アーナス・ムーン現象2
夏休みに入って初めての土曜日、ソフィたちの元に、“アーナス・ムーン現象”が起きたカップルに対する結納といわれる「特別立会」の立会人として、心咲らがロリエの家を訪れた。そこで立会を行っている最中、ロリエはウインリィをリーダーとした、政府による例の遺跡の極秘調査に参加していた。その遺跡を調査したところ、歴史を司る女神といわれるヒストリカに遭遇する。そこで判明した数々の“事実”は、バルティスの歴史を揺るがしかねないものであった。
(第5話 アーナス・ムーン現象Ⅱ)
「よし、今日も気持ちよく眠れたよ。……ええと、時間はっと……、あ、よかった……。ちょっと、目覚ましの設定時間より早くなったみたい」
と言いながら、ロリエはベッドから起き上がった。そして目覚ましを止めて、机に置いてあったチェッカーに目をやった。
「ええと……、今日は、ウインリィちゃんとひさしぶりに、例の遺跡の探索を進める。そこでミューズちゃんと1か月近くぶりに会う、と。楽しみだなあ。ミューズちゃん、今ごろ何してるかな……」
そう言いながら、就寝用のストッキングを含めたパジャマを脱いだ。それから、
「どうしようかな、学校に立ち寄るかも知れないし……。制服で行くのが無難だと思うけど、わたしは……」
どの服を着ようかで悩んでいた。ただし、
「まあ、どれにしても、今日はくストッキングはこれしかないよね。母さんがわたしに託してくれた『サンシャイン・ローズ』。わたしやウインリィちゃん、ナディアにとってとても大切な調査だからね。何が起きてもいいように……」
どうやら、自分がはくストッキングはすでに決まっていたようだ。早速彼女は、先にストッキングからはくことにした。そしてはいた姿を鏡で見て、
「……そういえば母さん、このストッキングを初めてはいた時、ワンピースを着てたよね……。せっかくだから、わたしもワンピース着よう。あそこの遺跡では、案外草は生えてなかったからね」
調査に着る服を決めた。そしてワンピースを身につけ、鏡で確認すると、
「うん、これこれ。わたしもあの時の母さんのように、何か力がわいてきたよ」
などと言いながら、体を動かしていた。それから自分の部屋を出て、二人がいるであろうリビングへと向かった。
「おはよう、母さん、姉さん」
案の定、二人はすでに起きていて、陽菜は朝食の準備をしていた。ロリエの姿を目にした陽菜は、
「おはよう、ロリエ。……あら、“20年前のあの時”と同じね。“ワンピース姿に例のパンスト”、ジュードちゃんと出逢った……」
こんなことを口にした。ロリエは、
「うん、わたしも母さんと同じように考えたんだ。そうすると、やっぱり力がわいてきたよ。“あの時の母さん”のように」
と言った。その言葉を耳にしたソフィは、
「……本当に似てるのね、母さんとロリエって」
感心するように話した。陽菜も、
「そうね、あの子も私みたいに、“パンストの魅力”にとりつかれたようね……、いえ、『魔法グッズの“扱い”に長けるように』ね……」
言い直しはあったものの、ソフィの言葉を肯定するようにこう答えた。しかしソフィは、なぜか考え込んだ。陽菜は、
「どうしたの、ソフィ」
首をかしげながらソフィに尋ねた。彼女は、
「何でもないわ、母さん。ちょっと彼のことを考えてただけよ」
と答えた。陽菜も、
「そうね、今日はあなたにとって、『一生の中でも大切な一日』になるわね」
ソフィの言葉にうなずいた。ソフィは,
「ええ、母さん。彼、トスカーナが来るのが待ち遠しくて……」
こう話した。ロリエは、
「いいねぇ、姉さん。相性がベストな彼がいるなんて……」
うらやましそうにつぶやいた。その言葉を耳にしたソフィは、
「ありがとう、ロリエ。だけどね、彼と結ばれてからが大切なの。ロリエも、結婚を考える男性に巡り会った時にわかると思うわ。これから長い時間、その人と一緒に過ごすことになるから……」
ロリエに聞かせるように話した。彼女は、
「ふうん、わたしはまだ、そんな相手はいないけどね……。それよりも歴史探索の方が大切だし」
「自分には関係ない」といった感じで言った。これにはソフィも苦笑いする他なかった。そんな時、
「ご飯出来たわよ」
台所から陽菜の声がした。その声を耳にした二人は、台所に向かった。
「いつもと変わらないね、母さん」
テーブルに並べられた料理を見て、ロリエはこう言った。陽菜は、
「ええ、そうよ。『“結婚を祝福する意味で”いい料理を』、とも思ったけど、しばらくすれば、長い間二人一緒に過ごす生活が始まるからね……」
こんなことを口にした。そんな話にロリエは、
「えー、そんな大切な日なのに……!?」
ちょっぴり渋い表情を浮かべながら、陽菜に問い返した。その問いに彼女は、
「まあ、朝から豪華な料理を並べても、ね……。もちろん、夜は頼んであるわよ」
こう答えた。そして二人に、
「早くご飯食べてね。二人とも準備があるでしょう?」
朝食を食べるように促した。その言葉を聞いた二人はイスに座り、
「いただきます」
と言って、朝食を食べ始めた。食べ始めてすぐ、ロリエは、
「ねぇ、母さん、父さんはまだ起きてこないの?」
と聞いた。陽菜は、
「もうすぐ起きてくると思うけど……。ちょっと様子を見に行こうかしら……」
そう言いながら、一旦台所を出た。二人きりになった台所では、ロリエが一目散に朝食を食べていた。その様子を見ていたソフィは、
「ロリエ、急ぐのはわかるけど、もう少し落ち着いたらどうなの? まだ時間はあるでしょう……」
あきれるように伝えた。ロリエは、
「わかってるわよ、姉さん。それでもわたし、ウインリィちゃんが来るの待ちきれないから、少しでも早く準備をしないと……」
食べながら話した。それにはソフィも、
「そうね、準備は早めにしておかないと……」
と、ロリエの言葉にうなずいた。二人が食べ始めてからしばらくして、
「母さん遅いね……。どうしたのかな……?」
などとロリエがつぶやいていると、
「ごめんね。ジュードちゃん準備してたから、気づいてなかったみたいなの……」
陽菜がそう言いながら、ジュードと一緒に台所に戻ってきた。そして二人も一緒に座り、改めて、
「いただきます」
4人でこう言った。すると陽菜は、
「ロリエ、ウインリィちゃんが、『あなたに渡したいものがある』って、私のハイフォンのメールに入ってたわよ」
いきなりこんなことを言い出した。ロリエは、
「えー!? なんでわたしのロップとかに入れてないの……!?」
首をかしげながら陽菜に問いかけた。陽菜は、
「ご飯食べてからでいいから、すぐに確認して。私のハイフォンに入ってきたのも、ちょっと前みたいだし……。それで今日は、ハイフォンを持っていくんでしょう?」
逆にロリエにこう問い返した。それに対して彼女は、
「わかったよ、母さん」
そう答えたあと、残っていた朝食を食べて、
「ごちそうさま。それじゃ、早速準備始めるよ」
と言いながら、食器を下げた。それから台所を出ようとした時、
「あ、そういえば母さん、昨日かなんか『3人目を産む』って言ってたけど……」
思い出したように、こんなことを話した。陽菜は、
「ええ、そうよ」
そううなずいたあと、
「その“命の授業”、あなたに見せられなくてごめんね……」
と言った。その言葉を聞いたソフィは慌てて、
「……母さん……、ちょっと……」
こう言ったが、陽菜は、
「ロリエは、もっと大切なことをしに行くんでしょう? ウインリィちゃんと一緒に」
さらりとこう答えた。ロリエも、
「うん、ウインリィちゃんも『ナディアにとって大切な調査だ』って言ってたし」
陽菜の言葉に「その通り」という感じで、何度もうなずいた。それから、時計を横目にちらりと見ながら、
「あ、もうちょっとしたら、ウインリィちゃんが来るね」
そう言った。そして、
「姉さん、彼と幸せになってね」
こう言い残して、小走りに台所を後にした。時刻は8時を10分ほど回っていた。
再び自分の部屋に戻ったロリエは、陽菜が言った通り、自分のハイフォンを確認した。すると、ちょっと前に受信したメールが入っていた。ウインリィからのものであった。
――ロリエちゃん、今回の調査に使う、とても大切なアイテムがあるわ。おそらく、今日あなたがはくと思うパンストと同じ、“魔法グッズ”の一種だけど、詳しいことは、私が来てからのお楽しみね――
こんな内容のメールを見たロリエは、
「……なんでウインリィちゃんが、わたしがあのストッキングをはくことがわかってるの……!? ひょっとして、母さん……」
こうつぶやいたあと、
「えーと……、忘れ物はないかな……」
改めて、自分が持っていくものをチェックした。そして、
「……チェッカーに、最後は……っと、これこれ。わたしの“必須アイテム”、ハチマキ。今日は2本持っていこう」
そう言いながら、1本はカバンに、もう1本をワンピースのポケットに入れた。しばらくハイフォンでゲームをしていると、電話がかかってきた。彼女が電話に出ると、
「ロリエちゃん、あと5分ほどであなたの家に着くわ。家の前に立ってて」
