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導かれた“出会い”

 「いってきまーす」

 6月のある日、いつものように、元気な声が辺りにこだました。ひとりの女の子が、これから自転車に乗って学校に向かうところである。その数分後、先に家を出た女の子とは違う学校の制服を身につけた少女が、慌てたように出ていった。おそらく、先程の女の子の姉であろう。

 「ロリエ、また忘れ物してるわよ」

 名前を呼びながら辺りを見回したが、時すでに遅し。自転車がないことに気づいた彼女は、

 「全く……、ちょくちょく忘れ物をするんだから、ロリエって……。もう少し、出る前に確認ぐらいしてよね」

 ため息混じりにこうもらした。彼女が一旦家の中に入ろうとしたその時であった。

 「あ、ごめん、姉さん」

 自転車で家を出たはずの女の子、ロリエが息を切らせながら戻ってきた。そして何か言おうとした矢先、

 「これでしょう? ロリエ、あなたの忘れ物癖は、私の高校でも・・・・・・結構有名になってるわ。本当に気をつけて」

 そう言いながら姉は、冷やかな視線を見せつつ、自分が持っていた一冊のノートをロリエに手渡した。それを受け取った彼女は、

 「姉さん、それってどういうこと!?」

 少しいぶかしげな表情で姉に問い返した。すると姉は、

 「ほら、今日早いんでしょう? すぐ行かないと間に合わないわよ。遅刻したら大変なことになるわ」

 ロリエをせかすように、彼女の背中を軽く押しながら言った。彼女は渋々ながら自転車に乗って、ふたたび家を後にした。それを見た姉は、一旦家の中に入って、

 「母さん、あのノート、何とかロリエに手渡せたわ」

 そう彼女の母に報告した。母は、

 「ソフィ、あなたが気づいてよかったわ。そのまま誰も気づかなかったら、また騒ぎになってたかもしれないわね……。高校に入ってからも、そういうところは変わらないみたいだし、ロリエは」

 ほっとするところ半分、悩み半分といった感じで答えた。それに同意するかのようにソフィも、

 「そうね」

 ただ一言つぶやいた。そして、

 「いってきます」

 と言って、学校へ向かった。


 自転車で学校に向かっていたロリエは、いつものように、自分が通う高校の近くにある古びた建物 ――彼女にとってのいわば“秘密基地”のような場所であるが―― で自転車を降りたあと、ポケットに手を突っ込み、手にしたものを頭に巻いた。そして、

 「これでよし、っと」

 気合いを入れながら、ふたたび自転車に乗って高校へと向かった。その姿は、いかにも快活で活動的な女の子といった感じであった。さて、先程彼女が巻いていたものは、真ん中に自国の国旗に描かれている紋章をデザインしたハチマキである。現実の世界でいう、日の丸ハチマキと同じようなものである。それともうひとつ、彼女は学校へ行くときに限らず、だいたいがスカート姿で、ストッキングを欠かさずはいている。これは彼女が長いズボンが嫌いで(パジャマは別として)、また小さい時から、ちょくちょくドジを踏んでこけたりして傷が絶えなかったため、転んでもケガをしないようにという彼女なりの考えから来ている。しかし、同級生からはたびたび「ズボンをはいたほうがいいんじゃないか?」と突っ込みを受ける始末であった。ただ、彼女のスカート姿は結構似合っているらしく、今やトレードマークとなっている例のハチマキを巻いた格好は、彼女の物怖じしない性格などと相まって、“ハチマキ・ガール”と周囲から呼ばれている。実際腕っぷしには定評があり、中学生時代には、10人近い男子にいじめられていた、違う中学校の少女を助けたことを含め、数人の生徒をいじめから守った実績がある。


 例のハチマキを巻いてから2、3分後、高校に到着したロリエを見たひとりの少女が声をかけた。

 「ロリエちゃーん、おはよう」

 その言葉を聞いたロリエは、

 「あ、おはよう、ルリカ」

 自転車を降りてあいさつをした。ルリカはロリエの姿を見て、

 「相変わらずお似合いね、その格好。やっちゃん・・・・・らしさがよく出てるわ」

 彼女の肩を軽くたたきながらそう言った。さらに、

 「あら、またストッキングの色を変えてきたのね。今度はちょっと落ち着いた雰囲気に……、見えないみたいね」

 半ばロリエをからかうような感じで話を続けた。すると彼女は、少し困った感じの表情を浮かべながら、

 「もう、やっちゃんと呼ばないでよ、ルリカ。ちょっと恥ずかしいわ……」

 と言ったあと、

 「ちょっと自分なりに雰囲気変えてみようと思ったんだ。明るい系の色や黒のストッキング以外で、何か合うものはないかと……。それで今回のコーデ、どうだった?」

 改めてルリカに問いかけた。ルリカはしばし考えながら、

 「とくに雰囲気が変わったとは感じられないわね……。制服姿だからね……」

 こう言いつつも、

 「ロリエちゃんなら、どんな色でも似合うわよ」

 笑顔でロリエに伝えた。彼女は瞬間的にちょっぴり不満気な表情をしながらも、すぐにルリカの両手を握り、

 「ありがとう、ルリカ♪」

 そう言って、喜びながら校内に入っていった。ルリカもすぐにロリエの後を追って校内に入った。


 校舎の中に入った二人は、世間話をしながら教室へと向かっていた。二人は同じクラスで、仲がいいことで評判になっている。実はロリエことロリエ・安岡やすおかが中学生時代に助けた違う中学校の少女こそ、ルリカこと植松うえまつ・ルリカ・エクセレン本人であり、それ以降二人は親友のような関係となっている。ただ、両者の性格は結構異なり、ロリエが活動的であるのに対して、ルリカはどちらかというと、おとなしい感じである。一緒に遊ぶ時も、ほぼロリエがリードする形で行く場所を決めている。ただ、ルリカが「ここに行きたい」と言い出した時は、ロリエも必ずそこに行くことにしている。逆もしかりで、ルリカが全く行く気がしないと、ロリエも諦める他にないという。要するに、一度ひとたび「これだ」と決めると、がんとして譲らないという一面がルリカにはある。また時として、ロリエ顔負けの「強さ」を全面に出して、相手をたじたじとさせることもある。


 教室に入った二人は、かばんを机に置いたあと、互いにノートを取って、そのまま上に置いた。ちなみに、二人の席は隣同士である。すぐにルリカが、

 「あ、今日は・・・ちゃんと持ってきたのね」

 そう言って、自分のノートを開いた。それを聞いたロリエは、しばし黙っていた。ルリカはその様子を見つめながら一言、

 「家に戻るの、大変だったんでしょう?」

 半ば突っ込みを入れる感じで、ロリエに聞いてみた。彼女は、

 「いや、帰るのはすぐだったわね。わたしの自転車、電動・・だから結構速いし……。だけど何か姉さんの視線が……」

 ふたたび黙ってしまった。ルリカが、

 「そうだったの……。ロリエちゃんって、本当に忘れっぽいからね。とくに今日は大切な日だから、いつもより早く来ないといけないし。ここで遅刻や忘れ物すると……」

 と話を続けようとした時、ロリエが遮るように、

 「ここに持ってきてるわよ。『自分が決めたテーマのレポートを1年間で完成させる』という課題をまとめたノートでしょう? 第一回の提出日が、今日22日の金曜日の8時で、何とか間に合ったから結果オーライよ♪」

