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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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生ける影

「はぁ、はぁ……ああ」


 少女の荒い息が路地裏に響く。長い黒髪がアスファルトに影を落とすと、手をついて歩いていた彼女は傍の壁にもたれかかった。


「カミクチ、恐ろしい力でしたね。次も対処できるか不安です」


 奥の手は今までの周ですべて黒乃朔馬に見せてしまった。より殺傷性の高い魔具という意味では〈宵闇の嘆き〉の右に出るものは無いが、からめ手としての〈黄の印〉の運用も真剣に検討しなければならない。彼女だって自分が可愛い。出来ることなら使いたくないというのが本音だが、カノンには仲間がいない。頼れるものは自身のみ。


 ふと、先ほど見のがした黒乃たちの背中を思い起こす。だがすぐに気の迷いと断じた。ああそうとも、気の迷いだとも。独りなのには慣れているはずなのだ。ならば使えるものなら何でも使って、意地汚くても勝つしかない。


「どちらにせよ、もう少し、休憩しないと」


 身体が保たないだろう。過度の負荷は安易に死を招き得る。死ぬのは御免だ。肋骨の何本かは猫の蹴りで持っていかれた気がするし、右腕にもかすかに違和感を感じる。

 幸い、路地に人気(ひとけ)は無い。もし万が一だれかがうっかり入って来たとしても、横に立てかけてある鎌の刃がその者を屠るだろう。出来ればそんな無駄な労力は使いたくないのだが。



「お困りのようですね、お姉さん」


 突如、少年の声がし、カノンははたと顔を上げる。ちょうど路地の奥側に、いつのまにか小学校高学年くらいの少年が立っていた。暗がりの中から、彼女のほうを見、にこりと笑う。



 ______この子は、只者ではない。顔は口元以外はよく見えないが、カノンはそう直感した。幾ら疲弊してるとはいえ、一般人にここまで距離を詰められて気付かないはずがない。それに奥は行き止まりのはずだ。そこに人がいるはずがない。


「貴方……誰?」

 懐疑の意を込めて、カノンは尋ねる。少年は無言で闇の中から歩み寄り、煌々と輝く蛍光灯の元に姿をあらわした。


 カーキ色の軍帽を被って、帽子と同じ色の軍服を着た黒髪の少年。彼の見上げる視線と目が合う。




 その瞬間。





 彼の顔を見た瞬間、私の体中を悪寒が走った。ぞぞぞぞ、と神経が逆撫でされる感覚。本能が、この少年を否定する。


「何度も助けてあげたのに、誰って言われたら傷ついちゃうなァ」

 言葉を選びながら、少年は口元を釣り上げる。

「貴女の()に入っていたこともあったんですよ。いつだったか、貴女が短剣で刺されて殺されそうになった時も助けてあげたじゃないですか。忘れちゃったんですか?」


 カノンにはもちろん心当たりがあった。前回、〈守り手〉たちと戦った時だ。隠密の少女に殺されるその直前、彼女がとつぜん意味の分からないことを呟いたまま事切れたことがあったのだ。極限状態に陥ったヒトはどんな行動をするのか予測不能だから、それもそのうちの一つだと解釈していた、が彼曰くどうも違うらしい。


 否。だがそんなはずは無い。私の中、とはそもそも語意が不明だ。私の身体の中は物質的にも精神的にも十分満たされている。なにかが這入り込む余地など……。

「ははは、そりゃあ僕ならできますよ。だって僕は、それが本質だから」


 彼は、まるでカノンの心の中を読んでるかのように乾いた笑いを示した。口元の三日月が彼女の恐怖と不安を煽る。早くここから逃げ出したい。でも動けない。動いたら、その瞬間殺されるような気がして。


「〈黄の印〉は発動条件が難しいですからね。でももう四回も失敗して、今回も決してうまく事を進めているわけではないことは看過できません。いい加減、介入させてもらいます」


 そこまで聞いてカノンはたまらず、鎌を乱雑に握りしめて少年と距離を詰める。背中を見せて逃げるより、殺してしまった方が心の平穏に良いと、そう彼女は考えたのだ。こんな子供相手に、という考えは大声でかき消した。


「あンた一体なんなのですか。いい加減その口を閉じないと首を刎ねますよ!」


「まだ思いださないのか、それとも思い出せないフリをしているのか。贋作風情にココロを与えてやったのは誰だと思ってるんですか。たすけてくださいなんて安っぽい文句に律義に応えてあげていたというのに、まさか自分は今まですべてなにもかも、その覚醒から自分独りだけで生きてきたなんて勘違いしてるんじゃないでしょうね」


「う、煩いッ!!」


 カノンは鎌をぐっと前に押し出し、その峰を少年の首筋に押し当てる。


「私の心は私の物だ。たとえこの感情はオリジナルの分岐であるとしても、この自我は私だけの物だ。誰にも指図されないし、誰の支配も受けないのッ!」


「はは、愚かですねえ。ここまで愚鈍だとは。まだ判らないのですか、その強情ささえ(・・)も僕が与えてあげたんですよ。貴女は気付いていなかったかもしれませんが、貴女はずっと無意識下で僕の意向に従うしかない。これまでも、そしてこれからも」


