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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
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現実、認識、乖離

 断末魔の叫び、というものがある。


 それは、生きたい(・・・・)という願いに執着した結果、現世に残した様々な感情を声に交えて吐き出す呪いとも言える。鹿の怪物が倒れたまま発した声は、まさしくそう形容するにふさわしかった。つんざく悲鳴に、反射的に耳を塞ぐ。



「……ペリュトンめ。最後の悪あがきか」

 顔をしかめた綿津見(わだつみ)が忌々しそうに舌打ちする。ペリュトン−−−−−−翡翠に輝く鹿の怪物を、彼はそう呼んだ。


「悪あがき、とは?」

 まだ違和感の残る耳を気にしながら、僕が発した問いには遼が答えてくれた。


「今のは仲間を呼ぶ声だよ。ほら」


 遼が気怠げに指差した先、すなわち真上を見やると、いくつもの巨大な影。ぺリュトンたちが、空を舞っていた。


「どうやっても俺たちを殺したいと見た。個よりも全が獲得する影の個数を優先したいらしい。理恵、まだ動けるか?」


「雨止んだから血が足りなーい。私は貧血になるつもりはないし、あんたがその血を分けてくれるならいけるけど」


 彼女の言葉通り、雨は止んでいた。理恵はもう線香をしまったようで、先ほどまでいた蚊のバケモノも消えている。どうやら血を継続して供給しないと、使役し続けることはできないようだ。


「嫌だよなんで俺が痛い目にあわなきゃならん。綿津見に頼めよ、空気中の水蒸気凝縮」


「それは嫌よ。乾いた空気は喉に悪いもの」


「俺も理恵に賛成だ。ここは俺がやる。取りこぼしはよろしくな、遼」


 理恵が一歩後ろに下がり、今度は綿津見が進み出る。


 臨戦態勢と言わんばかりに羽を広げるペリュトン達。既に何体かは着地しており、僕たちは陸空共に、四方を完全に囲まれている。


「久々の見せ場だな。気張っていくかッ!」


 彼はバールを器用に振り回し、その先端を正面のペリュトンに向ける。そして決め台詞と言わんばかりに、高らかに謳い上げた。


「異能力、参態変化(トリニティ)



 彼の手にしたバールが、どろりと溶け出し滴り落ちる。


「物質は状態を変化させる。あるものは視認できる個体として。あるものは拡散する気体として。またあるものは、蠢く液体として」


 流動性を持った金属は、まるで蛇のように綿津見の右腕に巻きついていく。滑らかな金属光沢は、みるみるうちに甲冑となって彼の半身を覆った。


 直後。上空のペリュトンのうち一体が急降下し、力任せに綿津見に突進した。激突したペリュトンは、頭部の角を突き上げ、彼の身体を空中に放り投げる。



 間違いなく即死だと思った。しかし悲鳴の代わりに聞こえたのは、綿津見が短く、勝利を確信した声だった。


「蒸発」


 彼がペリュトンの角を掴むと同時に、半身の装甲が消える。角は腹部に刺さってはおらず、即席の金属装甲によって寸前で止められていたのだ。


「良い突進だった。闘牛になれるなァ、キミ」


 綿津見がそう言い放つと、今度はペリュトンの角が、根元から消えた。驚愕の色が獣の眼から読み取れるうちに、綿津見の蹴りが額を穿った。


 反動で飛び、着地する綿津見。彼の手元は、土色の蒸気で纏われている。彼は、さっきの一瞬でペリュトンの角の三態を変化させたのだ。


「さァ、マタドールはここだ。暴れ鹿ども」


 手元の蒸気は言葉と共に凝縮、凝固を繰り返し、ちょうど闘牛士(マタドール)(ムレータ)のようにその形状を変えた。挑発されたペリュトン達はといえば、怒り狂って一斉に襲いかかる。


「…………そして、手札は一枚とは限らない」


 彼が先ほどまで持っていたバールが、彼の意思に応じて変化して揺らめいている。僕がそう気付いて空を見上げると、不可視の気体であった金属は次々と空中で槍や剣を形作り、降り注ぐところであった。そして的確に、ペリュトンの頭部のみを貫いていく。



 だが、その中に一筋、素早く動く影があった。銀の雨をすんでのところでかわしたぺリュトンが一体、こちらに猛スピードで突っ込んでくる。その標的となっていた綿津見はといえば、手に持ったムレータで、颯爽と突進をかわしきった。