 こう言った。さらに彼女は、

 「ルリカにはちょっとだけ、わたしのノートを見せてあげるわね。わたし、どうしても書きたいことがあったから、迷わずテーマをこれにしたの」

 こう言いながら、ルリカに最初のページを見せた。そのページは、以下のような書き出しで始まっていた。


 ――ある古びた建物(遺跡と思われる)とナディア国との歴史の関連について――


 5月10日(金)、わたしは、今通っている高校の近くにある、古びた建物に関して、興味深いものを見つけた。それは、建物の壁に書かれてある文章で、わたしには読めないところが多かった。内容がわかった部分から類推すると、おそらく昔の時代にナディア国、もしくは関連がある国によって、魔法に関する何らかの目的を持って作られたものであろう。建物の中にあったあるものを拾って、図書館で調べてみると、ナディアの歴史に関わっているかもしれないことがわかった。わたしがよく遊ぶところに、こんなものがあるなんて、ぜんぜん思わなかった。


 この後に、ロリエが図書館などで調べたであろう内容が書かれていたが、彼女はひとまずルリカに「後々のお楽しみ」ということにして、その部分は見せることなく、ノートを閉じた。ルリカは、ちょっぴりすねた様子をしながらも、うなずきながら机の上を整理した。そして8時を迎え、担任である女性教師が入ってきた。彼女はビシッとしたスーツ姿で、柄物のストッキングをはいており、いかにも“クールビューティー”という出で立ちあった。出席を取ったあと、

 「皆さん、今日は第一回目の中間提出日です。各自の選んだ題材やレポートの進み具合を確認するため、提出をお願いします」

 そう言って、生徒にレポートの提出を求めた。周りを見渡すと、頭を抱えた生徒や、体調が悪い生徒が数名いた。提出日に関しては、原則出席しなければならないという決まりがあり、体調が悪い場合も原則欠席は出来ない。但し、冠婚葬祭や本人が入院や出席停止で登校出来ないなど、真にやむを得ない場合の代理・後日提出に関してはこの限りではなく、レポート提出後に体調不良で早退した場合も、出席扱いとなる。この日も、レポート提出の際にはただならぬ緊張感が漂っていた。


 さて、ロリエたちが暮らすナディア国は、「バルティス」という世界にある国のひとつである。バルティスは、現実の世界とほぼ同じような文明を持つ世界だが、“魔法”が存在する点が現実と異なる。この世界最大の大陸であるランドカーヴ大陸とつながっている陸地は、幅がわずか2キロ程度しかない上に、長さが330キロもある、実質的には島国といってもいい地形である。現在では、大陸側のすぐ近く(数キロ程度先)とナディア側の島の10キロ先に各1本ずつ、大型船が運航出来る運河が完成しており、貿易の中継基地として新たなる発展を遂げているが、運河が完成する前、つまり140年ほど前までは、西側には現在でも難所として知られる海域があり、なかなか船が入れない状況であった。さらに北方には複数の大国が控えており、以前からたびたび侵攻を受けていた。90年ほど前に、20数ヶ国と戦うことになった先の大戦で、孤軍奮闘しながらも敗れ、一時期に国を失ったあとに独立を認められたが、その前後の歴史については、現在のナディアに暗い影を落とす状況になっている。ただ、いまのナディアの状況を見る限り、そのような面影を感じるものはあまり見られないのだが、これには大戦後の情勢が複雑に絡んでいる。そんな中で、ロリエたちは一応・・平穏な日々を過ごしている。ただ、このナディアの歴史には、ある重大な秘密・・・・・が隠されていることを、ロリエは知らなかった……。


 結局レポートの方は、クラスの約3割にあたる10人が提出出来ない、あるいは内容が足りないということで、夜遅くまで残ることになった。第一回のいわゆる“クリア条件”は、「『このテーマを書く』ことが明確に決まり、ページ数でいうとノート8ページ分進む」というものである。8ページ、といっても、なかなか難しいものであり、各自苦労していた様子であった。ちなみにロリエの場合は、日記形式・・・・を利用しており、結構ページを稼いでいたようだ。だが今回はいなかったが、以前には、第一回目ですでにレポートひとつを完成させた強者もおり、そういう人達は、大抵が各方面で活躍を遂げている。


 二人は『恐怖の時間』を乗り切り、昼休みを迎えた。いつものように、二人を含めた数人で昼飯を食べていると、ロリエの横に担任の先生がよってきて、

 「安岡さん、放課後に職員室に来て下さい。あなたに聞きたいことがあります」

 そう言って、教室を後にした。とたんに周りがざわつきはじめた。「何かロリエが悪いことをやったのではないか」とか、「また乱入してこいよ」という話まで出る状況になっていた。実はこれには根拠があり、彼女は物怖じしない反面、ちょくちょく人の話などに入っていったりする傾向がある。そのため、彼女自身良かれと思ってしたことが、思わぬトラブルを招いてしまうこともある。先月にも、別の高校の女子生徒を助けようとした際に、自身の勘違いからちょっとした騒動を起こしている。その時は互いが謝ったために事なきを得たが、そういったこともあり、友達は多いロリエだが、彼女に何かを相談をする人は少ない。そこで心配になったルリカがロリエに対し、

 「どうしたの、ロリエちゃん? ちょっと顔つきが変わってるわよ。何かあったの?」

 こう問いかけた。彼女は、

 「えー、先月の“映画の撮影現場への乱入の件”はもう終わったでしょう? いったいわたしが何をやったというの……!?」

 首をかしげながら考えこんだ。ルリカは、

 「今回は悪いことじゃないと思うから、別に心配はしなくていいと思うけど……。それだったら、私も一緒についていくわ」

 こう答えた。ロリエは、ルリカに一言お礼を言って、その後はいつものように、一日が過ぎていった。


 そして放課後、二人は職員室に向かった。ルリカは、

 「私はちょっと用事があるから一緒には入れないけど、終わったら、玄関で待ってるわ」

 そう言って、職員室を後にした。ロリエは意を決したかのように、職員室に入った。すると担任がロリエのそばに近づいて、

 「安岡さん、レポートについて聞きたいことがあります」

 改まった表情でこう話した。ロリエは

 「えっ? レポートに何か問題でもあるの!?」

 驚いた感じでやや声を大きくして言った。周りがざわつきはじめたの見た担任は、

 「ここで話すと面倒なことになりそうですね。他の場所に行きましょう」

 と言って、机に積まれているノートの中から一冊を手に取った。そして職員室に来ていた校長に、

 「校長先生、ちょっと席を離れます。大切なお話がありますので」

 こう述べたあと、ロリエに職員室を出るように促した。そして一緒に職員室を出たあと、

 「……安岡さん、あなたのレポートに問題があるから呼んだわけではありません。むしろ興味を持った・・・・・・のです」

 なぜかわくわくするような感じでロリエに話した。ロリエは、

 「先生、それってどういうことなの……?」

 と首をかしげながら聞いてみた。その様子を見ていた生徒のグループのひとりが、

 「先生、また誰かにふられたんですか? しかも今度は女子にまで手を……」

 と半ばふざけた感じで言った。担任は、

 「失礼なことを言わないで。そういうことではないですから」

 怒りを抑えるように答えた。そして早足に先へ向かった。慌てたようにロリエもついていった。グループの別の生徒は、

 「どうも図星みたいだね」

 にやけた表情でつぶやいた。そして他の生徒に、

 「しかし本当にウインリィ先生って、あれだけの美人・・・・・・・なのに、何で相手が見つからないのかなぁ……??」

 考え込みながら周りに質問をぶつけた。誰かが、

 「結構きついところがあるからね、あの先生。そこが嫌がられてるんじゃないの……? だけど同じクラスにいたら、ちょっと付き合いたいかもね」

 そんなことを言えば、別の人は、

 「オレはごめんだね。ずっと何か言われ続けそうだから」

 などと、断るような感じで答えていた。いつの間にかウインリィのことで話が盛り上がった生徒たちを尻目に、二人は校舎の外に出た。そして近くの日陰の場所で立ち止まったところで、ウインリィがロリエにノートを見せながら、

