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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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大人

 地の利が覆し得る戦力差は数値化できない。だが戦場をこちらで改変できるということの利点のひとつに、相手の行動をある程度制御できるというものがある。詰将棋のように、相手の行動に必然性と主体性を持たせたままにこちらで把握することだ。詰みまで組み立てられたなら必殺の罠と呼べるわけだが、残念ながらそこまで長々と論理を連ねていってしまうと、なぜか実際の行動では破綻が発生してしまう。


「この建物のすべての蔵書を守っていただきたいというのが本音ですが、万が一襲撃を受けた場合、一般の書物までに気を回すのは不可能だということは重々承知しています。その場合はなんとしてでも、この禁書区画を最終防衛ラインとしてください。……はい。この区画には窓もありませんし、これから私たちが用いる扉は一方通行です。こちらの扉が実質的に唯一の通路となります」


 綿津見は、連盟から派遣されたという三人の男と打ち合わせをしている。全員黒いサングラスをかけ、黒いスーツに黒いブーツ、手袋まで真っ黒だ。おそらくそれが制服なのだろうが、ファッションセンスというものが全員に欠けている、と森賀は思う。連盟はいつもそうだ。下級構成員は黒の制服。中央委員会所属の一部のエリートだけが、各々のシンボルともいえる色でその服を統一している。どぎつい単色がほとんどで、彼らと会うと頭が痛くなる。彼女は男たちから目をそらした。


 彼女の家である野上家は連盟加盟家である。基本的に閉じたコミュニティを好む魔術家だが、そのほとんどが連盟に加盟している。連盟とは、魔術家間の交流と大規模な問題に対する協力の呼びかけを目的とする機関だが、その実態は成果の探り合い、奪い合いにあると言って良い。他の家の魔術体系の到達具合を相互に監視しあい、必要ならば家単位での同盟を結ぶ。恒久的平和と世界の均衡の安定、などという文言は単なるスローガンに成り果てているのだ。


 そしてあの(・・)中央委員会も曲者だ、と考える森賀のアタマは、次々に魔術連盟への嫌悪感に方針を転換させていく。


 世界中の魔術家が加盟する連盟には、全体の運営を執り行う存在として、中央委員会なるものがある。特に影響力の強い二十二家の当主が、色とりどりの単色に身を包み、大アルカナにちなんだ称号を与えられているのだ。彼らはことあるごとに各家に介入し、連盟内の力の均衡を保とうとしている。委員会としての目的に、構成員個人個人の目的が沿っているとも限らないのだ。彼らとの心理戦には毎度毎度、神経を擦り減らせてしまう。


「……おや、なにか心配ごとかい森賀さん」

 峰流馬が缶コーヒーを置いた。森賀は軽く会釈し、それに手を伸ばし、止める。

「微糖でしょうね」

「もちろん」

「そう、ならありがたく」

 森賀はコーヒーを少し口に含み、すぐに缶を机に置いた。彼女はもともと苦い飲み物が好きではないのだ。

「連盟のことよ。今回、やけに統一性がないじゃない。文書主義のくせして綿津見の申し出を間隔もあけずに承認するかと思えば、当のカノンについては手出しをしないなんておかしくないですか?」


「まあ、確かにな……」

「ルルイエが浮上した場合、隠蔽対応に追われるのは連盟も同じのはず。なのにどうして、寄越す支援は図書館防衛だけなのかしら。いくら不干渉主義だとはいえ、実際防衛には手を貸しているじゃないですか。〈守り手〉の者でも魔術家の者なら、有事の際には連盟本部まで駆け付ける義務があるのですよ。不公平です」


「連盟まで駆け付ける……っていうとアレか、()()()()()()()()()()()だな。ま、詳しい話は大人の事情って奴だろう。ウチの綿津見も、情報の開示にはやけに慎重だからさ……」



「俺がなんだって?」

 気が付くと、綿津見は峰流馬と森賀の後ろに立っていた。連盟の工作員との打ち合わせは終了したらしい。彼らの姿は、もはやそこにはない。

「……なんでもないよ。佐口と黒猫は先に行ったし、俺たちも行こうか」


 峰流馬は誤魔化すように急いで立ち上がると、すたすたと足早にそこから立ち去り、独り扉をくぐっていった。アネクメーネと通ずるその扉は、綿津見と佐口の干渉により、既に行き先を変更されていた。


