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安定

 扉をくぐりぬけた先が、いつも同じ場所である保証はあるのだろうか。僕はもはやくぐり慣れた〈禁書エリア〉奥の扉に指を滑らせながら、馬鹿げた思考に身を浸していた。あるに決まっているだろう。扉なんてしょせん、後から人の手で取り付けられた枠組みに過ぎない。枠の向こうとこちら側は、空間的にも時間的にも連続しているのだから。


 だがこの大扉はくぐり抜けるたび、いつもいつも違う場所に出ることになるという不思議なシロモノだ。綿津見が指定した深度、座標のアネクメーネへと接続できるドア……というところまでは判っているが、逆に言うとそれ以上のことを僕は知らない。何度も何度もこの扉を潜り抜けたが、その理屈はと言えばついに聞くタイミングを逃してしまっていたのだ。だがそれでも、一度気になってしまうとどうしようもない。


 どうしてこの扉は、その向こうを容易に変えてしまうのだろう。どうしてこの扉は、行き先が定まっているという安心感すら与えてくれないのだろう。


「…………おや朔馬君、今度はその扉が気になったかい?」

「あ、いや…………はい、まあ、そうです」

 どうして一度否定したのか、特別後ろめたいこともないだろうに。

 今この部屋には、僕とヤイバの二人しかいない。他の者は着替えに戻ったか、先に扉を抜けて行ってしまったかのどちらかだ。僕はなかなか決心がつかず、だらだらと何をするわけでもなく部屋にいた。そこにヤイバが帰ってきたのだ。僕らはしばし無言だった。



 いや、やはり後ろめたかった。つい先ほどヤイバに強い口調で詰め寄られたとき、僕は彼に反感を覚えたのだ。それが八つ当たりに近い理不尽なものであることを、僕は自分でもわかっていたのだ。


「……その扉、不気味だろ」


 ヤイバはそう言うと、すっと大扉を指さした。正直言って驚いた。扉なんかに不安を感じているのは、守り手の中で僕だけかと思っていたからだ。

「えッ…………ど、どうして、そう思うんですか?」

「どうしてッて……なんだろな、理由を問われると返事に困る。でもなんか落ち着かないんだよなァ。扉の向こうがどこに繋がっていようとお構いなしに、自分だけは変わりませんよみたいな面して微動だにしないで部屋の奥に突っ立ってんのがさ」


 彼の言っていることに、何故だか共感はできた。


「朔馬君はどう思う」

「便利だから使うは使いますけど、どういう原理なんだろうかとか考え始めると怖くなります」

「はは、違いねえ」


 ヤイバも僕の横に並んだ。彼の義手も扉に触れると、その草紋をそおっとなぞる。


「禁書エリアは図書館の端にある。この扉は位置的には外側の壁に面するように配置されてるから、この扉の先に部屋があるはずなんて無い。それはわかるよな?」

「ええ、そこまでは前から気付いていました。だから魔術なのか魔具なのか、ともかくそういう類のものなんだろうなとは思っているんですけど」

「ああ、その認識で概ね正しい。だが俺が気になっている問題はそこだけじゃないんだ。これは綿津見に聞いた話なんだが、アイツが〈禁書の守り手〉を始めたころ、ここには扉なんて無かった(・・・・)そうなんだ。そしてある日突然出現したかと思うと、まるで最初からそこにあったかのように微動だにしない。俺たちがこうやって今使用しているのも、ただ佐口が操作方法を見抜いて、便利だったからに過ぎない」

「え…………由来、判らないんですか。名前とかは」

「何も判らん。そう考えると気味悪くて仕方ないが、破壊もおそらく不可能だ。たとえこの図書館が朽ち果てようと、扉だけはここに鎮座し続けるだろう。大地にぽつんと立つ大扉、それはもはや扉なんだろうか」


 それを聞いてしまうと、不安も不安、大不安だ。飛ぶ原理が判らない飛行機に乗り込むのと一緒で、経験論的に扉の輸送機能を信頼しているにすぎない。

「でも由来なんて気にする必要なんて本来は無い。それに意味があるなら見出すが、薬のメカニズムを知らずとも風邪を治せるだろう。飛行機の例で言えば、メカニズムを習わなくても乗客にはなれる。依然不気味なままではあるが…………」


 ヤイバは電流が迸ったように指先を離した。


「当たり前だが、一枚隔てた先は異界なんだよな」

「今回は土御門家の客室に繋がっているんですよね。許可とか取ったんですか」

 訪問すると言えば聞こえはいいが、要するに他人の建物の敷地内に勝手に侵入するだけのことだ。


「いいや、許可は必要ない。行き先がアネクメーネ上である限り、この部屋の責任者たる綿津見は自在に扉の接続先を指定することができる。このプロセスに扉の向こうは一切関与できない。相手がかの〈安倍晴明〉でもな」

「〈安倍晴明〉って?」

「今から会う相手、土御門家の当主が継ぐ名前だ。家の中で最も優秀な魔術師がその名を名乗ることを許され、一族を率いることになる。土御門家だけじゃなく、他の魔術家でもこういう〈襲名〉の風習を採用しているところは多い。俺の実家もそうだった」


「おまたせー。なになに、襲名の話?」

 入口の扉が開いて、黒猫と理恵が入ってきた。二人とも着替えてくると言っていたが、二人が身を包んでいたのはなんとリクルートスーツだった

「私の家は襲名やってないなあ。ま、私たち内部競争ができるほど広い家じゃないからね」

「理恵、それに黒猫もなんでスーツなんて…………え、今から会う人そんなに偉い人なの? 僕も正装した方が良さげな感じ?」


 二人ともネクタイなんて締めちゃって、なかなか様になっていた。でも当の僕は無地のパーカー一枚。この上にコートでも羽織って行こうかなんて考えていたけど、それでは場にそぐわない格好になるのでは、と危惧せずにはいられない。だが黒猫が慌てて訂正をいれた。


「あー、違う違う。土御門家は全国の魔術家を傘下に組み込んでいて、私たちの家もその一つなの。傘下と言っても深いつながりがあるわけじゃないけど、名目上は上司みたいな立場だから、私たちは一応ね?」

「上下関係なんてあるんだ…………」

「あるよあるよ。魔術の界隈はそういう儀礼行為に特に厳しい人ばっかりで、正直息が詰まるわ…………」


 ガチャリと扉が開き、佐口さんと綿津見、それと森賀さんとミツが続けて部屋に入ってきた。一気に場が騒がしくなる。

「お、俺たちで最後だな。それじゃさっさと行くか」

「大賛成。手早く済ませて買い物行くわよ」


 綿津見はそのまま部屋を横切ると、僕らをも追い越して奥の大扉に手をかけた。扉は大きく口を開けて暗闇へと道を開き、皆がそこに躊躇いもなく飛び込んでいく。最後の飛び込もうと待っていると、ヤイバも同じことを考えていたようだった。彼は僕の方を見て少しだけ眉を吊り上げる。

「一緒に行くかい?」

「え、ええ」


 僕とヤイバは揃って足を踏み出した。一歩先の暗闇に足場の感覚は無く、僕らは下へ下へと落ちてゆく。

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