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手駒

「どういう、つもりだ…………射手矢悠里」


 僕は語気を荒げつつ、努めて冷静に、虚空に向かって一歩踏み出した。たとえそこに床がなくとも、僕の歩行とは本質的に移動(・・)だ。机間を滑走することなど容易い。


「この穴は------」

「罪人が落ちるんですから、続いている先は地獄か何かでしょう。なんにせよ、彼らは落ちるべき場所(・・・・・・・)に落ちていく。これが僕に与えられた断罪の力です」

 彼はクラスメイトの筆箱を引っ掴むと、躊躇いなく放り投げた。中身をばら撒きながら落ちていくそれが、地面にぶつかる音は聞こえなかった。


「朔馬……これ、下の位相に続いてる。おそらくハザマか、もっと()か」

「遼、綿津見さんに頼んで…………」

「もう連絡済みだ。回収チームが向かっている」



 相変わらず手際が良くて助かる。遼の言葉に、僕は振り返らずに頷いた。昨日、彼の担任がそこに居たのはきっと偶然ではない。そして落とされた張本人、倉口先生はそれが誰の仕業によるものか、気付いていたに違いない。

「僕が……交渉する。遼は待機しておいてくれ」



 おそらく、その罪悪感が故に。



「……射手矢、そこまでにしておけ。これ以上好き勝手すると、実力行使に出るぞ」

「馬鹿なこと言わないでくださいよ。そもそもどうやるって言うんですか。武器も持たずに------」


 直後、射手矢の頬に切り傷が走る。超高速で放ったペンは、狙い通り、後ろの窓ガラスに突き刺さった。


「冗談じゃないぞ。これは最後の警告だ。ここには僕も、遼も、理恵も、森賀さんだって居る。この穴の底にも、僕の仲間が向かっている。どこにも逃げ場はない」

「逃げるつもりなんて、ありません」

「じゃあ猶更だ。なァ落ち着けよ。こんな(・・・)解決の仕方、間違ってるって……」

「間違ってるだ!? 間違っていたのはこいつらの方でしょうが!!」


 ガン、と教壇を蹴りつける音が生々しい。その様子は、図書館で言葉を交わした時からは想像もつかないほどの荒れようだった。


「……そもそも自業自得なんですよ。罪には相応の罰が伴うんですから。罪、罪、どいつもこいつも罪人ですよ!」

 射手矢の口調は落ち着きを取り戻したが、その眼には依然として怒りが宿っている。その怒りを、果たして僕は否定できるのだろうか。



「なぁ、実はもう少し待てば、いじめの件は新崎先生が何とかしてくれる算段はついていたんだ。なにもこんなことしなくても……」

 僕は廊下の方をちらりと見やる。新崎と目が合った。心配そうな顔つきでこちらを見ている。


「もう、遅い。遅いんですよ、もう」

「そんなことない。まだやり直せる。まだ……」

「遅いって言ってるでしょうが!!」


 彼は大股でこちらに歩みよると、僕の腕を思いっきり掴んだ。驚く僕をよそに、彼は自分の首に、僕の掌を押し付けた。

「これで判りますか! これでもまだ間に合う(・・・・)ですって!?」


 虚を突かれ、彼の目を見る。黙って見つめ返す彼の視線には、確かに意志が宿っている。

 でも、その首筋は冷たい(・・・)。脈動も感じない。それはまるで、まるで……。



「まるで死んでるみたい、ですか? いいえ、死んでるんですよ、僕は、もう」

 彼が制服のシャツをたくしあげると、腹部を顕わにした。そこには、鮮やかな黄色の魔方陣が刻まれていた。


 **




「僕が死んだのは、先輩たちに図書館に呼び出されたあの日の、ちょうど前日でした。死因はなんだっけ、おい川嶋」


 名前を呼ばれ、一人の学生が震え声で答える。

「…………きし」


「聞こえない!」

「で、溺死」

「…………だ、そうです。バケツに顔を突っ込まれたところまでは覚えてるんですけど、なにせ死ぬ直前の記憶は曖昧でして」

 教えてくれてどうも、と彼が口にすると、それが合図となって川嶋君は机ごと落下した。悲鳴も聞こえなかった。またも射手矢は侮蔑のこもった目で、落ちていく彼をじっと見ていた。


「……これで現場に居た実行犯(・・・)は全員、奈落行きです。ともかく僕は殺された。アイツらは動かない僕を見て、びびって逃げ出した。そして残された僕の元に、救世主が来たんです」


**


『人は死んでも数分間は聴覚が残っていると聞く。喜びなよ、名も知らぬ少年。僕の妹は生死の境を曖昧にするのが大の得意でね……』


**



「…………そうして僕は、ムラサキさんのおかげで甦った。そして全てを教えてもらったんですよ。僕が授かっている、この異能力とは何か。先輩たちが邪魔をした大いなる(ルルイエ)計画について。そして、僕が何を為すべきかを」


