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リュリュたちとの“邂逅”

 政府による遺跡の調査を無事に終え、図書館に向かっていたロリエとウインリィは、車を降りて歩く最中、図書館近くの交差点で二人の男女がもめている場面に遭遇する。ロリエがケンカを止めに入った時、女性が有名な『サイバーガーディアン』のメンバー、リュリュであることが判明する。そして、これが彼女たちの運命を一変させることになる……

 (第6話 リュリュたちとの“邂逅かいこう”)


 政府から依頼を受けた遺跡の極秘調査を早めに終えたウインリィたちは、中央図書館へと向かっていた。近くの駐車場に車を止めたあと、すぐの交差点で、二人はもめているであろう男女を見かけた。普段ならば特に気になることはないはずなのだが、なぜかロリエがその様子を見つめて、横断歩道を渡って男女の方へ向かっていった。

 「だからさ、お前と一緒に付き合いたいんだ」

 「……何考えてるの、アンタ!? 私にはそんな考えはないわ」

 よくありがちな光景であるが、この時の二人は、どういうわけか一触即発の様相を見せていた。カラフルなアロハ系シャツに、ひざ元までのジーンズのようなズボンをはいている、少々柄悪な男性は、

 「……なんでだ? 俺と付き合わない理由があるのか!?」

 問い詰めるように女性に近づいた。一方、薄いグレーの半袖のワイシャツに、スリットがついた黒いミニスカート姿の、クールビューティーなOL風の女性は、先がカール状になった黒い長髪を触りながら、

 「理由? アンタと付き合いたくないからよ。これで十分でしょう!?」

 ため息をつきつつ、こう言い返した。すると、

 「なんでだ!?」

 「何なの!?」

 どういうわけか、二人はいきなり取っ組み合いのケンカを始めてしまった。その様子を目の当たりにしたロリエは、

 「ねぇ、二人ともケンカやめようよ」

 こう言いながら、二人の間に割って入った。

 「なんだ? こいつ」

 男性がいぶかしげにロリエに言うと、

 「邪魔しないで」

 女性もこんなことを口にした。それに対しロリエは、

 「なんでケンカすんの? それだったら仲直りした方がいいと思うよ」

 と話した。すると、

 「はぁ!? 何言ってるの、この人」

 二人一緒に同じ言葉を発した。慌てたウインリィは、

 「ちょっとロリエ、何してるの!?」

 信号が赤になったのに構わず、すぐにロリエのもとへ駆け寄った。ウインリィが渡り切った直後に車は一斉に走り出した。

 「……ちょっとあぶないわよ、アンタ……」

 女性がウインリィにこう言ったあと、

 「……アンタ、この子の親なの?」

 と問いかけた。ウインリィは、

 「違うわ」

 首を横に振りながら答えたあと、

 「ロリエ、ちょっとこちらに来て」

 こう呼び掛けた。するとロリエは、

 「この二人、付き合ってるんでしょう? それにこんなとこでケンカしてもしょうがないよ」

 こんなことを口にした。

 「違うわ。私こんな男知らないわよ! 付き合ってるわけないでしょう」

 女性は即座に否定したが、

 「……まあ、俺もこいつは知らないけどな……」

 男性の方は、何か彼女に心当たりがあるといった感じで、言葉を濁していた。

 「ええ!? 付き合ってんじゃないの!?」

 ロリエは驚きの表情を浮かべながら、こう話した。ウインリィは、

 「……ロリエ、何か勘違いしてない……!?」

 あきれた感じの面持ちで、軽くうなだれながらつぶやいた。すると二人は、ロリエたちに構わずまたもや口論を始めた。そんな最中、二人組の女性が、

 「リュリュー、どうしたのー?」

 横断歩道を渡りながら、こう叫んだ。“リュリュ”と呼ばれた女性は、

 「……何でもないわ。ちょっとあの男に『付き合いたくない』って言ったら、あの人しつこくて……」

 たすきにかけていたバッグを手に持ちながら答えた。“リュリュ”という言葉を耳にしたウインリィは、

 「“リュリュ”……? ひょっとして……」

 その場で考え込んだ。二人組の女性のひとりが、

 「……今日会社休みじゃなかったの?」

 リュリュに問いかけると、彼女は、

 「ええ、ちょっとやることがあって。それは終わって、今別のところに寄ろうとしてたの」

 と答えた。それから、

 「それに、来週からプロジェクトが始まるでしょう? アンタたちと一緒に行う、ね。今回はメロとあやめがいれば十分成功出来ると思うから、お願いね」

 こんなことを話した。あやめが、

 「係長、わかりました」

 と言うと、リュリュは、

 「そんな堅苦しいこと言わなくていいわよ、あやめ。ここは会社じゃないんだし」

 苦笑いしながら伝えた。一方のメロは、

 「本当にすごいわね、リュリュって。結構な病気を抱えてる・・・・・・・・・・、っていうのに、ここまでやれるなんてね。私には到底できないわ」

 そう話したあと、

 「しかし、ケンカ出来るほど体力があったの? リュリュ。最近調子が上向きだとは言ってたけど」

 こんなことを口にした。リュリュは、胸の辺りを右手で軽くさすりながら、

 「……ええ、そうね。アンタが紹介してくれた“魔法マイスター”手製のあるもの・・・・で、心臓の負担も軽くなったわね。初めてはいた数ヵ月前よりも……」

 こう話した。それから、

 「このラメが入ったグレーのパンストをはいたお陰で、以前よりも発作がだいぶ減ってきたわ。薬の量もかなり減ってきた・・・・・・・・し、昇進も果たせたから。メロ、アンタには感謝するわ」

 足元を見つつ、笑みを浮かべながら、軽くストッキングをつまんだ。一連の話を聞いていたロリエは、

 (今の話の魔法マイスターって、母さんのこと!?)

 こう考え込んだあと、

 「ねぇリュリュちゃん、その魔法マイスターって誰? わたし心当たりがあるけど……」

 リュリュにこんなことを問いかけた。この問いに対し、メロがロリエのもとに近づき、

 「あのマイスターね、『毎日ストッキングをはく』という人なんだけど、本当に腕は超一流なの。私も今はいてるわ。これで夜の店で人気を集められるから、大したものね♪」

 ロリエの肩を軽くポンとたたきながらこう答えた。改めてメロの様子を目にしたリュリュが、

 「……ところでメロ、アンタ相当派手な装いしてるわね……」

 と言った。するとメロは、

 「これね……。私週末はキャバクラで働いてるから、ドレス姿や派手なストッキングが板についちゃってね……」

 こんなことを口にした。あやめが、

 「メロさん、それ私たち以外の会社の人に知られたらまずいですよ……」

 心配そうにメロに伝えると、彼女は、

 「いいって、あやめ。私が今働いてるキャバクラ、案外セキュリティ関連の話出てきてるから。それにリュリュもそういった話、欲しいんでしょう? 係長としても、『ガーディアン』としても」

 こう言いながら、リュリュに話をふった。彼女は、

 「……アンタには結構助けられてるわね。最近も、大がかりなサイバー攻撃を発見出来るきっかけをつくってくれたし」

 こんなことを話した。するとウインリィが、

 「あなた、ひょっとして、『サイバー・ガーディアン』のリュブランシュ・竜ヶ崎りゅうがさき!?」

 驚きの表情を浮かべながら、リュリュにこう問いかけた。それに対しリュリュも、

 「……なんでウインリィ・メーアがここに……!?」

 こちらも驚いていた。そして、

 「しかし実際にあなたにお目にかかるとはね……。高名な歴史学者のあなたが、わざわざ私に会いにきてくれるなんて、本当に光栄だわ」

 いつしか言葉遣いも丁寧になっていた。ウインリィも、

 「竜ヶ崎さん、あなたが“在野のアーナス研究家”として、歴史学者たちからも一目置かれていることは承知しております」

 と話したあと、

 「竜ヶ崎さん、もしよろしければ、私たちと一緒に『我が国の歴史を取り戻す闘い』に加わって頂けますか? 必要とあらば、こちらから政府にも掛け合います」

 リュリュにこう伝えた。彼女は、

 「あなたにそう言ってもらえて、本当にうれしいわ」

 と答えたあと、

 「もちろん、喜んで引き受けるわ、ウインリィさん。これからよろしくね。それと、今度からリュリュって呼んでいいわ」

 笑顔でウインリィの話に乗った。ウインリィも、

 「ありがとう、リュリュ。あなたには、サイバー関連の方を任せてもらうわ。あの有名な『サイバー・ガーディアン』のあなたが加わってくれれば、こちらとしても本当に助かるわ。あと、これからはウインリィでいいわ、リュリュ」

