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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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黒幕、ないしは幕を織る者

 



 黒猫は追撃することなく、瞬時に退避行動に移った。〈宵闇の嘆き〉を退けたなら、対策すべき優先順位は次点の〈狂気違え〉に繰り上がるのだ。カノンの虚を突いた隙に、彼女は大きく跳び退いて僕のすぐ目の前に着地する。彼女の右脚は少しずつ、その淡い光を失っていった。


 見た目以上の威力があったのだろう。高速で回転しながら天高く弾き上げられた鎌を、僕らは吸い込まれるように見つめる。もちろん、カノン自身も例外では無い。


「……ほぅ」


 驚愕と怒りが入り混じったような顔で、まっすぐと黒猫を睨むカノン。


 ザッと鈍い音がしたかと思えば、鎌は頭上10メートルほどで壁に突き刺さっていた。柄がちょうど地面と水平になるように、刃が完全にビルの壁に食い込む。ぱらぱらと細かい破片が埃と為って舞い落ち、地面に叩きつけられて粉々になる。


「はァ……勝負……あったわね」


 荒い息を整えながら、黒猫は勝ち誇るような笑みを浮かべた。今の一瞬で〈狂気違え〉を発動できなかったのは、明らかにカノンにとって大きな痛手となっただろう。逆に言えば、これから僕たちはカノンに近づかなければ(・・・・・・・)良いということになるのだ。理恵しかり遼しかり、こちらは遠距離から攻撃する役は十分に揃っている以上、僕たちが有利なのは間違いない。





 だが僕は同時に、この状況に違和感を覚えるのであった。明確に理由があるわけでは無い。だが、どうも釈然としないのだ。今まで何度も世界を破滅に追い込んできた災厄を、ほんとうに武器一つ奪っただけで止めることができるのだろうか。僕はただ一人、冷めきった目で戦況を見ていた。




「……あんたの思考が、少しだけ解った気がするにゃ」


 そんな僕の不安などいざ知らず、黒猫は丸腰となったカノンに語りかける。情報だ。とにかく今は情報が欲しいのだ。


「時間遡行は危険な行為だにゃ。蓋をした記憶を無理やり思い出させ、目を背けたものををもう一度直視する可能性を生み出す。時間が巻き戻れば肉体に受けた傷は回復するけど、心に負った傷は癒えることはない。化膿し、心を蝕み、脳を腐らせる。だからこそ時間遡行を行う者は精神を病みやすい」



「その通り。実際そこの少年はかつて、心耐えられずに狂気に堕ちた。私も彼と同様に狂ってしまっているとでも? ははッ、真逆」


 カノンはそう言って笑みをこぼしたが、その目は笑っていなかった。ただ憎悪だけが、その双眸に爛々と炎を灯している。狂気の陰りは全く見えず、遥かに大きな感情が蠢いているのが見て取れた。



「その通り、あんたは至って正常だ。花音ちゃん(オリジナル)が吹き込む感情は、人形に対して揺らぐことはない絶対命令、普遍の価値観と為ると聞く。だからこそ精神を不安定にする〈宵闇の嘆き(デスクライ)〉を自在に使えるし、裏を返せば、一度裏切れば説得に応じることは無い。あんたは人形である以上、人間のように狂うなんてことは決してあり得ないんだよ。真似事しかできない人形風情」



 会話の語気が少しずつ強まっていくのを感じ、僕は少し後ろに後ずさる。今、すぐ目の前で戦闘が再開されれば、僕だけでなく森賀さんまで巻き込まれてしまう。両手が塞がった今の状態では、攻撃を逸らそうにも能力が使えないからだ。


