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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
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邂逅、

 転校生は女の子だった。森賀花音という名前の彼女は、両親の転勤に伴いこの街に来ることになったため、来学期からこのクラスに入ることになったらしい。今日は一足先に顔を出しにきたということだった。


「よろしくお願いします。趣味は裁縫の類いです」


 ボブヘアーの黒髪を揺らしながら彼女は短い挨拶を終えた。その姿にどことなく見覚えがあるような気がして、僕はしばらく彼女の姿を見つめていたが、ようやくひとつの結論に至った。そう。彼女はあの、今朝の夢に現れた少女に似ているのだ。夢の中の少女とは髪の長さが違うようだが、その顔立ち、背格好、雰囲気はどことなく似通っている。そして声も、同一人物のものとしか思えないほど瓜二つだ。席に座ったまま、僕は少しだけ身構える。


 だがしかし、彼女たちは本当に同一人物なのだろうか。夢で見る未来は二日後の世界。もしこの森賀という転校生が二日後僕を襲うのだとしたら、彼女はたった二日間のうちに急激に髪を伸ばし、そして僕へ殺意を向けるような関係性になるということを意味する。友達付き合いがそこまで得意なわけではない僕ではあるが、流石の流石に知り合って二日後のクラスメイトに殺意を向けられるほど人間関係に不器用ではない------はずである。であれば、彼女と夢の中の少女は別人であると考えた方がまだ自然だ。


 転校生は僕の視線に気が付いたのか、そっと視線をこちらに向けた。慌てて視線を逸らす。

「今日は一日学校にいる予定なので、この教室で授業を受けてみても構わないでしょうか」

「ああ、構わんが………黒乃、お前の横、そこ空白だよな。備品の机を置くから荷物片づけといてくれ」


 新崎先生が指摘した通り、窓際の一番後ろの列には空白があり、横に座る僕が鞄やら教材やらを雑多に置く私的空間と化していた。先生が新しい机と椅子を運んでくるまでの間、慌てて片付ける僕の背中を、その転校生はじいっと見つめていた。


 **


 昼休みになった。学内で一番冷えているウォーターサーバーを求めて運動場前まで足を運ぶと、何やら争うような声が聞こえた。そのうち片方の声はよく知る声色であったため、こっそり様子を伺ってみる。


「おい花音、お前どうやってこの学校に入った」

「どうやったもなにも、ヘイミャオに貸しを一つ返してもらったんですよ。さておき、その呼称は敵性個体と重複し誤解を招くので、私の呼び名は森賀とするよう決まったのを忘れましたか?」

「そうはいっても、お前の担当は違う高校だろうが。人形のミスを引きずるのは判るが、役割分担はキッチリこなせよ」


不快感を乗せた男の声に、森賀さんは首を横に振る。

「いいえ、貴方はなにも判っていない。これは地獄の底まで引きずりまわさないといけないミスなんですよ峰流馬遼。貴方は一度戦っただけかもしれませんが------」

「それはお前も同じだろ森賀。そもそもミスのリカバーをするのに、どうしてウチの高校に無理やり転校する必要があるんだ。それも、担当の理恵にも俺にも相談せずに……」


 口論している片方は転校生の森賀さん。そしてその相手は峰流馬(みねるば)(りょう)という、これまた僕のクラスメイトの一人だった。僕の予知夢を打ち明けている友人の一人と言えば、僕と彼の関係性が伝わるだろうか。クラスの中でもとりわけ親しい人物である。そして彼が口にした理恵という名も、またクラスメイトの一人。

 学校に不慣れな彼女と早々喧嘩している彼を止めようと一歩踏み出したが、続く森賀さんの台詞を聞いて踏みとどまった。


「目的……ですか。私の目的は黒乃さんですよ。彼とどれだけ早く接触できるかが、今後の私たちの運命を左右すると言っても過言ではない」

「黒乃って、黒乃朔馬か?」


 最初は聞き間違いかと思ったが、遼が復唱したことで疑惑は確信に変わった。彼女は僕に会いに来たというのだ。

「待て。たしかに朔馬の予知夢が異能力である可能性を指摘したのは事実だが、もう数か月も前の話だろう。今になってどうして……」

「いいえ、彼は異能力者で間違いない。そしてその能力は予知夢なんてレベルの代物じゃない。私達は彼の力を借りて、早急に手を打たないと今度も(・・・)アイツに殺されるわ」

今度も(・・・)って、お前まさか…………」


 昼休みの終わりを告げるベルが鳴り響いて、僕の盗み聞きは中断された。なにやら揉めているようだったが、会話の内容は理解できなかった。判ったことといえば、僕の知らないところで僕の話がされようとしていた、ということだけ。


