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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
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出来損ないよりも良い縁を

 つまらない小細工に意味はない。意を決して扉を開けると、カノンはすぐ目の前にいた。彼女はぐいっと前ににじり寄ると、〈宵闇の嘆き〉の峰をこちらに向け、喉元に押し当ててくる。


「袋の鼠です。愚策」


 その眼の奥から、殺意と失望が覗き込む。


「……ッ!」

 僕は咄嗟に背後に飛び退き、強引に扉を閉める。崩れた体勢を立て直していると、すぐにカノンが扉を壊し、家の中に入ってきた。


「諦めたのですか?」


 暗い廊下の中で、僕は笑い返す。さぁ、ささやかな反撃の開始だ。

「違う。これは、生きる為の布石さ」


 僕は台所から拝借した包丁を、カノンに向かって投げつけた。




 鎌は中距離武器である。その長い柄である程度の間合いを取ることができれば、ナイフや刀剣といった近距離の武器を相手に一方的に有利を取れる。しかし今のように、近距離から飛び道具を食らった場合は、それを弾き返す術はない。今のように、横幅がほとんどない場所であるならば尚更である。



 勿論これは、相手が人間ならばの話だ。カノンは超人的な速さで反応し、後ろに飛び跳ねた。すんでのところで、空中で刃を振るい、包丁を弾き返す。

「小癪な……!」


 カノンが僕を睨んだ時にはもう、僕は駆け出していた。逃げなければ。ここよりも遠くに、より、安全な場所に。



「……甘いです。この路地は、既に私の射程内」


 殺気を感じ、走りながら振り向く。するとそこには、今にも鎌を振るおうとするカノンの姿が。これはマズい。


 僕は目を瞑り、走る脚に力を込めた。そこの十字路を曲がれば、最初の斬撃は避けられるかもしれない。


 いや、これじゃ間に合わない。僕はポケットのカッターナイフに手を伸ばす。空中に飛び出した小刀の切っ先に意識を向けた。


 煩雑な『臨』の字が空中に浮かび上がる。僕のすぐ背中に生じた障壁は、すんでのところで、

 斬撃を反射した。僕は十字路を曲がる。でも次の攻撃はどうしよう。何度も臨の字を書いて、それだけで逃げ続けられるだろうか。


「間に合った」

 どこからともなく聞こえる声。次の瞬間、一陣の風が吹き抜けた。

 衝撃波が髪を払う。違う、これはただの風なんかじゃ無い。僕は反射的に立ち止まり、無意識に手を前に庇った。


 これも、斬撃(・・)だ。斬撃は僕のすぐ横を通り抜け、すぐそばまで迫りきていた斬撃を相殺した。




 前方からのもカノンからの攻撃だろうか。いや、おそらく違う。先程聞こえた透き通るように静かな声に、僕は聞き覚えがあったからだ。歩みを止めずに前を向くと、そこには杜若(カキツバタ)をあしらった和服に身を包んだ、あの転校生が立っていた。


「森賀さん------の本物?」


 間違いない。カノンはといえば、一つ後ろの交差点の中心に立ち、忌々しげに僕を、そしてその向こうに立つ少女を睨んでいる。


「まあ……今回(・・)は朔馬さんとはあまり出会いませんでしたね。私を避けたのか、運が悪いのか、誰かの入れ知恵か」


 そう言って僕の方へ歩み寄ってくる彼女の手には、見覚えのある鎌が握られていた。


「あれ、その鎌って……」


 〈宵闇の嘆き〉。カノンが使用している鎌に酷似−−−−−−いや、同じ物のようであった。禁書エリアでの会話を思い出せば、今カノンが所持している魔具は、元々森賀さんの所有物だったという。カノンの方を見遣れば、矢張りというべきか、確かに彼女の傍にある鎌と同型のもののようだ。



「ああ、これは……」


 彼女は器用に、鎌を手の中で廻す。僕を通り過ぎ、カノンと向き合った。


「こちらは、ただのコピーですよ。さっき自邸の3Dプリンターで作ってきました。便利な世の中になったものです」


 なんと、それはきっと多分間違いなく違法。でも非常時にそんなことも言っていられない。

「……幸い解析は済ませた後だったので、図面はありました。本物が偽物の鎌を持ち、偽物が本物の鎌を持っているのは皮肉な話ですが、魔具は物そのものにではなく概念に宿ります。勿論精度は落ちますが、無いよりはマシでしょう」


