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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第二章 Re×5:starting-memories
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迷路ではなく迷宮

 黒猫とは最早別行動みたいなものだ。更に言うなれば、今更追いかけても追いつく自信はない。ツーマンセルとはなんだったのか。でも黒猫が出来るという以上は、出来ないことではないのだろう。そもそも曲がり角こそあれど今までは全て一本道。いくら方向音痴でも道に迷うことは無いのが不幸中の幸いといったところか。ならばこれは迷路では無い。迷宮だ。


 迷路は人を惑わせ、出口を隠蔽するためのものだが、迷宮は人を惑わせず、ただ出口を見つけられるか否かのみを問うのである。



 ならば出口は必ず見つかる。僕はそう自分に言い聞かせ、先へ進む。いつ終点に着くかわからないこの迷宮(ラビリントス)を、ただ黙々と。歩かねば、答えには辿り着かないのだから。


 ラビリントス、それはギリシア神話において、名工ダイダロスがクレタ島に築いたといわれる、クノッソスの迷宮だ。クノッソスの迷宮という言葉に聞き覚えは無くても、怪物ミノタウロスを閉じ込めていた石の迷宮と言えば、聞き覚えのある人も多いだろう。


 ならば、迷うことは無い(・・・・・・・)のだ。迷路はダミーの道だらけだが、迷宮は必ず一本道。道の選択肢などなく、設計者の秩序によって管理された箱庭。


 


 そこまで考えて、僕は立ち止まる。


 これ以上闇雲に歩いていても、拉致があかないのではないだろうか。何故なら、この迷宮は設計者の意思を反映しているのである。いかに道が一本道でも、その道そのものに工作が施されていたら、対処のしようが無いのだ。



 これは、僕らとカノンの頭脳戦。どちらの陣営が相手を騙せるか。どちらがより正しく状況を把握できているのか。それが勝敗を決するのだ。術中に嵌ってはならない。


 ならば、考えないと。



 まずここで問題とすべきなのは、嗅覚を刺激する、むせ返るような血の匂いだ。そもそもこれを辿ってここまで来たのだが、果たしてこの血は、アリアドネの糸玉となり得るのか、はたまた敵の罠なのか。手がかりは今やこれしか無いのだから、もう一度、深く考えてみよう。


 単純だがまず導き出される結論は、誰かが大量の血を流しているということだ。ただそれはつまり、その誰か(・・)を襲った相手が、この先にいることを意味する。血の主の生死にかかわらず、である。


 この血の発生源が理恵の異能であるという可能性も否定はできないが、先ほど理恵から連絡を受けてから僅か十分程で、僕たちはこの路地に足を踏み入れた。理恵の方が早くここについた可能性は、まず無いと言って良いだろう。



 ここで僕の思考は止まってしまった。ほかに何かヒントが見つからないか、続いて自身をを取り囲む路地に注意を向けた。

 一見すると、今歩いているのは只の通路の途中に過ぎない。両側を雑居ビルに囲まれ、ただでさえ少し狭い路地には電灯や電柱が何本も生え、その間に電線が垂れている。一見すると普通の裏路地だが、かといってここが普通の路地裏では無いのは間違いない。



 六回。



 六回。この数字は、僕がこれまでに、()を曲がった回数である。

 最初は、気付かなかった。

 二度目は、違和感を覚えた。

 三度目は、気のせいだと思って無視した。

 四度目は、一度立ち止まらざるを得なくなった。

 五度目と六度目は、怖くなって走り抜けた。

 右、左、右、左と交互に曲がってきたため、僕は同じ場所をくるくると回っているなんてことは有り得ず、ジグザグに進み続けているのは間違いない。だが、そんなに広いビルの密集地帯は、このヨコハマに存在しないのだ。この事実は、やはりこの路地が異界のものであることを裏付けている。