 「……安岡さん、このノートに書いてある建物って、どこにあるのかしら?」

 こう聞いてきた。予想外の質問だったのか、ロリエは一瞬言葉につまったが、すぐに、

 「ええと、この学校の近くの皆川みながわ山にあるよ。わたし、だいたいいつもそこに行ってるし……」

 と話した。その後彼女が話を続けようとしたところで、ウインリィが顔を横に振りながら、

 「あそこには行かない方がいいわ。非常に危険なところよ。現にそこの建物の調査をしようとした研究者たちが次々と行方不明になってるの。数年前に、大規模な調査隊が壊滅的な被害にあった時だってそうよ。だから、探索はやめた方がいいわ」

 厳しめの口調で話した。するとロリエは、その言葉に反発するかのように、

 「えー、そんなことぜんぜんないよ。だってわたし何度も通ってるし、それに『建物の守り人』という人に出会ったし……。誰かに襲われた経験なんて全く無いから」

 こう言い返した。『建物の守り人』という言葉を耳にしたウインリィは、顔色を変えながら、

 「やっちゃん、もっと詳しく話を聞かせて。ものすごい大発見につながるかもしれないわ」

 ロリエの手を取って言った。その時彼女は、ある言葉に反応するように、

 「ええ!? 今『やっちゃん』って言わなかった……!? 先生、どうしてそのあだ名を知ってるの!?」

 驚いた表情をしながらこう聞いた。ウインリィは、

 「実はね、私、陽菜はるな先輩と付き合いが長くてね……。あなたの名前や姿を見て、すぐに先輩を思い浮かべたわ」

 振り返りながら話した。さらに、

 「それとね、先輩のことは『やっちゃん』と呼んでたの。今もだけどね……」

 笑顔で話を続けた。そこには、きつい性格などは感じられなかった。その話を聞いていたロリエは、

 「ええ!? 先生って、わたしの母さんと知り合いだったの??」

 思わず叫びながら言った。ウインリィは、大きな声に構わず、

 「それにしても、本当に珍しいことってあるものね。やっちゃん夫婦だけじゃなく、あなたと姉さんまでも・・・・・・・・・・名字が異なるというのはね……」

 淡々と話した。ナディアでは、夫婦の名字に関しては選択制となっている。この事自体は現実の世界でも珍しくないのだが、子供にも・・・・夫婦と同じように、両親の名字を別々にあてることが出来るという、現実の世界はおろか、バルティスの他の国にも存在しない制度がある。これもナディアの歴史に関わっているのだが、現在では国内外から疑問の声が上がっている。ただナディアの歴史上、これまでこの制度で、大きな不都合が生じたことはない。ちなみにロリエの場合は、彼女自身と母が「安岡」、彼女の姉と父が「グリーンヴィラ」となっている。もっとも、ロリエのように名字と名前の並びまでが親と異なるのは非常に稀である。なお、この形でつけられた名字は、不服があれば本人の意志で変えることが出来るため(証明は必要だが)、そこまでの問題にはなっていない。もっとも現在では、子供に両親の名字を別々につける家族は少数派となっている。なお一人っ子の場合、例えばルリカのように、両親の名字を一緒につけることは少なくない(一人っ子でなくてもあるのだが)。さらにウインリィは、

 「ねえ、あなたのことを先輩、いや、あなたの母さんと同じように『やっちゃん』と呼んでいい?」

 ロリエにこう打診してきた。彼女は、少し照れる感じで首を振りながら、

 「ちょっと恥ずかしいからやめて。わたし、そう呼ばれるとなぜかやる気が削がれるの」

 そう言って、即座に否定した。代わりに、

 「あの、先生……、これからわたしのことは『ロリエちゃん』と呼んで下さい」

 とウインリィに頼んだ。彼女は、

 「わかったわ。その代わり、学校以外では私のことを『ウインリィ』と呼んでね」

 そう答えたあと、

 「あなたのレポートを見たけど、本当に歴史が好きなのね。どうやら、教えがいがありそうね」

 ロリエを見つめながら言った。彼女は、

 「うん。それとあの建物に行くと、なぜだかわからないけど、心が落ち着く・・・・・・の」

 と答えた。その答えを耳にしたウインリィは、全くの意想外いそうがいだったのか、言葉が出なかった。ロリエは首をかしげながら、

 「あの、ウインリィ先生、何かあったの?」

 と聞いてきた。ウインリィは、

 「ロリエちゃん、今の話って本当なの……!?」

 表情を引き締めながら、逆にロリエに問い返した。さらに、

 「あそこは本当に危険な場所なのよ。私も一度だけ向かったことがあったけど、とても歴史研究どころじゃなかったわ」

 こう付け加えた。ロリエは、

 「それだったら、先生も一緒に行こう。安全に通れるルートも見つけたし、わたしがいれば大丈夫だよ♪」

 と、ウインリィを誘うように答えた。彼女は半ば懐疑的な目でロリエを見つめながらも、

 「あなたがいるのなら、もう一度行ってみようかしら」

 こう答えた。その表情には、彼女なりの覚悟と何かを確めたいという思いが見て取れた。そしてロリエに、

 「ちょっと用事があるから、玄関の前で待ってくれる? 時間はそうかからないから」

 と伝えた。ロリエは一言「うん」とうなずいて、ポケットに手を入れた。そこから通話・通信専用の携帯電話(通称“ロップ”)を取り出し、ルリカに学校の玄関に向かうことを伝えた。


 玄関に来たロリエは、ウインリィが自分に伝えた通りに、そのまま待っていた。ほどなくしてルリカが現れ、

 「あ、ロリエちゃん、先に来てたのね」

 そう言って、ロリエに紙を手渡した。その紙には、来月一緒に食べに行く店の地図が書かれていた。それを見たロリエは、

 「ここ、ランチがとってもおいしいのよ。ルリカと一緒に行けるなんて、うれしいわ♪」

 弾むような声で喜んだ。すぐさま誰かが、

 「そうね、そこの店って、何度もメディアに取り上げられた名店よ。でも、よく予約が取れたわね」

 二人のすぐ後ろでこう声をかけた。ビックリした二人は思わず後ろを振り返った。

 「ごめんね。ちょっと驚かして」

 ウインリィであった。残っていた雑務を終わらせて、車の中から声をかけてきた彼女は、ロリエに対して、

 「ロリエちゃん、これから、あなたが言ってた建物に向かいたいけど、時間は大丈夫かしら?」

 こう問いかけた。ロリエは、

 「うん、大丈夫だよ」

 と答えた。そして、

 「だけど車は入れないし、わたしの自転車でほんの2、3分でたどり着くから、一緒に歩いた方がいいと思うよ」

 二人に一緒に行くように勧めた。ウインリィは、

 「わかったわ」

 そう言って、車を止めにいった。一方ルリカは、

 「ごめんね、今日は行けないの。だけど、今日の内容は私に知らせて。私も、ロリエちゃんが通ってる建物のことに興味がわいてきたし」

 と玄関を後にした。ロリエは、

 「うん、今月中に知らせるよ」

 と言いながら、ルリカを見送った。車を駐車スペースに置いて戻ってきたウインリィは、

 「ルリカちゃんとは仲がいいのね」

 穏やかな表情でロリエにつぶやいた。ロリエはその言葉にうなずいたあと、

 「先生、行きましょう」

 そう言って、自転車を押しながら歩きだした。ウインリィも、一緒についていった。



 二人が歩きはじめてから10分近くがたった頃、辺りを見回したウインリィは、

 「本当に信じられないわ。私が以前来た時には、こんな状況じゃなかったのに……」

 こうつぶやいた。誰が整備したかはわからないが、途中までの道のりは比較的スムーズであった。あるところで、突然ロリエが立ち止まった。そしてウインリィに対して、

 「ここに建物に行く道があるよ」

 と指さした。ウインリィは、

 「本当にここなの!?」

 疑いの眼差しでロリエを見つめた。それもそのはずである。ロリエが指さした先には、草や木が生えていて、入れる状態になかったからだ。それでも彼女は一向に気にすることなく、

