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報酬は猜疑心

 「なんとタイミングの悪い……」


 天気予報に辟易する。今日の夜から明日にかけては大雨だという。大晦日と元日だというのに、快晴では無いのが残念だ。雪ならまだ気分的にもマシだというのに、気温自体は暖かいからか、降り注ぐのは雪ではなく雨。憂鬱な雫の連なりである。


「明日の初詣も大変そうだ」


 僕はテレビの電源を切り、椅子に深く腰掛けなおした。

 こうして自分の家でゆっくり過ごすのは、なんだか久々な気がする。カレンダー的には二日の間に、僕は体感にして十日間も、走って逃げて撃って撃たれての日々を過ごしてきたのだから、それも自然といえば自然だ。

 昨日の夜の狂騒を越え、久々に落ち着いて目覚めた朝。滅んでいたかもしれない平穏を、僕はいま諾々と享受している。

 そういえば、僕は昨日を一つの区切りに、異能によって未来の記憶を見るこの仕組みを取りやめることにした。今まではなんら目新しさのない日常を繰り返すだけだったが、この一件を経て、その日常を丁寧に踏みしめようと考えた結果であった。何が起こるか知りつづけても、人生はきっと面白くない。


「ん……おはよ朔馬。よく眠れた?」


 母さんが二階から降りてきた。今日は仕事が休みの日だから、あの人は普段より遅く起きてくるのだ。


「うん。久々に悪夢を見ずに済んだよ」


 悪夢とはもちろん比喩である。が、そこまで言及するつもりは無かった。


「……それじゃあ僕は出掛けてくるから。夕方には帰ってくる」


「了解。いってらっしゃい」


 今日は今年最後の日だ。だからといって何かが起こるというわけでもなく、ただ諾々と、だが確かに日常が息巻いている。それがなんだか無性に嬉しいのだ。一歩一歩を確かに踏みしめ、僕は図書館へと足先を向ける。冬の空気が肺を埋め尽くすこの感覚も、不思議と不快じゃない。





「来ると、思っていましたよ」


 入り口には森賀さんが居た。箒と塵取りを持ち、入口を塞ぐようにして仁王立ちしている。

「何してるの」

「見ればわかるでしょう、年末の大掃除です。れれれのれ」

「平成生まれとは思えない言葉のチョイスだね」


 お互い言葉数は少なく、しきりに目を見ては何かを言おうと口を開き、また閉じる。僕がとりとめのない会話をしに来たのではないことくらい、彼女も、僕自身も、十分理解しているのだ。


「……ありがとうございました。その……あの子のために泣いてくれて」

「泣いてないさ」

「貴方がそうしておきたいのなら、そういうことにしておきます」


 会話は止まる。結論もなければ、伝えたいことだってもやもやしたまま。言葉が流暢につながらない。


「……カノンの味方になるつもりはないんだ。散々ひどい目に遭わされたし、同情だってしていない」

「私もそうです、けど」

「うん。でも…………いや、なんでもない」


 僕の歯切れの悪さに引っ張られ、森賀さんまでハキハキと喋らない。僕の中でも、そして彼女の中でもまだ整理がついていないのだろう。カノンは文字通り、彼女の半身となるはずの存在だったのだから。


 彼女を失ってしまって良かったのだろうか。僕らがこうしてのうのうと次の日を迎えている一方で、カノンは昨日に置き去りにされたまま。全員が生きて笑えるハッピーエンドを目指すなんて調子良く願っておきながら、その勘定に一人だけ省いてしまった。

「朔馬さん、あの……」

「いや、皆まで言わなくても良い。吊り橋効果だって。死にかけたドキドキを、別の感情と履き違えているだけさ」


「…………そうですね。ええ、話を変えましょうか。他の皆さんも集まっていますから、とりあえず、その…………中に入ってください」

 森賀さんは掃除用具を片付けると、臨時休館の立て札を入り口前に置いた。彼女に促され、僕は館内に足を踏み入れた。


 **


 扉を開けると、中にいた全員が一斉に僕を見た。


「戻ったか森賀…………と、それと朔馬君も一緒なんだな。まったく、年末だってのに全員集まるなんて、さてはお前ら俺が好きだな?」


「綿津見が目的じゃない。連盟に報告しないといけないだろ、その…………損害報告(・・・・)って奴を」

 ヤイバは立ち上がると、僕に紙資料を押し付けた。

「この部屋は先ほどまで汚染されていてな、ちょうどいま回復が終わった所だ。正体不明の毒性粘液がそこかしこにばらまかれていて、そのせいで修復不能となった禁書も多い。幸い全員出払っていたため犠牲こそなかったものの……」