「あの時、既に…………」


『ヒトの罪を白日の下に晒すべく、神が与え給うた力が』


 病院で射手矢が言い放った台詞に、どこか違和感を覚えた理由がようやくわかった。あの言い回しは、僕達〈守り手〉が好まないニュアンスを含んでいるように感じたのだ。


「でもムラサキさんは、異能の起源となった神を知らなければ、真の神の使いにはなれないって教えてくれました。だから------」

「何も知らない振りをして、図書館に来たのか」


 信じられないが、そこに一切の矛盾はない。手の込んだ嘘をつく必要もない。


「それ以上近づいたらッ!」


 誤解だ。そう咄嗟に駆け寄ろうとした僕だったが、彼は鋭い声を上げて制止した。まだ浮いている机のひとつに手を置くと、試すような目をこちらに向けた。


「また一人、奈落行きですよ。おい良いのか皆。正義の味方を気取ったこの部外者のせいで、次に落ちるのは誰かな?」


 焚きつける彼の言葉で、クラスは途端にざわめきだす。なおも動こうとする僕だったが、何かに(・・・)引っ張られて止められた。振り返ると、うつ伏せになっていた近くの席の女子生徒が、僕の裾を強く握っていた。



「…………え?」

 動揺する僕。ざわめく教室。そしてそのざわめきは次第に大きくなり、言葉の雨となって降りかかる。


「はやく出てけよォ!」「落ちるの嫌だよ嫌」「帰れ!」「はやく!」「帰れ」「かえれ」「余計なことするなよ」「俺助かるかもしれないのに」「あっ、抜け駆けするなよお前だって射手矢のこと無視してただろうが」「そういうお前だってわざとぶつかったりしてただろうが」「やめてよ、もう」「とりあえず波風立てるなよ」「先輩だかなんだか知らないけど、引っ掻き回すのやめてよ」


「どうやらクラスの総意(・・・・・・)のようです」

 気圧され、それでも射手矢から目を逸らさずに一歩下がると、彼は満足げに頷いた。


「にしても醜いな。そう思いませんか、先輩」


「どうして僕たちじゃなくて、あのムラサキとかいう人間を信じるんだ。正体も何も判らない。それに悪人かもしれないってのに……」



「でも、僕を生き返らせてくれた恩人(・・)です。それに比べて先輩たちは何ですか。経歴詐称に銃刀法違反、窃盗に器物損壊、それに殺人(・・)まで! 異能を悪用する立派な犯罪者集団が、信じろなんて聞いて呆れます。僕には最初から全部見えてるんです。そしてそれはすべて本当(・・)のことだと、教えてくれたのがムラサキさんだ。だから僕は、彼を信じます」


「事情が……」

「事情があれば何をやっても良いんですか」


 彼はもはや聞く耳を持っていない。彼の目には、確かに罪が見えているのだ。それは法律に準拠する罪では必ずしもないだろうが、それは異能というフィルターを通っている時点で、ある種の真実である。


 知らずのうちに見殺しにした無辜の人々。あるいは僕らがとどめを刺した、生きる人形。そのどちらも、ある意味では殺人と言えるのかもしれない。黄泉が言っていたというように、そこに僕らは罪悪感を感じているのだから。それは僕らが背負う業である。




「この力は正しく使わないといけない。隠すんじゃない。使わないといけないんですよ。だって僕は神様に選ばれたんです。どうしてその僕が、また僕が抑圧されなきゃいけないんですか!?」

「図書館で、ちゃんと説明しただろ」

「易々と騙されるわけないじゃないですか。なにが世界を守るためですか。その時にはもう、ムラサキさんに真実を教えてもらった後なんですよ。自分の快楽のために異能を使っている分際でッ!」



『……そういうことだ。ご覧の通り、射手矢悠里は真実(・・)に目覚めた。もっとも、彼が目覚めた真実はごく一部だが…………』

 僕が言葉を探していると、放送のマイクが再度入る。彼の声に、ねとつく嫌味を感じる。


「なにが、真実だ。蛇みたいに唆しやがって。僕たちがどんな思いで------」

『いいや違う。唆しているのは君たち(・・・)の方だろう』

「違うッ!」



「帰ってください、先輩。今すぐに。最後の警告(・・・・・)、ですよ」

『…………ほぅら、可愛い後輩くんがお願いしてるぞ?』


 射手矢が睨んでいる。他のクラスメイト達の視線も鋭く冷たく刺さるのを感じる。おとなしく帰るしか、選択肢はなかった。


「僕には見えているんですよ、黒乃先輩」

 失意のうちに去るその際で、僕の背中に彼はつぶやいた。




「貴方は世界を守ったんじゃない。見殺しにしたんだ」

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