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七不思議、七色、七つの……

 授業終了のチャイムなんて待ってられやしない。理恵が水筒を取り出して僕の顔に少しかけると、異能を使って血に変えた。僕は鼻血が止まらなくなった人という体裁で、二人に付き添われて教室を足早に駆け抜ける。これで僕たちの姿を見たクラスメイト達が、面白半分で後をつけてくることはないだろう。帰ったら茶化されるぞ。



「で、どうするんですか」

 人目を避けて念のため踊り場に出たところで、森賀さんの発した言葉を受けてようやく僕らは立ち止まる。他の教室では停電が発生している様子はなく、通常どおり授業を続けているようだ。くぐもった教師たちの声が微かに聞こえてくる以外は、この校舎は驚くほど静か。

「怪奇現象の発見って……授業中なのよ。場所はこの学校ってこと?」

「ナイアルラだ。間違いない」

 確証はないのだが、確信だけはあった。理恵も僕の言葉に頷いて、頬に手を伸ばす。彼女の指が触れた瞬間、血はまた水に戻って滴った。


「学校内の怪奇現象といえば学校の七不思議でしょう。理恵、ここの怪談は蒐集しているんでしょうね」


「当たり前でしょ、仕事はキチンとしてるんだから。横恋慕を叶える女子トイレ、薪を捨てる二宮金次郎像、皮膚を求めてさまよう人体模型、怒りの表情になる美術室の絵画たち、体育倉庫の鏡に映る女性の霊、包丁を飛ばす家庭科室のポルターガイスト、あれ、あともう一つなんだっけッ…………」


 我が校の七不思議、入学したばかりの頃に先輩に聞いたことがあった。最後のものは確か------。

「無人の放送室から横暴な校内放送、だ。七不思議………………そうだ、()だよ。七色の七と何か関係あるんじゃ……」


「決めつけるのはまだ早い…………けど注意しつつ手分けして探していきましょう。私は理科室と美術室、花音は女子トイレと二宮金次郎像、朔馬は家庭科室と体育倉庫をお願い。放送室は家庭科室と理科室の近くだから、私たちはまずそこから行きましょう」


「わかった…………けど待って。なんかおかしくないか?」

「なにがよ、急いで怪異を見つけないとって言ったのは朔馬の方……」

「いや、時間。なんでまだチャイム鳴らないんだ?」

 僕は腕時計の盤面を確認して、二人に見せた。僕の予想通り分針は既に授業終了時刻を大幅に過ぎており、本来なら休み時間に入っているはずの時刻だった。だが終了を告げるチャイムの音も、廊下に出てくる生徒たちの話し声も、そういえばいつのまにか、授業をしているはずの教師たちの声すら聞こえてこないではないか。その事実に気付いた僕らがふと口を閉じると、あたりは完全な静寂に包まれた。


「これ…………なんかやばい気がする」


 異変を察知した僕らは、とりあえず自教室に戻ることにした。



 **


「どういうこと…………?」


 勢いよく扉を開けると、教室は完全な無人であった。走りすぎるときにちらりと見えた他の教室がすべて無人だったため、嫌な予感はしていたのだ。だがどこを探しても、教室内で談笑していたクラスメイト達も、僕たちから離れた席に座っていた遼までもがその姿を消していた。


「見て。机の表面に埃が積もってる。この教室、もう長いこと使われていないんじゃないかな」

「そんなこと言っても、つい数分前まで私たちが使ってたじゃない」

「でもこの椅子だって、ほら見て。金属部分がほぼ錆びきってる。この教室、本当にさっきの教室なの?」


 辺りを見渡す。教室のレイアウトそのものは変化ないようだが、たしかに教室の空気は冷え切っている。

「じゃあみんなはどこにいったんだ?」

「わからない。そもそも私たち以外の人影を見ていないのよ……………………まさかッ?」

 森賀さんは弾かれたように窓に飛びついたが、窓枠が錆びているのかぴくりとも動かない。舌打ちと共に椅子を持ち上げると、勢いよく投げつける。


「ちょ、ちょっと何を!?」

 割れた破片を気にも留めず、彼女は身を乗り出す。そして一言、諦めるように呟いた。


月が(・・)、出てる」



 突然、きゃあああああ、と誰かの甲高い悲鳴が響き渡った。教室の外からだ。

「行きましょう!」

 誰よりも早く動いたのは森賀さんだった。僕と理恵は、なにかに気付いたようなそぶりを見せる彼女に遅れないようについていく。


 声の発信源は一階の廊下だ。駆け付けてみると、誰かが地面で腰を抜かしているのが目に入った。

「ひ、ひィ…………」


 その正体は、なんとクラスメイトの飯田さんだった。


「い、飯田さん!? いったいどうしたの?」

 理恵と森賀さんが助け起こすと、彼女は小刻みに震えたまま何も言わずに二人の手を引いて階段を駆けあがろうとする。二人が強引に立ち止まると、半泣きになった飯田さんは僕らの目を見て、それから廊下の奥を指さした。そこには------。