 こう話した。ちなみに、『サイバー・ガーディアン』というのは、世界中から優れたホワイトハッカー(注1)を集めて、サイバー犯罪全般やフェイクニュースの拡散を取り締まることなどを目的とした、いわば“サイバー空間の「秘密警察」”のような存在である。そこでウインリィは、

 「……しかし、『サイバー・ガーディアン』のメンバーであることが知られてるけど、大丈夫なの? リュリュ」

 心配そうに問いかけた。この問いに対しリュリュは、

 「まあ、私たちでも、正確な人数はわかってないわね……。メンバーのなかにはそのことを伏せてる人もいるし、国によっては、存在自体を“準国家機密”扱いするところもあるわ。私はIT関連の企業で働いてるから、会社には正直にこのことを伝えてるわ。それに、私が先頭に立ってナディアのサイバー空間を守ることが、自分の役割だと考えてるの。心配してくれるのはありがたいけど、私は大丈夫よ」

 きっぱりとこう答えた。その答えに、ウインリィはしばし考え込んだ。

 (重い病気を抱えながら、ここまで出来るって……。本当にすごい人なのね、リュリュも)

 その姿を目にしたリュリュは、

 「いきなりどうしたの? ウインリィさん」

 と問いかけたが、ウインリィは、

 「いえ、何でもないわ」

 首を横に振りながら、つぶやくように答えた。それから10分ほどたって、突然メロが、

 「びっくりしたわよ、リュリュ。この子例のマイスターの娘さんだって」

 ロリエを指差しながら、大きな声で叫んだ。さらに、

 「本当、親子って似るもんよね。さっきストッキングの話で相当弾んでさ。私もストッキング大好きだから、この子とはいい友達になれそうよ。アドレス交換を求めたら、快く応じてくれたし」

 と言ったあと、

 「さっきね、『祥子しょうこを助けるためにとびきりのストッキングを作ってほしい』といった話してたら、『すでに母さんが作ってる』って。その後の話を聞いてロリエっていったっけ、彼女がマイスターの娘さんだとわかったの。ちなみに祥子はね、私のキャバ嬢仲間で、さっきの話でロリエの通う高校の友達の、お姉さん的な人だということもわかったわ」

 こんなことを口にした。その話を耳にしたリュリュは、ロリエのもとに歩みより、

 「……本当にアンタがあのマイスターの娘なの?」

 と問いかけた。するとロリエは、自分のハイフォンを取り出して、ちょっと画面を操作したあと、

 「これが母さん。毎日ストッキングを欠かさずはくのは本当だよ。母さんがストッキングをはいてない日なんて、わたしが生まれてから何日もないくらいじゃないかな……。わたしもストッキング好きで、ほぼ毎日欠かさずはくけど」

 と言いながら、陽菜が映った画像をリュリュに見せた。彼女は、

 「……本当にアンタの母親なの!? 『20代前半ですよ』って紹介されても全然違和感が無いわ……」

 驚きの表情を見せながら、こうつぶやいた。ロリエは、

 「ねぇ、すごいでしょう、わたしの母さん」

 と話したあと、

 「今度リュリュちゃんのために、『寝る時にはくストッキング』を母さんに作ってもらうよ。リュリュちゃんの体がよくなるようにね。あれ相当効果抜群だよ。今度見本を持ってきてあげるから」

 こんなことを口にした。リュリュは、

 「アンタね……、気安く“リュリュちゃん”って呼ばないで……」

 ムッとした表情を見せながら言いつつも、

 「……でも、私を気遣ってくれてうれしいわ。アンタもあのマイスターの娘さんね。マイスターと同じように優しくて、そして、根っからパンストが好きなんてね」

 感心するように話した。ロリエは、

 「ありがと、リュリュちゃん♪ それとわたしのこと、これからはロリエちゃん、って呼んでね」

 リュリュにお礼を言ったあと、

 「あ、そういえば、アーナスのこと調べてる人が、わたしの通ってる高校にいるよ」

 こう伝えた。

 「誰なの? その人」

 リュリュが問いかけると、ロリエは、

 「セシリア・グランヴイスちゃん。セシリアちゃんね、本当に好きな人がいて、『その人と結ばれたい』っていうんで、アーナスのこと、研究してレポートにまとめてるんだ。『フタレポ』のテーマにね」

 さらりと答えた。“グランヴイス”、の名前を耳にしたリュリュは、

 「……え!? あのお嬢様が県立高校・・・・に通ってるの……?? セリスじゃなくて・・・・・・・・……!?」

 思わず色めきたった。ウインリィが、

 「ええ、ロリエの言うとおりよ。さらに言うなら、私はその高校で教鞭きょうべんを取ってるわ。ロリエの担任・・でもあるし」

 こう述べると、リュリュはただ沈黙した。

 (……あのウインリィが“ロリエちゃんの担任”って……、どういうこと……!?)

 そんなリュリュにお構い無く、ロリエは、

 「ねぇリュリュちゃん、セシリアちゃんにアーナスのこと、教えてあげて。わたしも彼女に協力したいから」

 こんなことをリュリュにねだった。

 「……アンタはともかく、セシリアさんには協力するわ。同じアーナスのことを研究してる仲間としてね」

 このようにリュリュが答えると、ロリエは、

 「ありがとう、リュリュちゃん♪ セシリアちゃんも喜ぶよ」

 リュリュの両手を握りながら、うれしそうにこう言った。

 「……アンタねぇ……」

 リュリュはこう言いながらも、ちょっぴり笑みを浮かべていた。その時、

 「リュリュ、私達はそろそろ行くわ。プロジェクトぜひ成功させましょう」

 メロがリュリュたちを見ながらこう言った。

 「ええ、色々ありがとう。メロ、あやめ」

 リュリュも二人にお礼を言った。それから、

 「それじゃ、また月曜ね」

 メロたちにこう伝えると、二人は手を振りながら、青信号の横断歩道を渡っていった。二人が渡り切ったあと、

 「……仲がいいのね、あなたたち」

 ウインリィがこう話すと、リュリュは、

 「ええ。というより、あの二人がいなければ、今私はここにはいないわ」

 雲ひとつない青空を見つめながら、こうつぶやいた。するとロリエは、

 「そういえばリュリュちゃん、メロンちゃんだっけ、『リュリュちゃんが重い病気抱えてる』なんて言ってたけど」

 こんなことを聞いてきた。この問いかけに対しリュリュは、

 「ええ、そうよ。それとあの二人は私の同僚で、入社以来、私のことを気にかけてくれてるわ。以前私が発作を起こして倒れた時も、彼女たちが、救急車が来るまで必死に看病してくれたおかげで助かったわ。あの時は薬があまり効かなかった上に、救急車すら呼べないほど苦しかったから……」

