初めまして、こんにちは。
長岡弘樹氏著作:『教場』を読んでいて思いついた話。
【このミステリがすごい】に選ばれていたけど、確かに凄かったです。
はぁい!! 初めまして、の人がほとんどよね。
アタシの名前は北条雪村。
広島県警捜査1課特殊捜査班、通称HRTの隊長よ。
遠慮なくユッキーって呼んでね。
アタシよく、オカマだとかおネエだとか誤解されるけど、そう呼ばれるのは我慢がならないの。マジギレするわよ?!
ただ単に女性に興味がなくて、可愛い男の子が大好きっていうだけの、ごく普通のどこにでもいる成人男子だから!!
ちなみに。特殊捜査班っていうのは、人質立てこもり、誘拐、公共交通乗っ取り犯を相手にする、捜査1課『普通』の刑事では対応しきれない事案(ここ大事、テストに出るわよ)を扱うスペシャリストなの。
実を言うとアタシ、子供の頃から動体視力と聴覚が異常に優れていたのよね。
そりゃもう、あらゆるスポーツ界からのスカウトがきたわよ。
けど、いろいろ試してみて射撃が一番しっくりきたのよね。
ま、いろいろあって小さい頃から警察官に憧れていたし、県警からスカウトが来た時は迷わなかったわ。もちろん警視庁からもスカウトが来たけど、地元愛が勝った訳。
当然、応援してるのはカープとサンフレッチェよ。
そうそう。大事なことを言い忘れかけてたわ。
現在、彼氏募集中。
好みのタイプは……そうね、端的に言ったら【性格の歪んだ子】かしら。
今、アタシの為に運転してくれてる彼……和泉彰彦みたいな、ね。
「ふわっくしょん!!」
あら、口に出してないのに伝わったのかしら……?
「うぅ、誰か僕の悪口を言ってるに違いありません……」
ハンドルから片手を離して、器用に鼻を噛んでいる綺麗な顔の男。
県警捜査一課強行犯係に所属する和泉彰彦警部補。
実を言うと彼、アタシの元カレ……って言うと、本人は否定するんだけど。アタシはかなり本気だったわよ。
彰ちゃん……和泉彰彦はアタシが若い頃、機動隊にいた頃の2年後輩でね。
初めて会った時はまったく口もきかない、愛嬌の欠片もない、何が楽しくて生きているのかしら? っていう暗~いタイプだったの。
警察って基本、体育会系じゃない?
先輩が黒いものを白と言えば白、そういう空気が当たり前な中で、この子だけはいつもマイペースだったわ。
それに何と言っても、顔がアタシの好みど真ん中、ストライクだったの。
だから興味を引かれて、ついいろいろと世話を焼いちゃったのよね。
アタシ、自覚はあるけどいわゆる『おかん』タイプなのよ。
この子ったら落ち込んだり、何かに夢中になると、食事をすることさえ忘れてしまうの。
仕事でミスしたとか、射撃訓練にハマっちゃったとか、そういう時は本気で何も食べないままでいるもんだから、心配でね。
それでアタシ、それまで一度も握ったこともなかった包丁を握って、料理の本を買ってきて、彼のために何度もご飯作ってあげたわけ。
悪いけど今じゃ、警察クビになっても料理人でやって行けるほどの腕前よ。
そのおかげで彼も少しはアタシに心を開いてくれたみたいなんだけど……。
わかってるわよ。
『保護者ポジション』は恋愛に発展しにくいって。
「あんたのことを悪く言わない人の方が、貴重だと思うわよ?」
「失敬な! 僕のマイハニー周君はいつも、僕のこと褒めてくれますよ?!」
「僕のマイハニー、っていうのは重複よ」
「……」
「あの子が、あんたの何を褒めてくれるのよ」
すると彰ちゃんは頬を赤く染めて、
「……精力絶倫って」
アタシは思わず手を伸ばしてハンドルを思い切り左に切り、急いで右に戻した。
ついでに言うと今、2人で乗っている車はアタシの愛車で左ハンドル。
危うく電信柱に激突するところだったわ。ま、そんなヘマはしないけどね。
彼の赤かった頬が一気に青くなる。
「アタシ、そういう下品な話は好きじゃないの」
なんて言うのは真っ赤な嘘だけど。
でもね、考えてもみてよ。
元カレから新しい恋人との惚気話を聞かされて、腹の立たない人間なんている?
