弔いの刃
「死ぬのはお前だ。人形風情が調子に乗るなよ」
鋭く、静かな怒りが篭った声が、紫の空に響き渡る。声に釣られて空を見上げ、その声の主を探すが、影も見当たらない。
直後、翼をはためかせる音が聞こえ、黒い影だけが地面に擦り寄る。
上空に、動物園でも見たことがないような巨大な化け物が舞っていた。
鵺だ。その胴体は虎。その尾は蛇。その翼は鷲。そしてその背中には、3つの人影が乗っている。
鵺はそのまま倒れこむように地上に落下し、その背中から一人が飛び降りる。ヤイバだ。続いて残りの二人も地面に降り立った。背格好から判断するに、理恵と遼だろう。
「野生の鵺を乗りこなしましたか。ソレは人には懐かないと思っていましたが」
「野生なら中立だ。オマエみたいに話が通じない訳じゃない。俺たちも別に、殺しが目的とは限らないではないからな」
ヤイバは鵺の首元に刺さった柄を握り、細身の剣を引き抜く。傷口は瞬時に塞がり、鵺は軽く身震いすると大空へ飛び去った。
「だがお前は別だ。行動に対する責任というものを教えてやる」
目を閉じた彼は、強い怒りを込めて高らかに声を上げる。
「招来宣言。アルマス、ブリューナク」
二本の剣が空から降り落ち、彼の目の前のコンクリートに突き刺さった。一方は冷気を纏い、もう一方は電気が迸っている。
ばちばちと電流が迸る剣を腰の鞘にしまうと、彼は地面に刺さったままの剣に手をかざす。
「アルマス打チ直シ宣言、錬成〈氷霧〉」
氷を纏った剣は言葉と共にそのカタチを変え、日本刀となった。彼がその柄を掴む。青白い刀身が妖しく光を反射し、それに呼応するように気温が低下していく。ぱりぱりと音を立てて空気が凍りつき、薄い氷の膜が流れるように地面を這い始めた。
「これは.........」
カノンが目を細める。
氷はカノンの足元を固め、そしてその近くに横たわるミツの亡骸までも覆い尽くした。
ミツを囲った氷は棺の形を成し、その周りをドーム状の壁が幾重にも囲う。一方で、足元を凍らされ動けなくなったカノンの体が、それから引き離されるように地面の氷ごと動かされる。
もはや、僕たちの視界は、どこもかしこも氷に埋め尽くされていた。
校舎の壁中や花壇にも氷が走り、気温の低下に伴って僕らの吐く息も白く染まる。
ヤイバが〈氷霧〉を無造作に振るう。その動作は斬撃を生み出し、校舎の壁沿いに備え付けてあったウォーターサーバーを切断した。給水パイプが破損し、勢い良く水が噴出する。そしてその全てが氷となり、彼の統御下に入る。
カノンの足元に大量の氷が集まり、柱を形成していく。彼女の身体は地上5メートルほどの所で固められ、思うように身動きが取れないカノンは、忌々しげに舌打ちをする。
「ああ、あの剣遣いですね。一体何本魔剣を所持しているというのですか」
ヤイバは言葉を返さぬまま、〈氷霧〉を宙に放り投げる。刀は地面に落ちる寸前に消失した。そして今度は、彼は左手で鞘をなぞる。
「ブリューナク打チ直シ宣言、錬成〈遠雷〉」
今度は、腰の剣がそのカタチを変化していく。同じく日本刀となったもう一本の剣を音もなく引き抜くと、彼はその切っ先をカノンへ向けた。切っ先は未だ不安定に揺らめいている。
「ちッ……矢張り存在が不安定な剣をベースにすると、錬成が甘くなるか。だがお前を破壊するには十分だ。綿津見や佐口は情報を搾り取れと言うだろうが、俺は破壊を優先する。辞世の句でも考えていろ」
刀身が徐々に電流を纏っていく。氷と電流が舞う空も、少しずつその雲行きを怪しくさせているようだ。
「……ヤイバの〈遠雷〉は避雷針だ。雨雲を呼び寄せ、突き刺した相手に稲妻を落とす。俺たちが雷を避けることは、何かがその代わりに犠牲となることを意味する」
綿津見はしゃがみ込むと、足元の氷に手を触れる。僕と彼の身体を取り囲むように、厚い水の壁が出現した。
「氷はその不純物の影響で、通常は実質的な半導体だ。だが俺の異能は不純物の除去も可能であり、この水は極めて純水に近い。そして良須賀理恵は……」
彼が指差した先に一部分だけ水のない部分が生じ、窓のように向こう側が見通せた。ちょうど先ほどヤイバが降り立ったあたりに、赤い半球の存在を確認した。
「あたりの水を血液に変化できる。血液は非常によく電気を通すが、彼女もまた自分と周囲の水分を一切触れさせないように操作することが可能だ。ヤイバが〈遠雷〉を撃ち、俺と理恵が他のメンバーをカバーする。魔獣狩りの基本連携だ」
窓が消え、周囲は完全に水に包まれた。壁の向こうの景色は不規則に揺らめく。頭上を見上げれば、既に灰色の曇天が広がっている。
「そろそろ……お別れの時間のようですね、剣使いの〈守り手〉」
ヤイバだ、と彼は見上げたカノンに名乗る。
「自分の死期を悟れるなら上々だ。潔くその命、オリジナルに返すんだな」
彼は〈遠雷〉の柄を握り直し、投擲の体勢に入る。
「……残念でなりませんわ。貴方とは、もう少し遊んでいられると思ったのですが」
カノンが深い溜息をつく。それが合図となった。
ヤイバは勢い良く〈遠雷〉を投げつける。その刀身は柱に縛り付けられたカノンの胸部を串刺しにし、直後、轟音と共に、刀めがけて雷が落ちた。