 「ここで『建物の守り人』の声がするんだ。わたし、いつもここから行ってるけど、何も起きなかったよ」

 そう言いながら、しばらく待っていると、

 「歴史探訪を求める女の子よ、よく来たな」

 という声がしてきた。ロリエは、

 「よろしくね。今日は人を連れてきたよ、ミューズちゃん・・・

 と話した。その話を間近で聞いていたウインリィは、半ば唖然とした感じで立っていた。ミューズという名前の、初老の男性の姿をした守り人は、ウインリィに対して、

 「そなたが女の子が連れてきたという人かね……?」

 こう問いかけた。ウインリィは戸惑いを感じつつも、

 「……ええ」

 一言で答えた。ミューズは、

 「そうか、そなたにも私の姿が見え、声が聞こえているか」

 と言った。するとウインリィは突然険しい表情になって、

 「あなた、これ以上ロリエちゃんに探索させないで。ここが色々な意味で・・・・・・危険なところということは十分承知してるわ。だから、彼女を巻き込むわけにはいかないの。下手をすると、彼女だけじゃなく、もっと多くの人々を巻き込むことになりかねないから……」

 ミューズに詰め寄った。ロリエは、

 「先生、急にどうしたの!? なんでいきなりそんなことを言い出すの……!? わたしが何かいけないことでもしたの!?」

 ウインリィの豹変ひょうへんぶりに慌てふためいたが、ミューズは動じることなく、

 「そなた、何か勘違いをしておらぬか?」

 とウインリィに問いかけた。彼女は、

 「どういうことなの……!? 全く意味がわからないわ」

 こう言ったあと、さらに、

 「あなたたちでしょう? これまでに多くの研究者や、ここに入ろうとした人たちの命を奪ったのは……。そこまでする理由は何なの? いったい何を守りたいの!?」

 ミューズにこうまくし立てた。ロリエは、

 「先生、そこまで言わないで……」

 とウインリィを止めに入ろうたとしたが、彼女は、

 「ウインリィでいいわ。それと今は黙ってて。そして私の邪魔をしないで」

 右腕を差し出して、ロリエを制止させた。それらの様子をじっくりと見つめていたミューズは、

 「理由のことは私にもわからぬ。ただこの建物自体が、彼らに直接攻撃を仕掛けたということは決してない。そもそも、建物の内部にトラップや防御装置などついておらぬ・・・・・・

 淡々と語った。これを聞いたロリエは、

 「そうだよ、ミューズちゃんの言った通りだよ。わたしも以前中に入ったことがあるけど、ぜんぜんそんなもんなかったよ」

 こう付け加えた。ウインリィは、

 「私はその話、全く信じないわ。どうせ何か見えないトラップとか、魔法によるバリアでもあるのでしょう!?」

 そう言いながら、再びミューズのもとへ詰め寄った。それでも彼は小さくうなずいて、

 「なるほど……。話が信じられないということならば、“論より証拠”、そなたにも、そこの女の子と同じように、建物の中をお見せすることに致そう」

 淡々と話した。ウインリィは、納得がいかない表情を浮かべながらも、ただ一言、

 「……わかったわ」

 そう答えた。ロリエは、

 「ありがとう、ミューズちゃん♪」

 と言って、自転車を押しながら先に進もうとしたが、いきなりミューズがロリエを見ながら、

 「そういえば、そなた名前はなんといったかね……?」

 と聞いてきた。ロリエはきょとんとした表情を浮かべた。そして、

 「わたしはロリエ・安岡よ。ロリエちゃんと呼んで。……って、これでもう3回目だよ。ちゃんと覚えてよ、ミューズちゃん」

 あきれながらも、改めて名前をミューズに伝えた。彼は、

 「いやいや、本当にすまぬ」

 申し訳なさそうにロリエに謝った。そして、

 「ではロリエちゃんよ、改めて建物の中に案内しよう」

 そう言って、二人を誘った。


 二人がミューズに案内された場所は、木々が生い茂っていたが、周りの草は、なぜかここに人がいるかのように刈り取られていた。今は1年の中でもっとも日照時間が長い時期であるのだが、それが感じられないくらい暗かった。ちなみに、バルティスにおける暦(新明暦しんみょうれきのこと)は地球とよく似ており、1日は24時間、1年が12ヶ月360日で、曜日も7つある。ただ、1時間は80分、1ヶ月は一律30日となっており、それに伴ってうるう年はない。また、夏至は6月30日、冬至は12月30日(大晦日)となっており、多少地球の暦とは異なる。なおこの日は、新明暦でいうと3140年にあたる。そんな状況下でミューズは、

 「ここが私がお守りしている建物だ。ただ、名前については、今でもわからぬ・・・・・・・

 こう話した。ウインリィは、半ばあきれながら、

 「名前を知らない、ですって……!?」

 ミューズにこう言った。さらに、

 「ここって、とても大切な遺跡でしょう? 名前が無い・・・・・ってどういうことなの……!?」

 彼に詰め寄って問いただした。彼はウインリィをなだめながら、

 「詳しいことは、建物の中に入って話そう」

 そう言って、二人に来るように誘って、先に建物に向かった。すぐにロリエも後を追った。ウインリィは、何か疑念をもった感じで考え込んでいたが、ロリエが、

 「ウインリィちゃーん、早く行こう」

 と呼ぶのを聞いて、二人のもとへ駆け寄った。そして、

 「ロリエちゃん、後でちょっと言いたいことがあるわ」

 と言った。ロリエは「なんで?」という表情をしながら首をかしげていた。その時ミューズは歩みを止めて、

 「間もなく建物に着くところだ」

 と言って、二人を呼んだ。ロリエはわくわくしながら駆け寄ったが、ウインリィの方は、相変わらず考え込んだままであった。


 3人が集まったところで、ミューズが

 「ここが、そなたたちにお見せしたい建物だ」

 建物の方向を指し示しながら、こう話した。一見すると古びた建物で、所々に崩れた建物のがれきが散乱していた。ウインリィは、

 「信じられないわね……。これがその建物なの……!?」

 疑いの目でミューズを見つつ、そう言った。そんな言葉をよそに、ロリエはさっさと建物の中に入っていった。ミューズは、

 「ロリエちゃんは気が早いの」

 こうつぶやいた。ウインリィも、彼の言葉を聞いて、

 「ええ、本当にその通りね」

 と、うなずきながら答えた。それからすぐに二人も建物の中に入っていった。


 建物の中に入った3人は、辺りを見回した。だが、辺りは「もぬけの殻」といった状況を呈していた。

 「え……!? これって、どういうことなの……!?」

 ウインリィは、思わず言葉に詰まってしまった。メインフロアとおぼしきところには、本当に何もなかった・・・・・・・・・からだ。普通こういうところには、何かしら物やがれきが散乱しているはずなのだが、それさえもなかった。誰かが建物の中を毎日掃除でもしているかのように……。その様子を見たロリエは、