「……っ、黙れ!」


 カノンは焦りを隠すように柄を握りなおすと強く引き、少年の首に切れ込みをいれる。そしてそれに留めることなく、今度は力任せに振る。少年は少し寂しそうな顔を見せたまま、その身体を両断された。


 胸から上を失くした下半身が、制御を失い倒れた。おびただしい血が路地を濡らし、カノンは荒くなる息を押し留める。


「太刀筋も甘い。感情を一部しか持たない貴女が、その感情に振り回されるとは滑稽ですね。そんな調子だから折角鎌を持っていても、いつまで経ってもあの連中を殺せないんです」


 少年の声がする。驚いてカノンは地面に転がる頭を見据えるが、絶命した顔は動くことは無い。突然、彼女の背中がとん、と押される。首を横にし後ろを見ると、先程の少年がその背にもたれかかっていた。


「ひ」



 声にならない叫び声をあげる。



「怖がらなくてもいいんですよ、カノンさん。これまで貴女は何度も何度も、僕に祈りを捧げてくれた。カミサマ、カミサマ、お願いカミサマってね。ええ、すべて叶えてあげましたとも。そしてその願いの代償を、今こそ払って貰うだけですよ。僕は僕の魂に従って、為すべきことを為す」


 少年はカーキ色の軍帽を脱ぐと、ちょっとだけ背伸びしてカノンの頭の上にちょこんと乗っける。彼女はもはや、抵抗する気力も失くしてしまっていた。


「貴女には新しい配役を任命します。新たな畏怖の対象として、それらしい『名前』を贈りましょう。贋作には、贋作らしい名前を。正典(カノン)なんて名前は貴女には似合わない。我々と同じく(・・・・・・)、創作された存在の名を」


 カノンは物凄い力で腕を引っ張られる。バランスを崩しつつカノンは後ろを振り返らされる。そして半ば強制的に、少年と目を合わせられる。


「『生ける影(アドゥムブラリ)』」


「い、嫌------」


 嫌、わたしが溶けてゆく。それはオリジナルの異能によるものか、その魔術によるものか、無視できる程度ではあるが間違いなく存在していた、わたし自身が。それが消える。私がわたしである、その唯一の拠り所が------



「結局、人形はいつまで経っても人形のままなんですね」



 ぷつんと音を立てて、カノンのもとから消え去った。声にならない叫びが路地に響き渡るのを聞いた少年は満足そうにくすりと笑うと、音も無く闇の中に這い寄り、そのまま混沌と消えた。





 **


「おーい嬢ちゃん、生きてる?」

 チェーンをじゃらじゃらとぶら下げた男が、倒れる少女におそるおそる声をかける。


 人目のつかない暗がりに、衣服の乱れた高校生くらいの少女が倒れているのを偶然見つけた彼は、なかば邪な考えを抱いてその路地裏に足を踏み入れていた。死んでいるわけではないようだ。ではなにか事件にでも巻き込まれたのだろうか。そうでなければ、こんなところに若い女性が独りで倒れている筈がない。ならば、どうせ巻き込まれた()なら、このまま襲っても誰もわからないのではないか------。警察への連絡などは一切頭によぎることのなかった彼は、少女から反応がないことを確認すると、その邪な考えを実行に移すべく一歩にじりよる。そして一瞬だけ、人目を気にして後ろを振り返った。





 数秒後、男は死体となって路地に転がっていた。その首は百八十度反対に向けて捻じられており、その表情を見るに、まだ自分が死んでいることにすら気付いていないようであった。


「こぉ…………くあぇ…………ぃあああ」

少女は口を動かすが、そこから漏れ出しているのは声というよりむしろ音に近い。もう何十年も、いやもしかするとそれ以上の期間ずっと声を出してこなかったかのように、発声の要領を得ていない。


少女はしばらくえずいていたが、次第に音は声のカタチを為していった。


「ひサbiさにからダをう…………ごかshiたなァ、()。じゃア仕事すルか……ってあれ、まだか」



 少女は突然大きくよろめき、男の死体に躓いてこけた。

「あいたたたた……って、これは、一体何が……?」


 地面に手をついた少女は、転がる男の死体にまったく身に覚えが無いようであった。まるで人格が入れ替わってしまったかのように、足元に転がる死体を、まるでそんなものなど知らないと言わんばかりに見つめる。その男は、つい先ほど()()()()()()()()()()()()()


「何が起こったかわかりませんが、とりあえず、ここを離れないと……」


 丁寧に立てかけてあった鎌を握りしめると、少女は歩きはじめる。彼女の頭の中は、先ほどの少年との対話に関することで頭がいっぱいだった。その会話の記憶でさえ、なにか他人事のような感覚もあるが、ともかく情報が多すぎて整理しきれない。カノンの脚は自然と、あの図書館の方へと向かっていった。

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