 その日を振り返るようにしみじみと答えた。その時、ほったらかしにされた感じの男性が、

 「……ちょっと待て」

 3人のもとに駆け寄りながらこう言った。それから、

 「……お前ら、完全に俺を忘れてねぇか……!?」

 と詰め寄った。それに対し、

 「けど、メロンちゃんとは話弾んでたよ。胸のことで」

 ロリエがさらりと答えた。リュリュは、

 「……アンタねぇ、“メロン”じゃなくて“メロ”よ……」

 ため息をつきながらロリエに言ったあと、男性に対し、

 「アンタ、メロに何したの!?」

 少しきつめに問いかけた。彼は、

 「『何をした』って……!? そいつと話が合ったから話しただけだろ? それによ、胸のこと話してたら結構喜んでたぜ」

 いぶかしげにリュリュを見ながら答えた。するとリュリュが、

 「ちょっと、メロに手を出さないで! アンタが出していい人じゃないわ」

 さらに男性にきつく詰め寄った。彼もリュリュに対し、

 「ああ? “話もするな”、ってことか!? 俺の“センサー”が反応してたからそいつと話したのが気に食わないのか!? いったい何様なんだ!?」

 激しく抗議したあと、彼女の表情を見ながら、

 「さては、『実は俺のことが気になる』から、そんな言い方になってるんじゃないのか?」

 とぼけた感じでこう言い放った。その言葉を耳にしたリュリュは、

 「……ちょっと、何言ってんのよ!? アンタなんかとは付き合いたくないわよ」

 ハイヒールのかかとで男性の足を踏みながらこう否定したが、彼は、

 「いてぇ……! お前、何やってんだ!? 結構力強いじゃねぇか!」

 表情をゆがめて踏まれた足を押さえながらも、

 「あ、やっぱ俺のことが気になってんだ。顔が赤くなってるぜ」

 と言った。リュリュは、

 「……そ、そんなんじゃないわよ……」

 と否定したものの、明らかに動揺の色は隠せなかった。そんな二人の様子を見ていたロリエは、

 「へぇ、二人って、意外と相性いいんじゃない?」

 ウインリィに小声でつぶやいた。彼女も、

 「私もそう思うわ」

 と小声で答えた。そんな時、リュリュがいきなり、

 「……うっ……」

 顔をゆがませながら、胸を押さえてうずくまった。それから、

 「……苦しい……、早く、薬を……。バッグは……、どこ……」

 こう言いながら、バッグを探していた。ロリエが、

 「リュリュちゃん、バッグあったよ」

 リュリュの近くにあったバッグを拾った時、彼女は、

 「ロリエ……、その中に、入ってる、ビンを渡して……。それに、心臓の薬が入ってるの……」

 呼吸がかなり荒くなった状態で、何とかロリエに薬のありかを伝えた。彼女はすぐにカバンの中を探って、

 「これ? リュリュちゃん」

 と言いながら、リュリュにビンを見せた。彼女は、

 「……そうよ。それを早く、持って、きて……」

 左手を差し出しながら、必死にロリエに伝えた。その言葉を聞いた彼女は、すぐさまリュリュのもとに駆け寄った。ところが、

 「きゃあ!」

 何かの拍子でつまずいてしまい、弾みでビンを手放してしまった。そしてそのビンは、男性の足下にコロコロと転がってきた。

 「ロリエ、何やってるの!?」

 ウインリィが思わずこう叫んだ。その声に反応したかのように、ロリエが慌ててビンを取りにいこうとしたが、その瞬間、男性が思いもよらぬ行動を取った。

 「……なんてことをするの!? あなた! そのビンを蹴るってどういうつもり!?」

 その様子に気づいたウインリィが男性を怒鳴った。リュリュも、

 「……アンタ……、私を、殺す気……!? 早く、そのビンを……、返して……」

 こう言ったあと、激しい苦しみに耐えながら、男性をにらんだ。男性は突然険しい表情を見せながら、自らの足下に転がってきたビンを右足で蹴りあげてつかんだあと、改めてそのビンをじっと見つめた。そして、

 「……これは俺が預かっておく。決してお前に飲ませる・・・・・・・わけにはいかない・・・・・・・・

 リュリュを見ながらこう伝えた。彼女は、

 「……アンタ……、やっぱり、私を……、殺す気ね……」

 胸を押さえながら、男性に向かって這いつくばったが、

 「……うっ……」

 いきなり口を押さえて、その場で血を吐いた。その様子を目にしたウインリィは、

 「リュリュ、しっかりして! 救急車はすでに呼んであるから」

 そう言いながら、リュリュの背中をさすった。しかし、なおも彼女の指先から血は垂れ続け、ついにはその場に倒れてしまった。ウインリィは、

 「リュリュ、リュリュ……!!」

 大声で叫びながらリュリュの体を揺らしたが、全く反応が無いまま、まるで青白い顔をした人形のように、ゆらゆらと力なく揺れるだけであった。ウインリィは、目付きをきつめにしたあと、

 「あなた、本当に許せないわ。彼女を、リュリュを殺すつもりで薬を取り上げたのね!」

 男性に対し、怒りをあらわにした。ところが彼は、

 「違うな。そいつは全くのだ」

 ウインリィの様子に動じることなく、淡々と語った。そして、

 「こいつを見てもらいたい」

 先程拾ったビンを二人に見せた。

 「……えー? これ何にも変わりないよ??」

 ロリエが首をかしげながら答えると、

 「あなた、まさかこれが毒物だって言うつもり!? いい加減にして!」

 ウインリィも、怒りに震えながらこう言った。男性は、

 「……そうか……」

 とつぶやくと、

 「実はな、この薬にわずかながら魔法の“匂い”を感じた。詳しいことは俺にはわからんが、こいつを見た瞬間、『センサー』が危険を察知した」

 こんなことを話した。その時救急車が到着し、救急医たちが車から降りてリュリュを診たあと、

 「意識がありませんね。急いで病院に運びましょう」

 こう呼びかけながら、彼女を担架に乗せた。そして3人に対し、

 「あなた方も中に乗ってください」

 と言ったあと、救急車に乗った。ロリエたちも救急車に乗ったのを確認して、救急車は急いで現場を後にした。ただこの時、ロリエは何とも言えない違和感・・・を覚えていた。



 それからほどなくして、救急車は総合病院に着いた。そして、

 「急いで! 早く集中治療室へ!」

 リュリュを乗せた担架が、怒号を交えながら集中治療室へと運ばれていった。

 「付き添いの方も、待合室へお願いします」

 看護師のひとりが、ロリエたちに対してこう呼びかけた。3人はその呼びかけに応え、集中治療室のある階の待合室に入ることになった。

 「……改めて問うわ。どうしてあのとき、リュリュに薬を飲ませてあげなかったの!?」

 ウインリィがきつく男性に問いかけると、彼は、

 「お前たちを殺人犯にしたくない・・・・・・・・・からだ。無論、俺自身もだが」

 淡々と答えた。そして逆に、

 「あのとき、何か感じなかったか?」

 と問い返した。するとロリエが、

 「……救急車に乗る時、何か妙な感じがしたの。わかんない、わかんないけど……」

 頭を抱えながら、こんなことを口にした。ウインリィが、

 「“妙な感じ”……!? まさか、『誰かの声が聞こえた』とか……」

 ロリエにこう問いかけると、彼女は、

 「ううん、そうじゃなくて、救急車からリュリュちゃんが吐いた血に目をやると、なんか細かい“魔法の結晶”っていうのかな、そんなものが見えたんだ。でもどうしてかな、わたし魔法が使えないけどね」

 という内容の話をした。その話をじっくりと聴いていた男性は、

 「……実は俺にも見えてた。正確にいえば、センサーが反応してた、と言うべきところだろうが……。おそらく、そいつは“半減期”(注2)が数ヶ月位の魔法の成分じゃないんかね?」

 こんな話を淡々と語った。それから、ビンをじっと見つめながら、

 「これはアイツ・・・に見せてやらんと」

 とつぶやいた。ウインリィは、

 「……誰なの? “アイツ”って……」

 こう問いかけると、男性はビンを回しながら、

 「ああ、行方なめかたというやつだ。今はセリスの大学にいるぜ」

 こう答えた。するとロリエが、

 「ええ!? なめちゃんと友達なの??」

 目をぱちぱちさせながら言った。

 「ん? 友達……!? ま、まあ、そんなとこかな……」

 男性は軽く指先で頭をとんとん、とつつきながら、こう話した。それから、

 「ところで、この薬いつから飲んでたんだ? あの女」

 持っているビンに目をやりながら、こんなことをつぶやいた。その言葉を耳にしたロリエは、

 「わたしにはぜんぜんわからないよ」

 と言いつつも、

 「けど、『マイスターが作ったストッキングをはいてから、薬を飲む量が大きく減った』って、リュリュちゃんは言ってたよ。ちなみに“マイスター”ってのは、わたしの母さんのことだけど」

 こう話した。男性は、

 「……そうか。もしかするとあの女、助かるかもしれない・・・・・・・・・な」

 と言ったあと、

 「……確かに、この薬はいいものだろう。ある点を除いて・・・・・・・、は」

 こんなことを口にした。ウインリィは、

 「何なの!? “ある点”って……??」

 いぶかしげな表情を浮かべながらこう問いかけると、男性は、

 「それをアイツのところに見てもらうんだよ。何かとんでもないこと・・・・・・・・がわかることかもしれないからな」

 と答えた。

 「……そう……」

 ウインリィはそうつぶやくと、

 「そういえば、あなた誰なの? 名前を聞いてなかったわね」

 男性に名前を聞いた。

 「ん? 名前か?」

 そっけない感じで言うと、

 「ああ、俺は先崎せんざきシンジっていうんだが」

 と答えた。そのあとに、

 「私はウインリィ・メーア。歴史学者をつとめてるわ。で、こちらのスーツ姿の女の子が……」

 「ロリエ・安岡。ロリエちゃんと呼んでね。わたし歴史がとても好きなの」

 二人も簡単に自己紹介を行った。それからウインリィが、

 「……ところであなた、ことあるごとに、“センサー”という言葉を出してるけど、いったい何なの!?」

 先崎にこう問いかけた。彼は、

 「……まあ、なんて言えばいいか……、簡単に言えば、一種の“能力”じゃないんかな」

 と答えたあと、

 「あの女、リュリュっていうんか、アイツを見た時、俺の“センサー”が強烈な形で反応したんだ。まあ多くは『自身や他人に危険が迫ってる』時に反応を起こす、“危険察知”としてのものだろうが、あの時ロリエとやらと一緒に話が弾んだ、胸がでかい女を見かけた時のように反応を起こすこともある。あれは『こいつと会った方がいい』というサインとしてのものだ」