「良く解っているじゃないですか。私達の間に和解の道はすでに無く、降伏も選択肢として存在しない」


「でも、そもそもそこが矛盾してるの。そこだけがどうしても腑に落ちないのよ。異能力は、揺らぐことはなき絶対命令と聞くわ。では何故−−−−−−」


 ちらりとこちらを見やり、黒猫が息を吸う。



「そもそも、どうしてあんたは森賀花音を裏切ったの。一体どこの誰に、何を(そそのか)された」


 黒幕、と聞き返すカノンに、とぼけんじゃ無いわよと黒猫が吠えた。


「そもそも異能の産物に過ぎないあんたが、異能の原理に背いている時点でおかしいのよ。だってのに、それに加えて〈狂気違え〉と〈黄の印〉を含めて三つも魔具を所持しているときた。三つのうちその二つは出所不明の危険物。あんた一人の気まぐれで出来る範疇じゃないのよ、今の状況は」


 だから黒幕がいるはずなのよ、と問い睨んだ黒猫だったが、対するカノンはゆっくりと、首をかしげるばかりだった。その表情にはずる賢さや嘲笑は無く、ただ懐疑の念だけが浮かんでいた。


「いえ……。私はただ、私に正義に基づいて世界に報復を下すのみ。誰の指図も受けず、誰の命令も受けずに、この自由を謳歌するの。それ以上でも、それ以下でも無いわ」

「そんな筈はッ……」

「これは純粋な善意で教えてあげるけど、私は脱走してからなるべく人と関わらないようにしていたわ。貴女が言う黒幕なんて、身に覚えは全く無い」

「……それ、本気?」



 黒猫も、カノンの表情から、彼女がからかっているわけではないことを悟ったようだ。意志を持つ人形は、少しの間目を瞑った後、小さな溜息とともに、ええ、と静かに呟いた。


 核心を突くはずだった会話は唐突に終了を迎えた。なんととんだ肩透かしだった。彼女は何も知らないという。もちろん真実を知ることが全てでは無い。だが僕はこの知的欲求を抑えることは出来ない。無知のまま脅かされる日常ほど、残酷で理不尽なものは無いからだ。とはいえ、どう問いかければ良いものか……


「……あー、もう話は終わりか? もう撃っちゃって良いか?」


 静寂を破ったのは遼だった。スコープを覗き込みながら、遠慮がちに声を上げる。カチャカチャと音を鳴らしながら角度を調整し、狙いを定め、引き金に指をあてる動作を、僕は黙って見つめていた。僕だけでなく、誰も何も言わない。無言が最大の肯定であるかのように、ただ遼の行動を見守る。銃で頭を撃ち抜かれれば、ソレが人間の姿をしている以上即死は免れないだろう。カノン自身も抵抗の意を示す様子を見せることは無い。これで、このまま、おしまい。



 霧が立ち込めてきた。はじめは足元をただよう程度だった霧はみるみるうちに深くなり、黒猫やカノンの姿さえも視界から隠してしまう。

 両腕に抱きかかえた森賀さんまでいつのまにかいなくなっているのに気付いて、そこでようやく僕はこの霧が幻覚であることを悟った。そして同時に、いつも霧の中で見る、あの歯車仕掛けの巨大な機械も思い出す。だが周りを見渡しても、今度はそれらしきものは見つからなかった。


「あれ、なんか踏んでる…………?」



 靴裏の感覚に違和感がある。足を上げると案の定、一冊の本が地面に落ちていた。それは僕が使っている手帳にすこし似ていたが、それよりももっとずっと使い古されていた。

 拾い上げて砂埃を払い、ページをめくってみると、ヘッターには大きく『登場人物』の四文字。そして本文ページには、見知った名前がずらりと記されていた。そのどれもが覚えのない僕の筆跡であるものの、書かれた名前も僕が使っている呼び名であった。そのうち綿津見、佐口さん、ヤイバ、ミツの四人の名前には、赤色で取り消し線が引かれているのに気付く。


「消されているのはここにいないメンバー、か……。登場人物…………」


その時、僕の中で点と点が線で繋がった。ある可能性に思考が思い至ったその瞬間、あたりの霧は急速に晴れていく。腕に人を抱えた感触が戻ってくる頃には、僕は自身の思考を整理しきっていた。遼を見やると、彼はまだスコープを覗き込んでいる。今の逡巡は、文字通り一瞬の出来事だったのだ。


「……マズい。これはマズいかもしれない」

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