 「ねえ、ウインリィちゃん、上に行こうよ。1階には何もないから」

 こう言いながら、左側の階段を登っていった。ウインリィは、

 「ちょっと待って、ロリエちゃん。先には何かあるかもしれないわ。私と一緒に行きましょう」

 と、ロリエを引き止めようとしたが、彼女はそのまま階段を登って、さらに先に行こうとした。それを見たミューズは、

 「ロリエちゃん、そこの女の言うとおりだ。一旦待った方がよいと思うぞ」

 こう言った。ロリエは、ちょっと不満そうな表情をしながら、二人のもとへ駆け寄った。全員が集まったところで、ミューズがウインリィを見ながら、

 「ひとつ聞きたいのだが、そなたは何と言う名前だったかの……? 初めてお目にかかるからな」

 こう聞いてきた。ウインリィは、

 「ウインリィ、ウインリィ・メーアよ。今はこの近くの高校で教師を務めてるわ。それと、歴史学者でもあるの」

 改まったように答えた。すると、『歴史学者』という言葉にロリエが驚きの声をあげながら、

 「ええ!? ウインリィちゃんって、歴史学者だったの??」

 のけぞるように言った。ウインリィは、

 「あら、そのことを知らなかったの!? 本当に悲しいわ……。『ヒストリカル・ガール』なら、是非とも覚えててほしかったわね……」

 少し悲しげな表情を浮かべながら、こう話した。ちなみに、『ヒストリカル・ガール』とは、早い話現代日本における『レキジョ』と同じようなものである。ロリエも、歴史に関しては結構好きなタイプであり、図書館や書店で歴史関連の本を読みふけることが度々ある。しかし、なぜかウインリィが歴史学者であることは知らなかった。しかも彼女は、現在のバルティスでは注目の若手(とはいっても30代半ばだが)のひとりである。


 ウインリィ・メーア……、最近の各国の歴史学会ではよく耳にする名前である。ここ数年で、歴史を変えるほどの発見やいくつもの新説を発表して、学会でも話題になっている。ナディア関連について言えば、ナディアの南方にあって、現在の彼女の活動拠点でもあるホフマン諸島で、ナディアの高度な技術力・・・・・・を証明する『魔法機器』を発見している。その機器は、推定で400年ほど前にナディアで作られたことが判明しており、世界中を驚かせている。かつて幾度の他国からの侵攻に耐えて、先の大戦でも3年余りも戦った力の源泉を感じさせた出来事である。


 ウインリィの簡単な自己紹介も終わったところで、改めてミューズが二人に対し、

 「それでは、この建物について説明をしていこう」

 こう切り出した。そして、

 「まずこの建物には、高度な魔法・・・・・がかけられておる。普通の人には全くわからないようなものがな……」

 こう話した。話を聞いた二人は、思わず言葉を失った。そんな様子に構わずミューズはさらに、

 「とはいっても、トラップを仕掛けておるわけではない。それに、この建物の中で、実際にけがをした人はほとんどいない・・・・・・・。だから、そなたたちが心配する必要はない」

 と話を続けた。ウインリィは、

 「ちょっと待って。それって、どういうことなの……!? まさか、『多くの研究者たちの命を奪ったのは、あなたたちじゃなかった』、とでも言いたいの……!? 何か見知らぬトラップでもあったの……!?」

 動揺した様子で、言葉がしどろもどろに感じられた。すかさずロリエはウインリィのもとへ近づき、

 「ねえ、ウインリィちゃん、どうしちゃったの……?」

 心配そうに声をかけた。その様子を見ていたミューズは、

 「……ウインリィよ、少し落ち着いてもらいたい。おそらく、そなたが言いたいこととは、6年前の“悲劇”に関することであろう」

 そうウインリィに問いかけた。彼女は、

 「ええ」

 ただ一言、うなずきながら答えた。ミューズは一呼吸置いて、また話を続けた。

 「あの時、私は建物の中にいて、何となく周りを見ておった。すると西の方、海側から多くの人影が見えての、その者たちは辺りを探すそぶりをしておった。そして、草や植物を刈り取ってこちらに進んで来ると、突如として姿が消えてしまった・・・・・・・・・のだ……。それゆえ、建物には誰も入ってはおらぬ」

 ここまでの話を聞いたウインリィは、顔を曇らせた。一方のロリエは、ノートを開いてシャーペンを走らせていた。ウインリィの様子が気にかかったミューズは、

 「この話は一旦やめておこう。では改めて、建物の話を続けることにしよう……」

 と、ウインリィに聞いてきた。彼女は、

 「そうね、お願いするわ」

 その答えには、あまり力が感じられなかった。ミューズは、

 「この建物は、かつてナディア政府直属の、魔法機器の特別研究所として、およそ420年ほど前から稼働しておった。ただ、存在自体は極秘とされておってな、ごく一部の者しか知らないものであった。しかも、普通の人には見えないよう特殊な魔法をかけた上で、さらに毒を持った植物を植えるなどして、念入りに防御を施しておった」

 ゆっくりと語った。するとロリエは、何かに気づいたか、ミューズに対し、

 「ええ!? それじゃ、この建物やミューズちゃんが見えるってことは、わたしたち、魔法力が備わってる・・・・・・・・・ことになるの……??」

 驚きながら問いかけた。するとミューズは、

 「まあ、必ずしも魔法力が必要とは限らぬが、ほとんどが強力な魔法力の持ち主か、その素質がある者に限られるのが現状だ」

 淡々と答えた。その上で、

 「ただ、稀にではあるが、魔法力が無いのにもかかわらず、特殊な魔法を無力化するかのように、建物などを見通せる人間がいることも事実だ……」

 こう述べた。ちなみに、『魔法力』というのは、アニメやゲームなどによく登場する魔力とほぼ同じであるが、使用するには、自然との対話を交わせる能力、つまり“フィーリング・テレパシー”(略称FS)が必要となる。これがない、または必要量に届かないほど低いために、魔法師を断念するケースは多い。ただ、FSについては鍛えることが可能であり、高齢になってから魔法師になった人もいる。しかし、強力な魔法を使用するには、やはり何らかの素質が必要であり、小さい時から魔法を使えることがほぼ必須となっている。特に高い素質を持った子供たちを、『魔童子まどうし』と呼び、各国は大切に扱っている。


 先程までミューズの話を聴いた二人は、しばらく考え込んでいた。ただウインリィは、数分後にうつむくと、そのまま動かなくなってしまった。その様子に気づいたミューズは、

 「ウインリィよ、どうなさったのかね……?」

 心配そうに問いかけた。しかし、ウインリィは何も答えようとはしなかった。ロリエは、

 「ミューズちゃん、そっとしてあげて。わたしが話を聞くから」

 と言いながら、再びノートに何かを書き込みはじめた。ミューズは2回うなずき、

 「では、もう少し話を進めるとしよう」

 こう言って、話を再開した。そして彼は、

 「そもそも、何ゆえにこの建物が皆川山に建てられたのかについては、いくつか重要な理由があってな……。他のところではだめだったのだ」

 新たな話を展開した。ロリエは、

 「じゃ、何で他の場所じゃだめなの? 例えばさ、山の洞窟の中とか、いろいろあると思うけど……」

 ミューズに問いかけた。すると彼は、

 「実はな、この山には、ある特別な『エレメント』というものが存在しておってな、これが魔法機器の研究に大きな役割を果たすわけだ。さしずめ、“パワースポット”を思い浮かべばよかろう」

