『アーナス・ムーン現象』の“闇”と“奇跡”
ロリエたちが訪れた中央図書館で、ルリカが慕う、彼女の親戚である祥子が変わり果てた姿で発見された。ロリエたちは、祥子が遺したメッセージなどから、“アーナスが関わっている”ことを知る。エミルの父親である伊田警部は、捜査本部を設置することを決め、同時にエミルとセシリアの交際を後押しすることを伝えた。その後家に帰ったロリエは、陽菜にオーダーメイド注文していたストッキングを取りに来た、トップアイドルの坂巻奈々と“いい友達”となって、家族で彼女のサポートを行うことを決める。次の日、無事に退院することになったリュリュを迎えにいったロリエたちは、リュリュからアーナスに関する衝撃ともいえる話を聞かされる。そして病院を出て、レストランに入ったあと、新たな“悲劇”が……
(第7話 『アーナス・ムーン現象』の“闇”と“奇跡”)
ロリエとウインリィは、図書館に向かう最中、ロリエのハイフォンに入ったルリカからのメールにより、ルリカが姉さんと慕う女性・祥子がたいへんなことになっている状況を知らされる。すぐに図書館へと向かった二人は、一旦別れたメロと合流して図書館に来ると、シンボルである大樹の傍らで、変わり果てた姿で倒れている祥子を発見した。ショックのあまりメロはその場で泣き崩れ、他の二人も悲痛な気持ちに沈んでいた。そこにエミルの父親でもある伊田警部が捜査に来て、ロリエたちと話を交わしているうちに、ウインリィは、入院しているリュリュのハイフォンに「“アーナス”が関わっている」という類いのメールを送った。
ウインリィは伊田警部に、
「ひとつ知らせたいことがあります」
と伝えた。彼が、
「ん? そこの女性に関することかね?」
と問いかけるとウインリィは、
「リュリュについてのことです。まだこの事は他の方には伝えないでください」
こう前置きした上で、
「実は彼女、危うく命を落としそうになったのですが、ひとりの男性によって、命を救われました」
こんなことを伝えた。さらに、
「警部、よろしければ、彼女からもアドバイスをもらいたいのです。ロリエが『アーナスと関係があるかもしれない』と言ってましたから。リュリュは有名な“在野のアーナス研究家”ですから、きっと捜査の助けになると思います」
こんな話もした。
「……“アーナス”? ……さっき息子がセシリアと一緒に研究してるという話があったが……」
伊田警部が考え込んでいると、ロリエが、
「うん、『二人で一緒にアーナスの研究してる』ってさっき言ったよ」
改めて彼にこう伝えた。彼は、
「……そうか、息子には、セシリアに我が家に来てもらうように伝えておこう」
と言ったあと、大樹のもとに駆け寄り、
「何か分かったことはあったかね?」
複数の警官に問いかけた。すると警官のひとりが、
「『靴を履いてない被害者を不審に思い、『大丈夫ですか?』と何度か問いかけたが反応が無く、『あのわからずやが……』と話して歩いたあと、突然倒れた』という証言がありました。あと、『靴を履いてない女性が図書館に向かって何かをつぶやきながら歩いていた』という証言も複数から得ました。さらに被害者の頭部には、何かで殴られたような感じの傷がありました」
伊田警部にこんな報告をした。彼は、
「……とすると、被害者はどこかで殴られたあと、そのまま歩いてここまで来た、ということになるのか……。これは殺人事件と考えてよさそうだな」
こうつぶやきながら考え込んでいると、
「ロリエちゃん……」
ひとりの女の子が、ふらついた足取りで、力無くロリエの名前を呼んだ。その声に気づいた彼女は、
「ルリカ、大丈夫!?」
そう言いながらすぐさまルリカのもとに駆け寄り、彼女を抱えた。その時彼女は、
「うわあああん……、お姉ちゃんが……」
人目をはばからず、大きな声で叫ぶように泣いた。そんな彼女に対して、ロリエは何も声をかけられず、ただ頭をなでるだけであった。ウインリィも、そんな二人を横目で見ながらも、メロを落ち着かせるのに集中していたために、ロリエのもとには行けなかった。そんな状況下で、伊田警部がロリエのもとに歩みより、
「ところでロリエ君、君の側で泣いてる女の子は誰かね? ちょっと気になる言葉を耳にしたのだが」
と問いかけた。ロリエは、
「ルリカっていうんだ。わたしの親友で、し……、……ええと、わたしやエミルちゃんと同じ高校の同級生なんだ」
こう答えた。すると伊田警部は、言葉につまったところに疑問を抱き、
「つかぬことを伺って申し訳ないのだが、先程君が『お姉ちゃん』と口にしてたのが気になってな。もしかして、祥子という被害者の女性とは何か関係があるのかね?」
改めてルリカにこう問いかけた。彼女は、
「……祥子お姉ちゃんは……、私の親戚で、お姉ちゃんのような存在、でした……。お姉ちゃんは、自分が苦しい時も、私のことを、気にかけてくれた、やさしい人でした……。そんなお姉ちゃんが、どうして、どうして殺されなければいけないの……」
何とか答えたあと、伊田警部に抱きつきながら、再び大声で泣き叫んだ。彼は、
「すまなかったね。辛い思いをさせて。君の姉さんの命を奪った犯人を必ず捕まえるからな」
そう言いながら、ルリカの背中をさすった。その時メロが彼のもとに近づき、
「すみません……、伝えたいことがあります」
と言ったあと、
「……祥子は、私が働くキャバクラの店員で、いい友人でした」
彼にこう告げた。それから、
「……すみません、それと、ひとつだけお願いがあります……」
と言った上で、
「少しの間だけ……、……彼女の、祥子の側にいさせてください……」
涙ながらに頼み込んだ。その時、警官のひとりが、
「警部、そろそろ遺体を鑑識に回しましょう」
伊田警部にこう問いかけると、彼は首を横に振りながら、
「いや、少し待ってくれ」
警官にこう伝えた。それからメロに、
「……行ってやってくれ。せめてもの弔いになるだろう」
祥子のもとへ向かうように促した。彼女は、
「ありがとうございます……」
伊田警部にお礼をのべたあと、祥子のもとに向かって、彼女の側で座り込んだ。それからメロは、冷たくなっている祥子を抱いて、彼女の顔を自分の胸にあてた。
「……祥子、なんでアンタがこんなことになったの……!? 『もうすぐスポーツジムを再開出来る』なんて、私にうれしそうに伝えてたのに……」
メロは涙を流しながら、祥子の頭をなでた。その時メロは、
「……メロ、私のはいてるストッキングに注目して……。そして“私たち”のかたきを取って」
こんな声を耳にした。
「……祥子!? まさか……」
驚いたメロは、祥子の顔をつねったり彼女に呼び掛けたりしたが、何も反応が無いのを知ると、ため息をついてその場でうなだれた。すると、
「あの男と結ばれて、私たちは幸せになるわ。だってアーナスがついてるもの。あんなジムなんてもうどうでもいいわ。『テイナとジルの幸せ』をここでも邪魔されてたまるか!」
またしても彼女は、殺されたはずの祥子の言葉を耳にした。
「……祥子、私たちに、アンタの無念を晴らしてほしいわけね。……わかったわ」
メロは涙をぬぐったあと、
「ありがとうございます。それと必ず、祥子を殺した犯人を捕まえてください」
改めて強い口調で、伊田警部にお礼をのべた。彼は、
「ああ、わかった」
一度うなずいたあと、
「被害者を鑑識に回してくれ。それから捜査本部を設置する」
周りの警官にこう告げた。そしてほどなく、祥子の遺体は複数の警官によって、大樹の傍らから運びだされた。それからウインリィに対し、
「……ところで、リュリュは今どこにいるのかね?」
こう問いかけると、ウインリィは、
「彼女は現在、総合病院に搬送されてますが、奇跡的に一命をとりとめたばかりか、“長年彼女をむしばんできた病気が治る”、ということも相まって、本人からは『すぐに退院出来るかもしれない』という話を伝えられてます」
こんなことを話した。
「わかった。それと個人的な頼みも含んで申し訳ないのだが、もしリュリュが退院した時は、こちらにそのことを伝えてくれるかね?」
伊田警部はこうウインリィに頼み込むと、辺りを見渡しながら、
「それともうひとつ、彼女が退院した後に私の家に招きたいが、大丈夫かね?」
と問いかけた。その問いにウインリィは困惑した表情を見せたが、メロが、
「……とりあえず、リュリュには伝えておくわ、警部。あのお嬢様も、リュリュが来てくれると喜ぶでしょうね」
ウインリィに代わって答えた。
「それはありがたい。犯人を捕まえるのに、彼女の力添えがどうしても必要になってくるだろう」
今度は伊田警部が、メロにお礼をのべたあと、
「それではこれで失礼する。改めてご協力感謝する」
そう言いながら、図書館を後にした。
伊田警部ら捜査関係者が現場を去り、周りにいた人たちもいなくなったところで、ロリエが、
「ルリカ……」
と言いながら、ルリカのもとに歩み寄ったあと、
「わたしには見えたんだ。ルリカの姉ちゃんがはいてるストッキングが、何か示してるのを。だから、きっと何とかなるよ」
こんなことを口にした。その言葉に反応したメロも、
「……私も見えたわ。殺されたはずの祥子から『ストッキングを見て』というメッセージを受け取ってから、彼女がはいてるストッキングに目をやると、“チェイムの国旗みたいなもの”がうっすらと……。でもなんで国旗が……」
ロリエにこんなことを伝えた。するとその話を耳にしたウインリィは、
「これはただ事ではなさそうね……。ひょっとすると、『歴史のターニング・ポイント』になるかもしれないわね」
そう言いながら、いきなり考え込んでしまった。それから、
「それにしても、相変わらずとんでもないパンストをつくるのね、陽菜先輩」
あきれるとも感心するともとれる感じでつぶやいた。そしてルリカに、
「……早く家に帰ろう。エミルの父親が必ず犯人を捕まえるから」
と言ったが、彼女は、
「……私帰りたくない……。大切なお姉ちゃんが殺されたのよ……。どうしていいのかわからないの……」
というふうに拒み、ウインリィたちと距離を取った。というよりも、『“お姉ちゃん”と慕っていた祥子を殺されたショックが大きいあまり、混乱したまま周りから離れた』、と考えた方がいい状態であった。ロリエは、
「……ルリカ、わたしが一緒にいるよ」
ルリカの側に寄りながらこう言った。ところが彼女は、
「……私を、ひとりにして……」
そう言いながら、ロリエから離れるように、大樹の近くにあるベンチに座った。それでも何とかルリカを励ますべく、ベンチへ向かおうとするロリエに対し、ウインリィは、ロリエの左肩を軽くつかんだあと、首を横に振って、
「ロリエちゃん、そっとしてやって。だけどルリカに何かが起きないように、そっと見守ってあげて」
と伝えた。ロリエは、
「……わかったよ、ウインリィちゃん」
と言いながら、
「ねぇメロンちゃん、他に何か見えなかった? ルリカの姉ちゃんのはいてたストッキングから何か」
メロにこんなことを問いかけた。すると彼女は、
「ええ!? アンタにも聞こえたの?? 祥子の声が……」
目をぱちくりさせながら答えると、
「……これはリュリュに話した方がいいことだと思うけど……」
少し言葉を濁しながら、こう言った。それから、
「実はね、祥子から『ストッキングを見て』と言われたあと、全く別人の声で、『あの男と結ばれて幸せになるわ』とか、『アーナスがついてる』とか、そんな話が聞こえたの。『“ティナとジルの幸せ”をまた邪魔されてたまるか』という言葉も耳にしたわ」
こんなことを語った。するとウインリィは、いきなり考え込んでしまった。
「……どうしたの!? ウインリィさん」
メロがこう問いかけたが、何の反応も示さなかった。それから数分がたち、ルリカがウインリィのもとに来て、
「……先生……、今度の、ホフマン諸島への探索のこと、ですけど、私行くのやめたいです……」
こんなことを告げた。
「ルリカ、突然どうしたの!? あれほど行きたがってたのに……」
ロリエが驚いた表情を浮かべながら言った。するとルリカが突然、
「……こんな状況でホフマン諸島に行けると思うの!? ロリエちゃん。大切なお姉ちゃんを殺された私の気持ち、なにもわかってないのね、あなたって!」
ロリエにつかみかかりながら、怒りをぶちまけるように叫んだ。その迫力と、ルリカの悲しみを浮かべた表情を間近で感じとったロリエには、なにも返す言葉がなかった。ルリカはさらに、
「ねえ、今すぐお姉ちゃんを返して! 私のもとに返して!」
ロリエのカッターシャツを強く引っ張りながら、まくし立てるように言った。
「ルリカ……、ちょっと息苦しいよ……」
首を絞められるような格好となったロリエは、ルリカの両腕を握りながら外そうとしたが、なかなか外れなかった。あの腕っぷしに定評があるロリエが、ルリカの腕を外せない状況に慌てたウインリィは、
「ルリカ、落ち着いて!」
と言いながら、ルリカを羽交い締めする形で止めに入った。ところが彼女は、
「離して、先生!」
なおもロリエのカッターシャツを離さず、ウインリィを振りほどこうとした。メロも3人のもとに駆け寄り、
「……アンタ、ちょっとその手を離しなさい。ロリエを殺す気なの!?」
両手でルリカの右腕をつかんだあと、
「私だって悔しいわよ、大切な祥子を失って。“友人”って言ったけど、私にとっても大切な“仲間”だったわ。アンタほどじゃないけど、祥子は大切な人なのよ」
こんなことを口にした。その話を耳にしたルリカは、
「あなたにわかるの!? 私が慕ってたお姉ちゃんを失って、どれだけ、どれだけつらいことになってるのか。だから私を止めないで! このまま放っておいて! 気持ちを落ち着かせて!」
なおもこう言いながら抵抗したが、その言葉からは、パニックになって動揺している状況が映し出されていた。するとメロはいきなりルリカを抱きしめ、さらに彼女の顔を自分の胸に当てた。それでも抵抗をやめないルリカに、
「……祥子の“心の声”を聞いて、ルリカ。自分の命が消えそうになっても、アンタに伝えようとしたことがあったことを。意識が無い状態で外をさまよって倒れるまで、アンタのことを気にかけてたわ」
こんなことを伝えた。それからほどなく、ルリカは抵抗をやめた。数分後、
「……お姉ちゃん……」
メロの胸に顔をこすりつけながら、思いきり泣き始めた。
「……このドレス、私のお気に入りなのにねぇ……。……でもいいわ。いずれはアンタに譲ることになるし」
そう言いながらも、メロはルリカの頭をなでつづけた。しばらくたってルリカは泣きやんだあと、
「……お姉ちゃん、私のためにあのジムを……」
自身の胸に手を当てながら、こうつぶやいた。そして、
「……お姉ちゃん、“あの男”の人ってお姉ちゃんの味方だったのね。私お姉ちゃんにつきまとういやな人だと思ってたの。だからごめんなさい……」
その場に座りこんで、こんなことを口にした。メロは、
「……ルリカ……」
ルリカを抱いて、再び自身の胸に彼女の顔を当てた。その様子に疑問を抱いたウインリィは、メロに、
「メロ……、あなたその胸にどんな秘密があるの!?」
こう問いかけた。するとメロは、いきなりウインリィの腕をつかみながら、彼女の手のひらをメロ自身の胸に当てた。唖然とするウインリィを前に、
「……どう? 何か聞こえた?」
改めてウインリィに問いかけた。その問いに彼女は、
「……これがあなたの“能力”なの??」
問い返すように答えると、
「私にも聞こえたわ、女性の声が。『とびきりいい男性と結婚出来たわ。ありがとう、メロさん』って。だけど誰の声かはわからないわ」
こんなことを口にした。
「ありゃ? アンタには別の人の声が聞こえたのかしら……。本来だったら、祥子の声が聞けるはずなんだけど」
メロは首をかしげながら、このように言うと、さらにおもむろに、
「私の“能力”っていうのかな、そのひとつに、『私の胸に顔を当てた人の“思い”をため込む』というのがあるみたいなの。これは知り合いの魔法師からの指摘なんだけど、私も驚いたわ。ウインリィさん、さっきアンタが耳にした女の子の声、以前働いてたキャバクラにいた人で、ちょっぴり恥ずかしがり屋だったの。ある時、苦しんでる彼女を励ますつもりで、胸に顔を当てながら抱いたことがあったの。赤ちゃんをあやすようにね。そうすると、『お客さんの中に付き合いたい人がいるの。その気持ちを伝えて』という彼女の“思い”が入ってきたの。じかに伝えられないことが痛いほどわかってたから、私がその客を相手する時に、胸に顔を当てたら、『誰だ、その人』と言ってたわね。それから二人を会わせると、周りが驚くほどトントン拍子で結婚までたどり着いたわ。まるで“アーナスに導かれる”みたいで……」
当時を振り返るように、こんな話をした。その話にウインリィは、
「その話が、祥子というルリカの親戚とどう関係するの!?」
と、いぶかしげに問いかけた。するとメロから、
「……まぁ、直接関係ない話だけど、アンタと無縁ではないことは言えるわね」
こんな答えが返ってきた。それから彼女は、改めてウインリィの顔を自身の胸に当てて、
「今度は何が聞こえた?」
こう問いかけた。ウインリィは、
