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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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根は同じだったはずの枝

「異能講義はこの辺で終いにしても良いだろう。それよりも俺は、朔馬の禁書の方に興味があるな。綿津見、調べてくれたかい?」


 暗くなってしまった話題を変えようと、遼はわざと明るい声で綿津見に声をかけた。綿津見も、その意図を汲み取って返事をする。



「あ、ああ。聞き取った条件でフィルターをかけて、ウチや連盟で保管が確認されている〈禁書〉を除外したところ、条件にあてはまるものが一つ見つかった。おそらくこれで間違いないと思う。見てくれ」


 彼は自分のデスクに近寄ると、パソコンの電源を入れた。僕たちも場所を変え、画面が見える位置に移動する。ほとんどが黒や赤で塗りつぶされたリストの中、たった一行だけ白地があった。注意はそこに向けられ、僕はその名を注意深く読み上げた。



「アガスティアの……葉?」


「そう、アガスティアの葉だ。俺も初めて聞く名前だったんで、ちょっとばかり調べてみたところ、どうやらインドの聖者アガスティアが遺したとされる予言書の名前だそうだ。解読は特定の者にしか出来ず、その所在も信憑性も不確かだが、バラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』にもその名が見られ、由緒ある品だそうだ」


「この手帳が、ですか?」


 これは今年の四月に書店で購入したものだ。年の頭に手帳が売られるが、大抵は四月あたりになると値引きされて在庫が処理される。わざわざその時まで待って、四割引きで良い手帳を購入したのだ。それでも少し値は張ったが、だからといって近所の本屋に禁書が平積みされているとは考えにくい。


「違う違う。その手帳本体は、あくまで依り代に過ぎない。君があの路地裏で未来の情報を更新し続けたその手帳には、結果として永続的に『予定を持ち主に届ける』属性を有した。おそらく偶然の産物ではあるが、その手帳はヒトの手によって超常の物となったんだ。遼の説明であった通り、カミがモノに宿った場合それを魔具と呼ぶが、ヒトがモノを……特に書物を意図的に捻じ曲げた(・・・・・)場合は、その結果禁書の名を冠することがある。君自身が、異能力でその本の在り方そのものを改変した結果だよ」


 手帳のページを開いた。そこには今や週間予定や自由記入の項はなく、全てがただ白に塗りつぶされている。そして時折ページ上に文字が浮かびあがっては、読み取る間もなく消えていく。


「……さて、伝承によれば、アガスティアの葉は全人類一人に一枚ずつ存在し、それぞれが一生で起こることすべて記している木の葉のことだという。実際に現存するアガスティアの葉がどこまでの精密さで記述しているかは不明だが、もしその定義を文字通り解釈するならば、ああそう全て(・・)書かれているのだろう」


 すべて。人間が一生を歩むうちに経験する、当人が覚えていること以上の出来事。昨日は何を食べたのか。今日はどこへ行ったのか。明日は誰と会うのか。母親の名は、父親は。兄はいるか、姉は、弟は。結婚はするか。子供は何人できるか。幼少期、一番親しかった友は誰か。仕事は何に就くか。どんな病気にかかるか。どんな事件に遭遇するか。どんな別れを体験するか。


 いつ、死ぬのか。


「ヒトを大まかに百八種に分類し、そこから詳しく絞っていくそうだ。現存するものの中には本物を謳った偽物だってある。今となっては観光資源と化していることもあるし、簡単には真偽の判別はつかないさ」


 それってイカサマの一種じゃないのか、と次に声を上げたのは遼。


「バーナム効果ってあるだろ。曖昧な表現を並べたてて、そいつ個人のことを言い当ててるように思わせるってヤツ。胡散臭い予言は大抵この類だろう。その葉っぱがそのうちの一つでないという証明はどこにある」


 それは私も思ったわ、と森賀さんが言葉を継ぐ。


「そもそも、何十億人といるヒトを、たった百八通りに分類することなんて出来るのかしら」


「それについても、一応イエスと答えておこう。そして遼、悪魔の証明を持ち出した反論は意地が悪いぞ?」


 バレたか、と遼は分が悪そうに頭をかいた。


「太極より生じ両義に通じ、両義は四象を生み、四象は八卦に通じ、八卦は万物を生むとされている。ヒトも、いや宇宙の全ては、元を辿れば一つだったとする思想が、古来よりヒトの世には存在しているだろう。あれは永くヒトの世に受け入れられてきたが故に、今でも我々の世界認識に大きな影響を与え続けている」


「陰陽思想か……」



「その通りだ遼。万物全ては一つのものより生じた、なんて世界観がたしかに成立しているんだ。ヒトが百八通りの可能性に大きく分けられても、なんらおかしな話ではないだろうさ。それにアガスティアの葉が間違いの未来を映し出したと証言する者は多くいるが、彼らが本物と巡り会えなかったと考えれば、アガスティアの葉という概念はバーナム効果では説明つくまい。そしてこれも遼の言葉を借りれば、『本物の存在を否定すること』はできない」


「……性格悪いぞ」


 お互いさま、とわざとらしく目配せをした綿津見はそのまま言葉を続ける。曰く、この〈アガスティアの葉〉は、予言書ではなく禁書として存在することで、またその能力を一層ユニークに開花させたとのことだ。



「その禁書には、朔馬君がこれから取るであろう直近の行動の中で、その選択に応じて未来が変化する重要なものが記載される。報告通りなら、あの路地裏で彼が当時知るはずのなかったカミクチという行動選択を、彼から提案したのはそれが原因だというのが、遼の判断だな?」


