起点の夕暮れ
森賀さんに言われた通り、指定された時刻に小教室を訪ねると、教室の鍵は開いていた。ドアノブを回して部屋に入ると、中には森賀さんだけでなく、遼と理恵の姿もあった。
「三人、やっぱり元々知り合いだったんだ」
「ええ。まさか盗み聞きされたのは想定外でしたが、すぐに教えるつもりだったので問題ないでしょう」
森賀さんはそう言うと、椅子を引いて僕に着席を促した。言われた通りに僕が座ったのを見計らうと、まず遼が話を切り出した。
「詳しい内容説明は明日図書館でやるとして、まずお前の目的を聞きたいな森賀。朔馬との接触っていうのは一体どういう意味だ?」
「詳しくは話せません。物事には順序があるのよ。あともうしばらくは、私一人で抱え込ませてもらう。朔馬さん!」
「はいっ!?」
急に名前を呼ばれた僕は、素っ頓狂な声で返事をした。森賀さんはその反応にくすりと笑うと、ふと真顔に戻って話を続けた。
「理恵から聞きましたが、夢の悩みを持っているそうですね。もしかして、今朝はあまり良い夢を見なかったんじゃないですか?」
「どうして…………それを」
「真実が知りたければ、明日理恵たちと一緒に図書館へ向かいなさいな。貴方が動く動機にはそれで十分でしょう」
森賀さんは指を組んで、背もたれに深くもたれかかった。
「私は貴方よりも多くのことを知っていますが、とはいえ全てを知っているわけではありません。自分の手で掴み取らなければならない真実も多々あるでしょう。私はやることがありますから傍にはいられませんが、理恵や遼が手を貸してくれるはず」
「そういうことだ。朔馬には色々と伝えなきゃならんことがある」
鋭く冷たい声を発したのは遼。発言は僕に向けたものであったが、彼の目は絶えず森賀さんを見据えていた。
「…………森賀お前、独りで抱え込む気か」
「ええ。私がこの決断をした意思を尊重して、貴方がみだりに自身の見解を口外しないことを祈っていますよ。なんといっても貴方は賢い」
二人はその後も無言で視線のやり取りを交わす。二人が黙ってしまったのを見かねて、理恵が僕に声をかけてくれた。
「ごめんね朔馬、たぶん混乱しちゃってるでしょう」
「たぶんもなにも、さっきからまったく何もわかってない。呼ばれたから来てみれば、僕の判らない話をするだけで説明しようともしてくれない。ああもう、いったい何の話をしてるんだ?」
「説明したいのは山々なんだけど、それにはきちんと手順を踏まなきゃならないの」
「ああわかってるよ、明日図書館に行けばいいんだろう。集合場所やら時間やらはダイレクトメールか何かで送ってきてくれたらその通りに動くとも。じゃあもう僕は帰って良いかな? 状況を把握できていない僕がこの場にいても、ただ邪魔になるだけだろうし」
僕は彼女らの話に置いていかれっぱなしのイライラを隠すように、荷物をまとめて強引に話を切り上げた。だが森賀さんはただ黙って僕を見つめるだけで、引き留めようとはしない。ムキになって、僕は少しだけ手荒にドアノブをひねった。
「朔馬、さん」
部屋を出ようとした僕の背中に、森賀さんの声が降りかかる。振り返るのはなんだか癪だったので、ただ立ち止まるだけにして彼女の声に耳を傾けた。
「手帳、メモする癖は欠かさないように」
どきん、と動悸が激しくなる。そう、僕はちょうど数日前から、今も胸ポケットに入っている手帳に、新しく知った単語を書き留める習慣をつけようとしていた。そして彼女が言う通り、今日は一文字も書き留めていないのだ。まるで未来を見てきたかのように言葉を発する彼女に全て見透かされているような気がして、僕は強引に扉を閉めた。
ひと呼吸ついて心を落ち着ける。最終下校時刻が近づいた校舎の廊下の静けさの中、独り僕は胸ポケットから手帳を取り出した。そして次の瞬間、僕は目を見張った。
今日の日付のページには既に文字が刻まれていたのだ。間違いなく僕の筆跡であるそれらの言葉はもちろん、僕には書いた覚えのないものだった。そしてそのどれもが、聞いたこともない奇怪な単語ばかり。
『異能』
『魔術』
『魔具』
『禁書』
『ルルイエ』
『アネクメーネ』