鑑識2017
好きなバンドは作者の趣味です。
「どうして今日もまた、貴重な非番の日を割いて、北条警視の婚活に付き合わされなきゃならないんですか……それも僕の車持ち込みって……」
隣で彰ちゃんがブツブツ言ってる。
「アタシの車は定期点検に出してるんだから、仕方ないじゃないの」
「ガソリン代、払ってくださいよ?」
「……みみっちいわねぇ」
男のくせに。
「だって、警視の方が僕より給料たくさんもらってるでしょう?」
まぁ、確かにそうなんだけど。
悔しかったら、さっさと警部に昇進したら。
前回、目をつけたのは四人。
あとせめて一人ぐらいは候補を見つけるわよ。アタシの寵愛を求めて競い合うなら、人数が多い方がいいじゃない?
ちょっと誰?!
今、アタシのこと『わりとクズ』とか考えた奴!!
「……本来なら、今日は周君とデートだったのはずなのに……」
この子って意外と女々しいのよね。
いつまでも愚図愚図と面倒くさい。
「日本語は正しく使いなさいよ。本当は誘ったけど、断られたんでしょ?」
「……」
「どうせ大好きなお姉さん絡みの予定があって、そっちを優先されたんじゃないの。周君はお姉さんと僕、どっちが大切なの?! とかなんとか訊いたら『お姉さん』って即答だったんじゃないのかしらね」
「……うう、なんでそんなキズを抉るようなこと言うんですか……?」
あら、図星だったみたい。 「だってアタシSだもん」
彰ちゃんが黙り込む。
この子ってね、攻に回るとわりとSっ気が強いんだけど……受に回ると以外にMだったりして……って、そんなことはどうでもいいわ。
今日もアタシは郊外の警察学校へ足を運び、可愛い子はいないかしら? とボーイハントにいそしむつもり。
今日の一時間目は鑑識捜査。
知ってる? 鑑識って地味なんだけど、大変な作業なのよ。
むかーし、西村○彦が主演で鑑識課をメインに扱った2時間ドラマがあったわよね。
火曜サスペンス劇場だったかしら?
刑事と鑑識は切っても切れない仲なのよ。
刑事達が靴底をすり減らして持って帰った証拠を鑑定して、頭を働かせて到達した結論を裏付けてくれるのが鑑識なんだから。
もしくはその逆。
鑑識が発見した事実を元に推理を働かせる、これはもう言うまでもないわよね。
鑑識捜査の授業には各所轄、もしくは本部から現役が派遣されてくる。
そう言えば……本部の鑑識課に彰ちゃんのことが好きな女警がいたわね。あの子、今頃どうしてるのかしら。今時の言葉でいう『リケジョ』。
アタシも彼女とはそれなりに親しくしてきたけど。
案外、今日の授業に講師としてやってきたりして。
とか思ってたら……。
「ユッキー?!」
噂をすればなんとやら。
背後で聞いたことのある声がしたと思ったら、振り返ると今思い出していた女警……平林郁美巡査が立っていた。
すらっと背が高くて、間違いなく美人の部類に入る。
頭もいいし、手先は器用なのに、恋愛に関してはまったく奥手な可愛い子なの。
「どうしてここに?」
「あんたこそ、どうしたのよ」
「私は、班長の代役で講義をすることになったんです。嫌だって言ったのに……」
「あら、そう。アタシ達も実は授業に参加しようと思って来たの」
どういうこと? という顔をしている彼女に、本当のところは言いづらい。
と、思っていたら……。
「この人はね、男漁りのた……ぐはあっ?!」
余計なことを言いかける彰ちゃんの脇を肘打ちで黙らせ、アタシは彼女ににっこり笑いかける。
「困ったことがあればすぐにアタシを指名してちょうだい。じゃ、頑張ってね?」
「あ、あの……!」
彼女はどうやら彰ちゃんと話したいみたい。
一度失恋したくせに、未だに忘れられないのかしら?
「和泉さん……あの、えっと……その後……は……?」
その後、例の恋人とは上手くやってるんですか? と、訊きたいみたい。
「それはもう、ラブラブだよ。毎晩むさぼ……げふっ!!」
貪るように抱き合ってるよ、とでも答えるつもりだったのよ、この子。
ほんっと無神経なんだから!!