 こんな話をした。

 「それ、メロンちゃんのこと?」

 ロリエがこう聞くと、彼は、

 「メロン? あの女、メロンっていうのか?? ずいぶん変わった名前だな」

 首をかしげながら、逆にロリエに問い返した。ウインリィが、

 「違うわ。彼女メロっていうの。リュリュの同僚で、彼女はメロのことを『命の恩人だ』って言ってたわ」

 と答えたあと、

 「……確かに、胸は相当大きかったわね。はたから見ると“セクシー美女”という感じが全面に出てたわ」

 こんなことを口にした。先崎も、

 「ああ、そりゃ間違いない。あの女がモテるのも十分わかる」

 ウインリィの言葉に共感するように、何度もうなずきながら、こう話した。それから、

 「メロとかいう女には言ってないが、『いずれどこかの国を救う・・・・・・・・ことになるだろう』、と俺は感じたな。あの胸には、何か他人の心をいやすなどの“能力”が隠されてるんだろう」

 上を向きながら、こんな話をした。するとウインリィが、

 「ちょっと、何考えてるの!?」

 といぶかしげに言ったあと、

 「あなた、性的な目でメロを見てない?」

 きつい口調でこう問いかけた。その問いに対し先崎は、

 「確かにその面は否定しない。もしアイツと二人きりだったら、性的なことを行ってたかもしれんな」

 淡々と答えた上で、

 「実はあの女自ら・・・・・が、俺に『どうしても胸を触ってほしい』と頼んできたんだ。その時は俺も『本気か!?』と思ったぜ。どうしてもっていうから、仕方なく胸を触った。だが触った瞬間、うまく説明はできないが、『センサー』が、何か秘めた力を感じた・・・・・・・・・・ようだ。もっとも、『国を救う』というのは、ちと大げさだったかな。しかし、その時の彼女は笑顔だったぜ。ただ状況が状況だったら、こっちが痴漢で捕まってもおかしくないぞ」

 あの時のメロとのやり取りを語った。そんな時、慌てたようにひとりの女性がロリエたちのもとに駆け寄った。

 「……おいおい、本当に来るのかよ?? ここで」

 先崎が驚いた表情を浮かべながらこう言った。メロが来たからである。

 「……リュリュは大丈夫なの!?」

 彼女は、息を切らせながらこう言うと、先崎を見ながら、

 「『アンタたちが救急車から降りるところを目撃した』っていうメールがあやめから入ってきてからさ、それでハイフォン確認したら、『リュリュちゃんがたいへん!』っていうロリエからのメールもあったわ。だから急いでこっちに来たの」

 と話した。そして、大きな胸を何度もさすりながら、

 「……お願い、リュリュを助けて……」

 こうつぶやいた。彼女が胸をさすりはじめてからしばらくたって、ドアからひとりの医師が現れた。

 「お連れの方々ですね」

 と言ったあと、

 「現在、患者の意識はありませんが、ひとまず命の危険は去ったところです」

 ロリエたちにこう伝えた。ウインリィは、

 「彼女は大丈夫でしょうか?」

 改めてこう問いかけた。医師は、

 「わかりません。ですが、もう少しすれば落ち着くはずです」

 と答えた。さらに20分あまりが経過したあと、リュリュを乗せた担架が集中治療室から出てきた。

 「これから、8階の特別個室に移します」

 そのような声を合図に、担架はエレベーターに入った。そして、先程の医師が、

 「今のところ、患者の命の危険はありません」

 ロリエたちにこう言った。それから、

 「詳しい話を行いますので、8階にお越しください」

 こう伝えたあと、エレベーターに向かった。


 「結論から申しますと、患者はもう大丈夫です・・・・・・・。実はあの間に心臓を検査しましたが、病気は軽くなってました・・・・・・・・。まもなく意識を取り戻すでしょう」

 医師はこんなことをロリエたちに伝えた。それから数分後、

 「……リュリュ、よかった……。私の想いが通じたのね……」

 メロが目に涙をためながら、リュリュにこう言った。彼女の意識が戻ったからである。

 「……なんでアンタが夢にまで出てくるのよ!? しかも私をエスコートなんかして……」

 リュリュは先崎に向かってこう言いながらも、

 「……でも、そのエスコートで、私は助けられたことになるのね……」

 なぜか先崎のいるところとは逆の方向を向きながら、こんなことをつぶやいた。

 「どうしたの!? リュリュ。なんで向こう向いたりするの……」

 涙をぬぐったメロが、心配そうに問いかけた。リュリュは、

 「……べつに。何でもないわよ」

 少々無愛想な感じで答えた。しかし、その彼女の目に涙が浮かんでいることを、ウインリィは、はっきりとその目で確かめていた。そして、

 「……リュリュ、もう少し素直になって。彼はあなたを助けてくれたのよ」

 と呼びかけた。その呼びかけに対しリュリュは、

 「……わかったわよ……」

 そう言って先崎のいる方向に体を向けながら、

 「……ありがとう……」

 一言ポツリともらした。彼女の表情を目にしたメロは、

 「リュリュ、顔が赤くなってるわよ。照れてるの?」

 軽く問いかけた。その問いに対しリュリュは、

 「……何でもないわ。だけど、アイツが夢に出てきた時も、どういうわけか私の顔が赤くなってた・・・・・・・・・・の」

 こんなことを口にした。するとメロは、リュリュたちを見つめて、

 「ふーん、アンタたちって、実はお似合いのペアじゃないの? 『よくケンカしても、いつの間にか仲が深まっていた』なんて、アンタたちならありそうね」

 笑みを浮かべながら話した。リュリュは、

 「メロ、それはないわ。アイツは、今日の朝まで全然知らなかった赤の他人なのよ……」

 と言ったものの、その言葉には、交差点でもめた時のようなきつさは感じられなかった。

 「……しかし、お前が助かってよかったぜ。大切な人を守れて・・・・・・・・

 先崎はリュリュの様子を見ながら、こう言った。するとリュリュは、表情を変えて、

 「……ちょっと、いつから私はアンタの彼女になったの!?」

 強めの口調で言った。その時看護師のひとりが、

 「あの……、落ち着いてください」

 そう言いながらリュリュをなだめた。そして、

 「もう少しすれば、先生が来ます」

 周りにこう伝えた。それから数分後、

 「患者の容体はどうなったかね?」

 別の医師が看護師に問いかけると、

 「ええ、意識ははっきり戻ってます」

 と答えた。そこで医師はリュリュに対し、

 「……体調はどうかね?」

 と問いかけると、彼女は、

 「ええ、倒れる前に比べて、胸が軽くなってます。苦しくありません」

 こう答えた。医師は、

 「それでは、後で検査を行うので、ゆっくり休んでほしい」

 と言いながら、病室を出た。改めてメロが、

 「アンタ『胸が軽くなった』っていうけど、本当に大丈夫なの!?」

 心配そうにリュリュに問いかけた。すると彼女は、自分の胸をさすりながら、

 「ええ、そうよ。これまでにないくらい・・・・・・・・・・、にね」

 笑みを浮かべながら答えた。その言葉を耳にしたメロは、

 「よかったわね、リュリュ。もうアンタが何年も病気で苦しんできたのが終わろうとしてるみたいだし」

 と、こちらも笑みを浮かべていた。

 「そうね。あとは検査の結果待ち、といったところかしら」

 先程のメロの言葉にはリュリュもその通り、とうなずいていた。するとそこへ、

 「……リュリュ君がここに運ばれたのか。彼女は大丈夫かね」

 と言いながら、教授風の中年男性が入ってきた。

 「カタリン教授!」

 ウインリィは教授を目にした瞬間、こう言いながらお辞儀した。すると、

 「おお、ウインリィ君かね。先日の歴史学会、実に素晴らしかった」

 ウインリィの両手を握りながら、カタリンはこう述べた。それから、

 「……まさか、ここにリュリュ君が運ばれたとはな……。午前のシンポジウムが終わった後で、偶然君たちを見掛けた時にリュリュ君に似た人が担架に乗っているのは目に入ったが……。友人の見舞いでこの階を訪れると、彼女の声が耳に飛び込んできたので、実に驚いたよ」

