詰み
僕は、ただ走る。今の僕には、使命があるのだ。ただ巻き込まれていただけの昔の自分とは、違う。足場は悪い。ひび割れた地面につまずきそうになる。それでも僕は足を緩めない。ただ走り続ける。
理恵と遼は今戦っている。彼らに想いを馳せる僕はそのまま自然な流れで、ある疑問を頭に浮かべた。
「森賀さん、どこに行ったんだ?」
佐口さんもそうだ。彼女たちの姿は、図書館前で別れてから一度も見ていない。森賀さんに関しては、一緒に鵺狩りに行ったヤイバや遼たちが知っているかもしれないが……。
「もう聞けねえよ……」
僕は小声で悪態をつく。一旦落ち着こう。頭を横に振って十字路で一度立ち止まり、深呼吸して息を整える。
よく考えてみると、どんなに速く走り回ったって、超常の力を持つカノンから逃げることは不可能に近いと言っても良いだろう。子供同士の鬼ごっこではないのだ。策を練らなければ敗北は必至だ。
「とりあえず、佐口さんか森賀さんと合流しよう」
この二人に賭けるしかない。どちらとも連絡を取る術はない。運良く出くわすことができたら良いが……。
「……見ィつけた」
一つ前の交差点の方から声が聞こえる。耳に引っ掛かったその小さな声に、ぞわり、と悪寒が走った。
振り返る暇ももったいない。僕は一心不乱に駆け出す。声の主は森賀さんや佐口さんではあるまい。交差点の角をひたすら曲がり続ける。
「はぁ、はぁ……畜生、一旦隠れてやり過ごさないと……」
視界に公園が映る。ついさっき、綿津見と佐口さんから講義を受けた、あの公園だ。遮蔽物も多い。
カノンがここまで来ている。それが意味することは僕にだってすぐに理解できた。彼女が遼や理恵を、無傷のまま置いてここに来るはずがないのだ。でもそれを考えていても何も始まらない。死を悼むのは、全て終わった後からで良い。
柵を飛び越え、無人の公園に足を踏み入れる。ブランコがキィ、キィ、と音を立てて揺れ、不気味さを更に増やしている。
足音を立てないように、でもなるべく速く、慎重に歩く。
駄目だ。
「あなたが絶対に勝てない理由をお教えしましょうか?」
先ほどまで誰も座っていなかったブランコに、カノンが腰かけている。
後ろから追いつかれ、追い越された気配はなかった。つまり、先回りされていたのだ。行動が読まれていたと言い換えても良い。
思わず後ずさる僕に、カノンは、そう気張らないでくださいよ、と笑いかける。
「ああ……是非聞きたいね。僕の、冥土の土産には丁度いい」
僕はそう言いながら、ちらりと腕時計を見る。
残り時間はまだ長い。だけど、あと少し生き延びれば。
焦りを隠しきれない僕の様子を見たカノンは、少し嬉しそうに、それはですね、と簡潔に答えを明かす。
「貴方の行動は手にとるように解るのですよ。なぜなら答えは簡単。この鬼ごっこは、もうこれで四回目なんですから」