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腐蝕

 新学期が始まって数週間が経った。年末のドタバタはどこ吹く風で、特にこれといった進展もなく日々は過ぎていく。変化と言えばせいぜい、時々禁書エリアに顔を出すようになっとことくらいだろうか。キョートから連絡もないようだし、ナイアルラが現れたとされる僕らの学校にもこれといった異変は見られない。


「ねェ森賀さん、僕たちこのまんまで良いんですか?」

 昼休み。引き続き隣の席に居座ったまま、澄ました顔で弁当を広げる森賀さんに話しかけた。ナイアルラはさておき、カノンの件は無事解決したというのにもかかわらず、彼女は僕のクラスに現れた転校生という役を演じたままである。彼女はきっと、このまま居座るつもりなのであろう。


「例の七人、結局まだなんの足取りも掴めていないんでしょう」

「そうね。でも私達だってナイアルラの行方がつかめていないわ。少なくともこの校舎内に、超常のものが忍び込んだ形跡は無いんだから」

「じゃあなおさら、何かアクションを起こさないと……」


 どん、と音がしたので振り向くと、理恵が僕の机に水筒を置いて昼食の準備をしていた。僕はいそいそと弁当を端に寄せ、彼女のために机に空白を作る。

「ではでは、是非とも黒乃殿の戦略をお聞かせ願いたいね」

「なにそれ晴明のモノマネ? 似てないわよ理恵」

 理恵は少し茶化してきたが、そう言われるとこれといった策があるわけではない。でもあれほど密度の濃い数日間を経験した後だと、何もない日というものに焦りを感じてしまうのだ。


「とりあえず、もう一度美術室を調べてみるとか。やっぱり色が鍵なんだと思うんだ」

「でももう五回も調べたじゃない。何か見つかるとは思えないわ」

「そうそう。それにそんなことしてるより、ちゃんと毎日図書館に顔出してくれる方がよっぽど建設的なんだけど。昨日だってみんな何かと理由つけて帰っちゃって、結局私と森賀の二人だけでハルピュイア退治やったんだから」

「それは……ホント申し訳ないです」

 昨日の放課後は、点数が悪かった単語テストの再テストを受けていた。その結果、僕は出動要請に応じることができず、二人に迷惑をかけてしまった。


「ウチの地区の治安を維持することこそ、晴明に言われた『為すべきこと』でしょうが。足元がおろそかでどうするよ」

「ぐうの音も出ません…………」


 とはいえ、年が明けてから一向に勉強に身がはいらないというのが本音である。世界の終わりなんとものを一度でも前にしてしまうと、高校生として数学やら英語やらをちまちま勉強をすることの意義みたいなものを、とたんに見出せなくなってしまったような気がするのだ。


「はい問題、ハルピュイアはどこの神話に登場する?」

「え、えっと…………ギリシア?」

 突然背後から問題が出題された。一瞬戸惑ったが答えに行き着く。

「なんだよ遼、急にさ」

「いいから次だ。ヒトと鳥の二種類の性質を持つ怪異や神格、他に思いつくだけ挙げてみろ。理恵と花音も混ざっていいぞ」

「モリガン」

「あっ速いよ森賀。じゃあバーブとマッハもでしょ、それにガルーダ……」

「ウバメトリなんかもそうですね。するとコカクチョウも数えますか」

「おい朔馬、なんか一つくらい思いつかないのか?」

「そんな無茶な……」


 必死に記憶を辿ってみるが、何も思いつかない。僕がうんうん唸ってる間にも、二人は次々に例を挙げていく。

「パズズなんかはどうだろう。一応ヒトと鳥のパーツはあるけど、目につくのはライオンの頭部だし…………」

「いいんじゃないかしら。なにも二種類の合成ってだけじゃないもの。なにかもう一つの要素が大きすぎて、残りのイメージが薄れてるだけじゃない」

「あ…………」


 二人の会話がヒントになって、僕はある存在に行き着いた。

「ペリュトン。翼は鳥で()はヒトだ」

 あー、と二人の女子が声を揃える。一方遼はふむ、と鼻をならした。


「良いだろう。ギリギリ落第点ってところだ」

「だめじゃん」

「だめに決まってるだろう。学生の身である以上、情報の吸収に貪欲にならんでどうするんだ。そんなたかが数日間の経験だけで、吸収する情報の取捨選択ができるほど人間は良くできていないぞ」

「それはそうかもしれないけどさ…………」

「それに、俺たちの進路はなにも怪異バスターズだけじゃない。綿津見たちみたいな物好きは珍しい方で、あの世界から足を洗った元異能力者も少なくないぞ」

()異能力者…………ッて、そんな簡単に辞められるものなの?」


 生まれつき備わった異能や魔術は、一生付き合わなければならない問題なのではないのか。

「いや、たとえ全身の血を入れ替えようと魔術の素養が消えないように、異能も死ぬまで消えることはない。ただ意識的に使わないよう努めることで、その存在を忘れてしまうことならできるとも。長い間使わなければ、そのうち感覚も鈍る。そのあたりは、筋肉や知識となんら変わりないよ」

「そういう、ものなのか」



 昼休みが終わり、授業中になっても僕は、前の席に座る理恵のうなじあたりをぼうっと見つめながら、遼が言い放った台詞のことをずっと考えていた。彼女にも、そして僕にも、いつの日か異能やアネクメーネのことを忘れてしまう日が来るのだろうか。






「きゃッ……て、停電!?」

 突如として教室の灯りが消え、誰かの声が鋭く飛んだ。教室がほのかにざわつきだす。生徒たちがただ動揺するばかりの教室には、窓から差し込む夕陽だけが灯りとなった。

「すこし待ってれば点くでしょう。はい騒ぐな騒ぐなー」

 新人の教師が注意を飛ばす。だが授業に戻ろうにも、机の上のノートを見るほどの明るさはない。前の法のクラスメイトがそのことを進言したようで、教師はため息をついてチョークを置いた。

「……仕方ないな、今日の授業はここまでとする。チャイムが鳴るまでは教室から出ないようにー」


 彼が足早に教室を去ると、教室は休み時間のように騒がしくなった。言いつけを律義に守って誰も廊下には出ないが、突如訪れた暗闇のなかで、半ば興奮気味な声が響き渡る。


「あーあ、証明問題途中で切り上げちゃった。こういうのモヤモヤするよね」

 理恵が伸びをして腕を伸ばす。椅子を少し後ろに傾けて拳を避けると、することがなくなった僕は、何の気なしに手帳を開くことにした。でも------。



『1/23 16:25 教室の外に出る/出ない』



 今日のページには文字が刻まれていた。窓に近い席に座る僕には、その文字がよく読めてしまった。

「分岐する------」

「え?」

「理恵、森賀さん、教室の外に出よう。」


 僕は二人に手帳を開けて見せる。綺麗なオレンジの夕陽に照らされたページには、続きの文字が記されていた。


『教室の外に出る/出ない

 怪奇現象の早期発見/未発見』


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