「ああ。あの時他に記されていた文言はどれも朔馬本人、ないし朔馬からの干渉が可能な人間の行動についての言及だったと判断していい」


「そして今のその手帳には、たとえば朔馬君が佐口に殴りかかるなんていう選択肢は書かれていないな?」

「おいなんで私なのよ」


「一応……無いみたいですね」

「ほッ........良かった……のかしら、これ。ねえそれなんの確認よ」


「ああ……俺が用意しておいた仮説に間違いは無いかどうかの、ちょっとした再確認だ。つまり選択肢を表示する機能を持った手帳が、なぜ想定し得るすべての(・・・・)行動を表記しないのか、この疑問について一応の解答を用意することが出来たように思う」


 遼が片眉を上げる。彼がはじめ聞きたがっていたのは、ここから後の話のようだ。

「ほう、〈アガスティアの葉〉そのものの信憑性についてはひとまず置いておくとして、その件に関しては興味があるね。それはすなわち、人間の行動意義そのものに直結する事実じゃないか?」



「そう……と捉えるかはお前の自由だな。まず前提として、朔馬君の手帳に記される行動は、それを行うことでその後の人生を大きく変更されるものだけだ。つまり逆説的にそこに記されていない行動は、そもそも当人にその行動をする意思が全く無いか、その行動そのものが未来になんら影響を与えないかのどちらかといえる。前者はさっきの朔馬君が佐口を殴らないというヤツがそれにあたる。その行動をした場合彼らの関係は破綻し、それをしなかった世界線とは確実に違う人生を送ることになるが、本人にその気が無いからそれをしない。ただそれだけだ」


 人生は樹の枝のように分岐を繰り返している。分岐点となった出来事において、どの選択をしたかによって人生の帰着が決定するのだ。同じ喩えで別の表現をするならば、地面から枝先まで、どのルートを一筆書きでなぞっていくかによって、その人生は千変万化するのだ。この木の葉は、僕がその選択する前に、少しだけ先の未来を教えてくれる。


「元は同じ根の枝でも、伸びる先が同じとは限りませんものね。さっきまで同じ道をたどっていた枝が、最後の最後に枝分かれしてしまう、なんてことは実際あるわけですし……。まあもちろんその逆で、いつのまにか道を違えていた枝同士が、最終的に同じ方向を向いていることもあるのかもしれないですけど」

 綿津見の言葉に返事をしたのは森賀さんだった。彼女は話している内容とは裏腹に、綿津見の方を向かず、指先にはめた指人形に語り掛けるように口を開いていた。その目すら、指人形を見つめてはいない。


「接ぎ木なんかされたら、向きが少々変わるなんて珍しいことじゃないですし。どうしてヒトの人生ってのはこう、いっつもいっつも綱渡りなのかしら」


 はぁ、と一人溜息をつく森賀さんは、やはり特に誰に話しかけているというわけでもないようだ。そんな彼女を横目に、遼が続きを促した。


「……で、後者の方はなんだ。そもそも未来に影響を与えない現在の行動なんてものが、本当に存在するのか?」


「それをある(・・)としているのがこの本らしい。喩えとしてはイベントスキップに近いかもしれないな。ノベルゲームとかでよくある、プレイヤーが選べる会話選択肢とかを飛ばして次のシーンに移動するアレだ。どの選択肢を選んでも、それこそ最悪スキップしても『物語全体の進行には何ら支障がない』行為というものの存在を是とする。たとえば今日の夕飯に何を食べても、それそのものは明日の遼の存在にはなにも影響を与えない。だから手帳に近所の料理屋の名前が並ぶことは通常ない。だが万が一、どこかの店にカノンと鉢合わせるなんてことがあった場合には話は別だ。その場合何も起こらないはずはないのだから、君が食事先を選ぶ段階で、その店に行くという選択肢が提案されることになる。結果として、疑似的な未来視の真似事が可能になっているわけだ」


「予測可能な未来は最長でいつまでのものだ?」

「さぁ、それは朔馬君に聞いてくれ」


「そうか……大体わかった」


 遼は納得したようだ。たしかに綿津見の仮説は説得力があった。ひとまず僕からの認識についてもそれに準じて構わないだろう。だがしかし、実際に手帳を使用することになる僕の頭には、一つ大きな問題が浮上してきていた。


「たとえ戦闘中だとしても、禁書で未来視するには一度手帳を見ないといけないってのが面倒ですね……」


 文面を目視し、文字を読み取らなくてはいけないのだ。目まぐるしく戦況が変わる戦場ならそのぶん文章量は格段に増えるだろうし、そもそも読んでいる暇がない場合だってある。腰を据えて、落ち着いて状況を推察できる場合などあるのだろうか。


「そのあたりは臨機応変に対応してくれ。手帳を開くという行為そのものが、その後の人生を悪い方向に決定づけることのないように願っているとも」


 いつからか携帯電話と睨めっこしていた遼が、その画面を僕の顔の前に突き付けた。遼とヤイバとの素っ気ない業務連絡が並んだチャットの末尾には、ヤイバからの簡素な連絡が記されている。そこには、興味深い祭壇を発見したため、一旦図書館に戻ると書いてある。


「この前聞いた話とも一致しているな」

「ああ、それが本格的な、カノンからの宣戦布告だ。今度こそひとりだって、犠牲者を出したりしない」


 あの紫の空を、二度とこの世界に持ち込ませてなるものか。

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