「確かにあなたの言った通りね。ルリカのことを気にする内容だったわ。それと、あなたが着てるドレスについても触れてるわね。『魔法力を大幅に上げる』とか」
と答えた。するとメロは、驚いた表情を浮かべながら、
「それは初耳ね。私魔法は全く使えないから。それにFS持ってないし」
こう言った。それから少し考え込んで、
「あ、でもそういえばこのドレスを作ってくれたマイスターは、『着る人や働くところなどによって効果が変わることがある』なんてこと言ってたわね。そうすると、私は『キャバクラで働く時に着るから人気を集めてる』、ということになるのかしら……」
思い出すように語った。その話に対しウインリィは、
「あなたはそのドレスを着なくても十分人気があるわ。その胸や“能力”で多くの客を元気づけたり、それに女の子たちや奈々ちゃん、リュリュの世話や手助けをしてるから。あなたの人柄にひかれる人も多いでしょうし」
こんなことをメロに伝えた。彼女は、
「ありがとう、ウインリィさん。そう言ってくれるとうれしいわ」
笑顔でお礼を言った。すると、
「ロリエちゃん、どこ行ったの?」
というルリカの声が聞こえた。
ロリエは、祥子が倒れた大樹から“何か”をたどるように歩道を歩いていた。ルリカの声でロリエがいないことに気づいたウインリィたちは、すぐに3人でロリエを追ったが、彼女はすでに図書館の敷地を出ており、なかなか見つからなかった。そこで3人は、二手に分かれてロリエを探すことにした。
「……何かあったか、一言伝えてほしいわね。今度の調査ではそのことが大切になるのに……」
ウインリィがこうつぶやくと、なぜかルリカは少し顔を曇らせていた。それからしばらく探し回って20分くらいたった頃、セリス方面へ向かう主要な幹線道路に面した一件のビルの前に、制服姿の女の子が上を見つめながら立っていた。
「ロリエ!」
ウインリィが叫びながらロリエのもとに駆け寄ると、
「どうして一言連絡をよこさなかったたの!?」
語気を強めながら、ロリエを問い詰めた。すると彼女は、
「なんか“光るもの”を見つけてね、気になって跡を追ってみると、ここにたどり着いたんだ」
こんなことを口にした。彼女の言葉を聞いたルリカは、そのビルを見上げると、思わず口をふさいだ。その様子に気づいたウインリィは、
「どうしたの? ルリカ」
と問いかけたところ、ルリカは、
「……ここの4階に、お姉ちゃんの父さんが開いてたスポーツジムがあったの。昔お姉ちゃんがよく遊んでて、私も何度も入ったことがあるんだ」
こんな話を始めた。すると、
「ここがジム? 4階には『マシュー経済研究所』って書いてあるわ」
ウインリィが疑問を投げ掛けた。その疑問にルリカは、
「……実は8年ぐらい前に、事情があって閉めることになったの。それから1年ほどたって、お姉ちゃんの父さんが亡くなったの。その辺りのことは何も話してくれなかったけど、しばらく前に、『もうすぐ父の無念を晴らせるわ』って、男の人を連れて私に話してたわ」
こんなことを語った。
「……そうだったの……」
ウインリィは、ルリカにそれ以上何も聞かなかった。その時であった。
「みんな、もう来てたのね」
メロが息を切らせながら、ビルの前まで走ってきた。
「ここなのね、祥子。“アンタが示した”場所は」
彼女はそうつぶやくと、
「この中に入りましょう」
3人にこう呼び掛けた。
ビルは8階建てであり、最上階には『晴天の空』という名前のレストランがある。そこで一旦4人は、レストランに入るべくエレベーターに乗った。
「このビルの4階にジムがあったのね、ルリカ」
改めてウインリィがルリカに問いかけると、彼女は、
「はい……」
と答えた。
「後で4階を訪ねたいけど、今日は土曜日だし、休みだろうね」
ウインリィが考え込んでいると、エレベーターは最上階に到達した。4人がエレベーターを降りると、店員が来て、
「いらっしゃいませ。今日は4時半から団体客の予約が入ってますので、時間上注文出来るオーダーが限られますが、よろしいでしょうか?」
こんなことを告げた。それを聞いたウインリィが腕時計に目をやると、
「あら、もう3時を10分近く回ってるのね」
とつぶやくと、店員に、
「席はどこでもいいのかしら?」
こう問いかけた。店員が、
「はい。ただし、オーダーストップは3時20分で、3時65分までには退出をお願いします」
と答えると、ウインリィは、
「ありがとう」
軽くお辞儀をしながら言った。そして、
「窓側に座りましょう」
3人にこう呼び掛けた。
「ここ、“隠れた名店”で知られてるの。入口に『撮影や取材は一切ご遠慮します』って書いてあるわ」
ウインリィがそう言いながら窓際の席に座ると、3人もすぐに座った。その時、
「でも、その割には客が少ないわね。本当なの?」
メロがウインリィにこう問いかけると、近くの店員が、
「すみません、今日は大口の団体客の予約のために、2時半頃から注文などを制限をしております。それで、このような状況になってます」
メロにこう伝えた。それから、
「申し訳ありません。注文が決まりましたら、お声をかけてください」
そう言いながら、持ってきた4人分の水をテーブルに置いたあと、4人から離れた。
「とりあえず、時間もあまりないし、軽いものしか注文できないみたいね」
ウインリィがこうつぶやくと、メロは、
「そうね。それにあの様子ではね……」
ルリカの方を見ながら、軽くうなずくように言った。いつの間にかルリカは、テーブルに顔をつけたまま動かなくなっていた。その様子を見つめていたロリエも、
「わたし、オレンジジュースだけでいいよ。ここで料理頼むの、また今度にするよ」
心配そうな表情を浮かべながら、ウインリィにこう伝えた。それから、
「ルリカ、わたしたちも犯人見つけるよ。必ずお姉ちゃんのかたき取るから」
ルリカに対して小声でこう言った。しかし、彼女は何の反応も見せなかった。気まずい雰囲気が漂う中、ウインリィがテーブルにあったベルを鳴らした。
「注文の方はお決まりですか?」
男性店員が声をかけると、ウインリィは、
「海藻サラダ2人前とオレンジジュースを1杯で」
彼に注文を告げた。それから、
「……ルリカ、あなたが祥子から伝えられたことを、私たちに聞かせて。必ず助けになるから」
ルリカにゆっくりとした優しい口調で、そっと問いかけた。すると彼女は、伏せていた顔を上げて涙をぬぐったあと、
「……先生……」
とつぶやいた。そして、
「……あの時、お姉ちゃんから、『ルリカはナディアを救う“大きな力”を持ってるわ』と告げられました」
こんなことを口にした。
「え!? そんなこと、私は聞いてないわ」
メロは驚いた表情を見せながら、こう言った。それから、
「だけど、『こうちゃんもルリカにはただならぬものを感じてた』という話は祥子から聞いたことがあるわね。ところで、“こうちゃん”って誰のことかしらね……」
こう話しながら、考え込んでしまった。すると、アイドルの歌のような着信音が流れた。
「どうしたのかしら……」
メロは、ドレスのポケットからハイフォンを取り出して、画面を確認すると、一通のメールが入っていた。
――メロンちゃんに伝えたいことがある。実はな、リュリュが明日に退院することになったんだ。アイツ、『今はハイフォンが使えないから代わりにアンタが連絡して』って。それともうひとつ、『ウインリィさんには、明日12時頃に病院に来てほしいの。大切な話があるから。できれば、あのお嬢様も連れてきて』なんてことも言ってたな――
「いつまで病院にいたの!? あの短パンボーイ」
メロはあきれた表情を浮かべながら、こうつぶやいた。
「明日に退院するの? 本当によかったわ。“歴史的な意味”で」
ウインリィはこう言いながら、ほっとした。それから、
「もちろんOKよ。リュリュにはこれから助けてもらうになるから」
メロにこう伝えた。するとロリエが、
「それじゃ、セシリアちゃんにも伝えようよ。リュリュちゃんが退院したこと。あとリュリュちゃんが来てほしいと言ってること」
こんなことを言い出した。それに対しウインリィは、
「……それはちょっと待った方がいいわ。彼女はリュリュの病気のことを知らないし、下手に伝えるとややこしくなるから」
ロリエに話さないように言った。その時、
「注文の品をお持ちしました」
店員の女性が、海藻サラダとオレンジジュースを持ってきて、テーブルにおろした。
「このサラダに使われてる海藻はね、あの釣りで有名な海岸で採れたものなの。食べてみて」
ウインリィは3人にサラダを食べるようにうながした。その言葉に乗って、まずメロが一口つまんだ。
「これ、おいしいわね。そういえば、西にあるメット海岸で採れる海藻を料理したやつ、うちのキャバクラでもこれと似たようなもの出してたわね」
そう言いながら、メロはおいしそうに食べた。続いてロリエもサラダをつまむと、
「これいいね。父さんも、釣りの帰りに海藻採ってくるのわかるよ」
顔をほころばせながら食べた。するとルリカが、
「……お姉ちゃんが作ってくれたサラダと同じだ……」
いきなりこんなことを言い出した。その話を耳にした女性店員が4人のもとに向かい、
「……もしかして、祥子のことを知ってるのですか!?」
こう問いかけた。その問いにルリカが、
「……はい。彼女は私の親戚で、優しいお姉ちゃんみたいな人でした」
と答えた。女性店員は、驚きの表情を浮かべながら、
「そうだったのですか……」
と言った。それから、
「実はそのメニュー、彼女のアイデアで生まれたのです。以前祥子はここで働いてました。お客さんからも親しまれて、私たちのやる気も引き出してました。『彼女がいなければ、この店は続けられたかどうかわからない』と店長も言ってます。残念ながら、『事情がかなわない』という理由で彼女は店を辞めることになりました。そんな彼女が殺されたとニュースで知って、ショックを受けてます……」
こんな話をした。
「……そうだったのですね……」
ルリカは顔を曇らせつつ、こう言った。その時メロは、
「アンタ、ここの4階にあったというジムについて知らない?」
店員にこんな質問をぶつけてみた。すると彼女は、
「残念ですが、ジムについてはわかりません。ですが、4階のことをしきりに気にかけてました。『なんとしてもここを取り戻したいわ』と言いながら」
こんな答えを返してきた。
「……ひょっとすると、ここに何かありそうね……」
ウインリィは、考え込みながらつぶやいた。それから、
「色々とありがとう。早速4階を訪ねてみるわ。それと、会計をお願いね」
店員にこう伝えた。しばらくして、彼女は、
「全部で1080ナディです」
と答えた。それを受けてウインリィは、
「貴重な情報ありがとう。こちらは今回のお代ね。それから、これはあなたへのお礼よ。必ず祥子の無念を晴らすわ」
と言いながら、代金の他に1万ナディ札を店員に手渡した。
「……あの……、これは受けとれませんが……」
困惑気味にウインリィに返そうとする店員だったが、
「いいのよ、遠慮なく受け取って。それは私たち4人の“気持ち”だから」
ウインリィは笑顔でこう言いながら、改めて店員に受け取ってもらうようにお願いした。
「……わかりました」
店員は、ウインリィの気持ちに押されたような感じでお札を受け取って、
「お代の方はちょうどです。ありがとうございます」
と言いながら、後ろに下がろうとした。その時ウインリィが財布を取り出し、
「もしよかったら、ここに書いてある連絡先に伝えて」
そう言いながら、名刺を店員に手渡した。その名刺を目にした彼女は、
「あなたは、あの有名な歴史学者ですか!?」
驚きの表情を浮かべながら言った。
「ええ、そうよ」
ウインリィはうなずきながら言うと、おもむろに立ち上がり、
「また来るわ。海藻サラダおいしかったし」
と言いながら、出口へ向かった。3人もすぐに後を追った。
「祥子が『あんなおいしいものを“隠れた名店”のメニューに残してた』なんて、ぜんぜん知らなかったわ」
エレベーターの中でメロがこうつぶやくと、
「……そんなお姉ちゃんの命を奪った犯人、絶対に許せない……」
ルリカが怒りに震えながら言った。エレベーターは4階に止まった。
「ここね、以前ジムがあったところ」
ウインリィが先にエレベーターを降りて確認すると、
「……今日は閉まってるみたいね、例の経済研究所。隣の整骨院も」
と言いながら戻ってきた。するとロリエがいきなりエレベーターを降りたあと、辺りを見渡した。それから、
「ここ、何か感じるよ。他の階とは違うものを」
こんなことをつぶやいた。ルリカも降りてきて、
「ロリエちゃん、私も感じたよ。何か魔法に関する“大きな力”を」
ロリエにこう話した。このやり取りに何か違和感を覚えたウインリィは、
「……ちょっと待って。メロ、このビルのテナント、以前と比べてどうなってるかわかる?」
こんなことをメロに問いかけた。彼女は首をひねりながら、
「それがどうかしたの? ウインリィさん。何か関係があるのかしら」
こう問い返した。ウインリィは、
「もしかしたら、って思ったの。何か引っ掛かる点があって」
と言ったあと、
「つまり、祥子にジムを取り戻されないように、何者かが彼女を……、って思ったの」
と話した。
「……え!? それじゃ、“ここの場所を取られないためにお姉ちゃんを殺した”ってこと!?」
ルリカはウインリィに詰め寄りながら、こう言った。それに対しウインリィは、
「……それはわからないわ。詳しい捜査はエミルの父親に任せて、私たちはリュリュが退院するのを待ってから、そちらでアプローチをかけましょう。“アーナス”のことで気になる点があるし」
こんなことを話した。それから、
「ルリカ、必ず犯人は捕まるわ」
ルリカを励ますように言った。ロリエも、
「そうそう、エミルちゃんの父さん、すんごい警官なんだって。だから大丈夫だよ」
ルリカの右肩を軽く叩きながらこう言った。
「……ロリエちゃん、先生……」
ルリカは、涙目になりながら言ったあと、
「……今日はロリエちゃんとずっと一緒にいるわ。だからお願い、ロリエちゃん」
ロリエと一緒にいたいと言い出した。
「……ルリカ……」
ルリカの突然の申し出に、ロリエは驚きのあまり言葉に詰まった。代わりにウインリィが、
「……ルリカ、申し訳ないけど、今日は遠慮してほしいの。ロリエの家に寄るのは」
と伝えた。
「どうして、ねえどうしてなの!? 先生」
ルリカがウインリィに詰め寄ると、彼女は、
「……実はね、ロリエの家で『特別立会』が行われてるの。とても大切なものなのだから、邪魔をしない方がいいわ」
と答えた。すると、「特別立会」の言葉に反応したメロが、
「……え!? ひょっとしてロリエ、今日の新聞に載ってあった“『アーナス・ムーン現象』で結ばれた高校生カップル”って、どちらかがアンタの家族にいるの??」
半ば信じられないといった表情で、ロリエに問いかけた。その問いに彼女は、
「うん、そうだよ。わたしの姉さんがそれで結ばれたんだよ」
あっさりと答えた。その言葉を耳にしたルリカは、複雑な表情を浮かべていた。その時、
「それはおめでたい話ね。アンタの姉さん、アーナスが祝福してくれたのね……」
メロがこう話すと、何かに気づいたのか、
「……“アーナス”……!? もしかして、祥子にもアーナスの祝福がかけられた可能性があるわけ……!?」
こんなことを言い出した。その時ウインリィは、
「……ここで考えても仕方ないわ。今日のところは戻りましょう」
と言いながら、エレベーターの下のボタンを押した。すぐに扉が開いたので、4人はすぐに乗り、そのまま1階に降りた。そしてビルを出たあと、
「で、これからどうするの? ウインリィさん」
こうメロが問いかけた。ウインリィはしばらく考えて、時計を見ながら、
「もう4時になりそうね」
と言ったあと、
「今日はこれで戻るわ。色々整理することがあるから。その前に、ロリエの家に立ち寄るけど」
こう答えた。
「そう、わかったわ。それと、リュリュや祥子の件で何か動きがあればすぐ知らせるわね。私は夜キャバクラにいるけど、何かあればメール入れていいわよ」
メロは3人にそう伝えたあと、
「それじゃ、また今度ね」
と言って、ビルを後にした。少し歩いた時ロリエが、
「あ、そうそう、セシリアちゃんに『リュリュちゃんが“アーナス研究”について伝えたい』ってメールで伝えたよ」
こんなことを口にした。さらに、
「そしたらさっきね、こんな答えが返ってきたんだ」
と言いながら、ハイフォンを二人に見せた。
――ありがとう、ロリエちゃん。わたくしも、あのお方とアーナスの研究が一緒に出来ることを、心から待ち望んでおりましたわ。わたくしのエミルも一緒に研究したいということをリュリュ様、でよろしいのかしら、彼女にお伝えください。日時がわかれば、ご一報願います――
「ロリエ、まだ知らせるのは早いと言ったはずよ」
そうウインリィが注意したが、ロリエは、
「大丈夫だよ、ウインリィちゃん。病気のことは全くセシリアちゃんには伝えてないから」
しれっとこう答えた。そしてさらに、
「それにセシリアちゃん、心から喜んでたみたいだよ。『リュリュちゃんやエミルちゃんと一緒に研究出来る』って」