「なんだありャ……」


 ガシャ、とそれ(・・)は一歩踏み出す。手に持った大剣を重そうにひきずると、廊下のタイルがキキキキキキと悲鳴を上げる。点滅する蛍光灯に照らされながら、金属製の光沢が暗がりから迫ってくるのだ。


 西洋甲冑(プレートアーマー)だった。見上げるほどの大きさの騎士が、ただ殺意だけをまき散らしながら迫ってくる。兜の隙間の奥には、こちらを見据える瞳は見えない。


「朔馬、後ろに引いて飯田さんをッ!」

 理恵が僕の襟をぐいと掴んで後ろに引きずり、庇うように前に進み出る。僕は急いで飯田さんに駆け寄ると、今にも膝から崩れ落ちそうな彼女に肩を貸した。


「花音、あンた武器は?」

「魔具は無いです。朔馬さんも私も丸腰も同然。理恵、ここは引きましょう------」

「引くってどこに逃げるのよ。あそこに蛇口がある。あれさえひねれば」

「水が出る保証はないのよ理恵」


 僕は胸ポケットにさしていたペンの一本を掴むと、異能を起動させつつも、水道めがけて勢いよく投げつけた。ガン、と大きな音を立ててステンレスに直撃すると、西洋甲冑は勢いよく剣を振り下ろして蛇口を一刀両断した。金属を豆腐のようにすっぱりと斬ってしまったところを見るに、あの剣は本物のようだ。

「キャッ…………」

「しずかに…………」


 反射的に悲鳴をあげた飯田さんの口を、森賀さんが優しく手でふさぐ。僕らが息をひそめると、西洋甲冑は目標を見失ったように辺りを見渡しはじめた。


「…………聴覚で探知してるみたい。このままゆっくり他の階に行くぞ」

 僕は彼女たちと共に一歩ずつ後ろに退きながら、さらにもう一本ペンを投げる。今度は甲冑を通り抜けて、廊下の突き当りの壁に激突させた。甲冑が気を取られた隙に、バレない様に一気に階段を駆け上がる。






「ッと危ない…………」

 音をたてないように扉を閉めると、そこで僕らの間の張り詰めた空気はようやく緩んだ。僕が教室に残る机や椅子で気休めのバリケードを作り上げている間に、理恵が飯田さんから事情を聞き出していた。



 彼女はちょうどさきほどの授業の間、体調を崩して保健室に入っていたという。そして授業が終わる時刻が近づいたため、ひとまず教室に戻ろうと廊下を歩いていると、突然目の前にあの甲冑が現れたのだという。

「ということは、あの時点で教室の外にいた人間は、まだこの校舎のどこかをさまよっている可能性がでてきたわね…………」


 理恵は彼女がすこし落ち着いたのを確認すると、バリケードの隙間から外を見張っていた僕に話しかけた。

「ねェ朔馬。さっきの甲冑、七不思議の『動き回る人体模型』だと思う?」

 見たところ西洋甲冑はこの付近にはいないようだが、念のため理恵を近くに呼び寄せ、お互い声を潜めて会話することにする。

「いや…………僕は違うと思う。人体模型は『皮膚を求める』んだろ。それに理科室にはあんなもの無かったし、そもそも理科室はこの校舎には無い」

「それはそうだけど…………花音はどう思う?」


 森賀さんは窓際で、静かにじっと外を眺めていた。理恵の言葉は耳に入ったようで、一瞬だけ顔をこちらに向けた彼女であったが、またすぐに外を見始める。その仕草はまるで、こっちに来て一緒に見ろと言わんばかりであった。



「なになに…………ッて、これは」

 僕は割れた破片に気を付けながら、さきほど森賀さんがしていたように窓枠から身を乗り出して、空を見上げた。そしてその瞬間、見てしまったのだ。今にも空に振ってきてしまいそうな、とてつもなく巨大な()の姿を。



「ここはアネクメーネよ。私達、いつのまにか迷い込んだみたい」

 その目がある種のあきらめを携えていたその理由を、僕はそこでようやく理解するに至った。

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