 午後の授業も手がつかず、僕は遼と森賀さんの二人の動向が気になって仕方なかった。いつも居眠りばかりしている遼はめずらしく起きているし、森賀さんはといえばこちらも授業には一向に興味の無いようで、窓の外を一心に見つめている。時おり僕の方を見つめてくるので、必死に教科書を読んでいるフリをした。


「エクメーネ、とはドイツ語で、地球上で人類が生息している地域のことを指します」


 平凡な授業に定評がある地理教師が、ボソボソと呟きながら黒板に文字を重ねていく。クラスメイトたちは眠気に耐えきれず、顔を上げて授業を聴くものは限られていた。


「ここ日本もさることながら、どれだけ極地へ行こうとも、人が住んでいる以上、そこはエクメーネと言えるでしょう。対義語としてセットで覚えるべき単語が……」


 生徒の集中具合など気にも留めず、先生は白いチョークを滑らせる。そこに言葉を引き継ぐようにして、珍しく真面目に授業に参加するべく口を開いた少年がいた。遼だ。


「アネクメーネ」


 教師はふと手を止めると、訝しげに彼の方へ視線を向け、気を取り直したようにまた話し始める。


「対義語は、彼の言う通り、アネクメーネです。人を寄せ付けぬ、未開の地。いえ、開拓こそされたかもしれませんが、人が住まうべきではない。住むことは出来ないと判断し、放棄された土地。関連単語として、ズヴエクメーネというものもありますが、こちらは……」

 遼は振り向くと、意味深な視線をこちらに向けた。

 いや、違う。視線の先は理恵か。それとも、僕の横の席か……。



**




「ねぇ、遼と転校生の女の子って知り合いなの?」


 休み時間。近くに遼と森賀さんの姿がないことを確認した僕は、前の席に座るクラスメイトの女子に話しかけた。

 彼女の名前は良須賀(よすが)理恵(りえ)。彼女もまた、僕の予知夢について打ち明けた友人の一人だ。そして先ほど、遼と森賀さんの間の会話に登場したもう一人の人物。

「なんか二人が話しているとこ、こっそり見ちゃってさ」


 思い切って、本題から入ってみた。ただ、彼女も森賀さんと既に知り合いであるという、こちらが掴んだ情報は伏せておく。どんな反応をするか……。

「さあ。なんか小学校が一緒だったとか、そんな感じじゃない?」

「いや、久しぶりの再会にしては険悪なムードだったけど……理恵、知らない?」

「さあ、私はあの転校生、初対面(・・・)だし」


 嘘だ。何かを隠している。


「なぁ理恵、聞いてくれ。僕は予知夢を見るだろう。だからこの会話も転校生の森賀さんのことも、二日前から知っていたと君は思っているよな」

「うん。できればもっとはやく教えてほしかったけど。私にとっても不測の事態だし」

「そこなんだが……。実を言うと、僕は彼女が転校してくることを知らなかった。僕の予知夢は、どうも狂ってしまったみたい」


「…………ウソ」

 彼女はそこでようやく、顔色を変えて僕の顔を見た。

「いや、嘘をついている顔じゃないわね。何、それじゃたった今しているこの会話も、貴方の一昨日の夢には存在しなかったってこと?」

 ああ、と僕が返事をすると、理恵は机に突っ伏して、なにやら独り考え込んでしまった。おそるおそる話しかけたが、ちょっと待っての一点張りで一向に話を聞いてくれそうにない。そうこうしているうちに森賀さんが席に戻ってきてしまい、さすがに本人のいる前で話題に出すことはできなかった僕は、自分の席に座りなおす。



「森賀」


 だが顔を伏せたままの理恵は、躊躇もせずに転校生の名前を呼ぶ。

「あんた、何考えてるの」

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「状況が変わった。時間が惜しいのよ、変な芝居に付き合っている暇はない」

「同感ね。理恵、明日あたりに黒乃さんを図書館に連れて行ってあげてくれるかしら。貴女が言った通り、もう時間が無いのよ」


 森賀さんはそこでようやく僕を見ると、親しげに笑いかけた。

「もうすぐ授業が始まっちゃうから、貴方とは放課後にお話ししましょう。十七時ちょうどに、一階の小教室のカギを開けておきますね」


 状況がまったくつかめないが、ひとまず僕は頷く。だが違和感は最後まで心に爪痕を残していった。最後の森賀さんの口ぶりはまるで、この学校を訪れるのは初めてではないみたいじゃないか。

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