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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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上書き

 記憶が断続的になっている。ここにどうやって来たのかも、ここで何をしているのかも良く理解できない。脳が悲鳴をあげていて、記憶を辿ることもままならないのだ。いったい何が起こっているというのだろうか。私は人目を避けるようにもう一度裏路地に入って、その次に気が付いた時には図書館にいた。図書館は既に血の海だった。


「ホント、最低な気分ですわね………」


 カノンは小さく舌打ちをして、苦痛に顔を歪ませる。鎌の柄を握りしめ、体重をかけて呼吸を整えた。熱にうなされたときのような------実際カノンはそんな経験など無かったが------ふわふわと身体が少し浮いているような、半分自分で半分自分で無い感覚。なんとか抑え付けてはいるが、間違いなく彼女の中で、何か得体の知れないものが蠢いていた。脈動していた。喉の奥から這い出てこようとしていた。


 倒れてもう動かない男たちの顔を確認したが、どれも見覚えのない者ばかりだった。防弾チョッキの上に護符を貼りつけている所を見るに、雇われ傭兵の類だろう。握りしめる銃器はどれも撃ち尽くした後だった。


「それにしてもあの少年、あの時私に一体何を------」


 路地裏で遭った軍服の少年。不気味な笑みが記憶の淵から蘇る。怒りに任せてカノンが振った鎌は、間違いなく少年の身体を捉えた。両断され、四肢は無残に路地に投げ出されたのだ。だが彼はもう一度姿を現した。そして、『あの名』を------



「アドゥムブラリ------ですか、ここで調べてみる価値はあるでしょう」


 ここは敵の根城だが、図書館でもある。図書館であるならば、知識を求めるものには等しくその門を開く筈なのだ。



「------ケルトやギリシア由来では無いでしょう。森賀花音の記憶に該当するものはありませんし。音だけで検討をつければバスク神話やアステカ神話に近い雰囲気を感じますが…………う゛ッ」


 オリジナルの記憶を辿っていた彼女を、急激な頭痛が襲う。体の中の異物の違和感は、着実に体の不調を巻き起こしているようだ。急がないと。急いで------あれ、何をしないといけないんだっけ?


「でも、この身体は------この身体だけは、誰にだって渡さない」


 歯を食いしばるカノンの声には、信念とも取れる声色が混ざっていた。造られた身体に、吹き込まれた感情。もし万が一あの少年が告げたことが真実だとすれば、なに一つオリジナリティは無いのは事実だ。だが今の彼女が確固とした自我を持っているという事もまた、歴然たる真実なのだ。真実だとしなければ、一体何を信じればいいのだろうか。


「私はわたし、わたしは私。ええ、それでいいのよ。それだけで……」


 ------そういえば、あの少年は確か『創作された』などと口にしていた。その言葉を額面通りに受け取るならば、とカノンの頭にひとつの仮説が思い浮かぶ。



「クトゥルフ神話、という奴でしょうか」


 噂には聞いたことがある。怪奇作家の集団幻想だ。幻想は幻想にすぎない以上、現実のどこにも、もちろんアネクメーネの中でさえ、その神話の痕跡は見つかっていない。にもかかわらずカノンがその存在を認知していたのは、オリジナルである森賀花音が読書好きな性格であったからに過ぎない。彼女はノンフィクションや歴史小説の類よりも、怪奇小説などいわゆる完全創作(フィクション)を好むのだ。



 ------創作(つくりだ)された。少年の言葉を耳にしたときに、微かな親近感を覚えたのは事実だ。紛い物である私の脳裏に、いつも漂っている言葉だから。オリジナルに対して少なからず劣等感を抱いているのは認めよう。だからこそあの路地裏で、一方的に(なぶ)っていたのは気が晴れたのだ。あの時猫や黒乃------朔馬の邪魔さえ入らなければ。




 まあいい、回想に浸っている時間などない。本棚の前に仁王立つ。舐め回すように背表紙に視線を当てる。セラエノ断章、狂気の山脈にてなど、関係書物が並んでいるのが薄暗い部屋の中だがなんとなく判った。


「暗いのが、こんなに苛々するなんて」


 視界が不明瞭で、空気だって血でよどんでいる。カノンは吐き捨てるようにつぶやき、おそらくはじめて影を恨んだ。オリジナルから奪った<宵闇の嘆き>の効果もあって、暗闇は割と気に入ってはいたのだ。もとより日陰の存在であったのだし、なにより落ち着きが得られる。闇に囲まれていると、誰にも見られていないという安心感に包まれたのだ。


 だが今に限っては違う。電気を点けようとも思ったが、移動が億劫なので止めた。脚だって棒のように重い気がするが、実際に動いてそれを確かめるのは怖くて出来なかった。



「まったく、これじゃあどの本を読んだら良いのか------」


 愚痴を吐きながら背表紙を指でなぞっていると。



 ふと。




 彼女の人差し指は、一冊の本の前で止まった。その瞬間に運命を感じたのだ。人形に運命、など大層仰々しい気もするが、どこか懐かしいような、そんな感覚。カノン本人にとってでは無く、その中で蠢く何かが、そう囁く。



「五月蝿い。私の中で呟くのは止めなさい」


 苦々しげに呟き、それでも囁きにしたがってカノンは本に手をかける。



『イステの歌』


 それが(タイトル)だった。



 **




 足を引きずってソファに腰掛け、一息つく。ため息は静寂に吸い込まれて消えていった。目の前の机の上に件の本がある。ここは他と比べて少し明るい。表紙も、本棚の前にいるよりかは鮮明に見える。覚悟を決め、彼女は表紙をめくる。薄い紙質が指の腹をなぞった。はらり、はらりと(ページ)をめくる音が響く。