なぜか、顔をほころばせながら話を続けた。ウインリィは、
「……そう、わかったわ」
とだけ答えたあと、
「私たちもそろそろ帰りましょう」
と言いながら、3人は彼女の車が置いてある、図書館の近くの駐車場へと向かった。
駐車場に来た3人は、すぐにウインリィの車に乗った。それからウインリィはルリカに、
「ルリカ、先にロリエの家に寄るけどいいかしら?」
と問いかけた。彼女は何も言わず、ただうなずくだけであった。彼女の表情を確認したウインリィは、車を出し、ロリエの家に向かった。およそ20分後、車はロリエの家のすぐ近くにたどり着いた。その時、
「あの車、何かで見たことがあるわね」
目の前の車を見たウインリィが、こんなことを口にした。それから自身のハイフォンを手に取り、画面を確認した。いくつか新規メールが入っていたようだが、
「うーん、先輩からの連絡は入ってないみたいね」
とつぶやきながら、考え込んでしまった。それでも、
「家に着いたから降りるわよ」
車を止めて、二人にこう呼び掛けながら降りた。すぐに二人も車を降りた。それからウインリィがインターホンを鳴らすと、
「どなたですか?」
玄関から現れたのは心咲であった。
「あれ? 先輩はどうしたのかしら……」
ウインリィがこう問いかけると、心咲は、
「実はね、『特別立会』自体はすでに終わっているの。だけど、途中であの人気アイドルの子が来てから、陽菜に頼んでたパンストを取りに来たついでに『どうしても立会を見たい』というので、陽菜がその子をソフィたちのところに招き入れたの。今は“命の授業”の続きを行ってるわ」
こんな話をした。
「え? 立会は終わったのでしょう!? ソフィのパートナーはどうしてるの?」
ウインリィがこう問いかけると、心咲は、
「彼の、トスカーナの両親はすでに家を出てるわ。陽菜に感謝しながら」
と答えた。それから、
「実は、彼らもアイドルの子と一緒に、陽菜の“命の授業”を見てたわ。陽菜たちの様子を目の当たりにして、『本当に見てよかった。忘れかけたものを思い出させてくれた。それに本当に愛しあってるいい夫婦だ』ということも語ってたわね。しかも涙を浮かべて」
こんなことまで伝えた。ウインリィは、
「改めていい両親を持ったわね、ソフィとロリエ」
と言ったあと、
「あ、今日の調査の結果、今は決して他の人に知らせてはダメよ。これは“極秘事項”だから。伝えてもいい時になれば、必ず連絡を入れるわ」
ロリエにこう伝えた。
「わかったよ、ウインリィちゃん」
そううなずいたあと、調査のために持ってきたものを全部抱えて、
「ただいま」
と大きな声で言いながら、家に入っていった。
「……ロリエちゃんのところって、幸せなんだね……。お姉ちゃんがアーナスに祝福されてるし……。それなのに……、私は、大切なお姉ちゃんを失って……」
ルリカは悲痛な表情を浮かべながら、今にも泣きそうな声でつぶやいた。それを耳にした心咲は、
「ええ!? ニュースであった、中央図書館で起きた殺人事件の被害者って、あなたの姉だったの!?」
驚きの表情を浮かべながら、こう問いかけた。ところが、ルリカは何も言わず、ただその場にしゃがみこんでしまった。代わりにウインリィが、
「……殺された祥子は、ルリカの親戚なのです。それも彼女が慕っていた、大切な人でした……」
と答えた。
「……そうなの……」
心咲は一言つぶやいたあと、
「だけどニュースでこのことを聞いて現場を見た時、私は違和感を覚えたわ。少なくとも、『魔法が絡む上に、ただではすまない』とね」
こんなことを口にした。それから、ルリカのもとに近づき、
「……本当につらかったのね」
と言いながら、彼女の頭をなでた。しかし彼女は、
「……離して……」
頭を横に振ってそう伝えるなり、心咲から遠ざかった。そんな時ウインリィが、
「ねえ、リュリュから興味深いメールが入ってるわ。ちょっとこちらに来て、ルリカ」
ルリカにこう呼び掛けた。彼女は渋々といった表情でウインリィのところに来ると、
「ええ!? どういうこと……!?」
メールの内容に言葉を詰まらせた。ウインリィのハイフォンに載ってあるメールには、
――ウインリィさん、明日ルリカという少女を私のところに連れてきて。祥子のことについてとても大切な話があるの。もしもこの事件に“アーナスが絡んでる”のであれば、祥子が生き返る可能性が無いとは言えないわ。だけど、メロから伝えられた内容が事実だとすれば、“大変な事態”が起きかねないわね。あと、特に明日まではルリカをウインリィさんか、ロリエの近くにおいた方がいいわ。彼女の身に何かがあるといけないから――
こんな内容が書かれていた。
「ええ!? 祥子お姉ちゃんが……、本当に生き返るの……!? そのメール、本当なの!?」
ルリカは、ウインリィに念を押すように、メールの内容について問いただした。ウインリィは、
「まだはっきりとしたわけではないわ。ただ、『このままでは大変なことになる』、というのだけは言えるかもしれないわね……」
こう答えたあと、
「とりあえず、あなたの両親には伝えた方がいいわね。ロリエの家に泊まることを。私からも事情を話すわ」
と言った。ルリカも、
「わかりました、先生」
そう答えた。それから、すぐにハイフォンを取りだし、
「……もしもし、私今日、ロリエの家に泊まりたいの。家にいると何かありそうだから……」
と話した。しばらくして、
「先生、お願いします」
と言いながら、ハイフォンを渡した。ウインリィはそれを受け取ると、
「ルリカの母親ですね? 私ルリカの担任をしております、ウインリィ・メーアと申します」
と伝えた。ルリカの母親は、
「ルリカが『先生から事情を話す』と言ってましたが、どういうことでしょうか?」
こう問いかけると、ウインリィは、
「実は、“彼女が命を狙われている”という類いの話がありまして、彼女の親戚が殺されたことと無縁ではないと思われます。帰りにも、本人が何かを感じとってましたし、私は、一晩ロリエちゃんもしくは私自身が、彼女と共にした方が安全だと考えてます」
母親に、ルリカを一晩自分が預かることを告げた。すると母親は、
「……ぜひそうしてください。実は、沢松さんが殺されたことを知ったあと、祥子の家を含む大きな火事があったり、わが家でも“異変”が起きているのです」
こんな話をした。ウインリィは、
「あの、沢松さん、というのは、祥子の名字でしょうか?」
と問いかけると、母親は、
「はい、その通りです」
と答えた。ウインリィは、
「わかりました。一旦ルリカちゃんと一緒に家に向かって、詳しい話をうかがいます」
そう伝えたあと、母親の了承を得て、
「ルリカちゃんに代わります」
と言いながら、ルリカにハイフォンを返した。彼女は、
「ごめんなさい、お母さん……」
そう告げたあと、電話を切った。電話のやり取りを耳にしていた心咲は、すぐさま、
「陽菜に聞いてみるわ、ルリカちゃんのこと。ちょっと待ってて」
そう言ったあと、家の中に戻った。しばらくして、再び玄関から出た彼女は、
「大丈夫よ。陽菜たちが『ルリカちゃんを泊めてあげる』って」
ウインリィにこう伝えた。彼女は、
「『そちらに来る時には、必ず連絡を入れる』ということを伝えて、心咲さん。私は一旦ルリカの家に向かうから」
と言ったあと、
「ルリカちゃん、一度家に戻りましょう」
ルリカにこう告げた。彼女がうなずいたのを見たあと、二人で車に向かい、すぐにロリエの家を後にした。
一方、家に帰ったロリエは、“命の授業”を見たいという気持ちを抑え、まずは自分の部屋に向かった。それから、ダイアリーとチェッカーを置いたあと、チェッカーを開いて、今日メモを取った部分を見渡した。そして、
「本当に色々あったんだねぇ、今日……。あのヒストリカちゃんと色々話をしたし、いつの間にかアーナスみたいになって、ヒストリカちゃんを襲ってきた魔法師と戦ってたよね、わたし。リュリュちゃんは、先ちゃんに命を救われて、これまでずっと苦しんできた重い病気からも解放されるからよかったよ。そうそう、リュリュちゃんと先ちゃん、ケンカばかりするけど、本当は相性いいんじゃないかな……。わたしは結婚すると思うね、あの二人。メロンちゃんとは、ストッキングの話で盛り上がってたね。メロンちゃん胸が相当大きくて、面倒見がよくて、あの人気アイドルの奈々ちゃんを助けてるいい人だったね。だけど、ルリカが一番心配だよ。ルリカ、大好きだった親戚の姉ちゃんを誰かに殺されて、たいへんなショックを受けてたよ。わたし、ルリカにどうしてあげたらいいのだろう……」
などと言いながら、ダイアリーに今日のことを書き込んでいた。しばらくして部屋を出たあと、
「そういえば、帰った時、リビングに誰もいなかったよね。しかも母さんと姉さんの以外のハイヒールが2足あったし。まだ“命の授業”って、続いてるのかな」
とつぶやきながら、陽菜の部屋に向かった。すると、何人かの声が聞こえてきた。ロリエは、ドア越しに声を聞くと、
「どう? 今回の“授業”を受けてみて」
こんな陽菜の言葉を耳にした。
「本当によかったわ、母さん。大切な話が聞けて。それと、彼といい“営み”が出来て」
ソフィの声を聞いたロリエが、ドアをノックしようとしたところで、
「へぇ、おばさんたちって、本当に心から愛し合ってるのね。あたしの父さんも、アンタたちのように、例のキャバクラの女とうまくいってほしいわね」
という声が聞こえた。それを耳にしたロリエは、
「おばさんじゃないよ、母さんは」
と言いながら、部屋に入っていった。
「あら、帰ってきたのね、ロリエ」
陽菜は淡々と言ったあと、
「実は今日、そこにいる奈々ちゃんが、オーダーしてたパンストを取りに来る日だったの、忘れてたわ。先輩が応対してくれたけど、彼女『特別立会を見せて』て言ったきりなかなか帰らないから、特別に、“命の授業”を一緒に見てもらうことにしたの。先輩が言った通り、奈々ちゃん口は悪いけど、私は根は優しい女の子だと思ったわ」
こんなことを話した。すると奈々は、
「『口が悪い』は余計よ、おばさん」
ムッとした表情で陽菜に伝えたあと、
「だけど、『優しい女の子』って言ってくれたのは感謝するわ」
こう言った。その時、入ってきたロリエを目にした奈々は、
「何? そのレッグウェア。バラの模様がいっぱいあるけど」
ロリエにこう問いかけた。彼女は考え込みながら、
「“レッグウェア”? それストッキングのこと?」
と問い返した。奈々は、
「そうよ。あたしはストッキングのことをそう呼んでるの。『特別なレッグウェアを作ってくれる』、っていうことで評判みたいだから、そこのおばさんに、あたしにふさわしいレッグウェアを頼んだの。ちなみにアンタ、それなんて名前なの?」
再びこう問いかけたが、ロリエが答える前にソフィが、
「あのね、あなた言葉づかいには気をつけた方がいいわ。人気アイドルだからって、何でも許されることにはならないわ」
奈々にたしなめるようにこう言った。彼女は、
「……アンタも言うのね。あたしが慕ってる女優や胸のでかい派手な女たちと同じ。ここに来た魔法師も言ってたけど」
小さくつぶやいたあと、
「……わかったわよ……」
渋々、といった感じで言った。ソフィは、
「本当に?」
なおも奈々に問いかけようとしたが、トスカーナが、
「まあまあ、お前の気持ちはわかるが、さっちゃんのファンにやり玉をあげられてもつまらないだろう。誤解されたりして」
止めに入るように、ソフィにこう伝えた。それに対して彼女は、
「それは違うと思うわ、トスカーナ。彼女はこれからもっとすごい人になると思ってるの、私は。だから、少しでも彼女のファンとして出来ることがあれば、と考えて」
トスカーナに説明するように言った。その話を聞いていた奈々は、
「……本当にあのキャバクラの女と同じみたいね」
とつぶやいた。するとロリエが、その言葉に反応するかのように、
「それ、メロンちゃんのこと? わたしメロンちゃんと色々話をしたよ」
奈々にこう問いかけた。彼女は驚きの表情を浮かべながら、
「アンタ、メロのこと知ってるの!?」
と問い返すと、ロリエは、
「うん。それとメロンちゃんね、奈々ちゃんのこと結構話してたよ。メロンちゃんって、胸がでかくて、本当に奈々ちゃんのことを思ってるの、わたしにも十分伝わったよ」
こんなことを話した。
「……そうなの……、って、“メロンちゃん”!?」
奈々は目をぱちくりさせながら、いぶかしげにロリエに言った。そんな奈々にロリエが、
「うん。メロちゃん自身がそう呼んでいいって、わたしに言ってくれたんだよ。それにメロンちゃんの胸って、すんごい能力があるんだよ。あの胸はね……」
と話している時、奈々が、
「……あれでしょう? あたしも父さんから“メロの胸の話”は何度も聞かされてるわ。ある時メロは『父さんの“想い”をため込んで、あたしの顔にでかい胸をつけてきた』のよ。それであたしは、ろくでなしだと思ってた父さんが、あたしのために苦労してたことがわかったわ。それにメロはあたしのために色々やってくれるだけでなく、あんな父さんと結婚までしてくれるって……。そんな能力があるんだから、もっとふさわしい相手と結婚すればいいのに、と思ったわ、あたしは。それに父さんも、あたしにじかに言ってくれたらいいのに……」
ロリエの代わりにこんな話をした。すると陽菜は、
「奈々ちゃん、二人には“何かの縁”があるから、メロという女性は、あなたの父親と結婚すると決めたんじゃないかしら。あなたはアイドルだから、恋愛は禁止されてるでしょうけど、そういった縁は、必ずあなたにも訪れると思うわ」
こんなことを言い出した。それから、
「私には、あなたの家族の事情はわからないけど、あなたの父親は色々と苦しんだと思うわ。周りから『ろくでなし』と思われ、あなたになかなか思いを伝えられず。そんな時にメロさんと出会えたのは、“何かの導き”がそうさせたと私は考えてるの」
奈々にこう伝えた。すると彼女は、思い出したように陽菜に、
「……そういえば、しばらく前父さん、『この人と話すと、何か苦しい気持ちが取れてくるのが実感出来るよ。この人とはずっと一緒になれるかもしれないね。なぜだかわからないが』なんて冗談みたいに言いながら、メロの名刺を出してたことがあったわね。だけど、今それが本当に実現しそうになるところまで来てるから、アンタが言ってたこと、何となくわかったわ。父さんとメロ、近いうちに結婚することに決めたの。年の差は離れてるけど」
ということを語った。その後、一呼吸おいて、
「結婚式は開かないことにしたの。二人もあたしも望んでないし。代わりに親しい人たちを集めてパーティーを開くわ。ひょっとするとロリエ、アンタ呼ばれることになるかもしれないわね。メロが気に入ってるらしいし」
こんなことも言い出した。その話を聞いた陽菜は、
「あなたの父親って、本当にいい人に恵まれたのね。あなた自身にとっても」
笑顔でこう告げた。奈々も、
「それは否定できないわね」
それを認めるように、うなずきながら答えた。
「へぇ、アーナスがいなくても相性のいいカップルって出来るんだね」
ロリエが感心するようにつぶやいたところで、奈々が、
「あ、そうそう、あたしあの魔法師に話したいことがあったわ。“魔法師アイドル”を目指すために。それと“大切な話”をしたくて」
いきなりこんなことを言ったあと、
「特別立会見せてくれて感謝するわ。それとこのレッグウェア、明日の生放送で早速はくことにするわ、おば……じゃなかった、陽菜さん。あたしにふさわしいものだから、見てくれる人いっぱい増えるわね、これで。そうそう、今度会ったらレッグウェアの話をしよう、ロリエ。アンタそういうの好きみたいだし」
と話しながら部屋を出ていった。
「“魔法師アイドル”、奈々ちゃんには絶対なってほしいね。それと気の合う友だちになりそうだね」
奈々の笑顔を目にしたロリエは、こうつぶやいた。それに対し、
「……言葉づかいはなんとかならないかしら……」
ソフィは、少しため息混じりにこう言った。ところが陽菜は、
「そこは心配いらないと思うわ、ソフィ。心咲先輩も、奈々ちゃんの言葉づかいを気にかけるでしょうから。私が聞いた話だと、『“魔法師アイドル”というのは、言葉づかいが悪いと、魔法力にも悪影響を及ぼす』ことがあるらしいの。だから、魔法師協会の上級幹部である先輩が見過ごすわけがないわ」
心配はいらない、という感じでこう話した。
陽菜たちがいる部屋を出た奈々は、早速心咲のもとに向かった。そして、ストッキングが入っている箱をテーブルに置いて、
「おばさんに聞きたいことがあるわ。単刀直入に言うとあたしね、これから魔法師アイドルを目指すの。だからあたしにそのなり方を教えてほしいの。今すぐにね」
こんな口調で心咲に問いかけた。すると彼女は、
「……あなた、その口の悪さは今すぐにでも直した方がいいわね。確かに、あなたには秘めた素質があるわ。世界や魔法史を大きく変えるほどのね。だけどその口の悪さだと、あなたの魔法力に大きな悪影響を及ぼすわ。最悪魔法が使えないまま、ということも……」
奈々の言葉づかいをやんわりと注意しながら、こんな話をした。