ウインリィからの電話だった。ロリエが時刻を確認すると、まだ8時半より少し前だった。彼女はハイフォンを片手に、カバンを持って部屋を出た。そして玄関に来て、
「母さん、行ってきます」
そう言いながら、靴をはいた。
「行ってらっしゃい、ロリエ」
陽菜の言葉を耳にしたロリエは、玄関を出たあと、そのままウインリィが来るのを待った。ほんの数分も過ぎぬ時、1台の車が玄関の前に止まった。そして、
「ロリエちゃん、行こう」
ウインリィが何かを持って運転席から出てきた。それから玄関に立ち止まり、ドアホンを鳴らした。すると陽菜が現れた。そして、ウインリィが持ってきた物を目にして、
「おはよう、ウインリィちゃん。……あら、どうしたの? それ」
こう問いかけた。ウインリィは、
「陽菜先輩、これを出してあげて」
そう言うと、箱を陽菜に手渡した。
「ウインリィちゃん、これは……?」
彼女は驚いた表情を浮かべながら、箱を持った。ウインリィは、
「それね、お菓子の詰め合わせよ。人気店のクッキーの、ね」
こう答えた。
「ありがとう、ウインリィちゃん」
陽菜は、ウインリィにお礼を言ったあと、
「それじゃ、ロリエちゃんを頼むわね」
ウインリィにロリエのことを頼んだ。彼女は、
「ええ、わかったわ」
うなずきながら、ロリエの肩を軽く叩いた。そして、
「行くわよ、ロリエちゃん」
そう言いながら、運転席に入った。ロリエも、
「母さん、行ってきます」
こう言って、すぐに助手席に乗り込んだ。すぐに車は家を出発した。二人を見送った陽菜は、
「……私たちも、ソフィのために準備を始めなきゃね。すぐにジュードちゃんと“打ち合わせ”しなきゃ……」
そう言いながら、家に戻った。
車に乗ったウインリィは、ロリエの家を出て運転したあと、一旦近くの公園に車を停めた。そして、カバンから何かを取り出した上で、ロリエにそれを見せた。
「ウインリィちゃん、それ何?」
ロリエが不思議そうに問いかけたら、ウインリィは、
「これは、あのパワーストーンよ。ほら、先日一緒に買い物した時に、オーダーメイドしてもらったでしょう? それが昨日届いたの。もうひとつあるけど、それは後で渡すわ」
そう言いながら、数珠のようなパワーストーンをロリエに手渡した。彼女は、早速それを左手にはめた。ところが、
「あれ? 何も起きないよ?」
首をかしげながら、こう言った。しかしウインリィは、
「……あの遺跡に来ればわかるわ」
淡々と話したあと、
「出発するわ」
と言いながら、再び車を走らせた。それから、“フルストア”という、現実の世界でいう、コンビニと同じような店に立ち寄って買い物をした後に、例の遺跡のすぐ近くにたどりついた。さすがに道路自体は通れるようになっていたが、大雨の影響により、一部では規制が続いていた。
「……好都合ね……。それに遺跡に影響が無いからよかったし……」
ウインリィのこの言葉に、ロリエは首をかしげながら、
「なんで? なんで好都合なの?」
こう問いかけた。その問いに対しウインリィは、
「それはね、この調査が、現時点では“極秘扱い”となってるからよ。それに、いくつか規制がかかってる場所に、あの入口のところが含まれているから、気づかれることなく調査に入れるわね」
淡々と答えた。それから、ロリエをじっと見つめて、
「やはり、あなたならそのパンストをはいてくると思ったわ。『サンシャイン・ローズ』」
こんなことを口にした。するとロリエは、
「……母さんから聞いたんでしょう!? わたしがこれをはくこと……。どうしてウインリィちゃんに言ったのよ……」
なぜかいらだつようにこう言った。ウインリィは、
「いいえ、やっちゃんがそのパンストをあなたに渡したことは知ってるけど、さすがにそれをはくことは伝えてないわ。それでも、今日の調査の重要性を考えると、あなたが『魔法グッズのパンストをはく』ことは、私には簡単に推測出来たわ」
再び淡々と答えた。それから、
「……本当にお似合いね、先輩に似て……。親子って、似てくるものね……」
こうつぶやいた。するとロリエは、
「ねえ、ウインリィちゃんも、魔法グッズのストッキングはいてるんでしょう? わたしにはわかるよ。ウインリィちゃんから、“何かの力”を感じるんだ」
いきなりこんなことを話した。ウインリィは、
「……そこも先輩譲りね……」
感心するように言ったあと、
「ロリエちゃんの言う通りよ。これはね、大切な調査がある時によくはくパンストで、“例の素材”を使ってるわ」
ということを話した。するとロリエは、
「へぇ、ウインリィちゃんもよくはくんだ……。ちょっと触ってもいい?」
と言いながら、ウインリィの右膝をさすって、軽くストッキングをつまんだ。そして、
「これ、使い込んでるみたいけど、すごい出来だね。わたしのはいてるのと遜色ないよ」
感心しながら話した。その話を聞いたウインリィは、
「そうね。これ魔法グッズのパンストで、とても“頑丈”なの。実際にこれで何度も助けられたこともあったわ。だから、強力な防具として、同じ物を複数持ってるの。それと公式の場でも着用出来るようにしてあるわ。もとが主要な立場にいる女性のために作られた物だから、値段ははるけどね」
このように語った。ロリエはその話を聞きながらメモを取っていた。そして、
「今度母さんに聞いてみよう。そんなストッキングを作ったことがあるかどうか」
こんなことを口にした。そのあと、
「ウインリィちゃん、そのストッキング、何ていう名前なの?」
こう問いかけた。ウインリィは、ストッキングをつまみながら、
「これ? これはね、『アーガイル・ブライト』というパンストなの。ブラウン色で、模様がアーガイル状になってるでしょう? それとあなたがはいてるのと同じ、厚さは薄めになってるわ。もちろん、タイツバージョンもあるわ。こちらも持ってるけど」
このように説明した。そして、時計をちらっと目にしたあと、
「それじゃ、遺跡に入って調査を始めるわよ」
そう言いながら、山の中の例の“秘密の通路”に入っていった。すぐにロリエも後を追った。
それからしばらくして、二人は遺跡の目の前に立っていた。そこでウインリィは、
「これから遺跡内部の調査を行う。以前にも話した通り、今日は大切なパートナーを連れてきた」
別の学者数人にこう言ったあと、ロリエを学者たちの前に連れて、
「彼女は、ロリエという歴史探訪が好きな女の子で、ここの守り人と親しい関係になっている。彼女がいれば、より調査がはかどるだろう」
と話した。それを受けてロリエは、
「ロリエ・安岡です。わたし、ここにいるミューズちゃんとよく遊んでます」
こんな自己紹介を行った。すると学者のひとりが、
「ミューズちゃん……!? 一体どういうことなんだ!? まさか……」
驚きのあまり、思わず声を失った。ウインリィは、
「ロリエちゃん、説明してあげて」
ロリエに説明を求めた。彼女はウインリィの言葉を受け、
「わたし、以前に何かのはずみでここの遺跡を見つけた時、守り人っていう、ミューズちゃんと出会ったんだ。それ以来、ここをわたしの“秘密基地”にして、ちょくちょくここに来るようになったの。そのうち、ミューズちゃんと仲良くなった時、彼が『ここは重要な施設だった』ことを教えてくれたんだ。わたしが来れば、ミューズちゃんも色々と話をしてくれるよ」
こんなことを話した。そして、
「早くミューズちゃんのもとに行こう」
と、ウインリィにねだるように伝えた。彼女も、
「わかったわ」
ロリエにそう言ったあと、時間を確認した。そして、
「これより、遺跡内部の調査を始める」
調査開始を宣言した。そして彼女たち一行は、建物の前に立ったあと、ロリエが、
「ミューズちゃん、遊びにきたよ」
大きな声でこう呼びかけた。するとドアが開いて、
「久しぶりじゃな、ロリエちゃん」
ミューズが現れた。そしてロリエの顔を目にして、
「ん? そなた、今日はハチマキをしておらんな……」
と言った。彼女は、
「あ、そうだった。ハチマキしてなかったんだ」
そう言いながら、すぐにワンピースのポケットから、ハチマキを取り出した。そしてすぐに頭に巻いたあと、
「ありがとう、ミューズちゃん♪」
ミューズにお礼を述べた。それから、
「ミューズちゃん、この建物の中、案内してあげて」
彼にこう頼んだ。その頼みに彼は、
「わかった」
ただうなずいたあと、周りを見渡した。そして、
「ん? ロリエちゃん、ウインリィちゃんの他にも人がおるが、その者たちは……」
ロリエにこう問いかけた。その問いに対し、彼女に代わってウインリィが、
「ええ、彼らは、政府が派遣した調査団の学者なの。現在のところは極秘扱いだから、外部に口外するわけにはいかないわ」
こう答えた。それを聞いたミューズは、
「そうか……」
軽くうなずいたあと、
「では、中に入ってもらおう」
そう言いながら、全員に建物の中に入れた。
建物の内部は、以前にロリエたちが入った時と変わらない状況であった。学者のひとりが、
「……これは……、何もないではないか……」