「……」


 自然と黙り込む。はらり、はらり、はらり。

 はらり。


「……本当にあった」



 アドゥムブラリだ。その記述を辿っていく。自然と喉から声が流れる。



「それは生ける影とも呼ばれ、神に近い権能を持つ」



 ---------彼女は<宵闇の嘆き>を思い出していた。彼女はその魔具で影を操り、まるで生き物のように使役していたのだ。時には彼女自身が影となることさえあった。


「時間と空間をも跳躍し、人間そっくりな使者を作り出して使役する」


 ------今度は<時戻しの懐中時計>を思い出す。このシステムに乗って、自分もタイムリープに合わせて時間を跳躍する。また、この鎌の応用により、私は影伝いに空間を移動する。そして私が人間そっくりな使者(・・・・・・・・・)だ。私自身は作り物であり、オリジナルにとってみれば使者に過ぎない。


「漆黒の塊のような姿で、槍のように鋭利で長い触手を持つが、自分の意思に依り行動している訳ではない」


 ------路地裏で、私は影の塊に化けていた。一番効率的な攻撃方法と思って考え出した、伸縮自在の影の槍が私の武器だ。そして吹き込まれた感情が私の核。自我が存在しているように見えて、その意思は他人由来のもの。


「………これじゃあ、まるで」


 まるで、これは(カノン)じゃないか。私そのものというより、私を取り巻く現状(・・)そのもの




 その瞬間、カノンは完全に理解した。理解してしまった。自身が本当に、本当に手駒に過ぎなかったということを。それは物質的に創造されたという意味に留まらない。その存在意義も、その行動も、嗜好も、なにもかもがこの神格に合わせて、本当に。




 ほんとうに、つくられていたのだ。





 途端、彼女の中で嫌悪感から来る嘔吐感が増す。胃が逆撫でされるが胃液すら出ない。当たり前だ。ここ数日何も口にしていないのだから。


「ううううううううええ」



 無人の部屋で一人、嗚咽反射で身体を折り曲げる。異物が存在感を増していくのだ。もう押さえつけきる自信は無い。息が荒くなる。なにかが食道を駆け上ってくる。嫌だ。(カノン)はこのゲームを主宰する側に立つ者の筈だ。嫌だ嫌だ。これを吐いてはいけない。吐き出してしまってはいけない。嫌だ嫌だ嫌だ。お願いだから、待って。



 呼吸を、一瞬止め、整える。


「なんだ。私だって、私だって、怖い時は怖いのよね」




 彼女は堪えきれず、嗚咽と共になにかを吐き出した。吐き出したその黒い異物は、一瞬にして液状化してカノンの全身を包み込む。



 **



「ふぅ、これで()のモンだ」



 **


「ヤイバは助かるのよね、ねえ」

 僕の横に座るミツは力なく、向かいのソファに座るデケムに問いかける。僕らは魔術連盟付属の医療施設なる場所にいた。重体のヤイバがここに運び込まれてから、もう小一時間が経過している。


「ねえってば」

「知るか。医療魔術は俺の専門外だ」

「ちょっとデケム、その言い方は無いんじゃない?」

 カフというデケムの助手の少女が、彼を諫める。

「そんなことないだろ。こいつは確かに、あいつの怪我は自分の所為だとはっきりそう言ったんだ。咎められて当然の筈だ」

「あの少年に攻撃されたのに気付かなかったのはミツちゃんの所為じゃないでしょ。ヤイバ以外誰も気づかなかったんだから、デケムが偉そうなことを言う資格はない」


「ち、違うのです。あの、本当に私が悪いんです」


 声を荒げる二人の間に入ったミツだったが、その眼には涙を浮かべていた。鼻をすすりながら袖で目をこすると、その赤くなった目を僕に向けた。


「朔馬さん、能力を使わずに、私に向かってなにか物を投げてくれませんか」


「え、どうして」


「いいから、遠慮しないで。私をちゃんと狙って投げてください」


 僕は少し迷って辺りを見渡す。怪我にならない手ごろなものが見つからずまごついていると、ふとポケットの中の携帯電話に、小さなストラップがついていたことを思い出した。勾玉をかたどったストラップだ。僕はそれを手に取ると、横に座るミツのアタマの上にちょうど乗っかるように、山なりにやさしく放り投げた。



 だが、その勾玉はミツには当たらなかった。この至近距離で外すのは相当恥ずかしいのだが、結果勾玉はちょうどミツの身体をすりぬけ、数回バウンドして床を転がった。衝撃に耐えられず、勾玉は粉々に砕けてしまった。


「ごめんなさい」


「いや、謝ることじゃないさ」


 僕は立ち上がって、勾玉のかけらを拾い集める。だがミツもすぐにしゃがみ込み、かけらを拾うのを手伝い始めた。


「違うのです、朔馬さんが今不幸な目に遭ったのは私の所為なんです。私には勾玉が当たらなかったのが、私の能力なんです」

 床から目をそらさないまま、彼女はそう口を開いた。


「異能と言っても、私自身じゃこの異能力を制御できない。私は成り損ないだもの」

「ミツの異能力って------」

「違う。不死殺しは魔具(・・)の方なの。ごめんなさい。私は今まで、貴方に隠し事をしていた。本当はずっと話したくなかったんだけど、でもこうなってしまったからには打ち明けるです。連盟のお二人も、よければ聞いていってください。私の、人生の話ですが」


 そう切り出すと彼女は、ぽつぽつとその過去を語り始めた。

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