「……どういうこと……!? あたしが“魔法史を変える”って……。それと“秘めた素質”があるって……。あたし、まだ魔法使ったことないけど。そんな人間がどうして……」
奈々は、心咲の「魔法史を変える」、「秘めた素質」という言葉に驚きの表情を浮かべながら、彼女に問いただした。すると彼女は、
「私にはわかるわ。あなたの人気アイドルとしての“オーラ”、そこに魔法力を感じとったの。おそらく、天性のものだと思うわね」
こんなことを言い出した。奈々が思わず言葉につまると、心咲は、
「だから、言葉づかいには気を配った方がいいわね、奈々ちゃん。それと魔法師を目指すのであれば、まずは一度、横代島に入ることをおすすめするわ。今回は特別に私が同行してあげるから、あなたのスケジュールの都合がいい時を私に知らせて。協会や芸能事務所には私から伝えておくわ」
このような話を奈々に伝えた。
「……どうして、あたしのためにそこまでするの……!?」
奈々は、改めて心咲に問いかけた。その問いに対し彼女は、
「あなたが『魔法師アイドルを目指す』と言ったからよ。本気でそれを目指すのであれば、私も協力は惜しまないわ。それに横代島で魔法が使えないようなら、魔法師はあきらめた方がいいわね」
こう答えた。
「わかったわ。ありがとう」
奈々はお礼を言ったあと、
「そうそう、大切なことを伝えるの、忘れるとこだったわ」
こう言った。それから、
「実はね、ちょっと前、あたしがしたってる、あたしをアイドルにしてくれた女優とファンの男との間で、魔法による“奇跡の現象”が起きたのを感じとったの。そう、ロリエの姉のような現象をね。あの人は否定してるみたいだけど、あたしはそのファンの男と結婚、いえ、再婚すべきだと確信してるわ。だって、『アーナスが二人を結んでる』んでしょう。それと、あの人が再婚しようとしてるプロデューサーは、あたしと結ばれるべきだってことが、あたしの方が幸せに出来るってことがイヤでもわかるわ」
こんな話を心咲に伝えた。すると、彼女の顔色が変わり、
「な……、あなた、そこまでの魔法力を……」
体を震わせながら、こうつぶやいた。それから、
「……普通“アーナス・ムーン現象”を認定出来るのは、魔法師の中でも、上級クラスの実力の持ち主に限られるわ。念のために聞くけど、あなたは魔法師じゃないわよね?」
奈々にこう問いかけた。彼女はその問いに、
「そうよ。だからあたしは魔法師アイドル目指してるわ、おばさん」
と答えたあと、
「ところで、アンタ誰なの!?」
と問いかけた。心咲は、
「……奈々ちゃん、名前を聞きたい場合は、出来るだけ初めの段階で聞くべきなの」
と言ったあと、
「私は小野田心咲よ。心咲と呼んでいいわ」
そう言いながら、奈々に名刺を渡した。彼女はそれを受け取ってじっと見ると、
「……アンタって、相当すごい魔法師なのね」
感心しながら、こうつぶやいた。さらに名刺のある部分に目が止まり、
「……おば、いや心咲さんって、あの名門女子高の理事を務めてるの!? あの魔童子のエリス・クロフォードがいる……」
今度は奈々が驚きの表情を見せた。
「ええ、そうよ」
心咲はうなずいたあと、
「実はね、エリスはあなたのファンなの。あなたのサインを彼女に渡してあげたいけど、よろしいかしら?」
カバンの中から何かを取り出して、こんなことを言い出した。
「ええ!? エリスって、あたしのファンなの??」
突然の申し出に奈々は驚いたが、
「じゃ、エリスにサイン書いてあげるわ」
笑みを浮かべながらこう言った。それを聞いた心咲は、カバンからある本を取り出し、
「この魔法書の最後のページに書いていただけないかしら?」
こんなことを伝えた。すると奈々は、
「……これに書くの!? これって、ものすごい魔法書よね?」
目をぱちくりさせながら、こう問いかけた。心咲は、
「ええ、そうよ。エリスがとても大切にしてる魔法書よ。だからこそ、『この本にあなたのサインが欲しい』って、彼女も話しているわ」
と答えたあと、
「それと、まだ先になると思うけど、あなたには、セリスでコンサート開いてほしいの。私が高校の理事会ではかることを提案するわ。それに何よりもエリスが待ち望んでいるから」
今度はこんなことを言い出した。奈々は、
「あたしのコンサート? そりゃ、あのエリスがあたしの歌声を聞きたいって言ってくれるのは、たいへんうれしいわ。あたしも魔法師アイドルを目指したいから、喜んでセリスに向かいたいところだけど、所属事務所が認めてくれるかどうかが、ね。とりあえず事務所には伝えておくわね、このこと」
と言いつつも、
「でも、アンタがあたしの後押ししてくれるんなら、事務所も認めると思うわ。万が一認められなくても、あたしは絶対に魔法師アイドルを目指すけどね」
力強い声でこう言った。その様子を見た心咲は、
「……あなた、とてつもない意思の強さを感じるわね。上級どころか、エリスに近い実力を持つ魔法師になる素質は十分にあるわ」
こう言ったあと、
「それと大切なことを聞き忘れたわ。あなた、『アーナス・ムーン現象』につながるようなものは持ってるの?」
奈々にこう問いかけた。すると彼女は、
「これよ」
と言いながら、ポケットから何かを取り出して、心咲に手渡した。彼女はそれを見や否や、
「……この指輪、オーダーメイドでも作れないわ。……持った瞬間に、“結ばれるべき二人”の名前がホログラフィーのように浮かび上がって来てるもの」
真顔でこんなことを語った。それから、
「奈々ちゃん、どうしてこれをあの女優に見せなかったの!? これは“『アーナス・ムーン現象』が起きたというれっきとした証拠・奇跡”なのよ」
奈々に問い詰めるように話したが、彼女は、
「……それはあたしが聞きたいわ。だってあの人をファンの男が助けた時に産み出されたの、偶然見かけたのよ。確かにこの指輪の他に、『魔法を使えないはずの二人が魔法を使った』という現象も目にしたわ。二人とも指輪には気づかなかったから、あたしが拾ったの。ミザリィにその場で指輪を渡したかったけど、あの人、信じてないみたいなの。こないだあたしが『アーナスがアンタと男を結んでくれる』って伝えても、『もう一度あのプロデューサーとよりを戻したい』って否定してたわ。最近、あたしに突っ掛けることも増えてきたし」
心咲に、ため息混じりにこう告げた。
「“アーナス・キューピッド”を否定するなんて、ミザリィはよほど想ってるのね、離婚したプロデューサーのことを……」
心咲も考え込みながら、こうつぶやいた。それから、
「しかし、そんなことを他の人に聞かれたらどうするの!? 奈々ちゃん。特に芸能記者とかには……」
心配そうに、奈々にこう話した。ところが彼女は、
「……だって最近のミザリィ、何かおかしいの。あたしにはわかるわ。あの人、あたしに激しく嫉妬してるから。大女優だっていうのにね……」
そんなことはお構い無し、といった感じで心咲に伝えた。
「……あのミザリィが、あなたに嫉妬!? あなたをトップアイドルに育て上げた大女優が、まさか……」
心咲は信じられないといった面持ちで、奈々にこう話した。それに対し奈々は、
「アンタがその話信じるかどうかは勝手だけど、あたしはね、今度の生放送が終わったら、あの人にお礼をしたいの。ある男にそう勧められて」
こんなことを口にした。すると、
「……ある男!? ……まさか、その人と交際してるの!? 奈々ちゃん」
心咲は、心配そうにこう問いかけた。その問いかけに奈々が、
「そんなわけないわ。あたしが男女交際できないの、わかるでしょう!? おば……、心咲さん」
少々怒りぎみに答えると、
「あー、先ちゃんのことだね、その人」
いきなりロリエが部屋に入りながら、こんなことを言い出した。
「ロリエ、あの男知ってるの!?」
奈々が驚きながら問いかけると、ロリエから、
「うん。メロンちゃんの上司という、リュリュちゃんを助けてくれたんだ、先ちゃんは。メロンちゃんとは、胸の話で盛り上がってたよ」
こんな答えが返ってきた。奈々は、
「メロも会ってたの?? ……って、“先ちゃん”って誰なの!?」
もう一度ロリエに問いかけると、彼女は、
「ええと、先ちゃんのフルネームは……、あれ? なんだったっけ……。あーそうそう、危険を察知する“センサー”がすごい人なんだ、先ちゃんって」
と答えた。“センサー”という言葉に奈々は、
「そうね。確かにあの男、センサーがどうこうって言ってたわね」
ピンと来たかのように、こう言った。ロリエがさらに、
「そうそう、メロンちゃんは先ちゃんのことを“短パンボーイ”って言ってたよ」
と言うと、奈々も、
「“短パンボーイ”? ああ、確かあの男短パン姿で、南国風のシャツ着てたわね」
と話した。それから、
「今度メロに先ちゃんのこと、聞いてみるわ。サンキュー、ロリエ」
ロリエにお礼した。すると彼女は、
「奈々ちゃん、絶対に人気の魔法師アイドルになってね。わたしはなれると信じてるから」
奈々の両手を握りながら、こう言った。それから、ポケットから何かを取り出して、
「このハチマキ、奈々ちゃんにあげる。着けてみて」
そう言いながら、ハチマキを奈々の手に置いた。
「……これ頭に巻くの!?」
奈々はハチマキを見ながら、いぶかしげにロリエに問いかけた。その問いかけに、
「うん、そうだよ。奈々ちゃんならきっと似合うと思うよ」
彼女は笑顔でこう答えた。
「……本当に!? 何かダサくない?」
奈々は、そうつぶやきながら、ロリエが言った通りにハチマキを頭に巻いた。すると、
「……何これ!? あたしに魔法の力が入ってくるわ。あたし魔法使ったことないのに……」
驚きの表情を浮かべながら、こんなことを口にした。それからハチマキを外して、
「こんなアイテム、あたしにくれて大丈夫なの!? ロリエ。貴重なものでしょう、これ」
そう言いながら、ハチマキをロリエに返そうとした。ところが彼女は、
「ううん、それ普通に売ってる“ナディアハチマキ”だよ。わたし何本も持ってるから、一本奈々ちゃんにあげる♪ それね、わたしと奈々ちゃんの“友達の証”だから、今度の生放送に、お守りがわりに持っていって」
笑顔でこう言いながら、ハチマキを奈々の制服のポケットに入れた。彼女は、
「……わかったわ、ロリエ。アンタの言う通り、明日ドレスの中にハチマキ入れておくわ」
と言ったあと、
「もう時間ね。それじゃ、頼んだレッグウェアとアンタのハチマキ、もらっておくわ」
そう言いながら、テーブルに置いていた、ストッキングが入っている箱を手にした。そして、
「明日の生放送、楽しみにしててね。それとロリエ、アンタの連絡先教えて。あたし、アンタといい友達になりたいから」
こんなことを話した。ロリエは、
「奈々ちゃん、ロップとか持ってる?」
と聞くと、奈々は、
「ええ、持ってるわ。ハイフォンは持たせてもらえないから、あたしのロップにアドレスを入れて。念のためにアンタのアドレスと番号を書いた紙を持ってきて」
こう答えた。ロリエは、
「ちょっと待ってて、奈々ちゃん。すぐ取りにいくから」
そう言いながら、一旦居間を出た。ロリエが出たのを見計らったかのように、
「……ハイフォンを持たせてもらえないって、事務所のルールがあるの?」
心咲は奈々にこう問いかけた。すると彼女は、
「……そうなの。事務所が『あたしがよからぬことにならないように、トラブルを起こさないために』って。さすがに連絡がつかないと困るから、ってんで、ロップは許されたわ。だけど、本当に電話とメールしかできないの、今持ってるあたしのロップ。しかもマネージャーがチェックするし。本当にふざけてるわ。あたしをなんだと思ってるの。あたしだって普通に友達と話がしたいのに、友達からのメールまで削除されたことも何度かあったわ。ここだけの話、あたしハイフォンを持ってるわ。メロが『事務所のやり方はあんまりよ』っていって、あたしに買ってくれたの。ハイフォンの名義は、今はメロになってるから、後でお金はちゃんとメロに払ってるけどね」
事務所に対する怒りとも言える思いを吐き出すように、こんなことを話した。
「……そうだったの……。それは私もよくないと思うわ。あなたは人気アイドルといったって、ひとりの女の子よ。私は芸能界のことはあまりわからないけど、それは見直した方がいいと思うわ」
心咲はこう言ったあと、
「マネージャーと一緒に来てるんでしょう? “魔法師アイドル”の件とともに話しておくわ。今すぐに」
マネージャーに話を切り出すことを奈々に伝えた。彼女は、
「サンキュー、心咲さん♪ 今からマネージャーに伝えるわ」
そう言いながらロリエの家を後にしようとしたところで、
「奈々ちゃん、ちょっと待って」
心咲は奈々を引き留めるように、彼女の前に立った。
「どうして? あたしがそのまま帰ると思ったの!?」
奈々はムッとした表情で心咲にこう問いかけたが、彼女は、
「そうではないわ。その前に陽菜たちにあなたのことを伝えてあげないと。それにロリエも戻ってきてないし」
首を横に振りながら答えた。その時、
「すみません、私は奈々のマネージャーです。彼女はまだそちらにいますか?」
という声が入ってきた。
「わかりました」
心咲が玄関に向かいながら、こう言った。それから玄関を開けると、
「奈々は今何をしてますか? もうすぐホテルに戻る時間ですから、彼女に伝えてください」
男性マネージャーがこう言いながら、名刺を出した。心咲は名刺を受け取ったあと、
「ちょうどよかったわ。彼女の今後についてお話をしたいところだったの。彼女だけではなく、ナディアや魔法史、世界にとっても、ね……」
こんなことを言い出した。彼女を見たマネージャーは、
「……もしや、あなたは……、世界でも屈指の“魔法師アスリート”の……」
驚きの表情を浮かべながら、こう言った。心咲は、
「ええ、そうよ。今日はここの家の娘さんの“特別立会”で来てるわ」
そう言いながら、名刺をマネージャーに渡した。それから、
「単刀直入に話すと彼女、奈々ちゃんは『魔法師アイドルを目指すって決めた』の。私には、彼女が歴史に残る魔法師になる素質を持ってると感じたわ。だから私は、彼女のサポートをすることに決めたの。もしよければ、このことを事務所の方に伝えてあげて。後で協会から証明書を送るわ。それと彼女は『もし事務所から反対されても、決意は変わらない』と言ってるけど。それともうひとつあるわ。あなたたち、奈々ちゃんのロップの履歴をチェックしてるみたいね。本人から話を聞いたわ」
このような話をマネージャーに伝えた。その話に彼は、
「魔法師の件は、近いうちに事務所に本人と一緒に伝えておきます。あなたのような協会の大物が直々にサポートしてくれることも一緒に」
と話した上で、
「申し訳ないですけど、ロップのことはこちらでは決められません。ただ、たまたま事務所の誰かが、奈々が忘れたロップの着信履歴をチェックしたために、彼女が事件に巻き込まれずにすんだといったことが二度ありまして、それがあってから、今のようになったわけです。奈々は、たまに大切なものを忘れてしまうことがありまして……」
ロップについては、現状につながったいきさつを心咲に伝えた。その時、奈々がロリエと一緒に玄関から出てきて、マネージャーを見ながら、
「ホテルに戻るわよ、あたし」
こう言った。そんな彼女に心咲は、
「……奈々ちゃん、あなたもう少し忘れ物とか、付き合う相手に気をつけた方がいいわ。あなたにも原因があるみたいよ。ハイフォンを持たせてもらえないのは」
こんなことを伝えた。
「……それは……」
奈々は顔をそむけながらつぶやいたあと、
「ちょっとマネージャー、余計なこと言わないで」
マネージャーに突っ掛けるように言った。すると彼は、
「奈々、この人の言う通りだ。私も何度か事務所に言ったけど、認めてもらえなかった。もう少し辛坊してほしい。これも君のためなんだ」
奈々の肩をポンと叩きながら、こう言った。彼女は、
「……わかったわよ。あたしが気をつければ、自分のハイフォン持てるようになるわよね、マネージャー」
顔をうつむけながら、こうつぶやいた。
「……その通りだよ、奈々。君の悪いくせがおさまれば、事務所も認めてくれるよ」
マネージャーがこう話すと、奈々は、
「あたし、これから忘れ物しないように努力するわ、マネージャー。友達からも言われてるし」
表情を引き締めて、強い口調で言った。それから、
「そろそろ帰るわ、マネージャー」
マネージャーにこう伝えた。その時、ふと何かを思い出したかのように、
「せっかくだから、帰る前にロリエの姉さんたちにあたしのサイン、送ってあげたいの。二人へのお祝いと、あたしの感謝の気持ちとして」
こんなことを言い出した。するとロリエが、
「これ、わたしの姉さんたちに書いてあげて」
奈々に色紙と黒いマーカーを手渡した。
「わかったわ、ロリエ。すぐに書いてあげる」
彼女はそう言いながら、渡された色紙にサインをした。そして、
「出来たわ。これはアンタと、アンタの姉さんたち、それぞれに書いたサインよ」
と言って、ロリエに渡した。
「ありがとう、奈々ちゃん♪」
彼女は笑顔で奈々にお礼を言った。それから、自分に書いた色紙を見てみた。
――永遠の友情をつむぐものへ……
