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おんざじょぶとれーにんぐ

挿絵というより、マンガの一コマを切り取ったような感じです……。


 とりあえず、ここまででどうにか3人の候補は見つかった。

 せめてあと2人。

 顔だけなら、それなりに好みはいたんだけど……。

 午後一の授業は犯罪捜査。

 良かったわね、彰ちゃん。あんたの専門分野じゃないの。

 授業用に設けられた模擬家屋に移動する。

 アタシも現役の頃、時々死体の役をやらされたわ。

 犯罪捜査の教官は初めて見る顔だった。県警内に友人知人は数多いこのアタシでも見たことがないっていうことは、モグリじゃないかしら?

 生活臭のまるでない模擬家屋の中に、35人も密集しているから暑くてたまらない。

「さて、大抵の一般人は金庫さえあれば安泰だと考えている」

 胸に『柳沢』と書かれたネームプレートの教官はいきなり、上から目線な話し方で授業を始めた。

「けど実際には、金庫の重さは約百キロ。泥棒が2、3人いれば運べる重さだ」

 それから柳沢は集まっている生徒達を見回す。

「おい、お前! 前に出て来い!!」

 指示棒を突き出した先にあったのは一人の女子生徒。彼女は最前列に立って必死にメモを取っていた。

 女の子にしては背も高くてガタイもいい。

 彼女は不思議そうな、かつ不安そうな顔で前に出る。

「いいか、お前ら! 百キロっていうのはだいたいこいつぐらいだ!!」

 一部の生徒達からクスクスと忍び笑いが漏れる。

 指名された女の子は真っ赤な顔をした後に、すぐ真っ青な顔になる。

「よし、最前列の男三人。お前らでこの女子を運んでみろ。今の話が本当だったちゅうことがわかるけぇな」

 許せない。

 アタシは思わず前に出た。

 ごく幼い頃から、女性は大切に扱えと徹底的に仕込まれてきた。それに。

 肉体的な特徴をネタにして人を笑い物にしたりするのは最低な人間がすることだ、と。

「ちょっとあんた!!」

「な、なんだ? お前、名前は!!」

「あら、あんたがアタシを『お前』呼ばわりする訳?」

「だ、誰なんだ……?」

「県警捜査一課特殊捜査班係、北条雪村警視ですよ」

 彰ちゃんたらほんと、美味しいタイミングでいいところだけ持って行くわね。

「捜査一課……特殊捜査班……?」

「あんた、今のは立派なセクハラよ。この子に謝りなさい」

 すると柳沢はものすごく嫌そうな顔をして、ようやく聞き取れるぐらいの小さな声で謝罪らしき言葉を口にしたようだった。

 まったく。

 辰巳と言い、こいつと言い……警察学校の教官を左遷か何かだと勘違いしてるんじゃないかしら。

 なんていうかストレス発散に学生をいじめてるだけのようにしか思えないのよね。

 気を取り直して教官は授業を始めるけれど、かなり動揺しているみたい。

 同じことを何度も繰り返して……バカねぇ。

 アタシは思わず彰ちゃんの脇をつついた。

「彰ちゃん、あんたが教鞭をとりなさい」

「……はい?」

「あんた犯罪捜査のプロでしょう? 強行犯係でしょ?!」

「じょ、冗談じゃありませんよ! 僕はそもそも、人に教えるような立場では……!!」

 挿絵(By みてみん)

「はぁーい、みんな! ちゅうもーく!!」

 生徒達の視線が彰ちゃんに集まる。

「この彼はね、今をときめく捜査一課強行犯係の現役刑事よ!! 何か聞きたいことがあったら、この子に聞きなさい!!」

 うふふ、焦ってる。

 生徒達はここぞとばかりに、彰ちゃんへ向かって降る矢のごとく質問を浴びせてくる。

「捜査一課に、刑事になるための必要な条件ってなんですか?!」

「一度事件が起きると、何日も家に帰れないって本当ですか?!」

「本庁と所轄の対立って本当にあるんですか?!」

 ああ楽しい。

 彰ちゃんって、すぐ内面が顔に出るから好きよ。

 何事にも動じない、クールな自分でいたいようだけど、それは無理ね。実質的に中身はただのお子ちゃまだもの。

 さて、質疑応答はこれぐらいにしましょ。

「はい、そこまで!! じゃあ授業に戻って」

 ようやく落ち着きを取り戻したらしい本来の教官はごほん、と咳払いをすると、

「この部屋を見て何か気づいたことがあるか?」と授業を再開する。「そしたら今日の教場当番……吉岡!」

 はい、と返事をしたのは例の気弱な男の子。

 名前を呼ばれた男子学生は模擬家屋の中をぐるりと見回して、ものすごく考えこんでいる。

 頑張って!!