思わず言葉を失った。ウインリィが、
「ええ。前回ここを訪れた時、その事実を知って私も愕然としたわ。だけどロリエちゃんと一緒に探索した時に、思わぬ形で彼女が手掛かりを見つけたの」
淡々と語っていたところ、ロリエが、
「ねえ、ウインリィちゃん、パワーストーンが何か反応し始めたよ……」
こんなことを口にした。その時、彼女の左側の手首にはめていた数珠が、何か点滅するような反応を起こしていた。その様子に気がついたウインリィは、
「……これは……」
その光が指し示す方向を見て、言葉が止まった。そこには、何か文字らしきものが映し出されていた。
「……何なの!? これ……」
ウインリィが映し出されたところに近づいてみると、ハートの形に似た模様の扉の目の前に、ホログラフィーのようなものが現れていた。そこに浮かんだ文字を読んだ彼女は、
「……ええ!? 何よこれ……」
あきれたような表情を浮かべながら、こうつぶやいた。そこには、
――この先には、何もありません。以上――
このような言葉が映し出されていた。学者のひとりが、
「ふざけるな。『何もありません』だと……!? 本当に何もないかどうか、探さないとわからないだろう」
怒りをあらわにしながら、こう言った。そんな学者の言葉に構わず、ロリエは扉を開けようとしていた。するとその様子に気づいたウインリィが、
「ロリエ、ちょっと待って」
こう言いながら、ロリエを止めようとした。それに対し彼女は、
「なんかわかんないけど、この先に何かがあると思うの。だって、扉と扉の間に、光がわずかにすり抜けてるから」
こんなことを口にした。ウインリィは、
「……その前に待って。取っ手の部分に、何か罠が仕掛けてあるかも知れないわ。この前来た時みたいに」
そう言いながら、両手に手袋をはめ、取っ手に振りかざした。
「大丈夫よ。早く開けて」
彼女はロリエにこう伝えた。その言葉を聞いたロリエは、はやる気持ちを抑えつつ、扉を開けた。しかし、
「あれ? 光が消えたよ?」
首をかしげながら言った。ウインリィも、
「……ということは、ここは“フェイク”ってこと……!? そんなはずはないわ。くまなく探して」
考え込みながら、学者たちにこう伝えた。それからミューズに対し、
「あなた、これはどういうことなの!? ここ、エレメントがあふれている場所のはずでしょう? しかも『重要な研究施設だ』って言ってたのに、これじゃ、うそになるわ」
こう問いただした。彼女の問いに対し、ミューズも、
「それは、先日お会いした時にも話をしておる。『建物内部の詳しいことについては、私もわからぬ』と……」
困惑した表情を浮かべながら、ただこう話す他なかった。
「……早くも、調査は振り出しみたいね……」
ウインリィは、ため息をつきながらこうつぶやいたあと、学者たちを集め、
「それでは、調査班を3班作る。私と一緒に行くグループと、建物の外を調べるグループ、最後に、ロリエやミューズと一緒に行動を共にするグループ、この3班を作って、調査を再開する」
と伝えたあと、辺りを見渡すと、
「……ロリエはどこに行ったの!?」
ロリエがいないことに気づいた。そして、
「ロリエを探してほしい。おそらく、建物の中をうろついていると思われる」
学者たちにこう呼びかけた。その言葉を合図に、一斉にロリエを探していると、その数分後であろうか、ウインリィが“フェイクだ”と言っていた部屋から、
「たいへんだよ、みんなこっち来て!」
ロリエが叫び声を上げながら出てきた。その言葉に反応した近くの学者が、
「……何があったんだ!?」
こう言いながら、彼女のもとに駆け寄った。彼女は、その学者の腕を引っ張りながら、
「ねぇ、早く。こっちこっち」
二人一緒に部屋の中へ入っていった。
「ここを見て。何か光ってるでしょ?」
確かに、ロリエが指差したところは、他とは違う反応を示していた。しかし学者は、
「……ここはエレメントにあふれている場所だ。このように光る現象など、珍しくはないだろう」
そう言ったあと、
「……ウインリィ博士やミューズが君を探していたぞ。早く彼女のもとに戻ってほしい」
彼女を部屋の外に連れ出そうとした。ところがロリエは、
「もう少しだけ待って。いいところだし」
学者の言うことに耳を貸さず、光っているところに、左手にはめたパワーストーンをかざしていた。するとそこに、高級そうなローブをはおった女性が現れた。彼女が現れるかどうかの間際に、
「とにかくすぐに博士たちに報告しなければ」
そう言って学者は、一旦部屋を出た。ロリエは、女性をじっと見つめながら、
「……誰なの? アンタ……」
不思議そうな表情を浮かべながら、こう問いかけた。するとその女性は、
「……わたくしが見えるのですか……!?」
逆にロリエに問い返した。それに対し彼女は、
「うん、はっきりとね」
うなずきながら答えた。その時女性は、
「……ここまでわたくしがはっきり見えるとは……。“あの方”以来、もう数百年ぶりのことですね……」
こんなことを口にした。ロリエは、ポケットに入れておいたチェッカーを取り出して、
「“あの方”って誰なの?」
女性に問いかけた。すると彼女から、
「その女性の名は、“アーナス”と言います。あなた方には、『アーナス・ムーン現象』でおなじみの女性魔法師です」
このような答えが返ってきた。ロリエは、メモを取りながらも、信じられないといった表情を浮かべていた。そんな彼女を尻目に、女性は、
「……その当時に、彼女がここを訪れた理由は、わたくしにもわからないのです……。ただ、『たくさんの“相性がベストの人同士を結ぶ”ことが出来れば、世の中はもっとよくなる』という話をしていたのは、わたくしの心の中に、深く印象に残っています」
こんな話をした。そんな時、ロリエと一緒にいた学者が、ウインリィたちを連れてきて、中に入ってきた。
「ロリエちゃん、『一旦集まって』って指示したはずよ。みんなあなたを捜してたわよ」
ウインリィが顔をしかめながら、語気を強めるような感じでロリエに言った。それに対し彼女は、
「ねぇ、ウインリィちゃん、今ね、ここにローブを着た女性がいて、『自分がはっきりと見えたのは、アーナスがここに来た時以来』ってことを言ってたよ」
こう話した。その言葉を耳にしたミューズの表情が変わり、
「……もしや、その女性とは……」
こんなことを口にした時、女性は、
「……わたくしは、ヒストリカと申します。この世界の人々は、わたくしを『歴史の女神』というふうに呼んでおります」
と話した。その話を耳にしたミューズは、
「……まさか、ここにそなたがおられるとは……。声は聞こえておるが……」
こう言った。すると、周りの学者たちは、驚きの表情を浮かべながら辺りを見渡したが、
「……何もないではないか……」
「その少女、ウソをついてないか!?」
などという声が上がっていた。しかしウインリィは、
「私にもはっきりと聞こえてるわ」
と答えたあと、
「彼女の言ってることは本当だ。少なくとも、ここにヒストリカがいることは間違いない。近いうちに、お前たちにもはっきりと見えるようになる」
こんなことを口にした。そんな中、ロリエとヒストリカは、いつの間にかウインリィたちのいる部屋を離れていた。二人は、とある場所へと向かい、その場に立っていた。
「ここが“秘密の通路”です」
ヒストリカはこう言った。しかし、
「えー!? ここ何もないよ……??」
ロリエは困惑の表情を浮かべながら、ヒストリカに問い返した。すると彼女は、笑みを浮かべながら、
「ええ、その通りです」
と答えた。その後、
「ただし、それは“普通の人や状況”の場合です。では、早速入りましょう」
こう言いながら、部屋の奥に進んでいった。ロリエが後を追うと、いきなり、彼女の左腕にはめてあったストーンが反応を起こした。
「……ちょっと何!? これ……」
その時、ストーンが光り、辺りには何かのホログラフィーが映し出されていた。
「これは、“今までの歴史が映し出される場所”に入ることが出来る入口です。そこには、すべてではありませんが、歴史の記録が残されております」
ヒストリカがこう説明したあと、
「中に入りましょう」
と言いながら、先へと進んだ。すぐにロリエも後を追うと、ほどなく入口が消えた。10分あまりあと、ウインリィたちが、先程まで二人がいた部屋に入ってきた。辺りを捜したが、
「……ここにもいないわね……」
ウインリィはため息をつきながらつぶやいた。すぐに彼女はハイフォンを取り出して、ロリエのハイフォンに電話をかけてみたものの、連絡は取れなかった。
「……まさか、電源切ってないわよね……。もしくは充電し忘れとか……」
ウインリィは、やきもきしながら辺りをうろついていた。しばらくすると、ドアのようなものが現れた。
「……どういうこと……!?」
彼女は、驚いた様子でそのドアを見つめていた。するとそこから、
「お待たせ♪」
と言いながら、ロリエたちがドアから出てきた。
「……ロリエ、何勝手にうろちょろしてるの!? どれだけあなたを捜したのかわかる……!?」