 こう答えた。ロリエは感心しつつ、

 「『エレメント』ねえ……。それって、機械を動かす電気と同じようなものと考えていいの?」

 ペンを走らせながら質問を続けた。ミューズは、

 「まあ、とりあえずはそう考えてよいだろう。というより、規模を考えたら、発電所といった方がふさわしいと思うが……」

 と言った。さらに、

 「それとな、もうひとつ、この建物はナディアの西にあるトゥルック諸島への防衛を担当する“秘密基地・・・・”としての役割を持つ併せ持っていた。トゥルックは、ナディアの前線基地として重要な拠点であるが、ここには基地を置けるほどのところはない。そこで、トゥルックの防衛を兼ねるという観点からも、ここが選ばれたのだ」

 こう付け加えた。ロリエは、

 「え!? 何で秘密になってたの?? それじゃ、この辺りの人々は不安になったんじゃないの……!?」

 首をかしげながら問いかけた。ミューズは、

 「秘密なのは当たり前だろう。この事実はいわば機密事項だからな、内外に知られるわけにはいかぬところだ。それでも、この建物がある新浜しんはま県の人々にそこまでの不安はなかった。当時の政府の対応がそれなりにまとも・・・・・・・・であったからだ」

 こう答えた。その時、しばらくうつむいたままのウインリィが起き上がって、

 「そんな事実、私も初耳よ。内外の資料を調べたけど、全く記述が無かった・・・・・・・・・わ。いくら“機密事項”っていっても、もう400年あまりたってるんでしょう? だったら、それらの資料などを公開しないなんておかしいわ。情報公開法があるし、一体どうなってるの!?」

 怒り気味にミューズに詰め寄った。彼は困惑しながら、

 「まあ、落ち着いたらどうかね? 気持ちはわからぬわけではないが、ここで怒っても仕方が無いだろう」

 ウインリィをなだめるように言い聞かせた。そして、

 「せっかく何年ぶりにここを訪れてくれた客人だ。それにロリエちゃんのように、この建物に歴史に興味を持ってくれるものがおるし、本当にうれしい限りだ」

 喜びを述べたあと、

 「そなたたちにお見せしたいものがある。私と一緒に2階に来てほしい」

 そう言って、階段を登りはじめた。二人も彼の後を追った。


 3人はメインルームの階段を登り、2階の踊り場に集まった。正面には扉が2枚、両側にはそれぞれ1枚ずつあった。早速ロリエが右側の扉に立った時、

 「ロリエちゃんよ、落ち着いたらどうかね……? 別に急ぐ必要があるわけではあるまいに……」

 ミューズが待つように呼び掛けた。それでもロリエは、

 「えー、1階には何もないよ。だから早く行こうよ」

 今にも行きたくてしょうがないという感じで、扉を開けようとした。実は彼女、一度建物の中に入ったことがあり、その時は、1階では何も見つけられなかった。これは、彼女がミューズに出会う(正確には彼が見えるようになる)前の出来事であったため、今でもミューズはその事を知らない。さて、ロリエの様子を見たウインリィは、

 「ロリエちゃん、ミューズの話を聞きなさい。何かあってからじゃ遅いわよ」

 ロリエの側に来て注意した。それでも彼女は構わず扉を開けようとドアノブに手をかけた時、ウインリィが止めに入った。そして、

 「ロリエちゃん、危ない!」

 ロリエを抱えて、そのまま一緒に横に飛び込んだ。その瞬間爆発音と共に、扉が吹き飛び、壁の一部が崩れ落ちた。そして、強い衝撃がウインリィを襲った。その様子を見たロリエとミューズは、思わず言葉を失った。ウインリィはミューズに対し、

 「一体どういうことなの!? 先程あなた『トラップはない』と言ってたわよね。この状況、どう説明するつもり……!?」

 ロリエを離した上で、怒りをあらわにした。ミューズは、

 「……私にも皆目見当がつかぬ。ただ、少なくとも、先週の土曜日にロリエちゃんとお会いした日には、このようなトラップがなかったのは間違いないのだが……」

 困惑しながら質問に答えた。ウインリィは、

 「……まあいいわ。ともかく、軽いけがですんだのが幸いだったわね。せっかく新しく買った、特殊素材・・・・で出来た柄物のストッキングがすれちゃったけどね……。だけど、今日はいててよかったわ」 

 こう言いながら、左のひざを押さえた。すれたところから血がにじみ出ていたが、水でぬらしたハンカチを当てると、すぐに出血は止まった。ロリエが心配そうにしながら近づいてきたが、ウインリィは表情を変えて、

 「ロリエちゃん、一歩間違えればあなた、あそこで命を落としてたかもしれないわ。人の話をちゃんと聞かなかったためにね……。そこのところは、すぐにでも直した方がいいわね」

 ロリエに対して、厳しい口調で叱った。彼女は下をうつむいたまま、何も言えなかった。そんな彼女を見つめながら、ウインリィは、

 「……でも、ああいったところも、やっちゃん譲りみたいね。やっぱり親子って似てくるものね……」

 穏やかな口調でつぶやいた。そして、

 「次からは気を付けてね。それとあなたの物怖じしない性格が、ナディアを照らす・・・・・・・・のに必ず必要になるから、それは無くしてはだめよ」

 こう言いながら、その場で座り込み、ロリエを抱いて頭をなでた。彼女は一言、

 「……先生……」

 と言って、そのまま人目をはばからず泣いた。ウインリィは、

 「もう大丈夫よ。心配しないで。それとあなたなら、きっと『ナディアの希望』というべき人になれるから、もっと勉強に励んでね」

 そう言いながら、しばらくのあいだ、そっとロリエを抱き続けた。そして、彼女が泣き止んだあとに一言、

 「気はすんだ?」

 と問いかけた。ロリエは、

 「うん」

 涙をぬぐって、

 「先生は大丈夫だったの?」

 心配そうに聞いた。ウインリィは笑顔で、

 「ええ、大丈夫よ。ちょっと左足をすりむいたけどね……」

 立ち上がってこう言った。ミューズは申し訳なさそうに、

 「二人共、すまなかった……。このようなことを招いて……」

 二人に謝った。ウインリィは、

 「その話はもういいわ。私たちは無事だったから。だから先に行きましょう」

 そう言って、正面にあるふたつの扉のところへ向かった。ミューズが彼女のもとへ近づき、

 「ウインリィよ、他の扉にも爆弾が仕掛けられてあるかもしれぬ。気を付けた方がよいぞ」

 注意を促した。彼女は、

 「ええ、十分わかってるわ」

 と言いながら、左手に手袋らしきものをはめて、ドアノブに手をかざした。その後扉を開け、何も起こらないことを確認した。他の扉でも同じことを行い、

 「どうやら、他の扉には、爆弾らしきものは仕掛けられてはなかったみたいね。ただ、“何か”が微妙に乱れてるのが気になるが……」

 と言って手袋を外し、それをスーツのポケットにしまった。そしてミューズに、

 「改めて、案内の方をお願いするわ」

 そう言って、一旦後ろに下がった。ウインリィの様子を見ながら感心していた・・・・・・彼は、大きくうなずいたあと、

 「それでは、案内を再開しよう」

 と言いながら、正面の扉の前に立った。


 改めてふたつの扉の前に立った3人は、その模様を見ながら、感心しきりの様子であった。対称形になった二枚の模様をあわせると、ハートの上に長細いひし形を冠した形が浮かび上がるような作りになっている。しかも400年以上も前に完成したと同じように、全く色あせていない。それだけではなく、