アタシ女性に興味はないけど、大切にはするわ。この子と違ってね。
郁美ちゃんたら、すっかり緊張しちゃって。声が震えてる。
教場には約40人近くが集まっていて、全員の視線を一身に集めてるんだものね。
右前方で生徒の一人がこそっと隣の席の子に、美人じゃのぅと話しかけてるのが聞こえたので、アタシはその子の後頭部めがけて消しゴムを投げつけた。
授業中は静かにしなさい。
「では、実際に指紋を検出してみましょう」
彼女はぎこちない動きで小銭を一枚、それからアルミの粉末の入った容器を取り出す。
タンポでアルミ粉を十円玉にふりかけ、ハケで余分を払い落すと、くっきりと指紋が浮かび上がる。
「……これは誰の指紋でしょうか?」
はい! と、手を上げた男の子が一人。
「本日の教場当番は私、松山でしたので、私のものだと考えられます」
「では、調べてみましょう。前に出てきてもらえますか?」
松山と名乗った男の子がどんな顔をしているのか、アタシは興味津々で見守る。
あらあら、可愛い顔してる!!
今年の短期課程は顔だけならほんと、豊作よね!!
よし、これで五人目チェック済……と。
贅沢を言うなら、体格が華奢。
ま、鍛えればそれなりになるんじゃないかしら。
彼は前に出ると、郁美ちゃんと向き合う形で立つ。それから差し出された彼の手に、彼女はアルミ粉末を振りかける。
それから専用シートに彼の指を当てて、見比べてみる。
「確かに同じものですね……ご協力、ありがとうございました」
松山君が席に戻ると、講師が若い女性だからってなめてるのか、生徒達はすぐにヒソヒソと声を掛け合う。
「役得じゃん、お前」
「なぁ、どうじゃった……?」
話しかけられた松山君は黙っている。
教卓で郁美ちゃんが一生懸命説明しているっていうのに、それでも彼らは無駄話をやめようとしない。
腹が立ったアタシは、思わず立ち上がって生徒達の頭を掴んだ。
「……いいかしら。アタシが軽く本気出したら、頭が割れて中身が飛び出すわよ?」
ふん。どっちもアタシの片手ですっぽりつかめるぐらいの小さな頭ってことは、脳の大きさもたかが知れてるってものじゃない?
二人の学生は口を閉じた。
「それでは授業を進めます。人間には指紋の他にも他人と区別がつくもの……唇の唇紋、それから額の額紋、そして足紋……他に何があると思いますか?」
郁美ちゃんがちらり、と彰ちゃんの方を見る。
「……閨房での媚態、かなぁ……? ぶはぁっ!!」
このバカ!!
アタシは、隣に座っているバカ男の頭を思い切り机に叩きつけた。
「ごめんなさい、何でもないのよ」
この子ったらほんと、父親が傍にいないとやりたい放題なんだから。
今度来るときは、聡ちゃんも一緒に連れて来ないとね……。
郁美ちゃんは顔を赤くして、
「臭いです、臭い。人間の体臭にはそれぞれ異なった臭いがあり、そのために警察犬は犯人を追跡することが可能なんです」
そして何を思ったか彼女は、
「そこで、皆さんに警察犬の気持ちを理解していただくために……二人一組で互いのにおいを嗅いでみてください。あ、もちろん同性同士でね」
生徒達は微かにざわめき、顔を見合わせる。
そりゃ嫌でしょうよ。好きな相手ならともかく……。
それでも学生達はそれぞれに親しい相手と組んで、においを嗅ぎ合っている。
アタシは彰ちゃんを見た。彼もこちらを見返す。
なんて顔してるのよ。
「……絶対に嫌ですからね」
じりじり、と彼は後ずさる。
「あら、そんなことを言っていいのかしら?」
追い詰めるアタシ。
「若い頃はあ~んなこととか、そんなことまでし合った仲じゃない? あの子にその話をしてあげたっていいのよ?」
「や、やめてください!! それだけは絶対に……っ!!」
「だったら大人しく……」
「あ、ユッキー。香水変えたんですか?」
いつの間に?!
気がつけば郁美ちゃんがアタシの後ろで背中に鼻を寄せていた。
アタシの背後を取るなんて、鑑識員のくせにやるじゃないの。
「……まぁね。それより……この子が講師の言うことを聞かないんだけど」
「お二人とも、警察学校からやり直しにきたんですか?」