 違和感の理由はまだある。



 そもそも角を曲がるたび、そこには同じ光景が広がっているのだ。


 最初に注連縄を見た道だけが特殊だった、だが一度角を曲がってからは、注連縄がなくなっていることを除けば、路地は先ほどのものと全く同じである。何度角を曲がっても、壁の同じ場所に染みがあり、同じ場所が欠け、同じ電柱に同じ傷がある。これは、明らかな異常だ。



 無限に繰り返されかねない巨大迷宮。ここは日常を上書きした、侵入者を逃さぬ蟻地獄なのだ。いくら歩き続けても、何か特定の行動(アクション)を起こし、何かの条件を満たさない限り先に進めそうにない。


「じゃあ、やっぱりさっき黒猫が言ってたのがヒントだな」


 誰かが聞いているわけでもないが、声に出してみる。なにせ黒猫はこの先へ行くことが出来たのだ。彼女の言葉に、必ず答えを導く鍵が隠されている。



 神秘を剥ぐ、つまりそれは、神秘性の暴露。神秘性が保たれているが故にその場所が異界となる場合、その暴露によって特異性を失わせることだ。


 山が燃えるのは神の怒りでは無く、雷が森に落ちたからだ。

 地震は大鯰が起こしているのでは無い。プレート同士の動きによる歪みが原因だ。


 民族伝説や妖怪伝承の類いが次々に姿を消しているのも、その妖怪の神秘性が科学や文明によって解明され、妖しな現象がただの事象に成り下がったからだ。本能的な怖れまでも失った怪異は、時にはただの笑い話にまで成り下がる。


 僕が置いていかれる直前、黒猫が言いかけたのは恐らくそれのこと。


 この場所は恐らく、『出口や目的地がわからない』という前提の元で成立する巨大迷宮(ラビリンス)だ。出口や目的地が目視できないからこそ『迷宮』と呼ばれるわけで、逆に言えば、見つけてしまえば、ここが『迷宮』を名乗る事は出来ない。何度も繰り返すが、迷宮とは、出口を見つける前に挑戦者が断念するか否かを問うものだからだ。



 つまり僕は、この場所の神秘性を剥ぐ為に『目的地が存在している』事自体を証明すれば良い。簡単に言えば、全体を見通せられば良いという事だ。本当の迷宮の中なら室内だっただろうから難しいだろうが、ここはそれを模した二次創作。空が見えるだけ劣化版だ。



 迷宮に迷い込んだ哀れな生贄にならないように。この迷宮にいるかどうかは定かではないが、英雄アステリオスとなり誉れを手にする筈だった、哀れな牛頭の怪物に喰い殺されないように。


 次に進むための条件を満たすために。


 ここが異界ならば、こちらも異能をもって処すべきである。



 移動対象は自分自身。

 始点は現地点とし、目的地を目視できる地点(・・・・・・・)を経由する軸を形成する。


 軸____それは僕の行動の基準。どこから始まりどこを経由し、そしてどこへ導くのか。たとえ曲がりくねっていようと、それを指し導く規範こそが、軸。


 調整を間違えて壁に激突しませんように、と祈りつつ、僕は能力を起動した。



 能力を起動すると、途端体が浮き上がった。空を飛ぶという感覚より、上空に引き寄せられるというイメージの方が近いだろうか。

 僕の体はすぐに電灯を越える。高所恐怖症というわけではないのだが、地に足がついていないというのはなんとも落ち着かない。なるべく下は見ないようにしよう。


 そうこうしているうちにもぐんぐんと高度は上がっていく。初めのうちは閉塞感もあったが、一旦ビルの高さを越えると、視界は一気にひらけた。


 眼前には、地を覆わんばかりの巨大迷宮があった。


 この街にもビル群自体は存在しているが、そういったものとは性質から全く異なっている。人工物の集合体であるにも関わらず、その理路整然さはむしろ、自然的と形容しても良い。大量の建物が、ただ路を形成するためだけに並べられているのだ。この光景はあまりに異様で、不気味とさえ思えた。