 「なぜだかわからないけど、これをじっくりと見てると、心が落ち着くわね・・・・・・・・

 とロリエが語ったように、心に何らかの作用をもたらす効果があるようだ。その時ミューズは、

 「このふたつの部屋は、いわば研究の“最重要拠点”となっていたところだ」

 と言った。さらに、

 「実はふたつの部屋には一度も入ったことがない・・・・・・・・のだ……。だから、私も実際に中を見るのはこれが初めてだ」

 さらりと語った。ウインリィは唖然としながら、

 「はあ? それって一体どういうこと!? 全く意味がわからないわ……」

 と言ったあと、

 「あなた本当に『建物の守り人』なの!? 信じられないわ。ここまで建物のことを知らないなんて……」

 疑いの目でミューズを見た。ロリエは、

 「先生、そこまで言わなくても……」

 ウインリィをなだめるように言った。ミューズは、

 「いや、いいのだ、ロリエちゃん」

 ロリエを制するように前に出て、

 「私は確かにこの建物を守るために、ここに遣わされたのだ。一応建物の大まかなことは伝えられていたのだが、詳しいことまでは知らされてなかった。だから中を見回ることはあっても、閉じた扉を開ける方法はわからないために、すべての部屋を見たわけではない。『魔法が鍵になる』ことはわかったのだが……」

 こう話したのだが、言葉を濁すような感じになってしまった。その時ロリエは何かに気づいたか、はたと手のひらを叩いて、

 「ねえ、さっきウインリィちゃんがドアに手をかざした時があるじゃない、あの時、わたし何か強い力・・・を感じたんだ。たぶん、ミューズちゃんが見えることと何か関連がある・・・・・・・と思うんだ」

 こんなことを口にした。この話にウインリィも、

 「ええ、ロリエちゃんの言った通りよ。私もそう思ったわ」

 納得しながら答えた。そして二人に対して、

 「早く中に行きましょう」

 こう呼び掛けた。その後3人は、すぐに部屋の中に入っていった。その際、ウインリィは、

 「ロリエちゃんも、魔法師としての素質を持ってるみたいね……。どうやら、まだ気づいてないようだけど……」

 こうつぶやきながら、ポケットから取り出した多機能携帯電話(略称HHP、ハイフォン)に、何かを入力していた。


 「これは……」

 部屋に入った3人は、またもや言葉を失った。最初に建物の中に入った時と同じように、物が全くといっていいほどなかった。まるで、ここに研究施設が無かった・・・・・・・・・かのように……。

 「一体どういうことなのかしら……」

 首をかしげたウインリィは、そのまま考え込んでしまった。その時、天井を見つめていたロリエが、

 「ねえ、上に何か模様らしき物があるよ」

 こう叫んだ。その言葉を聞いたウインリィは、天井を見上げたものの、

 「ねえ、ロリエちゃん、あなたが言ってた模様って、どこにあるの……? 私には見えないわ」

 疑いの目でロリエを見た。ミューズも、

 「私にも見えぬが……」

 首をかしげながら答えた。ロリエはカバンの中から黒い下敷きを取り出し、ウインリィに渡した。そして、

 「これを上にかざして、天井を見て」

 こう言った。ウインリィは半信半疑のまま、ロリエの言った通りに下敷き越しに天井を見ると、

 「本当ね、何か模様が見えるわね……。……これは、まさか……」

 思わず言葉に詰まった。ミューズが、

 「ウインリィよ、どうかなさったのかね……?」

 心配そうに聞いてきた。ウインリィは、

 「いえ、何でもないわ……」

 そう言って、

 「ロリエちゃん、これありがとう」

 ロリエに下敷きを返した。しかしその表情は、どことなく冴えない感じがした。そして、

 「ロリエちゃん、今回の調査はここまでにするわ。あなたも早く家に帰ってね……」

 そう言ったあと、突然入口の近くに進んだ。ロリエはあわててウインリィの側に駆け寄って、

 「先生、何があったの!? これからがいいところなのに……」

 不満げに理由を聞いた。だがウインリィは何も言わず、その場でうつむいて座り込んだ。ミューズはロリエに対し、

 「ロリエちゃんよ、今はそっとしてやってほしい」

 と言って、自分と一緒にウインリィの側を離れるように促した。ロリエは、しぶしぶながらミューズの求めに応じて、左側の階段口に移動した。すると、ミューズが何かを思い出したように、

 「そういえば6年前のあの時、ウインリィの名前を何度も呼ぶ人がおってな、その人は彼女のことを『恩人』と言っておった。名前は思い出せぬが、『ウインリィ・メーアは、きっとナディアの“大いなる力”になる。こんな自分を、ここまで立ち直らせてくれて……』とも言っておった」

 ロリエにだけ聞こえるように、こんなことを話した。彼女は、

 「ウインリィちゃんに、大切な人がいたんだ……」

 感心しながらうなずいた。その間、ノートに話の内容などを書き込みつづけた。10分あまりたったあと、ウインリィは立ち上がって、

 「ごめんね、ロリエちゃん。大切な用件を思い出したわ。調査はまた別の日にしましょう」

 こう言った。ロリエは、

 「先生……、わかりました……」

 ためらいを残しつつ答えた。ミューズは、

 「今日はそなたたちにお会い出来て、うれしい限りだ。そなたたちならいつでも歓迎するぞ」

 二人に対して、感謝の気持ちを述べた。ロリエは、

 「ありがとう、ミューズちゃん♪ また来るよ」

 そう言って、入口の扉の前に進んだ。ウインリィも、

 「私も感謝するわ。あなたのおかげで、何となくナディアを取り戻す・・・・・・・・・きっかけがつかめそうになったから」

 ミューズにお礼を述べた。そして、二人は建物の外に出た。


 建物の外に出ると、雨がしとしとと降り続いていた。ここに来た時は、雨が降る気配が全く無いほどの天気だったのだが、いつの間にか天候は悪化していたみたいで、水溜まりがいくつも出来ていた。ウインリィがハイフォンで時間を確認すると、時刻は19時半を過ぎていた。

 「もうだいぶ時間がたったのね……」

 そう言いながら、着信を確認していた。そして、

 「ねえロリエちゃん、帰りこれからどうするの? 雨が止まないけど……」

 こうロリエに問いかけた。彼女は、

 「ええと、ひとまず雨が止むか、小降りになるまで待つよ」

 そう答えたあと、建物の側に止めてあった自転車を取りにいった。そして戻ってきてから、

 「あ、そういえば、ウインリィちゃんがはいてる柄物のストッキング、それってどこで売ってるの? わたしもはいてみたい」

 いきなりこんなことを言い出した。ウインリィは、思わぬ質問に戸惑いながら、

 「あのね、そんなこと考えてたの!? あなたって人は……」

 半ばあきれるような感じでこう言った。するとロリエは、

 「真面目な話だよ。だって、それすんごく似合ってるよ。それにわたしを助けてくれた時も、あんな衝撃を受けたはずなのに、足をすりむいただけですんでたし……」

 真顔で答えた。ウインリィは、

 「わかったわ。あなたがそこまで言うのなら……」

 そう言ったあと、改めてロリエに足元を見せて、

 「このパンストはね、『ナディアセイモングモ』というクモから作られた糸と炭素繊維を合成して出来た『ネイビスグラフィ』、略称をネイフィという糸から作られてるの。軽くて相当丈夫なので、いろいろなところで重宝されてるわ。ちなみに私がはいてるのは、これに魔法力をこめたいわば“特注品”というやつで、これで足元の守りを大きく強化する役割も果たしてるの。あなたみたいな人がはくといいわね。きっと、あなたの命を救うことになるから……」