 こんなことを口にした。ウインリィも、

 「ええ、彼女が重い病気を抱えているのは知ってましたけど、私も驚きました」

 と答えた。さらに、

 「そんな状況で、『サイバー・ガーディアン』としてあれだけの仕事をやってのけるわけですから、私には……」

 こう話した。その時、先崎が短パンのポケットからビンを取りだし、

 「教授、これを見てほしい」

 と言いながら、カタリンにビンを手渡した。すると、ビンの中身を目にした彼は、

 「……これは……」

 思わず言葉につまったまま、動きを止めた。先崎は、

 「こいつをリュリュってやつが飲んでたら、今ごろあの世に行ってるぜ、彼女は」

 と言った。その言葉を耳にしたカタリンは、

 「……わかった。これを詳しく調べることにしよう」

 そう言いながら、薬をスーツの左下のポケットに入れた。そして、

 「リュリュ君、大丈夫かね?」

 改めてリュリュにこう問いかけた。彼女は、

 「ええ。あの時、私が苦しんで倒れる前より胸が軽くなりました」

 と答えたあと、

 「……アンタの彼女になってもいいわ……」

 先崎の方に顔を向けながら、こんな言葉をぽつりともらした。彼は、

 「ん? よく聞き取れなかったぞ」

 首をかしげながら、リュリュに問い返した。彼女は、

 「……私に何度も言わせるつもり……!?」

 こう言ったあと、

 「仕方ないわね、もう一度言うわ。アンタと付き合うことにするわ、これから。なぜだかわからないけど、私の心の“何か”が私に問いかけてるの。『相性いいんでしょう』って」

 改めて先崎にこう話した。彼は、

 「……そうか。これからもよろしくな」

 と言いながら、リュリュが上げている右手を握った。すると彼女は、

 「……アンタとはケンカになりそうね・・・・・・・・・、ずっと(・・・)」

 なぜか笑みを浮かべながら、こんなことを口にした。彼女の言葉を耳にしたカタリンは、

 「リュリュ君、ずっとケンカするのなら、彼とは付き合わない方がいいのでは……」

 と声をかけたが、リュリュは、先崎が握っている自分の右手を動かして、

 「……もういいの、先生。私彼と付き合うことにするわ。メロ、アンタが言った通りになるかもしれないわね」

 こう話した。するとロリエが、

 「へぇ、それじゃ、わたしの姉さんみたいに、アーナスが祝福してくれるんかな……?」

 というようなことを言い出した。その言葉を耳にしたリュリュは、ロリエを見ながら、

 「え!? ちょっと前に新聞に載ってあった『“アーナス・ムーン現象”で結ばれた高校生カップル』の女性って……、アンタの姉さんだったの??」

 信じられないといった感じで、目をぱちぱちさせながら、こう問いかけた。ロリエが何か答えようとした時、ウインリィが二人の間に割って入り、

 「ええ、そうよ」

 と言った。

 「……ウインリィちゃん……、いや、先生……」

 ロリエがあっけに取られた感じで言うと、ウインリィは、

 「詳しい話は、あなたが退院してからにするわ、リュリュ。“アーナス研究”には格好の題材でしょうから。それとひとつ付け加えると、あなたの命をつないでくれたパンストを作ったのが、私の先輩であり、その時のカップルの女性、ソフィやここにいるロリエの母親でもある陽菜先輩、つまりあなたが話してた例の『魔法マイスター』よ」

 さらにこんな話を続けた。リュリュは、

 「……本当に奇跡のような“巡り合わせ”ね……。私は『“マイスター親子”に助けられた』、ってことになるのね……。話を総合すると」

 こうもらしたあと、

 「……でも、別に『アーナスが祝福してる』わけじゃないわ、ロリエ。アイツとはケンカが続くことになりそうだし。そうでしょう、そこの短パンボーイ」

 先崎に対し、“短パンボーイ”と呼び掛けた。彼は、

 「……短パンボーイねぇ……」

 右手で頭をかきながら考え込んだあと、

 「そういやあ、お前誰だっけ?」

 リュリュにこう問いかけた。彼女は、

 「……リュリュ、でいいわ。それにアンタこそ誰なのよ!?」

 逆に先崎に問い返した。彼は、

 「あ、そっか」

 と一言入れたあと、

 「シンジ、と呼んでくれ」

 こう答えた。さらに、

 「しかしこんなとこでデート、ってのも、なかなかねぇよな……?」

 などと言い出した。周りが唖然とした表情を浮かべる中、リュリュは、

 「……怒る気にもならないわ……」

 と言いつつも、

 「シンジ、私が退院したら、その時は覚悟しなさいよ・・・・・・・。アンタを逃がさないから」

 なぜか笑顔でこう返した。それから、

 「メロ、シンジの連絡先、後で私に教えて。どうせアンタに伝えてあるだろうから」

 メロにこう伝えた。彼女は、すぐに自分のハイフォンを取り出していじくったあと、

 「リュリュ、アンタのハイフォンに彼の連絡先、入れておいたわよ」

 と言った。

 「ありがとう、メロ」

 リュリュがそう言った時、

 「もうすぐ面会時間が終わります」

 そう言いながら、ひとりの看護師がリュリュたちのもとに来た。

 「リュリュ、早く退院してね。本当にアンタが助かってよかったわ」

 「リュリュちゃん、セシリアちゃんと一緒にアーナスのこと、たっぷり研究しててね。わたしも楽しみにしてるよ」

 などと口々に言いながら、ロリエたちは、リュリュのいる集中治療室を後にした。



 「しかし助かってよかったぜ、アイツも」

 先崎は、二度うなずきながらしんみりと言った。ウインリィはイスに座りながら、

 「あなたね、本当に何を考えてたの!? 一歩間違えれば、リュリュは命を落としてたわ。それに『集中治療室でデート』って、どこからそんなことになるわけ!?」

 きつめの言葉で先崎に伝えた。ところが彼は、ウインリィの言葉に構わず、

 「まあ、これで俺にとってもアイツにとっても、一生忘れられない“思い出”になるだろうな。あの笑顔は、アイツが見せた、自分を苦しみから開放してくれた“感謝の印”だな」

 こんなことを話していた。メロも、

 「……それは認めるわ。リュリュって、実は『本当に気が合う人とは一度“ケンカ”をする』の。口げんかか議論か、あるいは取っ組みあいかは相手次第だけど。その時・・・になれば、必ず相手に対して何らかの素振りを見せるわ、リュリュは」

 と言いながら、なぜか太ももをさすっていた。それから、

 「あの『覚悟しなさい』という言葉、アンタへのお礼と、これから他の男ではなく、アンタと付き合うという“覚悟”を込めてるの。結婚も視野に入れて、ね。だから、『リュリュを捨てる』って態度を取ったら、私はアンタを許さないわ」

 先崎にこう伝えた。彼は、

 「……おいおい、俺がアイツを捨てると思うか? だったら、初めっから付き合う気なんてないぜ。ましてや見ず知らずだったアイツを守るなんてこと思わんだろう? 普通」

 首を強く振りながら、こう言った。さらに、

 「ま、俺は働くのは好きじゃねぇが、アイツのためなら、色々やるのも悪くはないか」

 と言いながら、なぜかビンを回していた。その時、腕時計に目をやったカタリンは、

 「そろそろ時間だな」

 と言ったあと、

 「これから学会の続きがあるので、会場に戻らないといけない。ウインリィ君、君には分析の結果を追って報告する。まあ、何よりもリュリュ君が助かってよかったよ」

 こう話しながら、その場を後にした。先崎が回していたビンに疑問を抱いたウインリィは、

 「あなた、そのビンに何が入ってるの?」

 と問いかけると、彼は、

 「ん~、ちょっと“例の薬”を残しておいた方がいいかな、って思ってな。とりあえずはいくつか入れといた・・・・・・・・・。もちろん、アイツには飲まさねぇぜ、絶対に」

 このように答えた。そしてウインリィに、

 「俺の代わりにこいつを持っといてくれんか? 行方のやつから、お前が有名な歴史学者だと聞いててよ。これお前が持ってたら、何か“歴史を取り戻す”時の役に立つと思ってな」

 と言いながら、ビンを手渡した。彼女はそれを受けとると、

 「あなた、どうして私にこれを……!? カタリン教授にすべて任せればいいはずでしょう? 彼は魔法工学の分野では非常に有名な方だし、あなただって友人から話は聞いてるでしょう……」

 先崎にこう問いかけたが、彼は、

 「ああ、それはわかってる。しかし、誰か別の人間に・・・・・・・持たせておかないと、何か“この国に嫌なものを招く”って感じがしてな。俺もよくわからんが、センサーがそう感知してるんだ」

 ただ淡々と答えた。ロリエも、

 「ウインリィちゃんならきっと大丈夫だよ。なんだったらヒ……、あ、いや、あの人に見せてあげなきゃ」

 と言った。すると先崎は、

 「ん? 誰のことだ?」

 首をかしげながら聞いた。その時ウインリィが慌てて、

 「何でもないわ。知人に薬剤師がいるから、その人の名前を出そうとしただけよ」

 こう話した。

 「? そうか……」

 先崎もそれ以上は聞かなかった。ふと時計に目をやったウインリィは、

 「そろそろ図書館に行かないと。もうだいぶ時間がたってるわ」

 と言いながら、イスから立ち上がった。それからメロに対して、

 「リュリュに改めて伝えてあげて。『歴史を取り戻すために、あなたの力が必要だ』って。それとこれを渡すから、後で私に連絡先を伝えて。ついでにあなたの連絡先も教えて」

 と言いながら、メロに名刺を手渡した。それを受け取った彼女は、すぐさま書かれてあったアドレスに、自身のハイフォンのアドレスを入力して送った。すぐに着信音が鳴り、ウインリィがハイフォンを確認すると、