 迷宮内部をよく目を凝らして見てみると、それぞれの辺は同じ長さで、同型のビルに挟まれ、同じ位置に電柱が立っている。曲がると最初の位置に戻るよう空間が捻じ曲がっていたのではなく、本当に繰り返していたのだ。もし気付かず歩き続けたら、と思うと、迷宮の規模の大きさにゾッとした。


 これはもしや、無限に続く迷宮なのでは−−−−−−


 僕は一瞬脳裏をよぎった考えを振り払う。違う。そうであっては困るのだ。目的地があるという確信がなければ、この迷宮を真の意味で踏破することはできないのだ。探せ。



 どこだ。



 どこかに、



 どこかに、必ず−−−−−





 あった(・・・)。視界の端。遠くの方に一箇所だけ際立つ、真っ赤な通路が目に留まった。迷宮を形成する道の一本のようだが、その一辺のみが真っ赤に塗りつぶされているのだ。まるで、何かの目印の様にも見える。


 無限に変わらないと思われた黒い迷宮の中で、目を惹く一本の赤。なんだ、やっぱり目的地があるじゃないか。この迷宮は、無限に続くわけでは無い。



 3次元の迷宮が2次元の迷路に堕とし込まれる。迷宮の中に居ては存在すら予測出来ない目的地も、平面の迷路を俯瞰するなら見つかるのも道理だ。


 そう思った瞬間、視界が揺らいだ。まるで陽炎の様に歪んだかと思えた世界は、しかし数秒でまっすぐに戻る。僕はいつの間にか、見慣れた通路の途中に立っていた。


 さっき見つけた赤い通路はすぐそこ。一つ角を曲がったところに在った(・・・)



 無限迷宮は幻術の類で、赤の通路は実は最初からそこにあったのか。はたまた目視によって実際に世界が縮小された(・・・・・・・・)のかは定かではないが、兎も角。目的地はすぐそこの様だ。突き当たりの壁が、赤色に染まっているのが見える。


 成功だ。僕は安堵に包まれ、駆け出そうとした。



 その直後。


 キィン、と神経を逆撫でする様な不快音が辺りに鳴り響いた。先程まで無音の空間だったからか、驚き思わず立ち止まる。


 金属が擦れるのに良く似た高音は、少し離れたところで断続的に聞こえ続けている。おそらく発生源は、この緋色の通路だろう。



 様子を伺うべきゆっくりと進んでいると、上書きする様に、吼えるような罵倒が響いた。




「調子乗ってんじゃないわよ、この人形風情がッ!」



 聞き覚えのある声、理恵(・・)の声を聞いた僕は、思わず駆け出していた。



 突き当たりを右に曲がる。


 途端、視界は赤に染まった。先ほどまで薄暗かった路地は、鮮やかな赤に彩られていた。両側を囲むビル壁が、意匠を凝らした赤色の文様で埋め尽くされていたのだ。


 俯瞰風景から視えたのは、この赤色だろう。地面さえも、所狭しと赤色の線が広がっている。


 文様を読み取るべく、目を凝らす。


「……薔薇だ」


 描かれているのはおそらく薔薇。薔薇の花、蔓、棘に至るまで、凸凹な表面に非常に細かく表現されている。




 正面を向くと、路地は先ほどと打って変わってまっすぐ、どこまでもまっすぐに伸びている。


 理恵の姿を探して視線を走らせていると、十メートルほど先に、血で塗れた百合の花が描かれた着物が落ちているのが目に留まった。


 すぐに僕は、地面に落ちているのは着物だけではないことに気付く。着物の端から見えているのは、病的なまでに白く華奢な腕と、短く切られた黒髪。そして乱雑に投げ出された脚は、ぴくりとも動く気配は無い。



 あれは。










「−−−−−−森賀さん!?」

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