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その姿、神を模した機兵

 いつの日からかは定かではないが、いつの間にか、学校はとある噂でもちきりだった。廊下でも教室でも屋上でも、いたる所で興奮気味に口にする生徒。教師は冷笑気味にそれを聞く。


 曰く、理科室の人体模型は本当に動き出す------のだと。



「実際に行方不明なんだろ、人体模型」

 放課後。僕と理恵、それに遼と森賀さんは小教室に集合した。

「僕らで探した方が良いと思う?」


「本来なら教師の仕事だろ…………と言いたいところだが、二人の話を聞く限りそうもいかないよな。花音の監視網に変化は?」

 話を振られた森賀さんは、閉じていた目を薄く開けた。

「ありません。もうすこし目を増やしますか?」

「いや、これ以上の異能行使は負担も大きいだろう。現在のままを継続してくれ」

「わかった。何か判ったら連絡する」


 彼女がまた目を閉じると、遼は深いため息をついた。それは彼が滅多に見せることのない、焦りの表情と共に吐き出される。


「…………正直、手詰まりだな」



 目撃例が無いのであれば、学校を走り回ったところで見つかるはずもない。たとえ当面の目標を標本に定めたところで、僕らには動く手が無かった。残された時間の中、有効手しか選ぶことを許さなかったカノンの時とは違う。与えられた自由を前にしていっそ指針を見失ってしまうような、そんな時間が今であった。結局、最終下校の時間になるまでとりとめのない会話を続けるしか道が見つからず、僕らは失意のまま帰宅の準備をするしかなかった。冬の割に高い湿度が不快だった。






 帰宅路を進み、森賀さん達と別れて道を歩く。冬の日の入りは早く、すでにあたりは真っ暗だ。風は頬を厳しく刺し、甲高い音を耳に届ける。


 だがうつむきがちにしばらく歩いているうち、僕はある異変(・・・・)に気が付いて足を止めた。辺りをしばらく見まわして、それが単なる気のせいでないことを瞬時に悟る。


 大通りを歩いていたはずの僕は、いつの間にか見知らぬ裏路地にいる。そしてこの路地は、安倍晴明が見せたカメラ映像の場所と酷似していたことに気付いてしまった。



「数週間ぶりの再会だね。祝ってくれないのかい?」

 声に驚いて咄嗟に振り返ると、そこには矢張りというべきか、知った顔の少年が立っていた。カーキ色の軍服に、歯の浮くような丁寧口調。


 ナイアルラだ。



「………よくもまあ、ぬけぬけと」

 僕は喋りながら一歩後ずさったが、どっちに進めば大通りに戻れるのか分からない。

「魔術連盟の研究室を襲って、僕の学校に細工なんかして、どの口が祝えと」


「あはは、この口(・・・)ですよ」

 彼は自分の口元を指さす。すると彼の顎あたりにもうひとつ切れ目ができて、白い歯を二列のぞかせた。僕が驚いて目を見開くと、彼はクスリと笑って両方の口を閉じる。顎の方の口は、まるで最初から何もなかったかのようにきれいさっぱり消えていた。

「冗談です。さておき本題に入りましょうか、朔馬さん。僕に手を貸してはくれませんか?」

「断る。何に協力するかは知らないけど、オマエを助けるなんて願い下げだっての」

「おや、即答とは傷つきますねえ。僕と貴方は、似た者同士だというのに」


 似た者同士、という言葉をまたもや聞く羽目になった僕は、湧き上がる怒りで頭がいっそ冴えわたっていくのを感じながら、静かにナイアルラを睨みつけた。

 まったくどいつもこいつも、どうして僕を同類扱いするんだ。僕は僕であり、それ以上でもそれ以下でもないというのに。


 僕の敵意はもちろんナイアルラにも伝わったようだ。その証拠に、続けざまに放った彼の声色は、わずかながらに苛立ちを含んでいた。

「不服ですか。いいえ、貴方がどれだけ否定しようとも、僕は貴方は同じです」

「違うッ! オマエは世界を壊そうとしているけど、僕はそれを望んでなんかいない」

「思想なんて些細な問題ですよ。どうせ僕の頭の中でさえ、朔馬さんには判らないんですから。それよりもっと根底にあるもの。その在り方そのものにおいて、僕たちは同質と言っていい」


 彼は一歩、僕に歩み寄る。帽子のてっぺんまで覗き込めるほどの身長差があった幼き姿のナイアルラは、僕が見ているうちにどんどんと成長し、たった十秒ほどで僕と同じ目線になるまで年を重ねた。彼は腰に下げた古めかしい拳銃を取り出すと、くいっと僕の胸に押し当てた。