ウインリィは、こう言いながらロリエに詰め寄ったが、ヒストリカが二人の間に割って入り、
「事情は後で説明しましょう」
と言った。そして、
「この中に入ってください」
ドアを開けて、先に中に入った。ウインリィは学者のひとりに、
「ここに残って、ミューズと、彼と一緒にいた学者を全員集めてほしい。私は、ロリエとともにこの中に入る」
そう伝えたあと、ロリエとともに中に入った。
「ここが、“今までの歴史が映し出される場所”です」
ヒストリカがこう説明すると、ウインリィは、
「……まさか、ここにそんなところがあったなんて……」
思わず天をあおぎながらつぶやいた。それから、
「だけど、どうやってアクセス出来るのかしら……。誰でも見ることが出来たら、“例のプロパガンダ”を打ち破れるのに……」
ヒストリカにこう問いかけた。彼女は、
「……残念ながら、ここには、誰でも入れるわけではありません……」
少し顔を曇らせながら答えた。それから、
「ですが、あなた方がここにアクセス出来たのには、何らかの“導き”があることは確かなのです」
と付け加えた。
「“導き”ねえ……。それじゃ、ここにアクセス出来たのって、数えるほどしかいない、ってことになるわね」
ウインリィがこうつぶやくと、ヒストリカは、
「ええ、あなたの言った通りです」
と言った。それから、
「実は“ここにアクセス出来た”こと自体が、『何らかの歴史の転換点となりうる』状況を表しています」
こんなことを口にした。するとロリエは、
「ええ!? それどういうこと……?」
首をかしげながら、こう問いかけた。その問いに対しヒストリカは、
「ここには、『エレメントの源泉』があります。実はエレメント自体に、“年代の痕跡”が刻まれることがあるのですが、それを感じることが出来るのは、高位の魔法師か、とても感受性の強い方だけなのです」
淡々と答えた。その答えに、
「……え? わたし魔法使えないけど……」
ロリエは少々困惑した表情を浮かべながら、ヒストリカに伝えた。彼女は、
「直接使えなくても構いません。あなたからは、『魔法マイスター』の素質が感じられます。そのことに心当たりはありますか?」
こう問いかけた。ロリエは、
「うん。わたしね、ストッキングをはくと、色々と力が沸いてきたりするの。そこ母さん譲りかな……」
と答えた。するとヒストリカは、
「……なるほど……」
一言つぶやいたあと、
「実はあの方は、現在でいう“魔法マイスターでもある魔法師”でありました。つまり、両方兼ね備えていたことになるわけです」
こう説明した。その説明を耳にしたウインリィは、
「……それなら、彼女をめぐる“奇跡”もある程度は説明がつきそうね……」
こんなことを口にした。それからおもむろに、
「実は、アーナスは剣も扱える魔法師だったの。その彼女が起こした奇跡のひとつに、『海を切り裂く一撃』というものがあったわ」
こんな話を始めた。それから、
「後にわかったことだけど、やっちゃんやあなたが、パンストをはくことで色々な能力を引き出せるのと同じように、アーナスにもそのようなアイテムがあったの」
と続けた。するとロリエが、
「ねぇねぇ、ウインリィちゃん、それってどんなアイテムなの?」
食い入るようにウインリィ問いかけた。その時ヒストリカが、
「それは、わたくしがお見せいたします」
ウインリィの代わりに伝えた、そして、ローブの懐に手を入れ、
「このペンダントと剣が、彼女の力を覚醒させたアイテムです」
と言いながらペンダントと剣を取り出して、ロリエに手渡した。それらを受け取り、じっと見つめていた彼女は、
「ええ? これってとくに変わりがないけど……。これなんでヒストリカちゃんに渡したの!? アーナスって変わってるよねぇ」
首をかしげながら、アイテムをヒストリカに返した。ウインリィも、
「私も彼女と同じね。見る限り、普通のアイテムにしか見えないわ」
ロリエの言葉に同意する感じでうなずいた。するとヒストリカは、
「ええ、あなたたちのおっしゃる通りです。これらのアイテムは、普通の人から見れば『アーナスが愛用していた』という意味以外にはないのですが……」
という感じで話していたところで、何かに気づいたかのような表情を浮かべたロリエが、
「え!? それじゃアーナスって、ペンダントと剣を持つと、ストッキングをはいたわたしや母さんみたいに、力がわいたってってこと……? それも普通のアイテムで“海を切り裂く”ほどの力を発揮したの……??」
こんなことを口にした。その話に対してヒストリカは、
「ええ、あなたが話したことは、おおむね合っています。ただ正確に言えば、アーナスは任意のペンダントを身につけることで、自身の多様な魔法力を自在に増幅させることが出来たわけです」
淡々と語った。さらに、
「そして、ペンダントで増幅させた魔法力を剣にこめることで、『海を切り裂く一撃』を生み出し、ナディアの危機を救ったと言われています」
という話を続けた。ロリエは、
「それって、ナディア本土の西にある島で起きたことだよね?」
と聞いてみた。その問いにヒストリカは、
「正確には、『あった』ということですね。それは先の大戦で破壊された島です。自然災害を装った“連合の愚行”と呼ぶべき行為とわたくしは確信しております。そのために、島に保管されてあった、アーナスに関する貴重なものが、ほとんど失われました……」
こんな答えを返した。その答えに、ロリエたちは言葉を失った。
「そして、“岩場”にしてしまったために、島の周辺は公海となり、当時のナディアは、大きな経済的打撃を受けたのです」
ヒストリカは、こんな話を続けた。ウインリィはすぐに、
「そしてその後、地震によって後の青海島が出来て、チェイムの領土になったのね」
こう答えた。ヒストリカも、
「ええ、その通りです。しかも領土問題で揺れている岩場を次々と埋め立てて、まさに我が物にするような行動を取っています。この点は、むしろウインリィさんの方が詳しいでしょう」
と言った。ウインリィは、
「私は、その地震が、何物かが引き起こした『人災』と考えてます。このことは、事実を解明しないと、後々たいへんな事態を迎えることになるでしょう」
こんなことを述べた。それからしばらく話は続いたあと、話を耳にしていたロリエは、
「ねぇねぇ、ヒストリカちゃん、そのことって、ここで映し出すことは出来ないの?」
ヒストリカに問いかけた。ところが、彼女はなぜか突如顔を曇らせながら、
「残念ですが、現在のところは出来ないのです……」
こんなことを言った。
「ええ!? それどういうこと!?」
ロリエは目をパチパチとしながら、声高に叫んだ。ウインリィも、
「到底納得出来ないわ。“すべてを映し出す”んでしょう? 今までの歴史を……」
ヒストリカに詰め寄りながら、こう述べた。ところが彼女は、
「ええ、その通りなのです。しかし現在は、なんらかの干渉が入っているために、ところによっては事実とは異なる歴史が映し出されることがあります」
二人にとっては思いもよらぬ答えを返してきた。
「……全く意味がわからないわ……。どういうことなの……!?」
ウインリィは、改めてヒストリカを問い詰めた。すると、ヒストリカは、
「わたくしにもわかりません……。ただアーナスが、各地のエレメントを巡っていたことは事実です。それを今からお見せしましょう」
そう言いながら、モニターの前に立った。そして二人に、アーナスがエレメントを巡った様子を見せた。一通り見たウインリィは、
「……次のホフマン諸島での調査、とても重要な意味を持つことになりそうね……」
こうつぶやいた。そして、
「ロリエ、このことは、今は伏せておいた方がいいわ。メモを取っておくのは構わないけど、他の人には見せないで」
ロリエにこう伝えた。すると彼女は、
「えー!? どうして!? そんな大切なこと、すぐにでも伝えた方がいいと思うけど……」
ウインリィの言葉に疑問を持つように、少し渋目の表情を浮かべながら言った。それに対して彼女は、
「私もそうしたいわ。だけど、『ヒストリカが語った』以外の裏付けがほしいから、すぐには出すわけにはいかないの」
と答えた。さらに、
「何者かが、『みずからのためにエレメントの力を“ねじ曲げた”』ことがわかれば、歴史を正せるきっかけにもつながるわ」
こんなことを述べた。するとロリエは、
「えー!? とくに大戦の時の資料とか、大量にあるよね……? そんなところねじ曲げてもわかるはずだよね……。アーナスのことだってそうでしょう……」
ウインリィに対し、こう問いかけた。しかし、
「……そうなのだけど、今や世界がほぼ完全にチェイムのプロパガンダにのせられ、そのうえ我が国の情報発信も多くはない状況ね。とくにユーリル語での発信が少ないのが問題よ……」
なぜかうなだれながら答えた。ちなみに“ユーリル語”とは、現実世界における英語に相当する言語、つまりはバルティスにおける世界的言語である。その話を聞いたヒストリカは、
