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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
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選択責任

「私が見てやろう」


 彼女の口元は笑っていた。尖った犬歯を二ッと見せると、彼女は


「私の能力は、名を真火眼(イデアナライズ)という。私の眼球に宿るこの異能力を通した視界には、その物事の本質が見える。かのプラトンの唱えたイデアを、私は見通すと形容しても良い。賽の神からの贈り物だ」


 ごくり、と唾を飲み込む。彼女は僕を見て、何を見るのだろうか。佐口さんと目が合い、僕は無意識に後ずさった。


「そんなに警戒しなくても、別に透視するわけでもないし、頭ン中を見るわけでもない。私が見るのは貴方という影を映す洞窟の中の火。貴方という存在の真理そのもの」



 佐口さんは歌うようにこちらに歩み寄る。彼女は眼鏡を外し、僕の眼を強く見つめた。もう視線は逸らせない。僕はまさに蛇に睨まれた蛙。佐口さんの




「さて、検診(ジャッジ)の時間だ」





 その言葉が空気を震わせた、その瞬間、彼女の右目が炎に包まれた。視界の中で真紅と薄紫の火の粉が踊る。


「怖がらなくていい。これは本物の炎じゃない。君自身とも言える」


 目を逸らそうとした僕の腕を強く掴み、そう言い放つ佐口さん。彼女の髪の毛は風にたなびき、口元から覗く犬歯が攻撃的な雰囲気を醸し出す。だが数秒で、炎は消えた。首を振り、髪を振り払った佐口の右目は元の黒色に戻っている。



 残り火が、はらはらと舞い落ちる。それを目で追っていると、一筋の声が降りかかった。


「君には、たぶん二つの道がある」



 眼鏡をかけながら、佐口さんが朗々と僕に告げていた。




「一つは単純。今すぐここを出て行き、記憶を改竄された上で今まで通りの普通の生活を送ること。昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日に感謝しながら、死ぬまで日々を重ねる喜びに身を浸すこと」


 その時の彼女の言葉には、憐憫の色も混ざっているように感じたのは気のせいだっただろうか。


「一つは複雑にして奇怪。奇怪にして真理。今までの生活を捨てること」


「それはつまり……」



「お察しの通りだ。君は能力者。生まれながらにして責務を背負った者だ」



 彼女の言葉は想定していたものではあったが、頭をガツンと叩かれたような衝撃が全身を走った。脳裏に記憶が舞い戻る。

 紫の空。翡翠の鹿。真紅の血。傷。瓦礫。断末魔の、悲鳴が。






「あの『夢』を見ている時点で、普通とは違うってのは判っていました。判っていたとも。うん……」


 僕の言葉に反応する者はなく、部屋はまた静寂に包まれた。皆、僕が事実を受け止めるのを待っているのだ。


 事実。それは僕が異質であること。

 事実。それは僕が異常であること。

 事実。それは僕が−−−−−−。




「俺、喋ってもいいかな?」

 綿津見が口を開く。


「−−−−−−どうぞ」


 促した遼に続き、理恵がため息をついて答える。

「雰囲気壊さないでよね」


「わかってるさ……。で、朔馬くん。一ついいかな?」


「ど……どうぞ」


 僕は綿津見の方を向いた。彼はゆっくりと、言葉を紡いだ。


「自分を犠牲に、他人(ひと)を守ったことはあるだろうか。まあ普通は無い。人間みんな自分が可愛い。誰にも気付かれず、ただ見ず知らず他人の日常を護るために、自分の日常を捨てる覚悟はあるかなんて問われて、あると言い切る人間がいる筈はない。それが命をかけた戦いを伴うとなれば尚更だ」


 そんな綺麗事のために俺たちは戦いはじめたわけじゃない。勿論それはモチベーションではあるが。彼は僕の方を見ていたが、彼の意識はどこか別の場所にあるようだった。


「俺、綿津見真司も、佐口澪も、異能力の異質さに無自覚だったが故に周囲に疎まれた。峰流馬遼は異能のために達観しすぎていた。良須賀理恵も、森賀花音も、異能を持つが故に家に嫌われた。他の者も、ここに居場所を求めて集まった者が大半だ」


 はっとして理恵の方を見る。目を逸らしていた彼女はまぁね、と照れくさそうに笑った。そういえば彼女が、家庭の話をするところを見たことがない。


「でも君は違う。君は異能力者でありながら、日常世界にちゃんと居場所がある。君の母親は理解のある人だし、君はこれまで自分の夢と上手く付き合ってきた。だから必ずしも、君はここに来る必要は無かった」


 その通りだ。僕がここにきた理由は単純で、無責任。


「君は好奇心からここの扉を叩いた。『知りたい』という強欲で傲慢な欲求に忠実になった。それは極めて異質だ。ヒトは本能で変化を嫌う。ここに来たら自分が変わるということを判っていながらここに来た以上、君は本質的に、異質だ」


 だが歓迎しよう、と彼は続ける。


「なにせここは異質の集合体だ。異質こそ正常だとは決して言わないが、少なくとも、俺たちは君を否定しない」


 彼は僕に選択肢を与えたように見えて、やっぱり言いたいことは一つだった。彼が言った通り、僕はやっぱり、どうしようもなく異質で、異常で、でもそれでも……。



「僕は……どうせなら、最後まで知りたい。僕は未来を見る。その理由を知らずに、予定調和の毎日を送るのはもうごめんだ」





「ああ、良い返事だ」


 佐口さんが口を開いた。


「知識は力だ。力が欲しいなら死ぬ気で知れ。そうすれば君の異能はもっと輝く。それこそ、世界を少しはマトモにするだろうさ」


 理恵と遼は僕から目を逸らしたままだ。



「さて朔馬君。教えてやろう、君の異能力とは……」

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