あたしとロリエ、ずっといい友達でいよう。アーナスがいなくても、あたしたちはきっとうまくいくわ――
この文章の下に、でかでかと、「坂巻奈々」のサインがのっていた。その上に、“みんなの魔法師アイドル”という言葉を添えて……
この色紙を見たロリエは、
「ありがとう、奈々ちゃん♪」
と言いながら、いきなり奈々に抱きついた。彼女は、
「ちょっとアンタ、いきなり何すんの!?」
戸惑いながら、ロリエから離れた。すると彼女は、
「奈々ちゃんって、優しい人なんだ。わたしにはわかるよ」
こんなことを言い出した。その言葉を耳にした心咲は、
「……陽菜も言ってたわ。『奈々ちゃんは根は優しい』って。親子って似るものね……」
感心しながら、こうつぶやいた。奈々も、
「……アンタの母親と同じね。アンタもあたしのことを優しいって……。芸能界の人たちってそんなこと、あたしには言ってくれなかったの。本当にアンタ、いい友達よ。アンタのこと、気に入ったわ」
と言いながら、今度は彼女がロリエに抱きついた。そしてその目には涙が浮かんでいた。
「わたしの姉さんたちを祝福してくれてありがとう、奈々ちゃん♪ 必ず姉さんたちも喜んでくれるよ。この色紙を渡してあげると」
ロリエは、二人の友情を確かめあうように、奈々を再び抱き締めた。その時の二人の表情は、笑顔であふれていた。ちょっとたって、腕時計を目にしたマネージャーが、
「奈々、そろそろホテルに戻ろう」
奈々にこう告げた。彼女も、
「わかったわ、マネージャー。ここまであたしに付き合ってくれてありがとう」
そう言いながら、ロリエから離れた。そして、
「明日の生放送、絶対に見てね。約束よ、ロリエ」
その言葉を言い残して、マネージャーと一緒にロリエの家を後にした。彼女たちが乗る車が出ていった直後、陽菜たちが玄関から出てきた。
「あらら、行っちゃったのね、奈々ちゃん。サインをもらおうと思ってたのに」
陽菜ががっかりした表情でこう言うと、ロリエが、
「母さん、これ奈々ちゃんが、姉さんたちに書いてくれた色紙だよ」
と言いながら、彼女自身あての色紙とは別の方を陽菜に手渡した。その色紙には、表に「ずっと幸せに」というメッセージと坂巻奈々のサイン、そして裏面に、
――アーナスの祝福を受けた二人へ
本当におめでとう、ソフィ、トスカーナ。アンタたちの未来が幸せになることを祈って、ささやかだけど、あたしからの気持ちをこめたプレゼントを送るわ。それとソフィ、アンタっていい人なのね。なんか厳しいけどね……。だから、アーナスもほほえんでくれたと思うわ――
こんな文章が添えられていた。その文章を目にしたソフィは、
「本当に母さんの言った通りね。奈々って、こんな優しい一面があったのね」
目に涙を浮かべながら、こう言った。トスカーナも、
「さっちゃんって、“結構かわいいんだけど、なんかトゲがある”という感じのアイドルかと思ったが……。テレビとは違うところをみられてよかったね。オレもずっと応援したいね、さっちゃんのこと」
こんなことを口にした。そんなさなか、何かに気づいた心咲が、
「……奈々ちゃん、言ってたそばからもう忘れてるわ……。大切な指輪なのに」
と言いながら、自分のハイフォンで奈々が忘れた指輪を撮影した。すると一台の車が戻ってきた。そして、
「しまった! ミザリィに渡す指輪、忘れてたわ!」
奈々があわてて車から降りて、
「……あたしの指輪、持ってたわよね!?」
心咲にこう問いかけた。彼女は、
「……あなたの忘れ物癖って、本当に筋金入りね……」
ため息をつきながら、奈々に指輪を手渡した。ソフィは、奈々のもとにかけより、
「奈々、私たちにお祝いのサイン、ありがとう」
笑みを浮かべながらお礼を言った。それから、
「サインのお礼と言ってはなんだけど、あなたの家庭教師を担当してあげたいの。勉強だけじゃなく、色々な面で。もちろん、特別サービスよ」
こんなことを伝えた。
「あたしに? あたし勉強はそれほど好きじゃないわよ。歌のこと以外は」
奈々は少々不満げに言ったが、心咲は、
「奈々ちゃん、せっかくだからソフィの聞いてあげて。彼女の仕事ぶりは保証するわ」
ソフィの後押しをするように、こう話した。奈々は、
「わかったわ。後でマネージャーと話して伝えるから、連絡先教えて」
ソフィに連絡先を伝えるように頼んだ。するとロリエが、
「姉さん、わたしから教えてもいいよね? 奈々ちゃん、とてもいい友達だから」
こんなことを言い出した。ソフィが、
「……いいわよ、ロリエ」
と答えると、ロリエは、
「ありがとう、姉さん」
と言ったあと、ハイフォンを取り出して、いじくりながら、
「奈々ちゃん、これが姉さんのハイフォンの番号だよ。かけてみて。後でアドレスも教えるから」
ソフィのハイフォンの番号がのった画面を奈々に見せた。彼女は、早速ロップでその番号に電話をかけた。すぐに着信音が鳴り、ソフィがポケットからハイフォンを取り出し、
「奈々、ちゃんとつながってるわ。ソフィの名前で登録して」
奈々にこう伝えた。彼女は、
「わかったわ、ソフィ。後で必ずあたしに話してね。あたしも都合がいい日にちを知らせるから」
そう言いながら番号を登録して、ついでにメモを取った。それから、
「ソフィ、トスカーナ、これからずっと幸せになってね。それとあたしね、いつか二人をモデルにした歌を歌いたいの。その時が来たら、アンタたちに使っていいか知らせるけど、いい?」
こんな話をしてきた。
「オレは構わないよ。むしろさっちゃんが歌ってくれるのなら大歓迎だぜ」
トスカーナがうなずきながらこう言うと、
「そうね、私も聞いてみたいわ」
ソフィも同じように答えた。
「決まりね。今度事務所に伝えるわ。『“アーナス・ムーン現象”で結ばれた二人のことを歌いたい』って」
奈々は二人にこう伝えると、
「待たせてごめんね、マネージャー。これで帰るわ」
マネージャーに帰ることを告げて車に乗ろうとしたら、ソフィが、
「奈々、忘れ物は大丈夫? また取りにくることがないように確認して」
心配そうに奈々に言った。彼女は、
「今度は大丈夫よ。あたしをなんだと思ってるの!?」
少しムッとした表情をしながらも、制服のポケットなどを確認していた。そして、
「今度こそ帰るわ、マネージャー。それと今日はありがとう、ソフィ。本当に貴重な一日を過ごせたわ」
ソフィたちに頭を下げながら、お礼を言った。それから奈々とマネージャーは、再び車に乗り、家を後にした。ちなみに、ロリエが奈々に渡した“友情の証のハチマキ”が、後に“大いなる奇跡”を起こすことになるとは、誰も知るよしがなかった。
「本当に騒がしかったわね、奈々って。だけど、テレビじゃ決してわからなかった、優しい一面を知ることが出来てよかったわ。実際に会ってみないと、“本当の姿”ってわからないものね」
ソフィは、去り行く車を見ながら、こんなことをもらした。
「その通りだな、ソフィ」
ソフィの言葉にジュードも納得の表情を浮かべながら、こう言った。その時、
「改めてお久しぶりね、ジュードさん」
心咲は、ジュードを見ながらこう言ったあと、
「……そういえばあの時、私はあなたが好きで、今ロリエがはいているパンストがどうしても欲しくて、あなたに買いにいってもらったことがあったわね」
いきなりこんなことを言い出した。それから、
「だけどどこも売り切れで、結局私は手に入れられなかったわ、『サンシャイン・ローズ』。そういえば陽菜、あなたもジュードに協力してくれたわよね?」
陽菜にも話をふった。すると彼女は、
「ええ、そうね、心咲先輩。しかし初めて出会った時のジュードには驚いたわ。『私のはいてるパンストをください』って。本当にあきれるくらい大胆なことを言ってたの、一生忘れられないわ」
こんなことを話した。その話を聞いたジュードは、
「……その話は、ちょっと……」
困惑しながら、こうつぶやいた。さらに心咲は、
「私はその時に、お目当てのパンスト、『サンシャイン・ローズ』が手に入れられなかったこともあって、しばらく後にジュード、あなたと別れることになったの。私のわがままもあって……。だけど二人の熱愛ぶりや、あなたの二人の娘さんを見て、今は別れてよかったと思ってるわ。私の夫も、マネージャーとして私を支えてくれる頼もしい存在で、あなたと別れてから、心身共にボロボロになりかけた私を助けてくれた人なの。今思うとジュード、あなたと陽菜がふさわしいパートナーであると同時に、私と夫がふさわしいパートナーになっている、その時から、私はすでに“アーナスが導いてくれた”と考えてるわ。だから、ソフィとトスカーナが、アーナスによって結ばれたと思うの」
こんなことをジュードに伝えた。彼は、
「……小野田理事、まずはソフィに代わって、あなたに感謝します。長女に対する“アーナス・ムーン現象”を認定してくださって、本当に光栄です」
こう言ったあと、
「私たちを結んでくれたのは理事、あなたであって、アーナスではないと思っております」
心咲にこう伝えた。彼女は、
「心咲でいいわ、ジュード。“特別立会”はもう終わってるし」
と言ったあと、
「あなたには、私よりも陽菜がふさわしいと思っただけよ。あの時はわがまま言って別れてしまったけど、実はもう感じてたわ、二人が結ばれるべきだってこと」
笑みを浮かべながら、こんなことを口にした。
「……心咲先輩、あなたが親友で本当によかったわ」
陽菜が心咲にこう告げると、それに応えるように、
「それはお互い様ね、陽菜」
心咲もこう言った。それから、
「そろそろ私も帰るわ。最後にソフィ、トスカーナ、『“アーナスに導かれし幸せ”がいつまでも二人を包み込むことを』。これは、認定した魔法師が帰る際に二人にかける、いわゆる“おまじない”よ。だから、いつまでも幸せでいてね。二人の門出を楽しみにしてるわ」
こんな話をしながら、家を後にした。心咲を見送ったあと、陽菜が、
「……終わったみたいね、“特別立会”。それでトスカーナ、あなたこれからどうするの? あなたの両親はどのように伝えてるのかしら?」
トスカーナにこう問いかけた。彼が、
「今日は外泊を許可してもらいました。ソフィと一夜を共にします」
と答えると、ソフィは、
「ありがとう、トスカーナ。二人でこれからのことを話しましょう」
彼の手を握りしめながらこう言った。さらに、
「それとトスカーナ、話のあとに“命の授業”の実践をしましょう」
こんなことを付け加えた。
「……ソフィ、やけに積極的だな……」
ジュードがこうつぶやくと、ソフィは、
「私たちはすでに『子供をもうける』と約束したんです。そのために二人でお金を貯めて、来るべき時のために備えてます。高校でも子供を持つ生徒のサポートをしてくれるから、私はここで決断します」
こんな話を伝えた。驚きの表情を浮かべるジュードに対し陽菜は、
「ソフィ、改めて問うわ。その結論、本当に考えて出したの!?」
真剣な面持ちでソフィに問いかけた。彼女はお腹をさすりながら、
「ええ、母さん。彼と何度も話しました。彼も自分の両親と話をしてます」
こう答えたあと、
「トスカーナ、あなたの両親は何と言ってるの?」
トスカーナにたずねた。彼は、
「ソフィ、オレの両親は『二人とアーナスが決めたことだ。基本的に反対はしない。だが、“子供を持つ”ということの意味を十分考えて、行動に移すべきだ』と言ってた。もちろん、お前との“命の授業の実践”は行うよ。ただ正直言って、今すぐお前を妊娠させていいかどうか迷ってる。部屋でその事や今後の生活などについて話がしたい。今すぐではなく、お互い高校を卒業してから子供を持つことも含めてね」
こう答えた。陽菜はそんな二人に対し、
「そうね、あなたの言った通りよ、トスカーナ。お互い納得がいくまで話しなさい。そこは私たちが口をはさむところではないから。ただこれは、二人だけの問題じゃないことは肝に命じて」
このようなことを伝えた。ソフィは、
「わかったわ、母さん。でも、早い段階で彼との子供を持つことは、もう二人で決めたことなの」
と言ったあと、
「もし二人で話し合った結果、母さんと一緒に“子育て”をすることになっても大丈夫? 母さんに負担がかかるかもしれないけど」
陽菜にこう問いかけた。彼女はお腹をさすりながら、
「……そうね、ソフィにとって初めての子供だもの。色々あっても不思議じゃないわね。だけど、そこはお互い様よ。私も3人目を産むことを決断したから。お互いが学びあって子育てを行えばいいと考えてるわ、私自身は。だからこその“命の授業”なの。今日の授業は、あなたたちのためだけじゃなく、私たちのためでもあるの」
こんなことを言い出した。
「……どういうことですか……?」
トスカーナが不思議そうにたずねると、陽菜は、
「私もソフィとロリエを産んでから、もう15年たつの。だから、最初に子育てを始める時の気持ちで行かないとダメだと考えてるわ。もちろん、二人を育てた経験は活かせるけどね」
こう答えた。その時一台の車が家の近くに止まり、二人の女性が車から降りてきた。そして、
「陽菜先輩、ウインリィです。ルリカを連れてきました」
ウインリィがこう言った。ルリカは、暗い感じの面持ちで立っていた。
「ルリカ、今日はわたしと一緒に過ごそう。カバン持ってあげるから」
ロリエがそう言いながらルリカのもとに駆け寄ると、
「ルリカ、わたしがしっかり守るよ。それと、ルリカの姉ちゃんは必ず戻ってくるから」
こう声をかけた。ところがルリカは、
「……いいわね、ロリエちゃんの姉さん。これからの未来について色々話せるんだもの。私もう祥子お姉ちゃんと、子供の話もできないのに……」
顔を伏せながら、力なくこうつぶやいた。そんな彼女に、
「……ルリカ……」
ロリエも表情を曇らせたが、すぐにハチマキを巻いて、
「だからこそ、わたしがルリカを守るんだよ。“ルリカの姉ちゃんからも頼まれた”んだ、わたし」
力強い声でルリカに伝えた。
「……お姉ちゃんが、ロリエ、に……!?」
彼女が言葉をつまらせると、ロリエは、
「うん。実は図書館で、ルリカの姉ちゃんの『せめてルリカは守ってあげて、ロリエ。彼女を狙ってる“何か”がいるわ』という声が聞こえたんだ。ここまでそのことを言わなかったけど、ルリカの姉ちゃん、最後までルリカのことを思ってたよ」
こんなことを口にした。するとルリカはいきなり、
「ロリエちゃん……、うわあああん……」
ロリエに抱きつきながら、割れんばかりの大声で泣き叫んだ。
「わたしが必ず守るよ、ルリカ。わたしの大の親友だし」
ロリエは、そんなルリカを抱き締め、こう声をかけた。他の人たちは二人の様子をただ見守るだけであった。しばらくたってルリカは、
「ロリエちゃん……、お願い……。私の側にいて……」
ロリエにこう告げたが、言葉が弱々しい感じであった。
「……こんなルリカちゃん、初めて見たわ……」
ウインリィも、顔をしかめながらこうつぶやいた。それから、
「改めて陽菜先輩、明日の10時50分頃に迎えに来るから、それまでルリカを泊めてあげて」
陽菜にこう伝えた。彼女は、
「わかったわ、ウインリィちゃん」
とうなずいたあと、ロリエたちのもとに歩み、
「ロリエ、ルリカちゃんのこと頼むわ」
そう言いながら、ロリエの肩を軽くポンと叩いた。
「うん、母さん」
彼女はそううなずいたあと、
「ルリカ、わたしの部屋に行こう」
ルリカの腕を握りしめて、家の中に入ろうとした。彼女も、
「ロリエちゃん、お願いね」
そう言いながら、ロリエと一緒に家に入った。
「それじゃ、私は戻るわね。ルリカに何かあったら連絡して、先輩」
ウインリィはそう言い残して車に乗り、家を後にした。
「……母さん、ロリエの親友のために何か出来ることがあれば、私も協力するわ」
ソフィは陽菜にこう伝えたが、彼女は、
「ソフィ、ここはロリエに任せましょう」
ロリエに任せることを告げたあと、
「後でルリカに渡したいものがあるから、その時私に伝えて、ソフィ。あなたはトスカーナと一緒に、大切な話をして」
ソフィにこう頼んだ。
「わかったわ、母さん」
ソフィはこう言ったあと、
「トスカーナ、私の部屋で話をしましょう」
トスカーナに部屋へ来るように伝えた。彼も、
「そうだな、ソフィ」
と言いながら、ソフィの手を握った。そのまま二人も家に入った。
「ところで陽菜、ロリエの親友の女の子に渡したいものって何かね?」
ジュードがこう問いかけると、陽菜は、
「それはね、“寝る時にはくパンスト”よ。もともと心咲先輩のために作ったものだけど、『ソフィたちに渡してあげた方がいい』って受け取らなかったものなの。珍しくね。後で先輩には別のパンストをつくってあげたわ」
と答えた。それから、腕時計に目をやり、
「もうすぐ注文した料理が来るわね。私たちも中に入りましょう」
こう言った。ジュードも、
「そうだな、陽菜」
と答えたあと、二人一緒に家に入った。
先に家に入ったロリエとルリカは、そのままロリエの部屋に向かった。ロリエは荷物を置いたあと、
「……ルリカ、今日はわたしが一晩中起きてでも守るよ」
ルリカにこう告げた。しかし彼女は、何も話そうとはしなかった。そんな時、ロリエのハイフォンの着信音が鳴った。すぐさまロリエがハイフォンを確認すると、