「……せめて、ねじ曲げられていない、ありのままの事実が多くの人に伝えられれば、変わってくるのでしょうけど……」
こんなことを口にした。これにはウインリィも、
「……そうね……」
と納得の表情を浮かべながら言った。しかし、
「だけど、それですべてが解決出来るとは限らないわ」
気を引き締めながら、こう述べた。そんな時、ロリエはなぜか天井を見つめていた。そして、
「……これって……」
その視線に見えた光景に、思わず声が詰まってしまった。
「……なんで、二人の男女が、いきなり誰かに刺されてるの……!?」
そこには、なんらかの目的で現れた当時の役人風の男に、剣で串刺しにされ、命を落とした二人の男女が映し出されていた。そして、その様子を目の当たりにしたロリエの目には、涙が浮かんでいた。
――どうしてこの二人、アーナスのご加護があるのに殺されなければいけないの……!?――
後々このシーンが、ロリエに関係するある人を救うことにつながるとは、このときの彼女にとっては全く想像がつかなかった。その様子に気づいたウインリィは、
「……どうしたの、ロリエ?」
首をかしげながら問いかけた。するとロリエは、涙をぬぐったあと、いきなりウインリィの右腕をつかんだ。そして、
「ねぇ、ウインリィちゃん、天井を見て!」
そう言いながら、ウインリィに天井を見るように促した。彼女はロリエの言葉に従って天井を見つめると、
「……何これ……、ひょっとして……」
そのまま黙りこんでしまった。それから、
「……これ、ネットでちょっとした話題になってたわ。もう何年も前にあった、人気だった“暗殺集団が活躍するドラマ”の、ネットでは『軍学者というだけで復讐のターゲットにされた』と言ってる回の時の、最後に復讐で殺された二人よ」
こんなことを口にした。その言葉を耳にしたヒストリカは、
「……信じられないことですね……」
驚きの表情を見せながら、こう述べた。
「え!? どういうことなの!?」
ウインリィが問いかけると、ヒストリカは、
「……その話は事実でしょう。そうすると、これはたいへんなことですよ」
と答えた。ロリエが、
「ええ!? フィクションでも記録されるの??」
と聞いてみた。するとヒストリカは、
「……実は、このモニターには、時として“フィクションが映し出される”ことがあるのです。たとえば別の場所では、世界的な名著のひとこまが映し出されております」
こんなことを話した。ウインリィも、
「ええ、以前そのことが学会で発表され、大きな波紋を巻き起こしてたわね」
と答えた。その答えにヒストリカは、
「……おそらく、ねじ曲げたのであれば、そのことを理解していると思われます」
こう語った。その間ロリエは、ずっとチェッカーにメモを取っていた。そしてなぜか、
「ねぇ、ヒストリカちゃん、アーナスが海を切り裂いたところって、もう一ヶ所あったよね?」
こんなことを問いかけた。その問いにヒストリカは、
「……そうです……」
ただ一言、うなずきながら答えた。そして、
「……実は、その痕跡が、現在ナディアとランドカーヴを陸地でつなぐ、“坂上地峡”なのです」
こんな答えが返ってきた。
「……ええ!?」
二人は言葉を失った。坂上地峡といえば、ナディア北東部の島とランドカーヴ大陸を結ぶ、全長が330キロにもおよぶ細長い陸地である。それが自然現象ではなく、“一人の女性によって生み出された”とは、想像がつかない世界であった。ここでロリエにある疑問が浮かび上がってきた。そして、
「ねぇ、ヒストリカちゃん、教科書では『地震によってできた』って書いてるよ?」
ヒストリカにこう問いかけた。すると彼女は、
「……確かに、地震が起きたことは事実です。ただ、“地震によってできた”というより、『その地震によって生じた大きな津波を、アーナスが切り裂いた』とでも書くべきでしょう」
こんなことを口にした。さらに、
「わたくしが不思議に思うのは、“それほど大きな事実の記載がほとんど現存しない”という点です」
驚くべき話が飛び出した。ところがウインリィは、
「……そうね……。アーナスの時代には、地震の詳しいメカニズムはわかってなかったわ。それに、あの辺りはまだ住む人が少なかったし。それがナディアにおける資料の少なさとつながってるわね。だけど、どうしてその時、アーナスはそこにいたのかしら……」
何事もなく淡々と話した。ヒストリカは、
「そこで彼女自身に『アーナス・ムーン現象』が起きたのか、あるいは、その時のパートナーの故郷が、津波が起きたところにあったのかも知れないですね……」
こう言った。その時、
「……どうして、あなたにもわからないの……!?」
ウインリィはヒストリカを問いつめたが、彼女は、なだめるように軽くウインリィの肩を叩いて、
「ただ、その時のパートナーが、地震の後に、時をたたずして命を落としたのは事実です。残念ですが、原因はわかっていません……」
と答えた。今度はロリエが、
「そんじゃ、そこにアーナスのパートナーのお墓とかあるんだよね、ヒストリカちゃん」
ヒストリカに問いかけた。すると、
「……残念ですが、いまだに見つかっておりません……。ですが、パートナーの遺品も、アーナス本人から預かっております。『きたるべき時に、歴史をゆがめるものたちから守るために活動する人へ託してほしい』という言葉を伝えて」
こんなことを話した。ロリエが、
「……その遺品って、どこにあるの?」
と聞くと、ヒストリカは、
「これです」
そう言いながら、一冊のノートを手渡した。ロリエは、早速そのノートを受け取り、最初から見始めた。
「……これって、日記だよね……。でも、どうして一冊しかないんだろう?」
と言いつつも、日記を読み更けっていた。すると、
「これ、なんだろう?」
ノートの合間に、何枚かの紙が挟んであった。そこには、
――私を支えてくれた“永遠の”パートナーへ――
という言葉の後に、以下の内容の文章が綴られていた。
――……私はお前に心から感謝してる。今にして思えば、これも「魔法の神々からの“定め”」なのだろう。お前と初めて出逢った時、私はなぜかお前を放っておけなかった。あの時、恐らく“何らかの力”が働いてたと思う。申し訳ないが、出逢ってからお前が、お世辞にも女性と結婚出来る人には見えなかった。直接話すのはさすがに気が引けるが、出逢った時のお前だったら、私が拠点とする街では、恐らく生きてはゆけなかっただろう。下手をすると“排除の対象”とされかねないぐらい、見栄えも人間的にも問題が多かったと見てる。それでも、ずっと変わらない“想い”があった。「お前がそばにいてくれるだけでよかった」という……。なぜかはわからないが、お前とは妙にすごく相性が合うのだろうな……。私とは“およそ正反対に近い存在”、というのにね……。それとお前との“営み“のおかげで、私の魔法力も大幅に成長してきている。だから、そのお礼に、お前の病気をなんとしても治してあげたい。これが今の私の想いだ。ただ惜しむらくは、お前との子供をまだ授かれない、ということだ。それでも、こんな私を許してくれるお前には、本当に頭が上がらないな……。だから、まだ生きてほしい。私は、お前にまだ何もしてやれてないから……。それと落ち着いたあとで、お前と結婚したい。周りがどう反応しようが、その気持ちも変わらない。恐らくは、“何かの力”が私たちをその方向に導いてるのだろう……――
「……これ、すごいよ」
ロリエは思わず声をあげた。それから、
「セシリアちゃんに見せてあげたいね。『アーナス・ムーン現象』を研究してるし、彼女」
と言いながら、日記を読み続けた。するとある一点に彼女の目が留まった。
――9月8日、彼女は子供を授かれないことに、顔を曇らせていた。私のような、太ってて身勝手な人のために、子供まで残してくれようと……。……アーナス、私をここまで一人の人間として扱ってくれただけでも、言葉にできないぐらい、感謝してるよ……。子供が授かれるかどうか、私は全く気にしてないよ。たとえ周りの人びとがどうであれ、あなたをどれだけ非難しても、私は味方でいるよ――
このページを見ていたロリエの目から、思わず涙がこぼれた。その涙をぬぐったあとヒストリカに、
「ねぇ、これ借りてもいい?」
と問いかけたが、
「お気持ちは察しますが、それは出来かねます……」
ヒストリカに軽く首を横にふられた。ならばとロリエは、
「それじゃ、ノートに書き写してもいい?」
と聞くと、
「……わかりました」
と、ヒストリカはうなずきながら言った。その言葉を耳にしたロリエは、早速チェッカーに、アーナスが書いたとおぼしき文章をそのまま書き写した。もちろん、日記の内容を自分なりにまとめた意見も添えて……。
しばらくして、ロリエが、
「ありがとう、ヒストリカちゃん♪」
そう言いながら日記を返した。そして、ウインリィに何か呼び掛けようと振り返った時、
「危ない、ロリエ!」
いきなりウインリィが飛び込んできた。それから、
「大丈夫?」
と呼び掛けた。
「……何があったのですか……!?」
