ! ではどうすれば!」


「そうだな……では命令だノワール。これから私のことは、パパと呼べ。従わぬなら、死を与える」


 ユーモアに、富んでいて。ジョークが上手くて、


「……冗談、ですよね」


「ほう、上官に口答えする気か?」


 ジョ、ジョークが、うま、


「……ご冗談、ですよね」


「そうか、死にたいか息子よ」


 うま、うまい、うまいひとで……


「みっつ数える、死にたくなければパパと呼べ。さもなくば、」


 ……うま、ガチャッと。いけない。銃を取り出された。スライドも引かれたし引き金にも指がかかっている。標準も頭に定められた。こうなっては、抗う手段など、


「ひとつ、ふたつ、はい待ちくたびれた。よし死ね、残念だ息子よ」


「パパ! 久しぶりに会えてすごく嬉しいよ!」


 あるわけもない、はい降参。すぐさまノワールは満面の笑みを作って、一転してフランクにグレイッシュを抱きしめて。


「はい、そこで? 子供の頃から教えているだろう、パパを抱きしめたときは?」


「え、アレでしょうか? わ、私はもう二十歳を超えているのですが……」


 ガチャリ、後頭部に銃の感触がして。


「パパ、だーい好き!」


「パパもおまえが好きだぞノワール、愛しい息子よ!」


 ヘシ折られそうな圧力で、思い切り抱きしめ返されて……もう一度言おう、この方は帝国最高責任者であり将軍の地位におり、そしてノワールの義理の父であり……加えて帝国一の親ばかなのだ。


「……私が死んだほうがマシだと思うのは、あなたの前でだけです」


「可愛いものはとことん甘やかす、そしてすべてを奪ってでも監禁してでも愛でる。屁理屈こじつけてでも手放さない。それが我が家の家訓だからな」


 ふあははは! とグレイッシュは笑ってみせて……憧れて、いるけれど。それでも私は絶対に、こんな風にはならないぞ。抱きしめられながらも、ノワールはそう硬く心に誓ったのだった。

 


 ――染められた花は、染まっていることには気づけない。

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