――ロリエちゃん、わたくしのもとに、リュリュ様が直々に『11時40分までに病院に来てほしい』って連絡をよこしてくださったの。早速エミルにこのことを伝えると、快く応じてくれたわ。わたくしは、ウインリィ先生の連絡先はご存知ないから、このことをあなたからウインリィ先生に伝えて。もちろん、あなたの親友というルリカを助けることも忘れてはおりませんわ。だってわたくしの大切な友人のためですもの。ロリエも、ルリカも。だからこのまま放ってはおけませんわ――
セシリアからのメールが届いていた。
「リュリュちゃん、自分からセシリアちゃんに病気のこと、伝えてるんだ」
ロリエはそうつぶやきながら、すぐにウインリィにこのメールの内容を伝えた。
「どうしたの、ロリエちゃん」
ルリカがこうたずねると、ロリエは、
「セシリアちゃんからのメールが入って、リュリュちゃんがセシリアちゃんに、『11時40分までに病院に来てほしい』と連絡してたんだって。それとセシリアちゃんも、ルリカのこと気にかけてるみたいだよ。“大切な友人”だと言って。で今このことをウインリィちゃんに連絡したんだ」
と言いながら、ハチマキを外してベッドに座り込んだ。ルリカは、
「セシリアさんが、私のことを“大切な友人”って……」
涙ぐみながらこうつぶやいた。
「うん。ルリカを助けようとしてる人たちって、何人もいるよ」
ロリエがこう言うと、ルリカは、
「ロリエちゃん……、ありがとう……」
そう言いながら、ベッドの上に座っているロリエに抱きついた。
「……ルリカ、きっと“ヒストリカちゃんが見てる”よ。必ずルリカを助けてくれるから」
ロリエはこんなことをルリカに伝えながら、彼女を抱き締めた。そんな時、ドアをノックする音が鳴った。
「ロリエ、入ってもいい?」
「いいよ、母さん」
陽菜が何かを持って入ってきた。それから、
「ルリカ、あなたに渡したいものがあるの」
と言いながら、ルリカのもとに寄った。彼女は、陽菜が手にしているものを見て、
「あの……、それは何でしょうか……?」
こう問いかけた。すると陽菜は、ルリカの目の前で手にしていたものを見せて、
「これはね、私の特製品の、“就寝用のパンスト”よ。本当は心咲先輩のために作ったものだけど、珍しく受け取らなかったの。だけど性能は折り紙つきよ。ロリエも、私の作った就寝用パンストを愛用してるから」
こんなことを口にした。ロリエも、
「ルリカ、一度寝る時にはいてみて。わたしも寝る時にストッキングはいてから、さらにぐっすり眠れるようになったよ」
このように伝えた。ルリカは、
「……ロリエちゃんって、寝る時までストッキングはいてたの……!? 私も寒い夜に靴下をはくことはあるけど」
驚きの表情を浮かべながら、こう言った。それから、陽菜からストッキングを受け取り、
「これ、今日はいてみます。ありがとうございます」
とお礼を言った。陽菜は、
「もうすぐ料理が来るから、一緒に食べましょう、ルリカ」
こう言いながら、部屋を出た。
「……本当にストッキングが気に入ってるんだね、ロリエちゃん」
ルリカがこうつぶやくと、ロリエも、
「うん。だけど、これでも母さんほどじゃないよ。母さん、もうわたしが小学生の時から、毎日ストッキングを欠かさずはいてるよ」
こんなことを口にした。その話を耳にしたルリカは、
「ロリエちゃん、あなたの母さんとそっくりだね。よく似た親子だよ」
笑みを浮かべながら、こう言った。ロリエが、
「うん。母さんとはストッキングの話、結構やるんだ。母さん、『もっと女性のためのストッキングを作りたい』っていつも言ってるし。毎日はくのも、そのことがあるんじゃないかな……」
などと言っていると、
「それってよほどストッキングが好きなだけじゃないの? いつもはくから」
ルリカから突っ込みが来た。しかし、
「うん。わたしも母さんもストッキング気に入ってるし」
ロリエはあっさりとかわした。その時、
「料理が来たわよ」
と言いながら、陽菜が入ってきた。
「行こう、ルリカ」
ロリエは、ルリカの手を握りしめて、一緒に部屋を出た。すぐに陽菜もドアを閉じて1階に降りた。
リビングに集まったロリエたちは、陽菜が注文した料理を食べながら、色々な話をしていた。ただ、祥子の件に関しては、ルリカのこともあって、話題には上がらなかった。料理を食べ終えたロリエは、
「ルリカ、一緒に風呂に入らない? 家の風呂、結構広いよ」
ルリカにこう持ちかけた。彼女は、
「うん。今日ロリエちゃんとずっと一緒にいたいから」
何度もうなずきながら、こう言った。それを聞いたロリエは、
「母さん、風呂はわいてる?」
陽菜にこう問いかけた。
「ええ、わいてるわよ。二人で入ってきて」
という陽菜の返事を耳にしたロリエは、
「さっさと風呂に入ろう、ルリカ」
と言いながら、ルリカと一緒に自分の部屋に向かった。そして着替えを持って、そのまま洗面所に行った。洗面所で服を脱いでいる最中、ルリカが、
「ロリエちゃん、胸は大きくないんだね」
こんなことを言い出した。
「もう、ルリカったら……」
ロリエは苦笑いしつつも、ほっとした感じでルリカを見つめていた。それから、
「ルリカ、先に入ってて。すぐにメイク落とすから」
と言いながら洗面台に立った。ルリカは、
「わかったわ、ロリエちゃん。すぐに来て」
そう答えると、脱いだ服を袋に入れて、風呂場のスライドドアを開けて、中に入った。ロリエは、
「わたしがルリカを守らなきゃ」
と言いながら、急いでメイクを落としたあと、
「よしっ、あとはストッキングを脱いでから、っと」
ストッキングを脱いで、専用のかごに入れて、
「お待たせ、ルリカ」
そう言いながら風呂場に入った。
「……ルリカ、苦しかったんだよね。姉ちゃんを失って……」
湯船につかりながら、ロリエは冴えない表情でこうつぶやいたあと、
「ルリカは必ず守るよ。きっと“奇跡”は起きるから。“アーナスがついてる”から」
こんなことを口にした。
「……本当!? その言葉、信じていいの……」
ルリカがこう言うと、ロリエは、
「あとで見せたいものがあるんだ。ルリカの姉ちゃんが“遺したもの”」
と言ったあと、湯船から出て体を洗いはじめた。入れ替わりに体を洗い終えたとおぼしきルリカが湯船に入ったあと、彼女はそのままお湯をじっと見つめていた。ロリエは体を洗い終えて湯船に入ろうとした時、そんなルリカの様子を目にして、
「ルリカ、どうしたの?」
首をかしげながら問いかけたが、ルリカは、
「……祥子お姉ちゃん、私、これからどうすればいいの……」
こうつぶやいたきり、何も話さなかった。ロリエも話すに話せないまま、しばらく時間がたった。そんな時、
「そろそろソフィたちが入るって言ってるわよ」
陽菜の声がした。ロリエは、
「わかった。すぐ出るよ、母さん」
と言いながら、風呂場を出た。ルリカも一緒に出て、二人はすぐに着替えをすませた。それからロリエが、
「お待たせ」
と言いながら洗面所を出た。すぐにルリカも、袋を手にしながら出ていった。二人の様子を目にした陽菜は、
「あら、二人とも似合ってるわね。就寝用のパンストが」
こんなことを口にした。ロリエも、
「似合ってるよ、ルリカ」
ルリカにこう声をかけた。彼女は、
「……何だか、いつもと違うような感じがします。これならぐっすり眠れそうです」
穏やかな表情で言った。そして、
「ありがとうございます。ロリエちゃんのお母さん」
陽菜にお礼をのべた。彼女は、
「よかったわ、あなたに気に入ってもらえて」
こう言ったあと、
「もし何か魔法グッズが欲しかったら、一声私にかけて、ルリカちゃん。私に作れるものなら特別に作ってあげるわ。グッズのお代はいらないわよ。それと、これからは陽菜おばさんと呼んでいいわ、ルリカちゃん」
ルリカにこんなことを伝えた。ロリエも、
「よかったね、ルリカ」
と言った。ただルリカは、
「……本当にいいの!? 陽菜おばさん」
戸惑い気味に問いかけた。すると陽菜は、
「ええ、ロリエの大切な親友だもの。それにあなたが苦しんでるのを、黙って見てられないわ」
笑みを浮かべながら、こう答えた。
「ありがとうございます」
ルリカは改めて陽菜にお礼を言った。そんなルリカに対して陽菜は、
「それじゃ早速だけど、今あなたがはいてるパンストあげるわ。必ずあなたの助けになるから」
ルリカにストッキングをあげることを伝えた。それから、
「ロリエ、部屋でルリカと一緒にいてあげて。私も様子を見るから」
ロリエにはこのように話した。
「うん、わかった」
と言ったあと、
「部屋に行こう、ルリカ」
ルリカにこう呼びかけた。それから二人はロリエの部屋に向かった。
部屋に入ってロリエが机の引き出しを開けて、
「これ、ルリカの姉ちゃんが“遺した”ものなんだ」
と言いながら、ルリカにあるものを手渡した。
「これ……、ペンダント!? 祥子お姉ちゃんが……」
ルリカが首をかしげながらペンダントを見ていると、
「うん、そうだよ。実は昼間にラメで出来た“道しるべ”をたどってると、どういうわけか、ないはずのペンダントが現れたんだ。姉ちゃんがはいてた、母さん特製のストッキングに使ったラメと同じみたいなんだ」
ロリエがこんなことを言い出した。するとルリカが、
「このペンダント、裏に何か刻まれてるよ。……ええと、『“SHOKO.S”と“KOLU.Y”』……??」
こうつぶやいた。
「ええ!? そんなのあったの??」
ロリエは驚いた表情を浮かべながら、ルリカのもとによった。改めてペンダントを確認すると、
「本当だね。裏にイニシャルが刻まれてるよ」
うなずきながらつぶやいた。それから、
「ルリカ、これ明日リュリュちゃんに見せよう。何か分かるかもしれないし」
こう提案した。ルリカも、
「うん、そうするよ、ロリエちゃん」
納得するように答えた。その後、二人は色々と話をしたり、ハイフォンでゲームをしながら過ごしていった。しばらくして、
「ロリエ、明日の準備はいいの?」
と言いながら、陽菜が部屋に入ってきた。
「母さん、どうしたの?」
ロリエが問いかけると、陽菜は、
「実はウインリィちゃんから連絡が入って、10時過ぎにうちに来ることになったの。ロリエにも連絡が入ってるはずよ」
と答えた。それから、
「明日これをポケットに入れて」
と言いながら、ロリエにハンカチを手渡した。
「母さん、これは……」
ロリエは、受け取ったハンカチを見ながら聞いた。すると陽菜は、
「これはね、私の“魔法マイスターとしてのデビュー作”なの。これはあまり売れなかったけど、この経験があったから、“パンストを作ればいける”と気づいたの。ちなみにそのハンカチは、デビュー作を“改良”したものなの。私が託した『サンシャイン・ローズ』と同じように、ロリエなら使いこなせると思うわ」
こんなことを言い出した。
「……母さん、別に普通のハンカチと変わらないけど……??」
ロリエが不思議そうに問いかけると、陽菜は、
「そう? だけど、使ってみればわかると思うわ」
淡々と答えた。それから、
「ルリカちゃんにもあげるわね、ハンカチ」
ルリカにも、ロリエにあげたのと同じハンカチを渡した。
「ありがとうございます、陽菜おばさん」
ルリカがお礼を言うと、陽菜は、
「お礼なんていいわ、ルリカちゃん。魔法グッズも使ってこそ活きるから」
笑みを浮かべながらこう言った。そして、
「とりあえず、何事もないみたいね。よかったわ」
と言いながら、部屋を後にした。ロリエは早速自分のハイフォンを確認すると、
――ロリエ、急なことだけど、リュリュから10時70分までに病院に来てほしいと連絡があったの。すでにセシリアにも伝えてあるわ。ルリカにも伝えてあげて――
ウインリィからの、こんな内容のメールが入ってあった。
「本当だ。母さんの言った通りだ」
ロリエはこうつぶやいたあと、
「ルリカ、ウインリィちゃんが早く迎えに来るって。10時過ぎに」
ルリカにこう伝えた。彼女は、
「わかった、ロリエちゃん」
と言ったあと、カバンの中を探った。それから充電器を取り出して、ロリエに、
「ロリエちゃん、私のハイフォン充電してもいい?」
と聞いた。ロリエが、
「いいよ」
と答えたのを聞いて、充電を始めた。それから、
「ねえ、ロリエちゃん、祥子お姉ちゃん生き返ると思う? 正直に答えて」
いきなりこんなことを言い出した。ロリエはしばし考え込んだあと、
「……正直わからないよ。普通はそんなことあり得ないけど……。リュリュちゃんが、何かヒントになるようなことをつかんでればいいけど……」
歯切れのよくない答えになった。
「……そうだよね……。ごめんね、ロリエちゃん」
ルリカはロリエに謝ったあと、
「ちょっと早いけど、そろそろ寝るわ。気持ちの整理がつかないから」
と言った。するとロリエが、ベッドから降りて、
「ルリカ、わたしのベッドで寝ていいよ」
ルリカにこう伝えた。彼女は、
「本当にいいの!? ロリエちゃんの寝るところないでしょう?」
心配そうに問いかけた。そんな心配をよそにロリエは、
「いいよ。わたしはルリカを守るって決めたんだ。絶対にルリカには手出しをさせないから」
笑顔でこう答えた。
「ロリエちゃんらしいね、本当に……」
ルリカはそうつぶやいたあと、
「おやすみなさい、ロリエちゃん。無理はしないで」
と言って、そのまま眠りについた。彼女が寝ているのを見て、ロリエは電気を1段階落として、机に向かった。そしてチェッカーを開いて、書き込みはじめた。しばらくして、
「ルリカの姉ちゃん、アーナスに祝福されるはずだったんだ……」
こんなことをつぶやきながら、書き込んだチェッカーを見つめていた。
「……ということは、“奈々ちゃんが持ってた指輪と同じ”、ってことになるよね……。扱いについては……。明日リュリュちゃんにこの事実を伝えなきゃ」
そう言ったあと、改めてルリカの様子を気にかけるように見ていた。彼女がぐっすり寝ているのを確認したロリエは、
「……よかった、ひとまずルリカに何も起きてないから。それにしても、母さんがルリカにあげたストッキング、本当にすごいよね……」
こうつぶやいたあと、
「そろそろ準備始めよう」
と言いながら、カバンの中に明日持っていく道具を入れはじめた。それが終わると、ハイフォンの充電をしながら、メモに色々な出来事を入力した。しばらくして時計を見たロリエは、部屋の明かりを切る代わりに小型照明をつけて、
「……もうこんな時間だ。わたしも眠くなっちゃったよ……。……いや、ルリカはわたしが守るんだ……」
とつぶやいたが、10分ほどしてそのまま眠ってしまった。
「……ふあぁ……、気持ちよく眠れたよ……。……ルリカは!?」
翌日、ロリエは目を覚ましたあと、すぐルリカが寝ているベッドを見渡した。
「よかった……。ルリカ無事だったよ……」
ルリカがぐっすり眠っているのを目にして、ロリエはひとまずホッとした表情を浮かべた。それから時計を確認すると、
「6時60分過ぎか……。いつもよりちょっと早いね」
こうつぶやいたあと、
「まあいいや。ルリカが無事だったらそれで」
と言った。すぐに机に戻って、準備を始めようとした時、
「……おはよう、ロリエちゃん」
ルリカが起きてきた。
「おはよう、ルリカ」
ロリエがあいさつすると、ルリカは、
「……よく眠れたよ。昨日、ひどいことが起きたのがうそみたいに。それと、祥子お姉ちゃんと抱き合う夢を見たんだ。お姉ちゃんが『あの方、アーナスが奇跡を起こしてくれたの』と言って」
こんなことを言い出した。ロリエは、
「よかったよ、ルリカ無事で」
改めてホッとした表情を浮かべたあと、
「……母さんがあげたストッキング、はいてみてどうだった?」
少し聞きにくそうに問いかけた。するとルリカは、
「……本当に、昨日がうそのように眠れたよ。それに体が軽いよ。陽菜おばさんって、すごい魔法マイスターなんだね」
ロリエの手を握りながらこう答えた。それから、
「私信じるわ、祥子お姉ちゃんが生き返るの。“必ずアーナスがこの世に戻してくれる”のを」
いきなり力強い声でこう宣言した。その態度に、
「ルリカ……」
ロリエの方が戸惑いぎみになっていた。それでも、そんなルリカを見つめたロリエは、
「……きっと帰ってくるよ、ルリカの姉ちゃん。わたしも信じるよ」
ルリカにこう伝えた。
「……ありがとう、ロリエちゃん」
ルリカは、ロリエに抱きついてこう言った。ロリエもルリカを抱いたあと、しばらく二人はそのまま抱き合って、動こうとしなかった。二人の深い友情を確かめ合うように……。さらにしばらくして、時間がたっていることに気づいたロリエが、
「行こう。下に」
ルリカにこう呼びかけた。彼女が、
「ロリエちゃん、先に行ってて。着替えてから行くよ、私は」
と言ったのを聞いたロリエは、
「わたしも着替えるよ。ルリカと一緒に行くから」
自分も着替えると言って、ストッキングを脱ぎはじめた。それを合図に、二人は着替えを行った。着替えが終わるとロリエが改めて、
「ルリカ、下に行こう」
ルリカの手を握りながら、部屋のドアを開けた。
「おはよう、母さん」
「おはようございます、陽菜おばさん」
二人は台所にいる陽菜にあいさつしたあと、ルリカが、
「陽菜おばさん、昨日はありがとうございます。おかげで心が落ち着きました」