「で、いつから聞いてたんですか?」

「俺は名前を呼ばれた気がしただけだよ。どうした、なにか隠し事か?」

「別に……」

 森賀は峰流馬が通っていった扉と、隣で首をかしげる綿津見を交互に見比べる。まったく、ここでも腹の探り合いは御免である。

「私は傀儡子ですが、自分が傀儡になるのは願い下げですよ。……貴方もなるべくはやく来てくださいね」

 森賀も独り、綿津見をおいて扉をくぐっていく。ばたん、と扉が閉まる音が止むのを待つと、静寂の禁書区画に最後まで残っていた綿津見は、独り空中を仰いだ。


「……」


 その目は天井を見ない。その目は虚空を見ない。その目はただ、過去のある日を見ている。




『今回はやけに物分かりが良いな。連盟もとうとう、禁書の重要性を理解したのか?』

『いえ、貴方の言い方に則れば、物分かりが良いのは俺だけだ。日本は俺の管轄ですから、ある程度融通が利くと、ただそれだけのこと』

『どういう意味だ、《運命の輪(・・・・)》』

『さぁ、俺にも詳しくはわかりかねます。ですがおそらくこの件は、中央委員会全体で共有すべき案件ではない。それは断言しましょう』

『だからそれはどうしてッ……』

『綿津見、貴方も子供じゃないのですから、そう闇雲に何故何故何故何故尋ねるものではない。それじゃあさっきの(・・・・)の話、よろしくお願いしますよ。なに、貴方は芝居は苦手ではない筈。連盟の管理区域を二つも(・・・)貸し出すのですから、それくらいはやっていただかないと』





 やがて綿津見も、目を閉じてその扉を潜り抜けた。


「子供じゃないってだけで、大人扱いされちゃ堪んねえよなあ」


 部屋は完全に無人となった。ただ静謐だけが、その住人となる。


 **




「……此処、さっき来たとこじゃん」


 良須賀が呟く。彼女の言った通り、扉の向こうに広がる世界は、彼女たちが図書館に到着する前にヴリトラと一戦を交えた場所と、極めて酷似していた。これは単なる偶然だ。そう頭では判っていたが、ただ予定調和な気がして、彼女は気味の悪さを無言で呑み込んだ。文明を象徴する高層ビルは遠方にて廃墟と化し、ただただ砂塵だけが舞う。視界の端には轟々と流れる河があり、その両岸には前回命を助けられた、インドラそのものとも言うべき鉄の柱がどこまでも並んでいる。




「……さあ行こうか。理恵からの報告を聞く限り、ヴリトラなる大蛇はまだ死んでいない」



 そう言って綿津見は一歩踏み出し、異界の土を踏む。彼は更に数歩進み、履き慣れたシューズで足を鳴らす。じゃりっ、じゃりっ、と砂と靴底が擦れる。彼の足音が耳に届く度、全員の視界には少しづつ変化が生じていた。







 土が。いや、大地そのものが隆起していく。固体である砂の一粒一粒は液体となり、その形状を自在に変化させてゆく。なおも歩き続け、前へ進み続ける綿津見の背後で蠢く砂塊は、拡張された彼の手足と形容しても良い。綿津見は次第に干渉する砂の量を増やしながら、前へ前へと進んで行く。時折急降下する影______大きさから見ておそらく、警戒のため近づいた殺人蜂(キラービー)たち______が見えたが、蠢く砂に捕捉され、あっという間に呑み込まれていってしまった。



「……わお、物質干渉っていうのは矢ッ張り、絵になるねえ」


 感心そうにそうつぶやくと、佐口も足を踏み出して彼の影を追う。生を吹き込まれた砂の乱舞に見惚れていた他の面々も、堰を切ったように後を追いかける。森賀がふと立ち止まり後ろを振り返るが、そこにはさっき通ってきた扉の姿はどこにもない。表と裏の境界の役割でしかなかった扉は、その効力を失った瞬間に(もと)の世界に帰属したのだ。もはやどこにも境界はない。後ろには、どこまでも続く砂の海だ。



「……私たちがここで姿を保てるって事は、この世界に受け入れられてるってことよね。何て皮肉」


 森賀は少し寂しそうに虚空に話しかけたあと、前を向いて綿津見たちの後を追った。




「……綿津見、わかってると思うけど敵影を捕捉している。前方の河に何か居る。恐らく、まただ(・・・)


 峰流馬がぼそりと呟く。彼の言う通り、数百(メートル)先の大河の水面が不自然に泡立ち、そこに何か(・・)居ることを示している。


「また走るのか……」


 黒猫が苦虫を噛み潰したような顔をする。水中をうねる巨影に、彼女も、また峰流馬や理恵もその光景に既視感があった。さきほど戦い、そして殺した大悪魔がそこにいる。相手が怪異の類である以上、その生命力は伝承や信仰に由来するのだ。信者がいる限り神は死なないのと同じこと。その不死性は、その存在を信じる者がいる限り持続する。それこそ、不死殺しの伝承を直接ぶつけない限りは……。



「ミツは向こうの班だってのにぃ!」

 およよ、と嘆く黒猫。



 呪いに頼らねば殺せぬ相手。その相手が憎悪を振り撒く厄災なら、それでも甦る度殺すしかあるまい。たとえそれが死を克服するとしても、その度に潰さなければなるまい。第一戦は有耶無耶のうちに終わった。だがカノンと戦ううえで、不確定な要素は出来る限り取り除いておく必要があることもまた、事実だ。そして今回は、前回と違う。今回は、海の神(わだつみ)がここにいる。彼は誇らしげに、その足を一歩前に踏み出す。


「足元は砂だが、ここは砂海だ。俺がヴリトラ殺し(ヴリトラハーン)を継いでやる」

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