表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
31/114

理論的狂気証明

「……面白い話を聞かせていただきました」



 ため息をつきながら右手を上げ、ひらひらと振る少女は森賀花音。彼女は今日転校してきたばかり。初対面であるはずの彼女に、僕は(せき)を切ったように話をしたのだ。自分が『やり直し』をしてここに居ること。『前回』はカノンに敗北したこと。そして前回の森賀さん自身に、その窮地を助けられたこと。


「それじゃあ、信じてくれるの?」

 森賀さんは何か納得したような表情を浮かべつつも、無表情を装って口を開いた。


「いえ、それはまだ(・・)です」


 森賀が鞄から小さな人形を取り出し、僕の机の上に置いた。僕を見つめる鋭いその目線を見て、僕は確信に近い推測を得ていた。彼女はなるべく感情を表に出さないようにしてまで試したいこと。それは僕が一時の感情の波に流されず、論理に導かれた思考が出来ているのかどうかということだ。誤解を恐れずに言うならば、僕がついに狂ってしまっていないかどうかだ。




 自分が死んだ記憶を保ったまま、もう一度生の道を歩むなんて文字通り正気の沙汰ではない。ある意味では僕はもう理性を保ってはおらず、単に理性的に振る舞えているに過ぎない。もう既に、僕はかつてのようには生きられないのだから。ふとした瞬間に暗闇を見つめてしまえば、僕は自己矛盾に思考を占拠されてしまうだろう。


 彼女が指を離すと、卓上のテディベアは首をころっと傾け、真っ黒な瞳をこちらに向けた。


「感情の切れ端を分離させ、注ぎ込むのが私の異能力。人形たちは疑似的な生命を吹き込まれ、私に忠実な手足となる。……私のような異能力者は少なからず実在して、貴方が言うとおり、私たちの背後には歪んだ裏世界が広がっている。ええ、それは間違いない」


 指先で(つつ)かれた人形はひとりでに歩き出し、机から飛び降りる。覚束ない動きでとことこと、可愛らしく歩き出した。


「……そして、確かに私にも『記憶』がある。『前回』のような愚行は繰り返さないと誓い、ここに立っているのは事実です。どうやら私にとっての『前回』と、朔馬さんにとっての『前回』は違うようですけれども」


 ここに関しては、あなたがそれ(・・)を信じるか信じないかは別にですが、と付け加えて、森賀さんは歩き回る人形をひょいと抱きかかえる。ああ、その点は彼女の言う通りだ。僕たちは口から吐き出された言葉以上に他人の思考を推測できない。

「じゃあ僕の話は信じてくれても……」


「それとこれとは別問題だと言っているのです。私が時間遡行の事実を知っている事と、貴方が実に五回もこの数日間を繰り返しているという事は、一概に同一とは見なせない」


「何故」


「何度も言うように、私にはあなたが言う『前回の記憶』が無いからです。ヤイバとミツが死に、綿津見が死に、良須賀と峰流馬が<禁書エリア>とともに崩れ、私が私の名前を継いだ人形と戦った記憶が。私には私の『前回の記憶』がある。時計の針が12を指し示し、彼方の海にルルイエが浮かび上がった忌まわしい記憶が」


 どうやら保持している記憶が違うらしい。僕が保持しているのは直近のもの、つまり四周目の記憶だが、森賀さんはそれ以外のものを一周分だけ持っているようだ。致命的なのは、僕は四周目以外の記憶を失ってしまっているということであり、そのせいで僕と森賀さんの会話は一生噛み合わない。



 だが幸いにして、森賀さんは唯一の理解者とも言えるだろう。少なくとも、時間遡行そのものに疑いの目を向けることは無いからだ。だがこのズレ(・・)を無視するわけにもいかない。


 過去の記憶を思い出そうとすると、いつも鎖のイメージが思考を阻む。つまり施錠されている(・・・・・・・)のだ。もしこの記憶の封印が人為的なものであるならば、錠前に鍵をかけた張本人がいる筈だ。まずは必ず記憶を取り戻そう。すべてはそれからだ。


「……森賀さん」


「なにかしら」


「貴女の質問にはいずれ答えようと思う。だがその前に、僕からも一つだけ質問させてくれないか。貴女は今まで、『猫』と呼ばれる誰かと会ったことはないか?」


 猫なる者が、きっと全ての謎を解く鍵を持っている。僕の確信と共鳴するかの様に、途端、陽光が雲の隙間から漏れ出し、窓の外が明るく照らされた。



 学校中の電灯の点灯、下校勧告の時間が迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルさんはこちらです。クリックで応援よろしくお願いします!↓

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