陽菜にお礼を言った。彼女は朝食を作りながら、
「お礼なんていいわ、ルリカ。私はただ、あなたをサポートしたかっただけよ」
と話したあと、
「もし実用的なパンストが必要だったら、気軽に頼んでね。例えばそうね、あなたを守る護身用とか」
ルリカにこんなことを伝えた。ロリエも、
「そうそう、母さん毎日はいてるからストッキングのこと、頭から離れないくらいになってるよ。ちなみに朝はだいたいこんな感じで、最低でも毎日3種類は目にするよ」
などと言い出した。
「毎日3種類も、ですか……!?」
ロリエの話に、ルリカはただ驚くばかりであった。そんな彼女に陽菜は、
「そうね、私は家にいる時と寝る時、出掛ける時の3種類は最低はくわね。そうそう、魔法マイスターとして仕事してる時にも、“マイスター専用のパンスト”をはいてるわ。毎日パンストをはくのは、気に入って手放せないのもあるし、“マイスターとしての力”を鍛えるのにも欠かせないことなの。私自身魔法は使えないけど、魔法力を使うのよ、意外とね」
こんなことを語った。その話を聞いていたルリカは、
「……そういえば、祥子お姉ちゃんも言ってたわ。『魔法力は魔法師だけが持つものじゃないの』って。お姉ちゃんからは、『こうちゃんからキャバクラで聞いた』って聞かされたけど」
ということを言い出した。そんな中、
「母さん、おはよう」
ソフィが入ってきて、
「母さん、あとで話があるの。昨日トスカーナと話し合った結論を伝えるために」
陽菜にこう伝えた。彼女が、
「朝ご飯を食べてから聞くわね。あなたたちが出した結論」
と言うと、ソフィは、
「わかったわ、母さん」
と言いながらイスに座った。それからまもなく、ジュードとトスカーナが、話をしながらリビングに入ってきた。ほぼ同時に陽菜が、
「出来たわよ」
と言いながら、テーブルにおかずを運んできた。それから、
「昨日の残りもあるけど、いいかしら?」
周りにこう問いかけたところ、
「別に構わないよ」
「わたしも」
などと返ってきた。その間、陽菜は全員のごはんと味噌汁をついで、次々とテーブルに置いた。全員がイスに座ったところで、陽菜の、
「いただきます」
の声を合図に、6人は一斉に食べはじめた。
しばらくして、全員が朝食を食べたところで、ソフィがお腹をさすりながら、
「母さん、昨日の夜のことなんだけど、私、在学中に子供を産むことにしたの。トスカーナと、彼の両親と話をした上で、そう決断したわ」
こんな話を切り出した。すると陽菜は、
「……わかったわ、ソフィ。あなたならそう考えると思ってたわ」
うなずきながら言ったあと、
「心咲先輩には今日中に伝えておくわ。『ソフィが子供を産むことを決めた』って」
ソフィにこう伝えた。トスカーナも、
「オレも『高校を卒業するまで待ってはどうか』と切り出したんだが、ソフィのやつ、途中から『どうしても在学中に子供を持ちたい』って言い続けてね。オレも自身の、彼女のために、ぜひプロになることを約束したんだ。ソフィの“覚悟”にこたえるためにね。だから昨日、彼女と“誓いの営み”を行ったんだ」
こんなことを話した。それから、
「ソフィ、立派な子供を産んでくれよ。オレもサポートするから、“お前のパートナー”として」
ソフィのお腹をさすりながら、こう言った。
「ありがとう、トスカーナ。二人でこの子を育てましょう」
ソフィはトスカーナに抱きついて、ほおにキスをした。彼もソフィのくちびるにキスをして、
「お前だけに苦労をかけるわけにはいかないぜ。アーナスがオレたちを祝福してくれても、オレたちがダメにしちゃ全く意味が無いからな」
ソフィにこう伝えた。ジュードは、
「これから君たちは、何度も厳しい場面に遭遇することが考えられる。もし自分たちで考えてもわからないことがあれば、私たちや、トスカーナ君の両親に相談してみるといい」
二人にこう話したあと、
「今から言うことは忘れないでほしい。陽菜もそうだったけど、『初めから完璧にこなす人はいない』ということだ。ソフィ、お前を授かってからしばらくは、色々なことがあったな。手探りの状態で子育てをしたことは忘れられないね。だから、子育てとかの問題を二人だけで抱えこまず、出せる限り表に出した方がいい」
こんなことを口にした。
「ありがとう、みんな……」
ソフィはお礼を言ったあと、
「母さん、片付けを手伝うわ」
と言いながら立ち上がったが、陽菜は、
「今日は手伝わなくていいわよ、ソフィ。彼との二人の時間を過ごしなさい」
トスカーナと一緒に過ごすように伝えた。ロリエも、
「わたしが手伝うから、姉さんは部屋に戻って、彼と一緒にいてよ」
そう言いながら、食器を下げはじめた。二人の言葉を聞いたソフィは、
「トスカーナ、行きましょう」
「そうだな、ソフィ。時間まで一緒にいよう」
トスカーナと一緒にリビングを後にした。ジュードも、
「明日の打ち合わせのためにやるべきことがあるから、私も部屋に戻ろう」
そう言いながら、自分の部屋に向かった。
「母さん、ウインリィちゃんって、今日10時過ぎに来るんだったよね?」
ロリエがこう問いかけたところ、陽菜は首をかしげながら、
「そうよ。連絡来てなかったかしら?」
こう答えた。ロリエは、
「連絡は来てるけど、もしかしたらと思って」
と言ったあと、
「ルリカ、10時過ぎに来るって、ウインリィちゃん」
ルリカにこう伝えた。彼女は、
「わかったわ、ロリエちゃん。先に部屋に行ってるよ」
と言いながら、ロリエの部屋に行った。しばらくして片付けを終えたロリエは、
「母さん、今日も出掛けるよ。ウインリィちゃんと一緒に」
と言って、自分の部屋に戻った。
部屋に戻ったロリエとルリカは、早速準備を始めた。制服姿のロリエは、
「今日何はこうかな、ストッキング。新しいものが出てるわけじゃないし」
どんなストッキングをはくかで悩んでいた。しばらくして、
「あ、そうだ。ちょっと前に買った『グラスランド』、これで行こう」
と言いながら、タンスの引き出しを開けた。そしてタンスからストッキングが入った袋を取り出して、ビニールを破り、ストッキングをはいた。それから鏡を見て、
「うん、これでバッチし」
うなずきながら、こう言った。そんなロリエを見たルリカは、
「……なんか、風呂敷とかに使う模様みたいだね。そのストッキング」
こうつぶやいた。
「そうかな? でもこれがしっくりくるんだよね、今日は」
ロリエは、はいているストッキングをさすりながら、ルリカに話した。彼女は、
「……学校に行く時にはくのはちょっとね……。似合ってるけど」
こう言ったあと、
「私、葬式の時に涙は流さないわ。祥子お姉ちゃんは必ず生き返ると信じてるから」
こんなことを口にした。
「わたしもルリカの姉ちゃんが生き返るの、信じてるよ」
ロリエもうなずきながら言ったあと、足元を見ながら、
「……そうだね、さすがに学校で『グラスランド』をはくのはね……。ウインリィちゃんやメロンちゃんがはくと、もっと似合うけどね」
こうつぶやいた。それからしばらくして、着信音が鳴り出した。
「あ、電話がかかってきた」
ロリエがハイフォンを取って相手を確認したあと、
「もしもし、ウインリィちゃん」
と話した。ウインリィは、
「今からそっちに向かうわ、ロリエ。それとすでにセシリアとエミルを乗せてあるわ。あと、ルリカを家に届けて病院に向かうから、準備は出来てる?」
こう伝えた。
「うん、準備出来てるよ。ルリカも立ち直ってるし」
ロリエがこう話すと、ウインリィは、
「とりあえずほっとしたわ。改めてすぐにそちらに向かうから、陽菜先輩に伝えて」
そう言ったあと、電話を切った。
「ルリカ、ウインリィちゃんが迎えにくるって。母さんにも知らせるから、ちょっと待っててね」
ロリエはルリカにこう伝えたあと、一旦部屋を出た。しばらくして、
「ルリカ、早く行こう」
と言いながら、部屋に戻った。そして荷物を持った二人は、一緒に部屋を後にした。
それからしばらくして、ドアホンが鳴り、
「先輩、迎えにきたわよ」
ウインリィが玄関に入ってきた。陽菜が、
「あら、早いのね、ウインリィちゃん」
と言いながら現れると、ウインリィは陽菜に、
「ええ。急なことで、早く向かうことになったの。二人はいる?」
こう言った。陽菜は、
「ロリエ、ルリカちゃん、ウインリィちゃんが来たわよ」
と呼びかけながら、一旦玄関から離れた。すぐに二人と陽菜が玄関に現れ、
「ウインリィちゃん、今日も頼むわね。私はソフィたちと大切な話を行うから」
陽菜はそう言ったあと、再び玄関を離れた。
「ウインリィちゃん、今日早いんだね」
ロリエがこう言うと、
「ええ。早速出るわよ」
ウインリィは二人に呼びかけた。二人は靴を履いて玄関を出たあと、
「それじゃ行ってくるね、母さん」
ロリエがこう言いながら、玄関を閉めた。そして、
「お願いします、先生」
ルリカがこう言ったあと、二人一緒にウインリィが運転するワゴン車に乗った。それからウインリィもレンタカーのワゴン車に乗り込んで、ロリエの家を後にした。
ワゴン車の中でセシリアは、
「……ルリカ、本当に大丈夫なの? わたくし、あなたのことが気がかりで、胸が痛かったですわ」
心配そうにルリカに問いかけたが、彼女は、
「……ありがとう、セシリアさん。だけど、私は祥子お姉ちゃんが生き返ることを、心から信じてるわ」
力強くこう答えた。意外としか思えない答えに、セシリアは驚きつつも、
「強がらなくていいですのよ、ルリカ。わたくしやロリエがお守りしますわ、あなたのこと。ですから、悲しい時は思いきり泣いていいですわ」
こう伝えた。それでもルリカは、
「セシリアさん、私は必ず祥子お姉ちゃんが生き返ると“確信してる”の。だって『アーナスがついてる』から」
首を横に振りながら、こんなことを口にした。
「……“アーナス”ですって!? それはどういった意味ですの!?」
セシリアが表情をこわばらせながら、ルリカに問いかけた。するとロリエが、自分のカバンを探って、
「これ。ペンダントに“SHOKO.S”と“KOLU.Y”と刻まれてるんだ。なんだかしらないけど、ルリカの姉ちゃんが遺した指輪だと思うんだ、わたしには」
と言いながら、セシリアにペンダントを見せた。彼女は、
「……リュリュ様にお見せした方がよろしいですわね、そのペンダント。もしかするとルリカ、あなたの姉に奇跡が起きるかもしれませんわ」
ルリカにこう告げたあと、ロリエにペンダントを返した。それから、
「エミル、少し横になってよろしいかしら? アーナス研究で徹夜をしたから眠くなって……。病院に着くまで、わたくしの枕になってくださる?」
エミルにこう聞いた。彼は、
「……セシリア、お前大丈夫か?」
と言いながら、セシリアと一緒にワゴン車の後ろの座席に移った。そして、彼女のハイヒールを脱がせて横に寝かせたあと、彼女が言った通りに、自分のひざに彼女の頭を乗せた。
「感謝しますわ、エミル。わたくしのためにそばにいてくださって」
そう言いながら、セシリアは目をつむった。二人の様子を見ているロリエは、
「セシリアちゃんとエミルちゃん、本当に仲がいいんだね」
こうつぶやいた。セシリアは、
「そうですわよ、ロリエ。わたくし、いとしのエミルがいるから、アーナス研究に打ち込めますの。お互いの身分なんて関係ありませんのよ、アーナスにとっては」
笑みを浮かべながら、眠りはじめた。そんな彼女を見つめていたエミルは、
「……オレも初めは“なんか付き合いにくい女”かと思ったけど、こいつの“執念”に負けて付き合ってみると、本当に気が合ってるくらい、相性がいいみたいなんだ。『名家のお嬢様だから、もっとそれにふさわしいやつと付き合ったら』と言ったけど、こいつ、『オレがそばにいてくれるだけで心が落ち着くの』って言うんだ」
こんなことを口にした。
「エミルちゃん、よかったね。これからセシリアちゃんを大切にしなきゃね」
ロリエがこう言うと、なぜかエミルは困惑した表情を見せた。
「どうしたのかな? エミルちゃん」
ロリエが首をかしげると、エミルは、
「……オレもそうするけど、こいつに何かあったら、と思うと……、ね」
何かぐちをこぼす感じでつぶやいた。それから、
「だけどな、オレと二人きりになった時に見せる、こいつの笑顔を目にすると、どういうわけか心が引き締まるんだ。親父からも『付き合うのなら、とことんやってこい。互いが納得するまでな』と言われたし、“お嬢様を守るという覚悟”が無いと、こいつとは付き合えないからな」
セシリアの胸をさすりながら、こう答えた。その行動にルリカは思わず、
「ちょっと、何してるの!? 女の子の胸を触るなんて……」
と叫びそうになったところで、セシリアが、
「いいですのよ、ルリカ。エミルとは、お互い心を許しあってるのですから。もちろん、他の男子生徒が、わたくしの許可が無く触るのはご法度ですわ」
こんなことを口にした。
「……それほど仲がいいのね、二人って」
ルリカはこう言ったあと、
「……祥子お姉ちゃんも、生き返ったら、結ばれた人にこんなことをしてもらうのかな……」
とつぶやいた。しばらくしてワゴン車が止まり、
「着いたわよ、ルリカ」
ウインリィはこう言ったあと、
「ちょっと待ってて、すぐに戻ってくるから」
と言いながら、ワゴン車から降りた。ルリカも降りたあと、
「ありがとうございます、ウインリィ先生」
ウインリィにお礼を言った。ロリエは、
「ルリカ、姉ちゃん必ず戻ってくるよ」
と伝えたあと、後ろの二人の様子を見つめていた。するといつの間にか、エミルもうとうとしていた。
「二人とも、本当に仲がいいんだね。セシリアちゃん、安心して寝てるよ。……ん? セシリアちゃんもはいてるんだ。『グラスランド』を。色も同じだし」
ロリエは、セシリアが自分と同じストッキングをはいていることに気づいたが、
「……病院で聞いてみよう。起こすのまずいみたいだし」
と言いながら、例のペンダントをじっと見つめていた。
「……本当にきれいだね、これ。まるで『“女神アーナス”からの贈り物』みたいな感じだよ」
彼女がこうつぶやいたところで、
「ごめんね、すぐ病院に向かうから」
ウインリィがワゴン車に乗り込んで、すぐに発進させた。
「……ルリカちゃん、本当に祥子が生き返ると思ってるのね……。何か心が痛むわね」
ウインリィがこうつぶやくと、ロリエは、
「リュリュちゃんなら、何かわかるかもしれないね」
と言いながら、ペンダントをウインリィに見せた。すると彼女は、
「……何!? そのペンダント。とても誰かが作ったものには見えないわ」
顔色を変えながら、こんなことを言い出した。ロリエは、
「わたしもそう思うんだ。ルリカの姉ちゃんへの、“天からの贈り物”だと」
と言ったあと、ペンダントをカバンにしまった。しばらくしてワゴン車は、リュリュが入院している総合病院の駐車場に止まった。
「着いたわよ、みんな」
ウインリィがこう言って車から降りると、セシリアは、
「……もう着いたのかしら……。せっかく、エミルと二人きりで“気持ちいい愛の営み”を行う夢を見ておりましたのに……」
目をこすりながら、およそお嬢様らしくないセリフを口にした。それから、
「エミル、起きて。病院に着きましたわ」
エミルの体をゆすりながら言った。彼は、辺りをキョロキョロしながら、
「……オレいつの間に寝てた!? ……ご、ごめん、セシリア」
セシリアに謝った。そんなエミルに彼女は、
「いいですのよ、エミル。あなたと一緒に愛を確かめあう夢を見ておりましたから。いずれは“アーナスのお導き”によって、あなたと一緒に、多くの人々を幸せにする世界を築くことが、わたくしのやりたいことですから」
笑顔でこんなことを口にした。それから、
「早く病院に参りましょう。リュリュ様がお待ちになっておりますわ」
エミルの手を握りながら、ロリエとウインリィの後を追うように、一緒に病院へ向かった。
「リュリュ様、あなたにお会い出来て光栄ですわ」
セシリアは、リュリュが入院している階のロビーで彼女を見かけるなり、彼女にこう話した。
「私も同じよ。あなたのようなお嬢様と、じかにアーナスについて話が出来るから」
リュリュも、笑みを浮かべながらセシリアにこう伝えた。ウインリィが、
「リュリュ、本当によかったわね。命を救われて」
と言いながら、リュリュのもとへ歩みより、
「これ、あなたへの快気祝いよ」
彼女にプレゼントを手渡した。するとセシリアが、
「……どういうことですの!? ウインリィ先生。“命を救われて”というのは」
驚きながら、ウインリィに問いかけた。その問いにリュリュ自ら、
「これから話すことに驚かないで、セシリアさん。それと、今はこのことを周りには伝えないで」
と前置きした上で、
「……簡単に言えば、私は“殺される”ところだったの。私が長年飲んでた心臓の薬に毒が入ってたらしく、『昨日私が大量に吐いた血の中に、特殊な毒の成分が検出された』という話を耳にしたわ。もしあの時、短パンボーイが私に薬を渡してくれてたら、すでに私はこの世にはいなかったわね」
このように答えた。その答えに、セシリアは言葉を失った。
「……ごめんなさいね、お嬢様。あなたを黙らせることを言って」
