神に叫ぶ
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彼女の力がとてつもないことは、認めざる得ないようだ。それはもう、あの間接こんにゃく(?)で思い知らされた。いや、ほんとにすごい衝撃だった。心臓が飛び出すかと思うくらいのパワーだった。記念にこの破片は、自室に持ち帰って永久保存することにした。
と、それはともかくとして。
破片をポケットにそっと忍ばせつつも、ノワールの中にはある疑問があった。それは、
「それほどの力がありながら、君はなぜ潜入任務などをしているんだ? 君ならばもっと重要な、それこそ第一線で戦うだけの能力があるだろうに」
ということで。
だって少なくとも、こんな強力な力を持った兵士をノワールならば潜入になど使わない……いや、この言い方ではちょっとニュアンスが違ったか。正しくはどれだけ力があろうともこんなぽわぽわした気質の少女を、敵国の最重要基地になど送り込まないからだ。不安すぎる。
なので、いったいどういった経緯があってここに潜入するなどと、似合わない任務を彼女が受けてしまったのかがノワールには疑問でならなくて。こうして思わず聞いてはみたものの、その理由はといえば。
「はい、母がちょっとあの基地に潜入してきてよ、と言ったので」
「いや、そんなちょっとお醤油買ってきて、みたいな感じで来たのか君は」
こんな理由であって……というよりお使い感覚で敵国の重要基地に潜入させるとか、敵ながら大丈夫か反乱軍。
「行けばお小遣いもアップすると言われましたし……」
「待て、君は小遣いのために潜入したのか」
「はい、家事を手伝うか潜入するか好きなほうを選べと言われまして」
「なんだその二択は。うちの基地をなんだと思ってるんだ君の母君は」
完璧になめてるな反乱軍。家事を手伝うのと同程度の扱いなのか、この基地は。その程度か、その程度の敵としか認識されていないのか、腹立つ。なのでもうこれ以上訊かないほうが、精神衛生上懸命だろう。しかし、
「はあ……訊いた私がバカだったよ。というか君も君だ、小遣いのために命を粗末にするのは感心しないな。ましてや危険を冒してまで潜入して、こうして捕まってしまっていては小遣いが上がろうが意味がないだろう」
「すみません……」
「だいたい、私でなければとっくに君は殺されてしまっているんだよ? まったく、潜入なんて軽はずみにするものじゃないんだ。なんの知識も技術もなしに迂闊に飛び込んだところで、失うばかりで得られるものなんてなにもないんだ」
つい心配からか少し叱るような口調、説教臭いことを言ってしまった。けれど、彼女には失う怖さを知っていて欲しいから。ほんの少しでいいから危機感というものを学んで欲しいから。
だからこれだってこのゆるすぎる彼女のことが、ノワールは本当に心配だからこその苦言なのだから。ここは血の涙を流しながらでも、心を鬼にして言ってやらねばならない、と。そう、ノワールは思っていて。
「そう、ですよね。たしかにわたしは、ちょっと軽はずみでした」
そして、どうやらそんな気持ちが伝わったのか。リリィベルは自分の愚かさを素直に認めてみせる。が、しかし。
「ごめんなさい……けど、言い訳じゃないけれど、失うことばかりでもありませんでしたよ?」
「ほう?」
反論か、生意気にもこのノワールに。と、少しだけノワールは眉間にしわを寄せる、が。
「だって、」
リリィベルは静かに瞼を落とし、小さく首を振ってみせて。
「ここに来なかったら、大佐さんに出会えませんでしたから」
だから会えないのは、いやです。すごく。と。
恥も衒いもなくそんなことを言うものだから。やれやれ、なんにもわかってないのだな君は、と心を鬼と化した厳しいノワールは眼鏡を押し上げつつ、真面目な顔で声を大にして言ってやるのだ。まったくもう、本当に――遥か天を仰いで。
「――ッ!! もう抱きしめてもいいですかっ!?」
「大佐さん、誰に向かってお話しているんですか?」
――神に縋りたいほど、悶えて死ぬ寸前まで追い詰められました。