「彼女の指紋がそこかしこに残っている以上、彼女が関わりを持っているのは間違いない」

「それじゃあやっぱり……」

「いや、判断を急ぐなよ朔馬君。佐口の簡易的な診断の結果、傷からは成分不明の粘液が検出された。なんとそれは、この宇宙には存在しない物質ッてものから構成されている、とのことだ。俺の見立てでは、直接手を下したのはアドゥムブラリか、もしくはナイアルラのどちらかだと思っている」


「いや待ってくれ。何度も言うようだが、その結論には納得ができないぞヤイバ。カノンの身体を乗っ取ったアドゥムブラリなる存在が、犯人の候補に挙がる理由は良く理解できる。だがその……ナイアルラだっけか、あの少年まで勘定に入れているのはどういう理屈なんだ。彼とアドゥムブラリの間のつながりについて、私たちは未だ決定的な証拠を掴んでいない」

 佐口さんが、小瓶に入れた粘液を照明で透かしている。

「ナイアルラ君に関する情報が、いかんせん少なすぎる」


「おや、言っていなかったっけか。俺はあのガキに腕を斬られた。その手術の後、連盟は俺の傷跡から、()()()()()()()()()()()()()()()を検出している」


 な、これでわかっただろ。とヤイバは左手を愛おしそうに見つめた。指を滑らかに動かしたかと思うと、突然強く握りしめた。


「ひと段落なんてついていない。あのガキをどうにかしない限り、またいつ同じことが起こってもおかしくないんだよ」


 声には静かな怒りが籠っていた。この場で一番ナイアルラに因縁があるのは、まさしく彼だと言えよう。


「そういやあの時、あいつ妙なことを言ってたよな。黒猫、覚えてるか」

 ヤイバは荒い口調のまま、突然黒猫へ話題を振った。彼女は少し考えるそぶりを見せてから、僕の目を見つめて言った。


「『朔馬さん以外は確実に殺せ。猫は特に、念入りに切り刻めよ』だっけ。猫って私のことだよね。で……」

 ヤイバと黒猫の言いたいことはよくわかった。彼女の目がいつもと違い、警戒に染まっていることも勘付いていた。


「……知らないぞ、僕は」

「君が知る知らないに関わらず、ナイアルラは確かにそう言ったんだ。俺たちがあの少年に関して持つ情報はあまりに少ない。一つ目に、アドゥムブラリと関係がある。二つ目に、黒猫に対して特に敵意を持っている。そして三つ目、君のことをさん付けで呼ぶということだ、朔馬」


「本当に知らないんだ。関係ない。まさか、まさか僕を疑っているのか?」

 知らない。どれだけ記憶を辿っても、あのナイアルラという少年と面識があるとは思えなかった。たしかに最初に出会った時から彼は僕には敵意を見せていなかったし、今後敵対関係になるということを前もって教えてくれていたくらいだ。〈禁書の守り手〉にとってナイアルラは敵であるのは間違いないが、彼が僕個人の敵であるかと問われれば首をかしげざるをえない。


「いや、そういう訳ではないさ。今まで何度も、世界を救うために自分を犠牲にしてきたという事実は評価されてしかるべきだからな。だが君自身は知らないだけで、ナイアルラと何かしらのつながりがある可能性がある。白黒ハッキリつけないまでも、最低限の監視を受けることは納得してほしい。君の潔白のためにも……」



 彼の言いたいことは理解できた。理解できてしまうがゆえに不服だった。ようやく世界を救ったのだ。やっとの思いで前に進んだのに、僕の前にはまた厄介な壁が立ち塞がっているようで、内心唇をかまずにはいられなかった。


 ほんとうに、ほんとうにツイていない。


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