 森賀さんは手の中でくるりくるりと鎌を回し、その刀身を見て目を細める。刃面に反射して、森賀さんの視線が後ろに立つ僕と合う。


 全てを見透かしたような視線に照らされ、僕はつい目を逸らした。森賀さんも視線をずらし、向かい合ったカノンを見る。負けじと、カノンも狼のように鋭い視線を向けた。


「……丁度いいわ。ここであンたも仕留めてやる、ここで晴らす。私の、怨嗟を」

 鎌の柄に手をかけ、よろめきながら立ち上がる。

「本物だからってあンたは偉いのかよッ、なァぁ!!」


 その頬には、一直線に刻まれた傷跡があった。紅の液体が、横顔を伝うのが見える。森賀さんの斬撃は、ただ僕とカノンとの間を引き離すだけに留まらなかったようだ。


「私はまがい物なんかじゃ無いッ! 私は、私は、私は私は私は私は私は!」


 犬歯をむき出しにしてうなる。暴言を吐き出すカノン相手に、森賀花音はといえば無言で睨み返す。


「まがい物、ですか。ソレに執着してばっかりですね、貴女は」

 森賀さんが、ぽつりと言葉を吐き出す。


「私には不完全な記憶しかないようなのですが、これだけは言えます。その事実のみに固執する貴女なんかより、何度も世界を繰り返してきた朔馬さんこそがよっぽど本物(・・)です」


 彼女はポケットから小瓶を取り出し、体勢を立て直したばかりのカノンに投げつける。カノンの足元で白い冷気が弾け、膝まで足を氷が絡め取る。


「今の貴方には、生きる義務があるはずですから」

「……なぜ、それを」


 舌打ちをし、足元を睨むカノン。その様子を、森賀は澄ました顔で見つめる。



 驚いたことに、森賀さんはある程度の事情を知っていた。詳しく話を聞くのは叶わないようだが、おそらく転校生として僕らの教室の扉をくぐった時から、彼女はこれから起こることを知っていたのではないか。彼女が幾度となく先を見透かすような目を向けたのは、本当に未来を知っていたからではないか。


「−−−−−−森賀さん、どうして」


 僕の言い放った『どうして』には、数え切れないほどの『どうして』が含まれていた。でも森賀花音は、カノンから目を離さずに、それでもしっかりと答える。

 カノンを束縛している氷は、猛烈なスピードで溶け始め、もはやくるぶし(・・・・)までしか残っていない。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず。少々危険な橋を渡らないと、ハッピーエンドにはたどり着きませんから」


 そう言い終わった後、一瞬こちらを振り向き、彼女は微かに笑った。

「そう私に教えてくれたのは、前回の貴方なのですよ、朔馬さん」




 彼女の言葉が引き金となり、僕は久しぶりに、また霧のイメージの中にいた。霧の向こうには前と同じように、歯車仕掛けの機械が蠢きながら佇んでいる。その機械の名はもうわかっている。デウス・エクス・マキナだ。


「これが、僕が望んだ結末」


 僕は何も喋っていない。でもなぜか、あたりに僕の声が響き渡る。


「これが、僕が望まなかった結末」


「でもこれも、一つの脚本の完成」


「もう一度書き直しても、満足のいく終わりを迎えられるかは神のみぞ知る」


「ここに、白紙の脚本がある」


 歯車仕掛けの舞台装置が吊り下げた糸の先には、白紙の原稿用紙と、それに鎖を巻き付けた懐中時計が垂れ下がっていた。


 霧のイメージは、瞬きの瞬間に消えた。



「朔馬さん良いですか、この場にいない人間の話をするのは気が引けますが、今から良須賀理恵のイミナを教えます。その知識を持って、次こそは上手く動いてください」


 真剣な彼女の目を見つめながら、僕は次の計画を練りはじめる。時間遡行を起動させよう。脚本をもう一度書き直して、もう一度、台本を変えて演じるのだ。


「その情報、本当に次の布石になるの?」


「さあ。でもアザナはヨスガなのだから。良い縁を結んでくれるかなって思ったのよ」

 振り返る彼女の目は、ただ僕だけを見ていた。

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