ジャイアンとスネ夫
警察学校の生徒さんて、実際には全員丸刈りなんだそうですね……。
鑑識捜査の授業のあとはクラブ活動の時間。
まだ時間に余裕があるアタシは、さっきの松山君の姿を追って音楽室に行った。ふーん、何か楽器やるんだ。
大抵のことは器用にこなしちゃうアタシだけど、楽器だけは無理だったわ。
でも歌は上手よ、たぶん。
きっと卒業後は県警音楽隊に入るのであろう生徒達が皆、バイオリンだのフルートだのを演奏している。
松山君の様子を見ていると、彼はピアノを演奏し始めた。
身長は約百六十センチ、体重はきっと四十八キロぐらい。応募資格を辛うじてクリアしてるってところかしら。
鍛えれば立派な細マッチョになる可能性は大。
うふふ、楽しくなってきちゃった。
「……さっきのあの生徒が、第一候補ですか?」
彰ちゃんが音楽室の壁に背をもたせかけて、松山君の後ろ姿を見ながら言った。
「そうねぇ、第一かどうかは未定だけど……」
そうだ、思い出した。彰ちゃんって音感ゼロなのよね。
何か歌って、と嫌がらせで言おうとした時だった。
さっきアタシが頭を潰してやりかけた二人組の生徒が、松山君に声をかけて音楽室を出て行く。
気になったので、気配を消して後をつけてみる。
「お前のせいじゃけんな?」
「ほうじゃ、お前があん時すぐに返事をせんかったけぇじゃ!」
さっきの『鑑識捜査』の授業の時の話かしら?
「知らないよ、そんなこと!」
時々、いるのよね。チンピラみたいな学生って。
訳のわからない理屈をつけて、彼みたいな小柄で可愛い顔をしてる、ちょっと頼りなさそうな子をいじめるバカが。ま、ここの生活ってストレス溜まるものね……。
さて。松山君はどう出るのかしら?
彼は黙っている。
ぐいっ、とチンピラの一人が彼の胸ぐらをつかむ。
ジャイアンとスネ夫のコンビは今にも彼を殴りかかろうと、腕を振り上げる。
「あなた達、何してるの?!」
そう言ったのは……アタシじゃない。
郁美ちゃんったら、授業が終わったらさっさと帰ったと思ったのに、どうしてまだいたのよ?!
チンピラ二人は慌てて、松山君から手を離す。それから小走りにその場を去って行く。
「……大丈夫?」
「は、はい。あの……」
松山君は赤い顔をして彼女を見つめている。
「もっと鍛えなさい。細くて可愛い顔してるから、ああいうのに舐められるのよ」
じゃあね、と颯爽と立ち去る彼女のその姿は、女優で言うと米倉○子か篠原○子かと思う……あら、どっちも「りょうこ」じゃない……って、そんなことどうだっていいわ。
うぅ、この子もいいところばっかり取っていく略奪女(?)なの?!
「もう帰りましょうよ~北条警視……」
「あともう2、3人は嫁候補を見つけるまでは帰らないわよ!!」
「なんですか、その『兄ちゃんは鮎を釣るまで帰らないぞ』みたいなのは……」
彰ちゃんの言ってることはイマイチよくわからないけど、あと一人はせめて嫁候補を探してからじゃないと……。
今日の授業はもう終わってしまった。
生徒達はそれぞれ、自由行動になる。
さて、どうしたものか……。
「あ!!」
後ろから声がして振り返ると、
「確か、先週もいらっしゃいましたよね?!」と、元気な声がする。
確か、宮野君。犯罪捜査の授業で珍回答を繰り広げていた。
「あら、覚えててくれて嬉しいわ」
「みんな、噂してますよ。本部から美形のカップルが視察に来たって」
「美形の……」
「カップル……?」
アタシと彰ちゃんは顔を見合わせた。
確かに、昔はカップルだったこともあったけど……。
「じょ、じょ、冗談じゃないよ!! 僕、この人とは何でもないし、そもそも他に……ほげえぇぇっ?!」
うるさい元カレを力でねじ伏せ、拳で黙らせ、アタシはにっこり彼に向き合った。
「実はね……アタシ、優秀な新人を発掘に来てるの」
「そうらしいですね」
「ねぇ、宮野君……だったっけ?」
はい、と素直な返事。
アタシは彼ににじり寄り、いつでも壁ドンできるように態勢を整える。
「あなた、どこの課を志望してるの?」
「自分は……」
その時だ。
「おい、寛樹!!」
眼鏡をかけた学生の一人がこちらに向かって歩いてくる。切れ長の眼をしたイケメン……そう、アタシが目をつけた候補の一人で確か長嶺君。
ファーストネームで呼びかけるあたり、相当親しい間柄なのはわかる。
そして。その表情を見る限り、相当怒ってるみたい。
やだ、ひょっとしてこの二人ってカップル?
そんなことより、アタシまだこの彼のファーストネームを知らないわ。
「お前、何風呂場の掃除をサボってるんだよ!」
「悪い、今行くから~……」
「ねぇちょっと、あなた!」
イケメン君がこちらを振り向く。
「アタシは捜査一課の北条雪村。あなたのお名前は?」
「長嶺です。長嶺尚人」
「どこの課を希望してるの?」
彼は真っ直ぐにアタシの眼を見つめて答えてくれる。
「……捜査二課です」
ああ、見るからにインテリだもんね……。
日がな一日デスクに向かって電卓を叩いてる姿が目に浮かぶ。
あるいはサイバー犯罪対策課かしら。いずれにしろ、頭脳労働を好みそうな顔をしているわ。
「一課に興味はない?」
「……申し訳ありませんが……」
ほら、行くぞ。彼は宮野君を引き摺って向こうへ歩いて行ってしまった。
「やーい、フラれ……あああ!! ごめんなさい、すみませんでした!!」
この子って学習能力がどこか一部欠けてるのかしら?
それにしても、はぁ~……なかなか思うようにならないわね。