「はぁ……それは取りこぼしではなく、ただのなすりつけ(・・・・・)では」


 その様子を静観していた遼は、心底嫌そうに呟く。そして何気なく取り出したボールペンを、いつもの癖のように手の中で回した。こんな時に何をしているのかと聞こうとしたその瞬間、ペンは光とともに形を変えていき、最後には黒い拳銃となった。突然のことに呆気にとられる僕をよそに、手の中で握り直した遼は、ためらわずに腕を持ち上げる。


 だが、その銃口はあろうことか、彼自身の頭を向いていた。




 彼は忌々しげに銃口を頭に押し付けると、躊躇うことなく引き金を引いた。聞きなれぬ乾いた音と共に、遼の頭からぼたぼたと、赤い液体が噴き出し、次々に溢れ出す。



「え…………りょ、遼………ッておい待てお前何やってんだよッ!」


 僕は急いで遼のもとに駆け寄って、倒れた身体を助け起こす。だがその身体は四肢を力なく投げ捨てるのみで、眼にも生気は宿っていない。ぬるりと生暖かい液体が僕の手を、そして服をどんどんと赤く染め上げていく。



 呆然とする頭を必死に動かしてみたが、納得のいく説明は導き出せない。自分で自らの頭を撃つ。それは自殺の他に何を意味するというのだろうか。迫りくるバケモノに恐怖し、自殺の道を選んだんか。いや、そんな様子はなかった。理恵の方をちらりと見たが、彼女は顔をしかめて目を背けてこそすれ、驚いている様子はない。でも、何故。


 僕の疑問に対して、唐突に返事が来た。そしてその声色が遼自身のものだったことが、僕を大いに驚かせたのだ。


そっちの(・・・・)俺はもう死んでる。俺はこっちだぞ、朔馬」


 声に驚いて振り返る。そこでは、僕の目の前で死んでいるはずの遼が、いつの間にか僕の背後でライフルを構えていた。


「伏せな」

 言葉に、反射的に身をかがめる。直後、体の真上を一筋の弾丸が駆け抜けた。


 飛翔し、飛びかかってきていたペリュトンが素早い反射神経で、空中で横に回避する。弾丸は完全に反れたかのようにみえた。


 しかし、聞こえてきたのはペリュトンのつんざくような叫び声と、地面に倒れ伏す振動。リロード音が聞こえ、銃声が鳴り響くたび、着弾を示す不快な音が耳に飛び込んでくる。足元に流れてくる血が、それらの弾丸が命中したことを物語っていた。弾丸はペリュトンの回避行動を予測して、先回りして放たれていたのだ。


「能力《亡い物強請り(ギブミーオール)》は、好きなものの完全なコピーを作成する異能力だ。たとえ本来実体がないものでも、異能力を介してそれに触れ、干渉できる。......てことで、俺は『体』と『記憶』と『能力』を有した全く同じのコピーを作った」


 彼が得意げに話すうちにも遼の死体はみるみるうちに灰と化して消えていき、跡には灰色の山が積もっている。今の(・・)遼はライフルを塀に立て掛けると、その山に近づき、中から先ほどの拳銃を拾い上げた。彼の手の中でぐにゃりと曲がり、元のシャープペンシルの形に戻っていく。


「こいつは〈楔打ち〉。これは複製できない貴重品だ。撃てば弾が当たった場所が重要箇所であればあるほど、被弾者の知能や判断力が上昇する魔具。で、こいつは……」


 彼が指差す先には、先のライフルがあった。彼は歩み寄り、その銃身を掴む。こちらも形を変えて行く。こちらはといえば、ボールペンに変形した。



「〈杭刺し〉という。これも魔具だからな、複製できない。己の肉体の一部を弾丸に変えるライフル銃だ。己を犠牲にし続ける限り、文字通り死ぬまで(・・・・)弾が尽きることは無い。それらの弾丸は、その上明確な自我を持ち、弾道は自動で微修正されるんだ。…………まぁ良いさ。ともかくひとまずは」

 彼は二本のペンを胸のポケットに挿すと、そう区切って天を見上げる。



「任務完了だからな」


 言葉と共に、景色がみるみる変わってゆく。紫の空は少しずつ青く染まっていく。瓦礫の山は整然と組み立っていき、見覚えのあるブロック塀を形作る。アスファルトの上に車の姿が現れる。先ほどまでの異様な世界とは打って変わって、気がつけばここは図書館のすぐそばの大通りだ。

 騒がしい人混みの中に僕たちはいた。でも、車道を通る車の音が聞こえはじめても、僕の思考はさきほどまでいた世界に囚われたままだった。まだ、現実を処理しきれない。

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