ヒストリカが驚いた感じで二人に問いかけたが、その言葉に構わず、
「ロリエ、ヒストリカを守って!」
ウインリィは、ロリエにヒストリカの側につくように指示した。ロリエは、急いでヒストリカのもとへ駆け寄り、ファイティングポーズを取りながら、侵入者の動向を伺っていた。
「……何者なの、あなた……!? 相当な腕前の魔法師みたいだけど」
ウインリィはそう言いながら、侵入者をにらみつけた。するとロリエがあることに気がつき、
「ねぇウインリィちゃん、この人、研究者のグループにいたよ」
こんなことを口にした。するとウインリィの表情がこわばり、
「……まさか、スパイが……、紛れ込んでたわけ……!?」
話す言葉にも動揺が見られた。そんな3人を見ながら侵入者は、
「スパイとは実に失礼な話だな……」
顔を振りながら話した。それから、
「しかし、これでヒストリカが実在することも、数々の貴重な事実も確認出来たことだ。とりあえず、これで用事はすんだ」
と言いながら、3人に向かって魔法を放った。
一方その頃、出迎えの準備を終えたソフィは、間もなく家に到着するであろう彼を、居間のまわりを今か今かと待つように歩いていた。この日の彼女は制服ではなく、休みの日にトスカーナの家に家庭教師で行く時に着る、スーツを着用していた。ちなみにストッキングは、陽菜が自ら手掛けた、ソフィが好きな青色を基調とした魔法グッズである。
「どうしたの、ソフィ。もう少ししたら彼は来るのよ。何か不安でもあるのかしら?」
陽菜がこう問いかけたが、ソフィは、
「……なぜかはわからないけど、ロリエのことが心配で……。私何かいやな予感がするの……」
顔を曇らせながら、そわそわするようにその場を動き続けた。そんな彼女に対して陽菜は、
「大丈夫よ、ソフィ。ロリエは、私が“託した”あのパンストをはいてるんだし、私と同じように、必ずあの子の命を守ってくれるわ。だから、あなたが不安になることはないのよ。それに、そのパンストにも、『大切な人への“想い”が届くようになってる』から、心配しなくていいのよ」
ソフィの不安を打ち消すように、笑顔で話した。そして、
「もう少ししたら、心咲先輩もこっちに来るわね。立会人としてね」
と言いながら、ソフィのもとに歩み寄った。それから、
「ソフィ、あなたは彼とともに幸せな家庭を築くのよ。あなたたちをアーナスが見守ってくれてるわ。だから、今はロリエよりも彼のことを考えてあげて」
ソフィの頭を軽くなでながら、こう話した。
「……母さん……、わかったわ……」
ソフィは、少し心配そうな表情を浮かべながらも、こう答えた。
「大丈夫よね、ロリエ……」
彼女は胸に手を当てながら、こうつぶやいた。その時、ドアホンが鳴り、
「いよいよ来たみたいだな」
ジュードがこう言いながら、玄関へと向かった。
「ジュードさんですね。この度はおめでとうございます。『アーナス・ムーン現象』によって、あなたの娘が結ばれたことを祝福に参りました。間もなく、彼もこちらに来ます」
心咲がこう言いながら、玄関に入った。すると、
「あ、心咲先輩。今日は早いのね。まだ10時を30分回ったところだけど……」
陽菜が現れた。そして、
「先輩が二人の立会人を行ってくれるなんて、ソフィも喜ぶわ」
と言ったあと、
「それじゃ、中に入って」
心咲に家に入るように伝えた。彼女は中に入ると、ソフィに対して、
「まずはおめでとう、ソフィ。もう少しすれば彼が来るわ」
と言いながら、一通の封筒を渡した。
「……これは……、学校から……!? どういうことでしょうか、理事」
ソフィが疑問に思い、心咲に問いかけると、彼女は、
「これはわが校からのお祝いです。立会が終わってから、両親と一緒に読んで下さい」
そう答えたあと、
「そういえば、今日『二人に大切な“授業“をしたい』と言ってたわね、陽菜」
陽菜にこう話した。彼女は、
「ええ、二人にどうしても見せておきたいことがあるの。これは大切なことだから。それでね……」
お腹をさすりながら話をしている時、ソフィは、
「ちょっと母さん……」
顔を赤らめながら、陽菜の言葉をさえぎるようにつぶやいた。心咲も、
「陽菜、向こうの両親には伝えてあるの? その“授業”のこと」
と問いかけた。すると陽菜は、
「それはまだ伝えてないわ。だけど、私たちもそれで命や歴史をつないできたの。だから、きちんと説明すればわかってもらえるわ」
笑顔でこう答えた。その様子を見ていた心咲は、
「……わかったわ……。だけど、そそうのないようにして。せっかくの両家の顔見せだから。私は先に居間に行っておくわ」
そう言いながら、居間に向かった。ほどなくして、またドアホンが鳴り、ジュードが玄関を開けると、
「おはようございます、グリーンヴィラさん」
トスカーナの両親が来ていた。すぐ後ろに、トスカーナも緊張した面持ちをしながら立っていた。ジュードも、
「こちらにお入り下さい。今日はこちらに来てくれて、娘も喜んでおります」
そう言いながら、3人を中に入れた。3人は、彼の呼び掛けに応じて中に入った。その時、
「今回はおめでとうございます。これから、協会からのお祝い品をお持ち致します」
別の二人が何かをジュードに見せながら入ってきた。
「ああ、魔法師の方ですね。ありがとうございます」
二人が見せたものは、ナディア魔法師協会の会員証であった。彼らは心咲の付き添いとして、「特別立会」に向かっていた。ちなみに、「特別立会」とは、一般的には結納とほぼ同じだが、対象者が「『アーナス・ムーン現象』によって結ばれたカップル」であることと、魔法協会から立会人が来るという点が結納とは異なる。なお、立会人は当該国協会の幹部魔法師が担当することになっている。そうこうしているうちに、付き添いの二人の魔法師によって、品物が続々と居間に運び込まれた。そして、心咲も含めて3人で品物の配置を行った。その後、心咲は別の部屋に集まっていた両家の人たちに対し、
「準備が整いました」
と呼びかけた。その時であった。
「……おい、どうしたんだ!? ソフィ」
トスカーナが心配そうに声をかけた。ソフィは震えながら、
「……お願い……、ロリエを……、助けて……」
祈るようにしてこう言った。すると心咲は、ソフィに寄り添って、
「ソフィ、大丈夫よ。心配しないで」
彼女の体をさすりながらつぶやいた。周りも心配そうにソフィの様子を見つめていた。そんな時であった。いきなり彼女が、
「……なぜだかわからないけど、足元から指先に力がこみ上げてくるの……」
こんなことを口にした。さらには、
「何か見えるわ……、人影みたいなものが……」
祈りながらこう話した。先程までの震えは止まっていた。
「……陽菜……、またとんでもないパンスト、あ、いえ、ものすごい魔法グッズを作ったのね」
心咲が半ばあきれるような感じでつぶやいたあと、
「その人影が誰だかわかる? ソフィ」
ソフィにこう問いかけた。その問いに彼女は、
「……ええと、二人、見えてたわ……。一方はあのハチマキを頭に巻いてるから、ロリエね」
自らを落ち着かせながら答えた。
「もうひとりは誰なの? ソフィ」
心咲は、ソフィの手をつかみながら再び問いかけた。すると彼女は、
「……何か、位の高い魔法師が身に付けてる感じのローブを着ていたわ……。……待ってて、ロリエ。私も力を貸すわ」
そう言いながら、また祈りのポーズを取った。心咲はすぐさまソフィの体を触ると、
「……この“魔法力”……、あなた魔法使えないはずよね……!?」
驚きの表情を浮かべながら、こんなことを口にした。付き添いの男性魔法師も、
「こんなことは、私も見たことがありません……」
と話した。そんな様子を、他の人たちは見守る他なかった。
その頃、ロリエたちは、手練れの魔法師とおぼしき侵入者と戦っていた。だが、
「……このままでは、周りが破壊されてしまうわ……」
ウインリィが辺りを見渡しながら言った通り、内部は侵入者の魔法により、徐々に傷つきはじめていた。
「……相当な魔法の使い手ですね……。ここには、遺跡の保護のために強力なシールドが張られてあるのですが、エネルギー弾みたいな魔法で、わたくしの補強の魔法が間に合わないくらい、シールドが破壊されております……」
ヒストリカも、こんなことを口にした。
「ヒストリカちゃん、大丈夫?」
ロリエが心配そうに声をかけると、ヒストリカは、
「心配はありません。お気遣い感謝します」
と答えた。しかし、そんな3人をよそに、侵入者は無言で魔法攻撃を続けた。ヒストリカの防御魔法もあり、ダメージ自体はさほどではなかったが、徐々に3人は追い詰められていった。そんなさなか、ウインリィが、
「……ロリエ、相手を引き付けて。私に考えがあるわ」
こんなことを話した。ロリエは、
「ええ? どういうこと!? ウインリィちゃん」
首をかしげながら答えた。するとウインリィは、
「……いいから、私の言う通りにやって。これも“歴史のため”よ」
そう言いながら、一歩下がった。“歴史のため”という言葉を耳にしたロリエは、
「わかったよ、ウインリィちゃん」