 「ありがとう」

 メロにお礼を言った。彼女は、

 「リュリュもそう思うけどさ、私もウインリィさんのような人に会えてうれしいわ。アンタは歴史学者として、世界中飛び回ってるでしょう? この国の歴史を取り戻すために。私も行ってみようかしら、いろんなところ。先崎のやつから『どこかを救う』なんてこと言われりゃ。私の働いてるキャバクラの客からは、『生きる力をもらった』とか、『心を救われた』なんていう手紙やメールが後をたたないし。だけどこの胸が人々を“救う”なんて、リュリュと会う前までは想像もつかなかったわね」

 こんなことを話した。すると先崎も、

 「ああ、そうだな。お前の胸には、何か魔法がからむような・・・・・・・・・力が備わってるような感じがするな。例えばよ、ゲーム的にいやぁ、『お前の胸を触るとHPが回復する』、なんてね」

 などと、うなずきながら言った。その話を耳にしたメロは、

 「……なるほどね……。以前何年も前、リュリュに出会う前に一度、路上で男から胸を激しく何度も触られた時、どういうわけか、触った男に感謝されたことがあったわ。それなら話はつながるわね」

 なぜかこんなことを話した。それから、

 「今ではその男、私の働くキャバクラの常連客だけど、あの時、どうも病気を抱えてたらしいの。しかも離婚もしてたわ。その時の男の手紙、今でも持ってるわ」

 と言いながら、その手紙をバッグの中から取り出した。その差出人を目にした先崎は、

 「……おいおい、こいつひょっとして、あの人気アイドルの父親か……??」

 驚きの表情を浮かべていた。そんな彼に構わずメロは、

 「……ええ。奈々(なな)ちゃんの、ね。実は彼女、私と話をしたことがあるわ。『父親のキャバクラ通いをやめさせてほしい』ということでね。あの子、言葉づかいはあまりよくないみたいだけど、根っこは優しいわ。私にはわかるわ。一度じっくり話した時、最後は『その恩人と結婚すればいいのに。あたしが守るわ』と言ってたわね。彼女の父親との結婚については丁重に断ったわ。その時はね・・・・・……。『結婚してほしい。今度は君の助けになりたい』と言ってきてくれたことには感謝してるけど。実際に彼の、店での評判もいいみたいだし」

 淡々と話した。いつの間にか、病院を立ち去ろうとしていたウインリィたちも、メロの話をずっと聞いていた。それから、

 「なんで? 二人って、結婚考えるぐらい相性いいよね??」

 ロリエは首をかしげながら、こう問いかけた。するとメロは、

 「……そうねぇ、そう言われればそうなるのかしら。確かに彼とは話が合ってたわね。ここだけの話、奈々ちゃんのことについても、私に相談してきたことがあったわ。彼には『あの子は根は優しい人で、父親思い』ということを伝えたけど、その言葉を聞いて、彼は驚いてたわね。『私はこれまで奈々に何もしてやれなかった。せめてこれからはお前と一緒になって奈々を助けてあげたい』とも言ってたわ。私も、『奈々ちゃんの助けになるのなら、いつでも相談に乗ってあげるわ。必要なら、特別に胸も触らせてあげる』と伝えたけどね。あ、最後の言葉は他の人には知らせちゃダメよ」

 こんなことを話した。

 「……さっちゃんの父親って、週刊誌とかが騒ぐような“ろくでなし”じゃなかったのね……」

 なぜかうつむき加減の状態で、ウインリィはこう言った。メロも、

 「ええ、ワイドショーの番組を見て、私も本当に怒りに震えたわ。『アンタたち、どこ見てんのよ』って。放送局にじかに抗議に行こうとも考えたわね」

 肩を震わせながら話した。それから、

 「だけどね、奈々ちゃんはインタビューで顔を歪めながらも、“父親を守る”という気持ちを全面にだして答えてたわ。あれを見て私、彼女の父親と結婚しようと思ったの。そのことをじかに彼女に伝えたら、『ありがとう』ってね……。相変わらず言葉づかいはよくなかったし、その時なぜか私の胸を触ってきたの。その時の彼女が口にした『いいわね、アンタの胸触らせてもらった人って。ストレス発散出来るだけじゃなくて、自分を癒してくれたり、力を与えてもらえるから。あたしにはわかるわ。アンタの胸には、“人を救う魔力”みたいなものが感じられるの』という言葉が胸にグッと来たわ。今度改めて奈々ちゃんにお礼を言おうと思うの」

 こんなことを話した。メロの話に疑問を抱いたウインリィは、

 「え? さっちゃんって、魔法師じゃないの!? それなのに、あなたの胸を触っただけでそこまでわかるなんて」

 こう問いかけた。するとメロは、

 「そう。あの時奈々ちゃん本人がそう言い切ってたの。だけど、私が『せっかくだから“魔法師アイドル”目指せば?』と伝えたら、驚きと共に乗り気になったわ。『事務所が反対してもあたしはそれを目指す』って」

 こんなことを言い出した。その話にロリエが、

 「じゃあ、わたしの母さんの知り合いの、姉さんの高校の理事の人に頼もうよ。奈々ちゃんの魔法師への道」

 などと打診した。ウインリィも、

 「なるほどね、それはいいアイデアね。そのことを陽菜先輩に伝えておくわ」

 と言ったあと、

 「メロ、さっちゃんには伝えられる? 『魔法師を目指す彼女のために強力な助っ人を用意出来る』ということ」

 メロにこう伝えた。彼女は、

 「……残念だけど、いまそれはできないわ。しかし奈々ちゃんからね、おととい『今度の生放送の出演が終わったら、4日間休養が取れるの。その時、アンタ父さんと籍入れてあげて。それだけで父さん喜ぶから。あと結婚式なんて挙げなくていいわ』って電話があったの。彼女にその訳を聞いてみたら、『父さんもこれ以上はあたしやアンタに迷惑はかけたくないから、内輪で“結婚の会”みたいなことを行いたい』って言ってたわね。私自身、奈々ちゃんの父親とは結婚してもいいと思ってるの。年の差関係なく。ただ、アーナスに祝福してもらえなかったのが残念だけど……。それはちょっとした冗談としてもね」

 と話したあと、

 「ま、とりあえず奈々ちゃんの“プライベートアドレス”には、ウインリィさん、アンタが言ってたこと送っておくわ」

 そう言いながら、自身のハイフォンを操作して、先程ウインリィが話した内容をまとめたメールを送った。そして、

 「しかし今度の生放送、楽しみね。彼女が慕ってる、自身を人気アイドルにした女優と一緒に出演するんだもん」

 こんな話をした。ウインリィも、

 「私もその女優のファンだから、一緒にトークするの見てみたいわね」

 楽しそうに言った。そんななか、じっと手にした何かを見つめている先崎に気づいたロリエは、

 「ねぇ、それって何なの? 先ちゃん」

 不思議そうに問いかけた。その問いに彼は、

 「これか? 数日前に、なぜか奈々のやつが俺に渡したもんだ。その時、『あの人にふさわしい相手が見つかったの。これはその“証明”よ。これで結局は、“あたしがあの作家と結ばれるべきだ”ってことがいやでもわかることになるわ、あの人にも。だから二人は離婚して当然なのよ。だけど、あたしに何かあっても困る・・・・・・・・から、とりあえずアンタが持ってて。アンタならいざという時に助けになるから。あたしにはわかるわ。アンタが相当な能力を持ってる・・・・・・・・・・の』なんて言ってたな。それにしても、なんで見ず知らずの俺にこんなもん渡したんだ?? 奈々のやつ」