 ほら、床をよく見てみると……足跡が不自然についてるじゃない。

「……えーと、生活臭がまるでありません」

「アホかお前は! 模擬家屋なんだから当たり前だろうが!!」

 びくっ!! と吉岡君が震える。

 この子、本当にこの先大丈夫かしら……?

「いえ、彼の言うことはあながち的外れだとも言えませんよ」

 そう言って口を挟んだのは、彰ちゃんだった。

「生活臭がない……つまり、住むためではなく、他の目的で借りていた部屋だということも考えられます。例えるなら暴力団がフロント企業として設立する、架空法人……」

 確かにその可能性も考えられるけど……。

「想像を豊かにするなら、もしこの部屋に死体が転がっていたとしたら、ここで行われていた何らかの犯罪行為に関して、警察に情報を売ろうとしていた人間が始末されたと言う可能性も考えられますね」

 ぽかん、と教官は口を開けたまま何も言えないでいる。

 こじつけと言ってしまえばそれまでだけど、まったく回答として間違っているとも言い切れない。

 しばらくして教官は気を取り直し、

「他に何か気付いたことはあるか?!」

 すると。

「はい!」と、元気な声が割って入る。

 あら、この子は確か宮野君だったわね。期待してるわよ。

「足跡が不自然についています。全部右足です!!」

「そこからわかることは?」

「犯人が両方とも右の靴を履いた。つまり、複数犯であることを印象付けるための偽装工作と思われます!!」

 犯罪捜査の授業に熱心な子って、当たり前だけど刑事志望の子が多いのよ。

 決めたわ、この子が四人目の候補。

「じゃあ、窃盗の被害を減らすにはどうしたらいい?」

 宮野君は自信満々な表情で答える。

「優秀な刑事を捜査三課と、各所轄盗犯係に集めることです!!」

 ……あ、この子ちょっとおバカかも……。

 柳沢も苦笑している。

「お前、それは理想論だ。三課の村井課長は喜ぶだろうがな」

 そりゃね。警察は言うまでもないけど、どんな企業だって優秀な人材が欲しいわよ。

 それで泥棒が減れば何も言うことないわ。

「他には……あんたはどう考える? 捜査一課の刑事さんよ」

 いきなり話を振られ、欠伸をしていた彰ちゃんは目を白黒させている。

「へ……? あ、えっと……」

 刑事になりたかったらまずは交番勤務の際、自転車泥棒なんかを地道に捕まえ、そうして上の覚えをめでたくするって言うのが定石よね。

 捜査の基本はドロ刑にあり。

 泥棒の一人も捕まえられないで、人殺しは捕まえられないってことよ。

 彰ちゃんが何て答えるのかを楽しみにしていたアタシは、次の瞬間裏切られたことを知る。

「盗まれて困るようなものを家に置かない、でしょうか?」

 こいつも割とバカだった。

 模擬家屋の中が静まり返る。

「あ、わかりました! 留守にする時は、隣近所に声をかけて……」

 もはや苦笑しかない。

 この子、バカのフリなのか本物なのか、よくわからないわ。

「……北条警視、あんたの模範解答は?」

 仕方ないわね。

「……泥棒の家に盗みに入ることよ。泥棒にも、盗られる人間の気持ちを思い知らせてやればいいわ」

 生徒達から笑いが起きる。

 けど、これは実証されている本当のことよ。


 授業終了。

 なんか、本来の目的を逸脱しかけているような気がするのは気のせいかしら?

 少なくともあと二人は嫁候補を見つけて帰りたい……。

「いやぁ、さすがですねぇ北条警視!! 歴代彼氏の何人かを女性に寝盗られただけあっ……ぎゃーーーっ!! ごめんなさい、すみませんでした!!」

 どうして自滅するとわかってて、余計なことを言うのかしら? 彰ちゃんて。

 でも、残念だけど今日の授業はこれで終わり。

 後は自由時間ですって。

 ま、自由と言っても教官の気まぐれでほぼ強制的にランニングさせられたり、課されたペナルティをこなしたりと、決して気の緩む時ではないんだけど。

 今日のところは帰ろうかしら。

 ドラマかマンガなら待て次号! とでもなるのかしらね。

 さて、次の非番はいつだったかしら……。

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