アタシは本気で彰ちゃんのことが好きだった。
そう、あれは何年前の話になるかしら。
それは、アタシと彰ちゃんが機動隊銃器対策課にいたころの話だから何十年も前の話。その時、県警全体を揺るがすような大事件を起こした大バカクズ野郎がいたのよ、それもアタシ達の仲間内にね。
そいつのせいで部隊は解散。
アタシは警備課へ、彰ちゃんは所轄の刑事課に異動になった。
当時はずいぶん心配したのよ。
刑事って呼ばれる人種は自己主張が激しくて、有能な……自分よりも昇進しそうな若手を皆でイジメにかかるって言うじゃない。
ま、この子は元々根性がねじ曲がっているから、心折れて警察辞めるとか言わないだろうとは思っていたけど、それでもね……周囲から鼻つまみ者扱いされるのはかわいそうでしょ? 意外と寂しがり屋さんなんだから、この子。
そしたら。
異動先で出会った彰ちゃんの相棒は、高岡聡介っていうとんでもないお人好しでね。
彼ってば、あっという間に彰ちゃんのことを手懐けてしまったのよ。
早くに父親を亡くしたあの子も、彼のこと実の父親みたいに慕うようになったって。
その話を聞いた時アタシも、まだまだ世の中は捨てたもんじゃないと思ったわね。
それから何年後だったかしら。
アタシのところへ、アメリカのFBIへ研修に行かないかっていう話がきたの。
ずいぶん悩んだわ。
それまでも彰ちゃんとはずっと連絡取り合って、ちょくちょく顔合わせてたから。だってほんとに好きだったんだもの。
向こうに行ったら、そう簡単には会えないじゃない。
だから、思いきってプロポーズしたの。
『アタシと一緒にアメリカへ行かない?』
そしたら。あの子、なんて返事したと思う?!
『僕、聡さんの傍にいたいです』
……失意の内に渡米したアタシはでも、決してあきらめなかった。
日本に戻ったら今度こそ……!! と、思っていたのに。それなのに!!
帰国したら彰ちゃん、他の男の子に夢中になっていたのよ?!!
どういう子かしら? って、よく観察してみたけど……やっぱり人は自分が持っていないものに強く惹かれるのね。
気持ちが真っ直ぐで純粋な、ほんとに可愛い子だったわ。
ま、この子なら仕方ないか……。
ただし、重度のシスコンだけどね。
いいんじゃない? ファザコンとシスコンでお似合いだわ。
で。
仕方ないからアタシは今、公私共に右腕になってくれそうな人材を探してるってわけ。
もちろん、既存の部下達はみんな優秀よ。でもね、それはあくまで公の話。
アタシが求めているのは、顔も頭も良くて、いわばお嫁さんに匹敵するパートナー。
そろそろ一人で寝るのも辛くなってきちゃって。
県内のあちこちを巡ったけど、帯に短し襷に長しってね。
なかなかピンとくるのがいないのよ。
そこでアタシ、思い付いたの。
警察学校に行って、将来見込みのありそうな子に今から札をつけておくのよ。いわば青田買いってやつ。
そこで今日、彰ちゃんも非番だっていうから彼に運転させて、学校に向かってるという次第。どうでもいいけど、警察学校ってどうしてあんな辺鄙な場所にあるのかしらね。
ちなみにね、アタシまだ完全に彰ちゃんのことをあきらめた訳じゃないのよ?
隙あらば……ふふふ……。
「……着きましたよ」
指し絵に関して一言いうならば……アナログです。それだけです。