 首をかしげつつ、手にしたクリスタル状の結晶を見ながら答えた。するとウインリィが、

 「……ちょっとその結晶、もしかして……」

 少し驚いた表情を浮かべながらこう言ったあと、

 「あなた、それを見せて」

 先崎にこう頼んだ。

 「ん? これか?」

 彼はあっさりウインリィに結晶を渡した。それを受け取った彼女は、じっくり見ながら、

 「……これ、今すぐにでもリュリュに・・・・・見せてあげたいわ。セシリアにもね」

 こうつぶやいた。その時ロリエは、ハイフォンのカメラのピントを結晶に合わせて、撮影を始めた。

 「これをセシリアちゃんや母さんに見せるよ。何か大切なメッセージを示してるかもしれないし。メロンちゃんにも送ってあげるよ。それリュリュちゃんにも送って」

 そう言いながら、あれこれとハイフォンを操作していた。メロは、

 「……アンタの中では“メロンちゃん”になってるのね、私」

 少しため息をもらしつつ、

 「わかったわ、リュリュにはちゃんと伝えておくわね」

 と言った。

 「ありがとう、メロンちゃん♪」

 ロリエはお礼を言ったあと、ハイフォンの画面を見ながら、

 「これ、本当にきれいだね……。実物を見なくてもわかるよ。こんなクリスタル産み出した・・・・・・・・・・人の心が・・・・

 こんなことをつぶやいた。その時ウインリィは、

 「……何!? このマーク……。あるものに似てるわね」

 そう言ったあと、突然考え込んだ。

 「“マーク”……??」

 先崎は改めて結晶の中をのぞきこむと、

 「……メロン、いやメロだったか、奈々ちゃんに伝えてくれ。『どうも彼女の命を狙う者がいそうだ』、と俺が言ったことをな。ところで、アイツ最近誰かともめてた、って話ねぇか?」

 突然こんなことを聞いてきた。その時メロの表情が歪んだ。

 「ん? どうしたんだ、メロ……」

 先崎が不思議そうに問いかけると、メロは、

 「……ここだけの話、奈々ちゃんと例の女優、女優が離婚した作家のことでひと悶着あったみたいよ。あと、何か二人がもめてるところを見た人もいたみたいだし」

 こんなことを答えた。さらに、

 「私も奈々ちゃんに、『女優さんとは関係を修復した方がいいわ』と勧めたの。だけど彼女、『今のあの人なら、あたしは演技でも抜けそうよ。だって今のあの人、あたしの慕ってる女優じゃない・・・・・・・・・・の』なんて言ってたの。私にはそれがショックだったわ。それとどうしてあそこまで言葉づかいが悪いのかしらね、奈々ちゃんは」

 こんな話まで行った。

 「……ちょっとメロ、そんなこと、ここで言っても大丈夫なの!? 他の人が聞いてたらどうする気!?」

 ウインリィが心配そうにメロに問いかけたが、彼女は、

 「大丈夫よ。アンタたちの他にはいないことは何度も確認してるし、それに、アンタたちには教えておく必要があると考えたの。改めてお願いするわ。奈々ちゃんを助けてあげて。彼女、きっと今後のアンタたちの助けになると感じたから」

 逆にウインリィたちに、こんなお願いをした。それを聞いたウインリィは、

 「わかったわ。改めて陽菜先輩にも伝えておくわね。先輩からも『奈々ちゃんから“パンストのオーダー”があって、明日には彼女に渡す』という話が入ってるから、喜んで協力してくれると思うわ」

 笑顔でメロにこう伝えた。彼女は、

 「ありがとう、ウインリィさん。早速このことを奈々ちゃんに伝えるわ」

 ウインリィにお礼を言ったあと、

 「それとこれ、アンタたちが持ってて」

 と言いながら、指輪みたいなものを手渡した。ウインリィがそれを受けとると、メロは、

 「それね、横代島に住む魔法マイスター特製のリングよ。『相当な量のFSをため込むことが出来る』という代物で、奈々ちゃんが私に『父さんを助けてくれたお礼よ』って、私にくれたの。彼女自身もお守りとしてはめてるわ。私魔法師じゃないから、あなたにそれを“託す”わね。それに友人の魔法師からは、『この胸自体がかなりのFSをため込む器になってる』って聞いたから」

 胸をさすりながら、こんな話をした。

 「いいの? これあなたが持ってなくて……」

 ウインリィは、一旦リングをメロに返そうとしたが、

 「ええ、アンタたちが持ってれば、すごい力を引き出せそうだし。だからもっと使ってあげて」

 と言いながら、受け取りを断った。そして、

 「アンタたちの活動、私も応援するわね。もしアンタたちが疲れたら、私のところにおいで。その時はアンタたちをいやしてあげるわ。この胸で」

 胸をさすりながら、ウインリィたちにこう伝えた。それから時間を確認すると、

 「あら、もうこんな時間ね。そろそろ帰るわ」

 と言いながら、エレベーターへと向かった。ウインリィも、

 「私たちも一緒に行くわ。調べものがあるから」

 ロリエと一緒にメロについていった。ひとり残った先崎は、

 「……しまった。アイツらに見せるのを忘れたな、奈々ちゃんの“手紙”……」

 と言いながら、ポケットから何かを取り出した。その題名には、「あたしがしたってる師匠へ」という言葉が書いてあった。そして、奈々をめぐってナディアのみならず、世界を騒然とさせる出来事が起きることになる……



 病院を後にした3人は、図書館へ向けて歩き出していた。ウインリィが、

 「本当に助かってよかったわね、リュリュ。一時はどうなるかと思ったわ」

 と言うと、メロも、

 「アンタの言う通りね。リュリュが退院したら、盛大にパーティーでも開こうかしら。お金なら私がもつわ。もう2500万ナディもたまってるし。さすがマイスターの“ストッキングの効果”ね」

 笑顔でこう話した。その話にウインリィは、

 「あなたなら、先輩が作ったパンストをはかなくても、十分人気になってるわ。その胸で、たくさんのお客さんに活力を与えてあげられてるから」

 こう切り返した。ロリエも、メロの胸を見ながら、

 「うん、ウインリィちゃんの言う通りだよ。わたし、ちょっとうらやましいと思ったよ、メロンちゃんのこと。たくさんの人を救う大きな胸があって。わたし胸が小さいのは別に気にしてないけど、もう少し大きくしてほしいと思っちゃったよ」

 うらやましそうに言った。メロは、

 「……“メロンちゃん”ね……。そういえば、キャバクラの客も言ってたわね、『高級メロンみたいな胸だ』って。私自身、メロンって言われるのはちょっと、って思ってたけど」

 と前置きしつつ、

 「アンタだったら“メロンちゃん”って呼んでいいわ、私のこと。アンタ正直でまっすぐな気持ち持ってるから」

 ロリエにこう伝えた。それから、

 「なんだったらロリエ、私の胸を触ってみて。そして正直に感想話して」

 ロリエに胸を触るようにすすめた。彼女は、メロのすすめに応じて胸を触ると、

 「メロンちゃんの胸って、なんか“温かい心”が感じられるね。『触った人を包み込む優しさ』もね。わたし、奈々ちゃんがメロンちゃんをうらやましがってたのわかる気がする。それから、奈々ちゃんがメロンちゃんに会えたのって、すんごく大きいと思うんだ」

 こんなことを口にした。それから、

「メロンちゃんが奈々ちゃんの助けになってるの、わたしにもすんごくわかったよ。わたしの友達の姉さんが、奈々ちゃんと同じ高校に通ってるみたいで、その友達から奈々ちゃんのことを聞いたりしてるけど、そんな話聞いたことなかったよ」

 と話した。ウインリィも、

 「さっちゃんに関する貴重な話が聞けて、本当によかったわ。私も彼女の味方になるわ、メロ」

 と言いながら、カバンを開けて何かを取り出した。そして、

 「さっちゃんにこれを渡して。魔法師を目指す上で役に立つから」

 メロに一冊の本と自身の名刺を手渡した。

 「この本は何なの……?」

 メロが問いかけると、ウインリィは、

 「それは、魔法師に関するガイドブックなの。魔法師に関することが色々載ってあるわ。“魔法師アイドル”目指してる彼女にはうってつけね。あと、名刺の裏には手書きで、私のプライベートハイフォンの連絡先を入れてあるから、彼女に、そこに連絡入れるように伝えて」

 このように答えた。

 「ええ、そうさせてもらうわ。ありがとう、ウインリィ」

 メロはウインリィにお礼を言いながら、本と名刺を受け取った。ウインリィは、

 「さっちゃんによろしく伝えて、メロ。私たちも彼女の相談に乗るわ」

 そう言ったあと、

 「あなたたちに会えてよかったわ。リュリュも長年の病気の苦しみから解放されそうだし、私たちにとっても“大きな一日”になるわね」

 こんなことを伝えた。メロも、

 「それはお互い様ね。リュリュがアンタたちに会ってなかったら、彼女、今頃この世にいなかったかもしれないわね。だか ら、私がリュリュに代わってお礼を言うわ。ありがとう、ウインリィさん、ロリエちゃん」

