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マイクテスト

 後日------。


 学校は再開する。いるかどうかも分からない不審者騒ぎなんて、この話題移ろいやすい空間では一週間と保たない。今の話題は専ら、「開かずの放送室」についてである。朝礼前の教室はどこも、これで持ちきりのようだ。



「放送室、か」


 もちろんすぐさま脳裡を掠めるのは、我が校に伝わる七不思議のひとつ------『無人の放送室から流れる横暴な校内放送』だ。だがそれとは関係ない話で、なんでも、放送室の鍵が開かないらしい。鍵自体はあるのだが、何故か鍵穴と合わないとかなんとか。


 先の不審者騒動もあり、中に誰かが立てこもっているのではとの懸念は当然職員室で上がったそうだ。だが扉は蹴ろうが体当たりしようが、一向に開く気配がないとのこと。規制線が張られ、生徒が近づけなくなっているのはその所為らしい。教えてくれた友人は、映画のネタバレでもしているかのように目を輝かせていた。



 誰だって分かってはいる。鍵もいつかは壊れる。扉の建付けだって、悪くなって当然だ。そこに何一つ不思議なことなどない。でも開かずの放送室を話題にする生徒たちは誰も彼も、その声色に、隠し事をしているかのような含みを持っていた。


「あ、おはよー」


 朝礼開始まで残り十分ほどというところで、理恵と野上さんが揃って登校してきた。二人の登校が同じ時間なのは理由がある。異能を失った野上さんが、実家には絶対に帰りたくないと強く主張したのだ。結果、理恵の家に居候することになっていた。他人様の家庭事情に首を突っ込むつもりは更々ないが、魔術の家も大変である。

「おはよう、森賀さ…………じゃなくて野上…………あれ、学校だとどっちで呼べば」

「お好きにどうぞ。そんなことで悩むんでしたら、最初から下の名前で呼んでいればよかったのに。これを機に、どうです?」

「……考えておく」


 人の呼び方は、一度決まってしまうとなんとなく変えづらい。

 席に着くと、理恵が話を切り出した。本題(・・)についてだ。

「学校、何事もなく始まって良かったね。ほら、中一の……」


 彼女が言わんとしていることは、言わずもがな射手矢君の件である。彼が自らの能力起源を認識するのと時を同じくして、教室内に張り巡らされた大量の写真が姿を消したと、新崎先生から連絡があったのだ。今ごろあの教室には、何も知らない生徒たちが登校し、鞄を置いて、いつもと変わらずクラスメイトと駄弁っている。その輪の中に、射手矢君の姿もあればいいが。




「黒乃、いるか」


 そのまま三人で他愛もない会話を続けていると、不意に僕の名前を呼ぶ男性の声がした。振り返ると教室の入り口に、神妙な面持ちの男が立っていた。噂をすればなんとやら、新崎先生だ。クラスメイトの幾人かもつられて振り返り、彼の姿を視界に収める。

「ちょっと」


 手招きする先生と目が合ったのは、間違いなく僕だ。応じ、席を立つ。

「あー、俺は今からちょっと二者面談があるから、朝礼までに戻ってこないかもしれん。もしそうなったら、進行は他の先生にお願いするから、そこのとこ宜しく」


 先生は声を張り上げて、早くに登校しているクラスメイトたちに伝える。二者面談の相手、とは僕のことであろう。

 理恵たちも呼ぶべきか迷ったが、先生が『二者面談』と言った以上、呼びたい生徒は僕だけであるということだ。二人に断りを入れて、僕は教室を後にした。


「校長室を空けてもらった。あそこなら誰も盗み聞きできない」

 先生の横に並んで廊下を歩く。彼の表情は曇っていて、つられて僕まで暗い気持ちになる。まるで僕が悪いことをしたみたいでバツが悪いが、よくよく考えてみると僕は何も悪くない。呼ばれた理由だって、ほぼほぼ見当はついているのだ。




「……失礼します」


 昨日、僕はハザマの世界にいた。そしてその中で、禁書と化した手帳に導かれ、僕はこの学校に辿り着いた。そしてそこで、僕はある人物を救出(・・)した。


 救出と言っても大それたことはしていない。そもそも一般人は、あの世界を抜け出す方法を持ち合わせていない。もちろんその反対に、迷い込むことだって普通はあり得ない。だが万が一、何かの拍子に迷い込むことがあったとするならば、誰の助けも得られないまま、いずれアネクメーネまで真っ逆さまとなる。本来ハザマの世界は境界線そのもの。直線は空間ではないのだ。その場に留まり続けることは出来ない。


「倉口先生(・・)


 促され、校長室に入り、中の先客に声をかける。


 いかにも高級そうなソファーにぐったりと座り込んでいた男は、呼ばれたことに気付くと、生気をすっかり失った目をこちらに向けた。ネクタイはだらしなく、申し訳程度に締まっており、ワイシャツもしわくちゃ、髪もぼさぼさである。学校という場所に連れてこなければならなかった手前、誰かに無理やり身支度させられたのだろう。