リュリュは軽く謝ったあと、
「そういえば、アーナスのことで私に聞きたいことがあるって、連絡入れてたわよね?」
セシリアにこう問いかけた。すると彼女は、顔を曇らせながら、
「……ええ、その通りですわ」
高級ブランドとおぼしきカバンからノートを取り出して、こう答えた。それから、
「……リュリュ様、例の『アーナス・ムーン現象』に、“闇が存在する”というのは本当でしょうか!?」
と問いかけた。その問いにリュリュは、
「……結論から言えば、存在するわ。それも、祥子という女性が殺されたあとに起きた、複数の事件や出来事も、闇の現象のひとつと考えられるわ」
こんなことを語った。そして、
「メロが私に伝えてくれた話から推測すると、祥子は、『かつて『アーナス・ムーン現象』によって、誰かと結ばれるはずだったが、自身が殺されるか何かで死んでいった女性の生まれ変わり』となるみたいね」
こんなことを語った。セシリアは、何かに気づいたのかロリエに、
「ロリエ、あなたがわたくしに見せたペンダント、リュリュ様に見せてあげて」
こう伝えた。彼女はカバンの中を探り、ペンダントを取り出して、
「これだね、セシリアちゃん」
と言いながら、セシリアに手渡した。彼女は、ペンダントを受けとるなり、
「リュリュ様、この指輪を見てくださる?」
そう言いながら、リュリュにペンダントを渡した。彼女はペンダントを受けとると、じっくりとそれを見続けた。そして、いきなり表情を変えながら、
「……これは、大変なことになるかもしれないわね……」
こうつぶやいた。それから、
「このペンダント、オーダーメイドじゃ作れないわ……。そして、祥子と一緒に指輪に名前を刻まれた男も、昨日死んでるわ……」
こんなことを言い出した。するといきなり、
「……どういうことですの!? リュリュ様。“大変なことになる”というのは」
セシリアがリュリュに詰め寄るように、こう問いただした。そんなセシリアに対してリュリュは、
「……“大変なこと”というのは、『アーナス・ジャミング』と呼ばれる状況なの。その状況は、“『アーナス・ムーン現象』を認定された二人の一方、または双方が非業の死をとげたあとに、関係者や知り合いなどを不幸が襲う”というもので、昨日祥子の住むマンションが火災にあったのも、男が殺されたのも、関連があると考えられるわ」
こんなことを言い出した。
「『アーナス・ジャミング』ですって……!? そんな……、幸せをもたらす奇跡に、そのような不幸がおありになるなんて……」
セシリアは、顔をうつむきながらこうつぶやいた。それから、
「……リュリュ様、その『アーナス・ジャミング』について、詳しいお話をしてくださるかしら?」
と問いかけた。ところが、リュリュは厳しい表情で、
「残念だけど、その辺りについては、今は詳しくは話せないわ。まだメカニズムについてよくわかってないし、私の研究に関わってくるから。もちろん、『本気で共同研究を行いたい』というのであれば、検討はしておくわ。ただ、そちらの方は、学業に支障がきたさないことが条件ね。もちろん、聞きたいことがあれば、いつでも聞いていいわ、セシリアお嬢様」
最後に笑みを浮かべつつ、このように伝えた。
「……わかりましたわ、リュリュ様。共同研究については、わたくしの記憶にとどめておきますわ」
セシリアはこう言ったあと、
「……リュリュ様、改めてあなた様が退院出来て、たいへんうれしい限りですわ。これでいとしのエミルと『アーナス・ムーン現象』で結ばれる方法をお聞きできますし」
このようなことをリュリュに伝えた。それに対し彼女は、
「……残念だけど、その方法はないわ……」
首を横に振りながら、こう言った。セシリアは、
「……どうしてですの!? あれほど人々を幸せに出来る奇跡を起こせれば、もっと多くの人たちを幸せに導けますのに……」
少し悲しげな表情を浮かべながら、こうつぶやいた。そんな彼女にエミルは、
「……セシリア、オレはお前と一緒にいるのが楽しいよ。色々あってな。“その方法が無い”というんだったら、オレたちで見つければいいんじゃないかな? たとえ見つけられなくても、オレたちの距離はもっと縮まると思うし」
こんなことを伝えた。セシリアも、
「……その通りですわね、エミル。あなたとご一緒にアーナスの研究が出来るのは、わたくしにとって、何よりも励みになりますわ」
エミルにこう話した。そんな二人のやり取りを見つめていたリュリュは、
「……アンタたちなら、アーナスがいなくても充分一緒にやっていけるわ。あの短パンボーイと私とは正反対の関係ね」
笑みを浮かべながら、こう言い出した。そんな時、
「あー、そうだよね。リュリュちゃんと先ちゃん、ケンカばかりしてる感じだよね」
ロリエは、こんなことを言い出した。リュリュも、ロリエの言葉にうなずきつつ、
「確かにそれは否定しないわ。だけど、アイツは何か憎めないわよね。私を助けてくれたことをのけても。……私、なんかアイツと結婚しそうな感じがするわ。夢にまで、アイツと結婚するシーンが出てきたり……」
天井を見ながら、こうつぶやいた。それから、
「早速着替えるから、少し待ってて」
と言いながら、一旦ロビーを後にした。
「……誰ですの!? “先ちゃん”って」
セシリアが首をかしげながら問いかけると、ウインリィが代わりに、
「リュリュを助けた男性の愛称、ってところかしら。そうでしょう? ロリエ」
ロリエに問いかけた。彼女が、
「うん、そうだよ。わたしはそう呼んでるけど」
と答えると、セシリアは、
「そうでしたの。わたくしも、エミルの愛称を考えようかしら」
こんなことを言い出した。そんなこんなでしばし話が盛り上がっているところで、
「待たせたわね、みんな」
着替えを済ませたリュリュがロビーに戻ってきた。
「……相当な美人だ……」
エミルが思わず見とれていると、セシリアは、
「……エミル、わたくしのことはどうでもいいとおっしゃるわけ……!?」
と言いながら、エミルの肩をつつきつつも、リュリュを目にした時、
「本当にお似合いですわ、リュリュ様。これがわたくしとは違う、“大人の美しさ”というものなのですわね」
感心するように言った。
「リュリュちゃんもストッキングが似合うね。メロンちゃんと同じように」
ロリエがこんなことを口にすると、リュリュも、
「ありがとう、ロリエ。それとこのパンスト、アンタの母さんがプロデュースしてるみたいね。今私がはいてるの、『Haruna VALC』っていう名前のブランドのパンストだけど」
こんな話を返した。いつの間にかウインリィも、
「私も持ってるわ、そのブランドのパンスト。幅広い年代の女性に愛用されるのもわかるわね」
話に加わっていた。
「母さん、そんなブランド作ってたんだ……」
なぜかロリエは感心しつつ、セシリアに、
「あ、セシリアちゃん、今日わたしとお揃いのストッキングはいてるね。『グラスランド』。これがしっくりきたんだ、今日は」
こう伝えた。彼女も、
「あなたとお揃いだなんて……。わたくしも今日、これをはきたいと思いましたの」
笑みを浮かべながらこう言った。ロリエは、セシリアを見ながら、
「似合うね、セシリアちゃん。わたしとは違うカッコいいムード出してるよ」
こう伝えると、セシリアも、
「そうですの? 感謝しますわ、ロリエ」
笑顔で答えた。ウインリィが、
「ところでリュリュ、メロはまだ来てないの?」
こう問いかけると、リュリュは、
「ええ、『今日は用事があるから、昼からしか会えない』って。メロには、私の家に来てもらうようにメール入れておいたわ」
と答えた。それから、
「そろそろ病院を出るわ。話の続きは別のところでしましょう」
と言った。その後、リュリュが退院の手続きなどを済ませ、彼女と一緒にロリエたちも病院を後にした。
「せっかくだから、『晴天の空』に寄らない? ちょっと昼食には早いけど」
ウインリィがこう呼びかけると、
「いいわね、それ。あそこ美味しいのよね、料理が」
リュリュも乗り気になっていた。
「それじゃ、決まりね。お代は私が持つわ」
ウインリィはそう言いながら、レンタカーに乗った。そして、他の人たちが全員乗るのを確認した上で車を走らせ、病院を後にした。
病院を出たあと、「晴天の空」が入るビルの近くの駐車場に着いた一行は、車を降りて、ビルに向かって歩きだした。それから、ビルの前に着いたところでウインリィが、
「ここの8階のレストランで働いてたわね、祥子。ここに彼女が考案した人気のメニューがあるわ。今度あの人が生放送で食べるみたいよ」
こんなことを言い出した。
「……え!? ルリカのお姉さまが、この店のメニューを開発なさったの!?」
セシリアは驚きの表情を浮かべながら、ウインリィにこう問いかけた。彼女は、
「……正確には、アイデアを出した、ってところだけど。それでも店での評判はよかったわ、祥子は」
こう答えると、
「そろそろ入りましょう」
と言いながら、ビルに入った。
「いらっしゃいませ。5名様でしょうか? ……ああ、昨日のお客様ですね。こちらにどうぞ」
応対した女性店員は、空いているテーブルにロリエたちを案内した。全員が案内された席に座ったあと、ウインリィは、
「注文が決まったら、私に伝えて。ベルを鳴らすから」
こう言いながら、メニュー表を回した。まずはリュリュが、
「私は刺身定食がいいわ。ついでに海藻サラダとオレンジジュースも」
注文を告げると、ロリエも、
「わたしは季節の天ぷら定食を食べるよ」
と言った。
「……わたくしも何かいただこうかしら。……ですけど……」
セシリアがためらい気味に悩んでいると、リュリュが、
「美味しいものに身分の違いなんてないわ、お嬢様。……ってこれ、ハイフォン用ゲームのヒロインの受け売りだけど」
こう言ったあと、
「アンタが好きな料理を注文すればいいわよ。ウインリィさんが払ってくれるから」
セシリアに料理を頼むように促した。
「……わかりましたわ、リュリュ様。それでは、わたくしは海鮮丼をひとつ……」
セシリアが注文すると、エミルも、
「オレもセシリアと同じのを頼むよ」
と答えた。全員の注文がまとまったところで、ウインリィはベルを鳴らした。
「本当に人気のレストランね。こんな時間に、もう空いてる席がほとんどないからね」
リュリュが感心するようにつぶやくと、
「今度、お姉さまたちにも紹介してあげようかしら」
セシリアもこんなことを口にしていた。間もなく店員が来て、ウインリィが全員の注文を告げたあと、
「リュリュ、続きを話せるかしら?」
リュリュにこう問いかけた。彼女は、
「わかったわ。病院で見せてくれた指輪について、ね」
と答えると、
「実はね、魔法師協会でも、“奇跡の現象”をすべては認定できてないの。祥子のように、気づかれないまま『いつの間にか関係をたちきられた』という最悪のケースもあるわ」
こんな話をした。そして、
「かつて起きた、歴史的な出来事のいくつかについても、祥子のようなケースが引き金になった、というケースがあるということも、研究でわかったわ」
ということも付け加えた。そんな最中、エミルがいきなり、
「うお、奈々ちゃんがテレビに出てるぞ」
こんなことを言い出した。
「……せっかくの話の最中なのに、邪魔をしないでくれる!?」
リュリュが怒り気味にエミルにこう言うと、ロリエが、
「昨日ね、奈々ちゃんが『絶対に生放送を見てね』ってわたしに言ってたから、みんなで見ようよ」
テレビを見るように伝えた。
「……ロリエ、まさか、あのトップアイドルの坂巻奈々とお知り合いですの!?」
セシリアが驚きの表情を浮かべながら問いかけると、ロリエは、
「うん。それと奈々ちゃんって、優しい女の子だよ。わたしの姉さんたちのために、祝福のメッセージを添えたサイン入りの色紙をあげたんだよ。“ささやかなプレゼント”って言ってね。わたしにも『ずっといい友達でいたい』って言ってくれたし」
こんな話をした。その話にセシリアは、
「……その話をお聞きしてよかったですわ。彼女、何か“トゲのあるアイドル”というイメージがおありで、しかもそれが定着されてましたから」
ホッとした様子であった。リュリュも、
「……ロリエ、アンタ本当に何者なの!? 奈々とすぐに友達になれるなんて……」
感心しきりにつぶやいた。その時ロリエが、
「あ、奈々ちゃん、母さんが作ったストッキングはいてるよ。昨日奈々ちゃんが家に取りに来たやつ」
こんなことを言い出した。
「……あのパンストがそうなの!? 確かに似合ってるけど」
リュリュはこう言ったあと、
「少し、心なしか穏やかな感じにはなってるわね、奈々」
と言いながら、テレビを見つめた。すると、何かに気づいた彼女は、
「あれ、ここの店の海鮮パスタよね? 美味しいと評判だという」
こんなことを言い出した。
「……次に来る機会がありましたら、あの海鮮パスタをいただこうかしら」
セシリアもこう言ったところで、女性店員が、
「海藻サラダ3人前とオレンジジュースです」
注文の一部を持ってきた。リュリュはサラダを取って一口食べると、
「美味しいわね、これ。メロが私に勧めた理由がわかるわ」
笑みを浮かべながらこう言った。
その頃、テレビでは、昼の情報系バラエティー番組『魔法のサラダ』が放送されており、ちょうど、ゲスト出演している奈々にインタビューを行うシーンが映しだされていた。
「そういえば奈々ちゃん、最近『将来魔法師になりたい』って語ってたね」
番組MCの男性がこう話題を振ると、奈々は、
「はい、あたしは、これから魔法師アイドルを目指すことにしました」
力強く答えた。その言葉にスタジオからは、どよめきの声が上がった。
「魔法師アイドルか……。ここ最近は全く出てきてないからね。しかし奈々ちゃん、魔法の方は使えるかい?」
改めてMCがこう尋ねると、奈々は、
「正直あたし、魔法は使ったことはないです。だけど、魔法師協会の幹部が、あたしに協力してくれることを約束しました」
キッパリと言った。
「……魔法師協会の幹部が、ですか!?」
女性アナウンサーが、驚きの表情を浮かべながらこう言うと、奈々は、
「ええ。しかもあたしに『魔法師の才能がある』と言ってくれました」
再び力強い口調で話した。
「……そうですか。その話はいずれ機会があれば、詳しくお聞きしたいところですね」
MCがそう言ったあと、
「実は奈々ちゃんのために、今回取材した人気のレストラン『晴天の空』が、君に食べてほしいと用意してくれた海鮮パスタが準備されております」
このかけ声を合図に、海鮮パスタが奈々の目の前に置かれた。
「これ、一度食べてみたかったわ」
奈々はうれしそうにこう言うと、
「本当に食べていいの?」
MCにこう問いかけた。彼は、
「ええ、『君に食べてほしい』ということで。それがきっかけで取材の方も、“場所は明かさない”という形で、特別にOKをいただいたわけです」
と答えると、
「それでは、まずは私が一口」
そう言いながら、パスタを口に入れた。そして、
「これは本当にうまい。素材の味が見事に引き立ってるね」
などと言いながら、パスタの味を説明していた。
その頃、店内ではリュリュが、
「ちょっと邪魔が入ったけど、アーナス関連のことであらかじめ伝えたい話があるわ」
真剣な面持ちで、こんなことを話した。
「伝えたいことって……?」
ロリエがこう問いかけると、リュリュは、
「さっきアンタがもらした言葉が気になったの」
こんなことを言った。
「え? 『ルリカの姉ちゃんが生き返る』って言ったことが??」
ロリエが首をかしげながら尋ねると、
「ええ、その通りよ」
リュリュはキッパリと答えた。それから、
「……あえて結論から言うと、祥子が生き返る可能性は0ではないわ。むしろ、“確率は決して低くない”わね」
思いがけないことを口にした。
「……リュリュ、いきなりその話は自重した方がいいわ。別のことを話しましょう」
ウインリィが話題を変えようとしたが、リュリュは構わず、
「これは、後々につながる大きな意味を持つわ。祥子が近いうちに生き返るかどうかは」
と言ったあと、
「実はね、闇と奇跡は表裏一体と言えるの。つまり、ここで『祥子が生き返ることは、この国に重大な危機がもたらされてる』ことを意味する可能性があるわ」
こんなことを言い出した。
「……ええ!? それヒストリカちゃん言ってなかったよ??」
ロリエが驚きながらこう言うと、リュリュは、
「……そうなの」
そっけない反応をしながらも、
「それでも、祥子が生き返れば、ひとつの強力なメッセージとなるわ。“歴史は外道を許さない”という」
ということを話した。他の4人はただ黙っているだけであった。そんな時、テレビでは、奈々が海鮮パスタを食べようとしているシーンが映しだされていた。
「いただきます」
奈々はそう言ったあと、フォークを取り、パスタを口にした。
「美味しいわ、これ。これならずっと食べても飽きないわ」
笑顔でこんなことを口にしながら、かみしめるようにパスタを食べた。そしてもう一口入れようとしたところで、フォークを落としてしまった。すると、
「……うっ……」
奈々は首を押さえ、顔を歪ませながら苦しみだした。突然の彼女の異変に、スタジオも店内も騒然となった……