「いずれわかる時が来ますよ。いまここに流れている血液のその一滴一滴が、おぞましいものに思えるその瞬間が」

「…………僕を撃つのか」

「撃ちませんよ。言ったじゃないですか、僕は貴方の味方です。引き金を引くのは僕じゃなくて、朔馬さん自身なんですから」

「味方だというのなら、はやく僕を解放しろ。さもないと仲間に連絡して、いまここで決着をつけてやる」

「無駄ですよ、ここには電波も何も届きません。貴方がここに迷い込む瞬間を直接見ていない限り、貴方のお友達はここには干渉できない」

 彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んだ。だが彼の予想に反して、僕の表情に焦りは無かった。


「ああそうかい。なら僕を買い被りすぎたようだな。僕はオマエが思っているほど、どうやら仲間に信用されていないらしくてな。全部見てたんだろ、ヤイバ!」


 直後、閃光。空間そのものを切断するかのごとく神速の風が吹くと、ナイアルラが突き付けていた銃の銃身が両断された。僕の身体は微動だにしない。

 風は太刀捌きであった。続けて二閃目が放たれたが、ナイアルラは素早く後ずさり、今度は彼の被っていた帽子のつばに切れ込みが入る。

「あ、一張羅が……」


 ナイアルラは人間とは思えない動きで身体を捻じ曲げると、大きく跳躍してさらに僕と距離をとる。そしてその間に割って入るようにして、一つの影が舞い降りた。


 本人の宣言通り、彼は僕を監視していたらしい。その正体はヤイバだった。


「…………朔馬を独りにすれば、いずれ必ず接触してくるとの予測は正しかったようだな。ダミーの情報には喰いつかず、本物だけを的確に見抜いたのは敵ながら天晴れだが…………」


 彼は背負いこんだ棒状の何かを僕に投げてよこすと、手に持った刀の切っ先をまっすぐにナイアルラに向けて威嚇をする。渡されたのは、布にくるまれた金弓ブラフマダッタだった。僕も戦え、という彼からのメッセージだ。

「腕一本分、借りをここで返してもいいんだぞ」


 右手で左腕を強く握りしめる。ヤイバの声色は憎悪に満ちていた。一方のナイアルラはしばらく首をかしげていたが、やがて大げさポン、と手を打った。


「ああ、誰かと思えばお前か。お前には微塵の興味もない。分をわきまえたニンゲンに、僕たちがあえて干渉する義務はない。する意味もない」

「分をわきまえた(・・・・・)。この俺がか?」

「そう。カミの痕跡たる魔具こそ扱えど、カミの一部たる異能力を使わない。オマエはまさしく------」


 ナイアルラの言葉は途中で遮られた。彼の首を狙った刀身は不可視の壁に阻まれ、当たりこそしなかったものの、その斬撃は衝撃波となって首筋に真横の線をいれる。線は赤い液体を垂らした。

「…………お前、よほど俺を怒らせたいらしいな」

「ああ、使わないのではなく、使えないのでしたか。どっちでもいいんですけど」


 僕たちの中で唯一異能を持たない身であることを、ヤイバは少なからず気に病んでいると聞いたことがある。切っ先を喉元に突き付けられたままのナイアルラは特に悪びれる様子もなく、ただ「褒めてるのに」と呟いて、ため息とともに靄のように消えていく。


「朔馬、撃てッ!」

 すぐさま弓に不可視の矢をつがえ、まっすぐナイアルラめがけて射ち放つ。だが当然と言わんばかりに、矢は何にも突き刺さることなく飛んでいき、いちばん向こうの壁に突き刺さって音だけを伝えた。



 路地にはその後、僕とヤイバだけが残される。

「なんなんだ、あの野郎…………」


 **



 あの日を境に、ヤイバは僕の監視を止めたようだった。ナイアルラの接触もぱったり無くなり、繰り返す日常に追われているうちに、いつのまにか二カ月が経とうとしていた。季節は春に差し掛かり、

 一週間に一、二度の頻度で怪異を狩ったりしている以外に特筆すべきことは何もなく、学校の生徒たちも、そして僕らでさえも、消えた人体模型のことをすっかり忘れてしまいつつあった。


 そんなある日のこと。





 佐口さんからの招集を受け、僕らは久々に一堂に会していた。ちょうど下校と時間が重なったので制服のままで赴くと、学生組は僕と同じように制服を着ていた。驚いたことに、あの黒猫さえも制服を着ていた…………が、デザインはうちの学校のものとは異なるものであった。隣町にある女子校のものに、どこか似ている気がする。



「戦力拡充、ですか」

 そこで佐口さんが切り出したのは、僕らの扱う新たな武器についてだった。


「そうだ。市街地での戦闘を考慮して、各自に武器の携帯を推奨しているよな。だがそれにも限度があるだろう。一部の魔具は変形させて持ち運びが可能だけど、花音の鎌や朔馬の弓なんかは、堂々と持ち歩くわけにもいかなかったり」