 アイロンのかかった良いブランドのスーツを着こなしていた、かつての彼を見たことがあったから余計に、今の彼が通常の精神状態であるようには見えない。


 彼は倉口先生。一年C組の担任、射手矢裕理の担任である。


 **



「まず……」


 校長室の扉を閉めると、新崎先生が切り出した。


「昨日、ここで何があった」


 説明すべく僕が口を開こうとすると、それより先に倉口先生が割って入った。


あいつ(・・・)だ、あいつ(・・・)に落とされたんだッ!」


 彼は間違いなく僕の方を向いていたが、彼の焦点はどこにも合ってはいない。どうなだめてよいか困っていると、新崎先生が助け舟を出してくれた。

「倉口先生、落ち着いてください」

「落ち着く!? 巫山戯(ふざけ)るな、俺は殺されかけたんだぞッ」


 倉口先生はほとんどつんのめりながら、唾と言葉を吐き散らかす。だが彼の勢いに呑まれること無く、必死に自己保身に走る傲慢(・・)さもあってか、新崎先生は態度を切り替えた。


「……自業自得だ。元はと言えば、あんた(・・・)が射手矢君へのいじめを見過ごしていたのが原因だろう。なにのうのうと被害者面している」


「……ッ!」

 射手矢。その名を聞くと倉口先生は一瞬びくっと肩を震わせ、押し黙った。彼に昔の面影は全くなく、何か得体のしれないものに執拗におびえ続けている。


あいつ(・・・)、って……先生は、どうして自分があの場所にいたのか知ってるんですか。その言い方だと、誰かに連れてこられたみたいな……」


「理屈は判らん。そもそもあの場所が何なのかさえ、この俺が知るわけないだろう。でも俺にだって判ることがある。あれは神罰(・・)なんだよ。そして------」


 両手で顔を覆っていた倉口先生は、そこでいったん言葉を区切ると、僕に向かって悲哀入り混じる視線をじっとりと向ける。


「罰はきっと、まだ終わってない。俺はまだ、裁かれていないんだから」



 直感する。彼は何か(・・)に気が付いている。だがそれを僕が問い詰める前に、唐突に横やりが入った。


『ザザ……ザザザザ…………』

 それは言葉ではなくノイズだ。ノイズがどこからともなく聞こえ、部屋を満たした。



「これは……?」

 僕は新崎先生と顔を見合わせる。どうやら幻聴ではないようだ。校長室から出てみると、その場に居合わせた他の人たちにも聞こえている。


『…………スト…………』


 ノイズの中に、かすかに言葉が聞き取れはじめる。それは青年の声だった。


『…………テストテスト、ああ、これで聞こえるかな』


 ようやく気付いた。この声はスピーカーから聞こえてきている。職員室だけではなく、廊下、それとおそらく全ての教室で聞こえていることを考えるに、声の主の居場所は……


「放送室からだ。あの中に、誰かいる」


 口にするや否や、僕は駆け出していた。嫌な予感ほど的中するものだ。この放送は、決して良いものじゃない。


『手早く済ませよう。今日は君たちにとって記念すべき日となる。真実に目覚める日だ』


 廊下にも鳴り響く放送に耳を傾けながら、息を切らして目指すは放送室。途中で人とぶつかりそうになって、こけそうになっても走りを止めない。止めるわけにはいかない。


『時に、理想の学生生活とは------絶対王政であると僕は思う。絶対の権力を持つ一人をカーストの頂点に、その他雑魚は仲良く並んで全員二位だ。同率とはいえ二位だぞ。嬉しいだろ? 文句ないだろ? そうとも。スクールカーストってのは細かい階級があるのが悪いんだよ。あるべきは王様と、それ以外。判りやすいこの二択だけで良い。王は法によって民を裁き、民は法に則って生きる。これでみんなハッピーだ。違うか?』


 通り過ぎる教室はどこもざわついている。何人かは廊下に出てきているが、誰も彼も上を見上げ、この横暴で(・・・)、それでいて理解はできるこの放送が次に何を言うのか、見守っている。


『僕はここに理想のクラスを築き上げることにした。といってもたった一クラスだけだが、周りが模範とするには十分だろう。で、悪いが王様役はもう選んである。なんてったって僕の役割(ロール)横暴な放送(・・・・・)だからね。横暴に、決定通知だけを報告したというわけだ…………って、これは言ってもわかんないか』



 規制線を潜り抜ける。生徒立ち入り禁止の区域に入って、そこで僕は足を止めた。止めざるを得なかった。切れた息を整えるべく、吸って、吐いて。放送室は目の前にあった。


『ここではいじめも、喧嘩も、学生生活に支障をきたすものは一切何も起こらない。いや、起こり得ない。理想のクラスのはじまりだ。なんと素晴らしい。違うか? いや、違わないな』


 だが放送室に立ち入ることはできなかった。放送室の扉には、紫色の魔方陣。色こそ違えどその形は、黄泉と出会った時に見たものとまったく同じだ。


『私立七丘学園、中学部一年C組(・・・・)はこれより、理想の王国に生まれ変わる。さあ、手を叩いて祝うがいい』

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