と言ったあと、すぐにウインリィと反対の方向から、侵入者に向かって走り出した。その様子を横目で確認したウインリィは、その場に軽くかがみながら、両手で右足をさすり始めた。
「……何をするつもりだ……」
侵入者は、ウインリィをちらりと見つつも、ロリエに攻撃の魔法をかけてきた。それまでとは違い、風の槍というべき攻撃が彼女を襲ってきた。彼女は持ち前のフットワークでこれらをかわし続けたが、少しずつではあるが、攻撃がかすめていた。その時、
「……何だ、この幕は……」
侵入者は、突如現れた幕状のシールドらしきものを目にして、一旦攻撃の手を止めた。
「……大丈夫? ロリエ」
ウインリィは、ハイフォンを手にしながら、心配する感じでロリエに問いかけた。彼女は、
「うん……と言いたいとこだけど……、わたしのワンピースがちょっと……」
度重なる攻撃で傷んでいたワンピースをさわりながら答えた。
「……さすがやっちゃん先輩特製ね……。“護身用”のパンストをここまで進化させてるとは……。もともとこの手の機能は備わってたけど」
ウインリィは、こうつぶやきながら、ハイフォンを侵入者に気づかれないようにかざし続けた。ところが、
「ウインリィさん……!」
ヒストリカの叫び声がするのとほぼ同時に、シールドが破られた。
「……くっ、このままでは……」
ウインリィは、手にしたハイフォンをポケットにしまい、侵入者と距離を取った。すぐさまロリエが、
「ちょっとアンタ、何やってんの!?」
と言いながら、侵入者に飛び蹴りを仕掛けた。しかし、
「きゃあああ!」
侵入者の魔法の前にあっさりと吹き飛ばされた。だが、侵入者の顔も少しゆがんでいた。
「大丈夫!? ロリエ」
ウインリィがロリエのもとに駆け寄ったその瞬間、
「危ないです……、後ろに下がって下さい」
ヒストリカがこう言ったのとほぼ同時に、強力な魔法が二人を襲った。
「……まずいわ……、これでは間に合わない……!」
ウインリィは、ロリエに近づこうとしたが、厳しい攻撃の前にかわすのが精一杯だった。そんなさなか、ロリエはひたすら攻撃に耐え続けていたが、
「はぁ、はぁ……、わたし……、もう……」
それも限界に達しようとしていた。彼女は、両手をつきながらしゃがみこんでいた。自身が着用していたワンピースは、今にも脱げそうな位にボロボロになっており、所々で出血していた。侵入者は、
「……まずはおまえからだ」
そう言いながら、彼女にとどめをさす一撃を放った。そんな時であった。
「……え!?」
ウインリィは思わず言葉を失った。その弾みでハイフォンを落としそうになったが、すぐさまキャッチして、レンズの焦点をロリエに合わせた。
「……お前に、好き勝手に歴史を破壊させない……!」
そう言いながら、ロリエはその場に立ち上がり、右手を出して、侵入者が放った魔法を受け止めた。
「……アーナス……!?」
ヒストリカも言葉に詰まった。
「……私は、“歴史の破壊者”を心から許しはしない……!」
その言葉と同時に、ロリエは魔法を跳ね返した上で、侵入者を目掛けて突っ込んでいった。
「……早い……、先程の飛び蹴りよりも……」
間に合わないことを悟った侵入者は、出血している右のほおを押さえながら、とどめの一撃になるはずだった自身の魔法をよけつつ、態勢を立て直すために後方へ退いた。だが、それを許さじとロリエが追撃してきた。
「……ここまで、だな……」
そう言ったあと、侵入者は、シールドのような魔法を発動させた。そこにロリエが斬りかかったが、
「……逃げられたか……」
いつの間にか手にしていた剣を立てたあと、
「……あの魔法師、おそらくナディアの者ではないな……」
こんなことを口にした。
「……そうね……。だけど、このハイフォンで向こうの手立てがわかるわ」
ウインリィが自身のハイフォンを取り出して、こう述べた。
「……それにしてもうかつだったわね……、って、他の研究者はどうなったの!?」
顔をしかめながら、入口へ駆け出した。すぐに二人も彼女の後を追った。それから部屋を出て辺りを見渡すと、
「いや、よかった……。ヒストリカ様とそなたたちが無事で……」
3人に気づいたミューズが、そばまでやってきた。するとロリエが、
「……お前、周りの状況はどうなった……?」
こう問いかけた。その様子に驚いたミューズは、
「……もしや……、名前を忘れたのでは……」
と問い返した。しかしその言葉に構わずロリエは、
「とにかく、早く周りの状況を知りたい。おそらくは……」
と話した瞬間、
「……ウインリィさん、ロリエちゃん、ここにいたんですね」
ひとりの男性が駆け寄りながら3人の側までやってきた。そして、
「……ぼく以外の、メンバーは、全員、アシスタントの人に襲われ……」
と言いながら、その場に座り込んだ。
「……まさか……」
ウインリィが外に出ようとした時に、
「そういえば、なぜか私には何もしてこなかったな……。何とも不思議な話じゃ。それと、全員生きてはいるが、けがを負っていた」
ミューズがこう話した。
「ええと……、全員ではないんですが、何人かはぼくが治しました。ぼくもとりあえず魔法は使えます。大学で、選択講義として基礎的な回復魔法を習得しましたので」
男性もこのように語った。そして、
「ロリエちゃん……、ウインリィさん……、無事でしたね……」
こう言いながら、ロリエの側に近づくと、
「……大丈夫ですか!? ワンピースボロボロですよ……」
と話した。すると彼女は、
「きゃあ、わたしのワンピースボロボロ……、って、なんでこうなったのよ!?」
驚きながら我に返った。そして、
「え? なんで剣なんかを持ってんの??」
手にした剣をじっと見つめながら、首をかしげた。
「……どうやら、“その時”の記憶はないみたいですね……」
ヒストリカがこう話した。ロリエは、
「“その時”って……?」
ヒストリカの方をを向きながら問いかけた。彼女は、
「その事については、ここを出てから教えましょう」
と言いながら、ロリエに回復魔法をかけた。それから全員は、一旦秘密の部屋を後にした。
「え!? わたしが“アーナス”に……!?」
驚きの表情を浮かべながら、ロリエはこう話した。そんな彼女を横目に、
「そうです。あなたの戦いぶりを目の当たりにして、わたくしは、『アーナスが甦った』とお見受けいたしました」
ヒストリカは淡々と語った。それに対し、
「……私はむしろ“ヴァルキュリー”が現れたと思ったわ」
ウインリィはこう答えた。
「え? あの“戦場の乙女”が、実際に……!?」
男性は驚いたように話した。ちなみに、“ヴァルキュリー”とは、北欧神話やゲームなどに登場するヴァルキリーとほぼ全く同じ存在であり、実質的には呼び方だけが異なる。さて、そのような話で盛り上がっていたところで、ロリエが男性を見て、
「あ、なめちゃん、メンバーに入ってたの!?」
と言った。彼は、
「ええ、ぼくはアシスタントとして、ですけど」
と答えた。するとウインリィが、
「ああ、あの時はお世話になったわね。おかげでいい論文が発表出来たわ」
と話した。それから、
「行方君、あなたのところの教授には改めてお礼を述べておくわ」
こう話を続けた。行方は、
「わかりました。先生に伝えておきます」
そう言ったあと、
「もう少しで回復が終わります」
再び他のメンバーの回復に務めた。ヒストリカもこれに加わった。
メンバー全員の回復を終えたところで、ウインリィが全員を広場に集めた。先の侵入者の攻撃による死者が出なかったことが、何よりもさいわいという状況であった。そして、
「皆さん、今日の探索はここで終了とします。全員が無事だったのは何よりでしたが、このままだと探索に支障が出るために、一旦態勢を立て直します。翌日以降については、追って連絡します」
こう話した。戸惑いの声を上げる研究者もいたが、彼女は、
「私が政府に事情を伝えます。心配はいりません」
と答え、周りを落ち着かせた。それから、
「皆さん、ヒストリカは見えてますか?」
こんなことを口にした。その質問を耳にした研究者たちは、口々に「見えている」という言葉を発していた。そしてひとりが、
「実際にヒストリカを目にするとは……。本当に“歴史的な奇跡”だ……」
と話した。ウインリィも、その言葉に幾度かうなずいていた。それから、
「ここで起きたことやヒストリカのことについて、今は周りに伝えないでほしい。少なくとも、この調査が終わって報告を終えるまでは」
ちらっとロリエを横目にしつつ、こう話した。彼女には軽く釘を差すように、という感じを見せて……。そして、
「今日はこれで解散する。私は、これからロリエと一緒に所用で図書館に向かう」
と言って探索を終えた。その言葉を耳にした研究者たちは、一斉に帰り仕度を始めた。その様子を尻目に、ウインリィはヒストリカのもとに来て、
「貴重な“資料”を見せてもらえたことに感謝する。これはナディアの歴史を取り戻す大いなる力になるだろう」
こう話したあと、ミューズに
「我々は明日もここに来る。それまでここを見守ってほしい。今日はこれで失礼する」