「……そうね」

 森賀さんが短く相槌を打つ。僕はさておき、異能も戦闘向きではない彼女には死活問題だ。

「この前、学校が前兆もなくアネクメーネ化したでしょう。ああいうことが今後起きた時、どうしようかは正直悩んでいるわ」


「そこで、だ。魔術連盟が無料(タダ)でくれるという試作武器を、ウチでも導入しようと思うんだ。詳しい説明は、連盟から来たカフに譲るが…………」

 佐口さんがちらりと目を遣る。つられてそちらの方を向くと、入口前の空間がぐにゃりと曲がり、以前デケムと行動を共にしていた女子高生が姿を現した。彼女は僕の視線に気づくと、短く頭を下げる。


「お久しぶり。先日はどうも」

「ああ、こちらこそ。…………その制服、黒猫と同じ学校?」

「まあね。同じクラスよ。世間って狭いのね」


 彼女はまっすぐ歩いて部屋の中心に躍り出ると、つま先で床を二回たたく。彼女の動きに合わせて空中からジュラルミンケースが出現すると、その手の中に納まった。


「デケムの代理として説明をいたします、従者のカフです。この新戦力……あえて言うならば人工魔具(・・・・)は、作動自体は確認済みですが、その性質上、私達魔術連盟では思うように実用データがとれません。そこで貴方たちには、安全面等のテストを兼ねた試験運用をお願いしたい」


 彼女は慣れた手つきで鍵を外す。中に入っていたのは注射器のようだったが、その形状は少し異なっている。

「ご覧の通り、針が無いので本物の注射器ではありません。ですが本物と同じように皮膚に押し当てて、注射することで使用が可能です。注射箇所は問いません」

「中身は何?」

「魔術という名の叡智の結晶ですよ、黒猫。せっかくですから貴女が試してみますか? 確か異能力はバースト起源でしたね」

「ん、そうだけど…………」

「ではこの注射器を好きな場所に刺しながら、装甲(アーマー)神格(デウス)、と口にして下さい。その後それぞれの異能の起源神格の名称を宣言すれば、起動完了です。黒猫、たとえば貴女なら、装甲神格、バースト、というように」


「ちょ、ちょっと待ってよカフ。そんなイキナリ…………安全面に問題はないの?」

 ぐいっと手に押し付けられた注射器を握りながら、おろおろと尋ねる黒猫。そんな彼女をカフは一蹴する。

「使用量は一日に一本までであれば、人体に支障をきたさないという報告が上がっています。ほら、怖がってないでさっさと刺しなさいよ。貴女らしくもない」

「嫌だよ、代わりに理恵がやってよぉ」

「なんでそこで私なのよ黒猫。もしかしてアンタ、注射嫌いなの?」

 ぎく、と動きが固まる黒猫

「き、ききき嫌いじゃないし! ああもうやりゃあいいんでしょやりゃあ」

 彼女は腕の袖をまくって、その細く白い腕を顕わにする。

装甲神格(アマデウス)、バースト」


 針が無いにもかかわらず、液体は彼女の身体の中に注入される。そして間髪入れず、彼女の身体に変化が訪れた。


 黒猫の身体を覆うように黒色の装甲が出現し、全身をくまなく覆いつくす。形成された鎧の至る所には金色の意匠の多くが刻まれており、それらはどうやらヒエログリフのようだった。彼女の異能の起源がエジプトの女神であることが思い出される。


 そしてそれは顔も例外ではなかった。装甲で覆われた顔は特撮作品のヒーローのようでもあったが、そのモチーフはネコであろうか。主観であるが正直カッコイイと思う…………いや、遼やヤイバも食い気味に見つめているのを見るに、これはやはり相当カッコイイのでは。

「なんというか、日曜日の朝から放送してそうな…………」

「なに、なになにちょっと私どうなったのよ?」


 黒猫は手や腕をまじまじと見ていたが、変身(・・)した自分の全身の姿を求めて、慌てて鞄に入れたスマートフォンを取り出そうとする。だが彼女がそれを掴んだ途端、バキッと音を立てて手の中で粉々に砕けてしまう。


「ああ、言い忘れていましたが、今の貴女は筋力、瞬発力、あらゆる身体能力が向上しています。異能力は一時的に使用できなくなりますが、それを体外で具現化し、装甲や武器として纏う人工魔具。あ、解除は解除したいと念じるだけでいいよ」



 カフの言葉の直後、彼女を覆っていた鎧は少しずつ透明になりながら、その皮膚に溶けるように消えていった。


「これがアマデウスです。他にもいろいろ機能がありますが、ひとまずお気に召しましたでしょうか。人の手で作られたカミの力は」

 僕は食い気味に頷く。他のみんなも驚きつつも頷く中、不服そうなのはただ一人、黒猫だけのようだった。



「スマホ壊れた……」

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