 二人にお礼を言ったあと、

 「今度はリュリュが退院した時に、彼女と一緒にアンタたちに会いにいくわ。その時は連絡入れるわね」

 と言いながら、二人のもとを離れた。

 「メロンちゃん、とてもいい笑顔だったよ」

 ロリエがこう言うと、ウインリィもうなずいていた。彼女は時間を確認すると、

 「もうこんな時間!? 早く図書館に行かないと」

 腕時計の針は2時を指そうとしていた。そして、

 「急ぐわよ、ロリエ。調べものする時間が無くなるわ」

 ロリエに急ぐように呼び掛けたが、彼女はハイフォンを見たまま動かなかった。それから、

 「ルリカ……」

 つぶやくようにこう言った。

 「ちょっとどうしたの、ロリエ!?」

 ウインリィがこう問いかけると、ロリエは、

 「なんかたいへんなことになってるみたい、ルリカ」

 力なく答えた。それから、

 「これを見て、先生」

 自身のハイフォンの画面をウインリィに見せた。そこには、


 ――……ロリエちゃん、お姉ちゃんが、私の大好きな祥子お姉ちゃんが……。どうして、どうして……、図書館で……――


 という一文が映っていた。ウインリィは、

 「これって、まさか……。急いで図書館に向かいましょう!」

 と言いながら、いきなり走り出した。ロリエも、

 「先生……」

 とつぶやきながら、すぐにウインリィの後を追った。図書館に向かう二人が目に入ったメロは、

 「どうしたの? そんなに慌てて」

 と呼び掛けた。ウインリィは、一旦止まったあと、

 「ロリエのハイフォンに、『祥子がたいへん』という感じの、ルリカからのメールが入ってたの。だから急いで図書館に向かってるわ」

 と答え、再び走り出した。それを聞いたメロも、

 「私も行くわ。祥子のことを放っておけないから」

 そう言いながら、すぐにウインリィたちの後を追った。そして図書館に着いて、たくさんの人だかりを目にした3人は、その様子に驚いた。その時、

 「……ロリエちゃん……、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……」

 ルリカが、涙を流しながらロリエに抱きついてきた。ウインリィとメロが、人だかりをかき分け先に進むと、図書館のシンボルである、樹齢200年は下らないという大木のかたわらで、一人の女性がうつぶせになって倒れていた。

 「……祥子……」

 メロは思わず言葉を失った。そして、変わり果てた祥子のもとへ駆け寄り、

 「祥子、しっかりして!」

 と言いながら、何度も彼女をさすったり揺さぶったりしたが、いっこうに反応が無かった。メロは、

 「どうして……、アンタがこんなことにならなければいけないの……」

 祥子を地面に置いて、その場で泣き崩れた。それからほどなく、複数の警官がメロの側に来た。

 「こちらです、警部!」

 一人の警官がこう叫ぶと、おもむろに警部とおぼしき男性が、人混みをかき分けて現れた。そして祥子に手を合わせたあと、

 「被害者はこの女性かね?」

 と問いかけた。別の警官が、

 「そうです」

 と答えたあと、

 「ただ、身元につながる物がありません」

 こう付け加えた。警部は、警察手帳を取り出して、

 「警察だ。ちょっとそこをどいてもらおう」

 と言いながら、周りの人々に見せた。するとウインリィたちが目に止まったのか、

 「ん? もしや君は、息子の担任の……」

 少し驚いた感じで言った。ウインリィは、

 「残念ですが、あなたの息子のエミルの担任ではありません、伊田いだ警部。私はウインリィ・メーアです。彼が通っている高校で歴史を教えております」

 淡々と答えた。

 「そうか。息子が世話になっておるが、高校での様子はどうかね?」

 伊田警部が問いかけると、ウインリィは、

 「……実は、同じ高校に通っている、セシリア・グランヴィスという女の子と仲がいいみたいで、個人的にも、二人を応援してます」

 と答えた。すると伊田警部の表情が、驚きと同時にひきつる感じに変わった。

 「……まさか、あの名門良家のお嬢様とうちのエミルが……!? そのようなことは初耳だが……」

 彼がこのようにつぶやくと、ロリエが、

 「うん、そうだよ。セシリアちゃんの方が『エミルちゃんと結ばれたい』っていうんで、アーナスのこと研究する位だし、今ではエミルちゃんもアーナスに興味持って、一緒にレポート書いてるよ」

 いきなりこんなことを言い出した。ウインリィが、

 「ロリエ、むやみに話すのはやめなさい」

 とたしなめたが、ロリエは、

 「セシリアちゃんが『エミルの両親にも伝えてほしい』っていうから、わたしは伝えたけど。それに名門とか、家のことって、あの二人には関係ないと思うよ、わたし」

 さらりとこう答えた。ウインリィは、それ以上何も言わなかった。代わりに伊田警部が、

 「……そうか、後でエミルに詳しく話を聞くことにしよう」

 と答えたあと、ロリエを目にしたところで、彼女に、

 「もしや、君はあの時・・・、大勢の男を相手に一人で戦った女子高生の娘さんかね?」

 こんなことを問いかけた。ロリエが首をかしげると、伊田警部は、

 「もう20年程前のことだが、『魚釣りの名所』と言われる海岸で、100名近くいる犯罪組織の男たちを相手に、一人で戦って男性を救ったという女子高生によく似てたものでね。それで聞いてみたわけだ。実はあの時、私も現場に駆けつけていたのだ」

 こう伝えた。するとロリエは、彼のもとに駆け寄り、

 「それね、わたしの母ちゃんのことだよ。そしてその時はいてたストッキングがこれ。『サンシャイン・ローズ』っていうんだけど、これが母ちゃんを助けてくれたんだよ。『これはくと力がわいてきた』んだって。それをわたしに託して、今わたしがはいてるの」

 自分がはいているストッキングを指差しながら、こう話した。

 「本当にあの娘さんか……。確かに雰囲気が出てるな」

 伊田警部が感心するようにうなずいた。さらにロリエは、ハイフォンを取り出して、

 「これがエミルちゃんとセシリアちゃんのツーショット。二人は仲がいいんだよ」

 と言いながら、いつの間にか撮影していた写真を伊田警部に見せた。彼も、

 「今度エミルに伝えておこう。『彼女を家に連れて来てほしい』と」

 と話した。ちなみにこの話はすぐに実現する・・・・・・・ことになるのだが、ともあれ、このまま放置すれば話が止まらなくなる、という状況で警官が、

 「警部、早く捜査を始めてください」

 慌てるように、伊田警部に呼び掛けた。すると彼も、

 「そうだったな。すまない」

 と言いながら、祥子が倒れた大木に向かった。


 大木に向かった伊田警部は、祥子の体を触りながら、彼女の死因を探っていた。その時、祥子の足元に目をやったメロは、

 「……このストッキング……、あのマイスターが、祥子のために作ったものよ……。ロリエの母親が……」

 あふれる涙をぬぐいながら、こんなことをつぶやいた。その話を耳にした伊田警部は、

 「ん? 君、あの時の女子高生が“マイスター”だと……!?」

 驚きの表情を浮かべながら、メロに問いかけた。彼女は、

 「ええ、そうよ。ロリエから話は聞いてるわ。実際超一流の腕前を持ってるわ、彼女の母親は。私もマイスターのストッキングはいてるし」

 と答えた。その時、

 「ん? なぜ靴をはいてないんだ・・・・・・・・!?」

 伊田警部が、祥子が靴をはいていなかったことに気づいた。さらにロリエは、

 「あれれ? 何かパワーストーンが反応してるよ??」

 左腕に着けたパワーストーンが光っていることに、首をかしげていた。それから、

 「あ、ルリカの姉ちゃんのストッキングに反応してる」

 と言い出した。その言葉を耳にしたウインリィが、

 「どういうこと!? ロリエ」

 ロリエにこう問いかけると、彼女はウインリィのもとに駆け寄り、

 「……なんかわかんないけど、声が入ってくるんだ。『あの人を殺した連中を絶対に許せない。アーナスによって・・・・・・・結ばれるべきだった、あの人を』って。他にも、『どうしてもう少しでジムを買い取り戻せるのに……。私が子供の時、優しくしてくれたのに……』なんてことも」

 こんなことを話した。ウインリィは即座に、

 「リュリュに伝えたいわね、その内容。もしかすると、祥子という女性が『アーナス・ムーン現象』と何らかのかかわりを持ってるかもしれないし」

 と言いながら、プライベートハイフォンを取り出して、操作を始めた。そしてこのことが、後にこの事件を含め、内外に大きな波紋を呼ぶ“事実”を明らかにするきっかけとなる……



 (注1)正式には「ホワイトハットハッカー」と呼ぶ。コンピューターやネットワークシステムの内部に入り、セキュリティ上の欠陥を調べたり、不正アクセス等の監視にあたるハッカーのこと。いわゆる“善意のハッカー”

 (注2)ここでいう「半減期」とは、体内に取り込んだ物質が、代謝等でおよそ半数量が体外に排出されるのに要する時間を指す。生理的半減期といい、多くは有害な物質についていう

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