と伝え、遺跡を後にした。すぐにロリエも、
「また来るね、ミューズちゃん、ヒストリカちゃん」
と言い、ウインリィの後を追った。すると行方は、
「ロリエちゃん、ワンピース……」
慌てた様子でロリエにこう呼びかけた。その声に気づいた彼女は、自分の様子を見るなり、
「きゃあ、わたしのワンピース……」
顔を赤らめながら、その場にかがんでしまった。彼女が来ないのを不思議に思ったウインリィは、後ろを振り向いて二人の様子を確認すると、
「ちょっと待ってて、ロリエ。すぐに着替えを取りにいくから」
と言いながら、小走りに自分の車に向かった。少したって、服を抱えてロリエのもとに駆け寄り、
「とりあえずこの服を着て。それとワンピースはこの袋の中に入れて」
服と紙袋を彼女に手渡した。それからミューズに、
「ロリエが着替えるから、ちょっとの間建物の中に入らせてほしい」
こう伝えた。彼が入口を開けると、
「ありがとう、すぐ着替えるよ」
ロリエはそう言いながら、小走りで中に入った。それから、
「お待たせ」
と言ったあとウインリィに、
「ありがとう、ウインリィちゃん」
建物から出てくるなり、紙袋を渡しながらお礼を述べた。その様子を目にした行方は、
「ロリエちゃん、なんか“闘う学者”みたいな感じだね」
こんなことを口にした。ウインリィもロリエの装いの見つめたあと、
「本当にお似合いね。あなたの言う通りよ」
行方を見ながら、彼の言葉に共感するようにうなずいた。一方のロリエはというと、
「ええ? そうなの!?」
と言って首をかしげながらも、まんざらでもない様子であった。ウインリィは、
「そろそろ行くわよ、ロリエ。それと後をお願いね、ミューズ」
ロリエたちに呼びかけながら、先へと進んだ。ロリエもすぐにウインリィの後を追った。その様子を見ていたミューズは、研究者たちが全員この場を後にするまで、そのまま見守っていた。ウインリィは、道具を車に積み終えて、
「これから図書館に向かうわ。まだ11時を過ぎたところだし」
そうロリエに話すと、彼女が乗ったのを確認してから、遺跡の“入口”を後にした。
一方、ロリエの家では、「特別立会」がつつがなく進行していた。ソフィの“異変”により、予定よりも遅れて10時過ぎに始まった立会は、改めて二人の“きずな”を確認する儀式のように、ひとつひとつじっくりと立会における項目を行っていた。1時間余りが経ったあと、無事に立会を終えた。立会が終わったのを見計らったように陽菜が、
「心咲先輩、……いえ、小野田理事、二人にどうしても見せたいものがあるわ」
いきなりこんなことを言い出した。心咲は、
「……ここでそれを見せるつもりなの!? 陽菜」
少し驚いた表情を浮かべながら、陽菜に問いかけた。すると彼女は、
「もちろん、別の部屋に移るわ。彼の両親にも了解は取ってあるから」
笑顔でこう答えた。それに対し心咲は、
「それは本当なの?」
と、念を押すようにトスカーナの両親にも問いかけたが、父親が、
「ああ。われわれも最初は驚いたよ。だが、彼女の話を聞くうちに、トスカーナにも見せておきたいと思ったね」
うなずきながら答えた。それを聞いた心咲は、
「私はしばらくここに残るわ。ここまでのことについては連盟への報告を頼むわね」
同行している二人の魔法師にこう依頼した。魔法師の一人が、
「しかし、本部に戻らなくてもよいのでしょうか……」
と彼女に問いかけると、彼女は、
「心配はいらないわ。あの二人にとって大切なことで、“特別立会の続き”でもあるの。だから、私もここに残る必要があるわ」
ソフィたちを左手でさしながら、こう答えた。魔法師は、
「理事がそうおっしゃるのであれば、我々はそれに従います。しかしこれ以降については、我々は関わることが出来ません」
と話したあと、
「それでは、我々はここで失礼します」
同行した二人は、先に部屋を後にした。それを見届けた上で、陽菜はおもむろに立ち上がり、ソフィたちを見ながら、
「これからあなたたちに“命の授業”を見せてあげるわね。準備があるからしばらく待ってて」
と言った。そして、
「ジュード、私と一緒に来て。この授業はあなたがいないと出来ないわ」
手招きしながらジュードを呼んだ。彼は、
「ああ、わかった」
と言いながら、陽菜のもとに寄った。彼女は、
「準備が終わったら、理事のハイフォンに連絡を入れるわ。その時は二人と一緒に来て、先輩」
心咲にこう伝えたあと、ジュードと一緒に自分の部屋に向かった。その様子を見届けた心咲は、
「本当に思いきったことをやるのね……」
とつぶやいたあと、
「二人とも、今回の陽菜の授業は大切にした方ががいいわ。これは“未来へつながること”だから」
ソフィたちにこう呼びかけた。しばらくして着信音が鳴った。心咲は自分のハイフォンを手に取り、
「もしもし、……ええ、わかったわ。早速二人を連れていくわね」
と言ったあと、
「ソフィ、トスカーナ、陽菜たちの部屋に向かいましょう」
二人にこう呼びかけた。それを合図に、3人は陽菜たちがいる部屋に向かった。
「陽菜、二人を連れてきたわ。あとはよろしくね」
「ありがとう、心咲」
ソフィたちが部屋に入るのを見てから、心咲はドアを閉め、居間に戻った。陽菜は、
「これから、二人に見てほしいものがあるの。私たちを含めた祖先が今まで行ってきた、“大切な営み”よ」
そう言いながら、ジュードのもとに近寄った。両者共に、特別立会の時に着ていたスーツではなく、特に陽菜はブラウスに着替えていて、ストッキングも別のものに変わっていた。ジュードもネクタイを外し、棚の上に置いた。その時陽菜は、
「……ジュード、愛してるわ」
ジュードを抱いてこうつぶやいた。
「ああ、私もだ」
彼もそっと陽菜を抱き締めた。1分ほどたったあと、彼は、
「二人に聞いてほしいことがある」
と呼びかけた。そして、
「二人はこれから結ばれて夫婦になるが、その前に、各々が“一人の人間である”ことを忘れないでほしい」
こう話した。ソフィが、
「どういうことなの? 父さん」
と問いかけると、ジュードは、
「それはな、いくら夫婦だとしても、互いの考えや好みとかがすべて一緒ということはないからだ。だからこそ、互いを認めあい、気持ちや考えを尊重することが大切なことだ」
こう答えた。その時、陽菜は一冊の本を取り、
「まずは二人にこれを見てほしいの」
と言いながら、二人に渡した。その本を見たソフィは、
「……これ、ひょっとして性教育の本なの……!?」
驚きの声をあげた。陽菜は、
「そう。これから行う“命の授業”は、未来をつなぐ上で大切なことなの。まるであの子みたいなことを言ってるようね……」
と話したあと、
「それを二人で読んで。それから実際に見せるから」
お腹をさすりながらこう言った。その話を耳にしたトスカーナは思わず息をのんだ。それから、
「ソフィ、一緒に読もう。オレたちに手本を見せてくれるみたいだし」
ソフィに耳打ちをするようにつぶやいた。彼女は顔を赤らめて、
「ちょっとトスカーナ……」
彼の右腕を握りながら言った。しばらく二人の様子を見つめていた陽菜は、
「そろそろ始めるわね」
と言ったあと、ジュードに、
「ジュードちゃん、お願いね。大切な“1時間目”」
こう呼びかけて、再び彼を抱いた。彼も、
「ああ」
陽菜の呼びかけに応えるように、彼女を抱き締めた。
「それじゃ、『命の授業、1時間目』を始めるわね。私たちの歴史をつなぐ大切な営みを」
陽菜がソフィたちにこう呼びかけたのを合図に、“授業”が始まったと思いきや、
「もうひとつ言い忘れてたわ。これから行うことは、お互いが認め合わないと、二人の関係が台無しになりかねないほどなの。一方的に行うことはやめた方がいいわ。それは犯罪と受け取られることがあるから」
突然念を押すように伝えた。そして、
「改めて始めるわね」
と言ったあと、“授業”が始まった。それはこれから新たなる命、新たなる「歴史」をつむぎだすための“営み”であり、陽菜とジュードは、ソフィたちに身をもって伝えるべく、また互いの愛を確かめるように、真剣に“営み”に取り組んだ。ソフィとトスカーナも、そんな二人の様子を真剣な面持ちで見続けていた。そしてその“営み”は、およそ1時間にわたって続いた。
一方、ロリエたちは、中央図書館へと向かっていた。その車中でウインリィは、
「ロリエちゃん、これから長くなるかもしれないけど、付き合ってくれるかしら?」
ロリエにこう問いかけると、彼女は、
「うん」
笑顔でうなずいた。ウインリィは、
「それじゃ、図書館に向かうわね」
と言ったあと、近くの駐車場に車を止めた。そして先程の遺跡で起きた件について、簡単な報告を済ませたあと、
「早速図書館に行くわよ」
と言いながら車を降りた。それから、図書館に向かって歩き出した二人は、駐車場のすぐ横の交差点で、何やらもめているであろう、二人の男女を目にした。これが、ロリエたちの歴史探索に大きな影響をもたらすことになろうとは、彼女たちには知るよしもなかった……