 自分が今はいているストッキングの話をした。ちなみに、ナディアセイモングモは、ナディアの各地でよく見掛ける昆虫で、大きさはおよそ10㎝、生息圏はナディアを含めたバルティスの温帯地方に広く分布している。ナディアでは、古くからこの昆虫が作った糸を使った布が生産されていたが、大量生産が非常に難しかったために、“幻の布”と呼ばれていた。ネイフィの開発に成功させたのは、ナディアの中小企業連合5社であり、比較的最近のことであった。なお、このことは現在では、『ナディア復活のきっかけ』となる出来事と言われている。さて、ウインリィの話を聞いたロリエは、

 「ちょっと、大げさなこと言わないでよ。わたしは一度はいてみたいと思っただけで……」

 照れながら、困惑気味に答えた。ウインリィは、

 「いえ、あなたは必ず『ナディアを取り戻す』ために立ち上がるから、私と共にね……。この“戦い”は困難なものになるし、実際に私も何度か襲われたことがあったわ。その時にこれをはいてたおかげで、命を救われたから……。だけど、今はいてるのは修理に出さないとね……」

 こちらも真剣な面持ちでロリエに伝えた。その時、雨が止んだことに気づいたウインリィは、

 「やっと雨が止んだみたいね。早く帰りましょう」

 そう言いながら、建物から離れた。ロリエも自転車を押しながらウインリィと一緒に歩いた。そして、

 「帰ってから、早速ルリカにここでの出来事を知らせよう」

 と言った時、ウインリィは、

 「せっかくだけど、今は遠慮してほしいの」

 さえぎるように言った。ロリエは、

 「えー、何で? どうしてなの!?」

 困惑しながら、不満たっぷりという表情で聞いてきた。ウインリィは少し顔をしかめながら、

 「あなたを助けた時、爆弾騒ぎがあったでしょう? ああなると周りが騒ぎ出すから、とても研究どころじゃないし、それにしばらくは入れなくなるし……」

 残念そうに話した。さらに、

 「それと、今日ここで起きたことは、今は誰にも話さないで・・・・・・・・・・。もちろん、ノートを見せるのも、ね」

 こう付け加えた。ロリエはがっかりするような感じで、下を向いたまま黙っていた。その様子を見たウインリィは、

 「心配しないで。そんなに時間はかからないから……。私の連絡先を書いたメールを送るから、あなたの連絡先を知らせて。この建物の様子は、順次あなたに伝えるわ。もちろん、話を伝えていい時もね」

 そう言いながら、ハイフォンで自分の電話番号とアドレスを入力して、すぐに送信した。するとすぐに着信音が鳴り響いた。ロリエがポケットの中から自分のロップを取り出すと、着信が入っていた。ウインリィはロリエが画面を見たのを見計らって、

 「そのアドレスと電話番号、今すぐ入力してね。帰ってからでもいいから、今日中に必ずあなたの連絡先を私に知らせて」

 と言った。ロリエは、

 「うん、必ず送るよ。また今度も一緒に探索しよう、ウインリィちゃん♪ あ、今度はルリカを一緒に連れてってもいい?」

 ルリカを誘うことを提案した。ウインリィは少し考えたあと、

 「そうねえ、ルリカが行きたいのなら、私は構わないわ」

 こう答えた。そして、

 「私はこれから大切な用事があるから、あなたと一緒に戻ることは出来ないの。ごめんね」

 ロリエに軽く謝った。それから、

 「そうそう、今度あなたがはいてみたかったという柄物のパンスト、私が買ってあげるわ。あなたにふさわしい、お似合いのものをね。それで来月、一緒に買い物に行かない?」

 ロリエを買い物に誘ったところ、彼女は、

 「ありがとう、ウインリィちゃん♪」

 快く誘いに応じた。そして、

 「また今度歴史の話をしようね」

 そう言って、自転車を押しながら帰っていった。その様子を見守ったウインリィは、再び建物の中に入っていった。実はこのことは、彼女が教師としてロリエの通う高校に赴任したことと密接な関係があるのだが、ロリエはこの事実を全く知らない。


 再び建物に入ったウインリィを見掛けたミューズは、

 「ウインリィよ、どうかなさったのかね?」

 首をかしげながら問いかけた。ウインリィは、

 「これから大切な調査があるの」

 そう言ったあと、爆弾が爆発した扉の周りを調べた。それから、

 「ここに仕掛けられた爆弾は、魔法を使った“特殊爆弾”ね。あの時、ロリエちゃんがドアノブを握らなくて・・・・・・・・・・よかったわ」

 こうつぶやいた。その話を聞いたミューズは、疑問を感じながら、

 「ウインリィよ、爆弾騒ぎがあった時、手袋らしきものをはめてドアノブをさわっていたようだが、あれはどういう意味があったのかね?」

 こんな質問をした。彼女は、

 「あの手袋は、微弱な魔法力を検知するために使われるものなの。それと同時に、センサーを無力化させる効果を持つの。あの時は、他の扉には魔法力を感じなかったから、“他に魔法力を使った爆弾が無い”と判断出来たの」

 こう答えたあと、口調を変えて、

 「……どうやら、魔法力に長けた何者かが、この事件に関与してそうね……。例の“特殊爆弾”といい、エレメントの乱れ方といい……」

 考えながらつぶやいた。エレメントの乱れ自体は、自然現象のひとつであり、別段珍しいことではないが、急激に増減を繰り返すことはあまりない。それから彼女はハイフォンを取り出し、電話をかけた。

 「こちらはウインリィ・メーア、重要な報告がある」

 その後彼女は、この建物に仕掛けられた爆弾の件や、魔法力の高い魔法師の関与、あるいはエレメントの“異変”などを、ある機関の関係者と電話でやり取りした。それが終わったあと、ミューズに対して、

 「明日からしばらくの間、政府の調査隊がこちらに来る。調査が終わるまで調査隊と私以外、ロリエちゃんを含めた外部の人を建物の周りに入れないでほしい」

 こう依頼した。ミューズが

 「そうか、政府の関係者がこちらに……」

 しばし考えたあと、

 「そなたの言う通りにしよう」

 と答えた。ウインリィは、

 「あなたのご協力、感謝するわ」

 そう言って、建物を後にした。


 建物の外に出たウインリィは、改めてハイフォンを見て、着信を確認した。すると、一通のメールが入っていた。それを確認すると、電話番号とアドレスの他に、メッセージが添えられていた。


 -今日はわたしを助けてくれてありがとう。今度ウインリィちゃんと買い物に行くのを楽しみにしてるよ。それと、ナディアの歴史を取り戻そうとしてる人たちがいたら、紹介してね。番号とアドレスは、わたし個人のハイフォンのものを送ってるから、登録お願いね。先生に協力してくれる人がいたら、わたしも出来るだけ先生に知らせるよ-


 このメールを見たウインリィは、すぐに自分の電話帳にロリエの番号とアドレスを登録したあと、

 「確かにロリエらしい文章ね……。それに私が言った通り早速『歴史を取り戻す』と張り切ってるし……。だけど、書き方とかは考えた方がいいわね。今度、改めて教えてあげないとね……」

 こうつぶやいた。そして時間を確認すると、21時を回ろうとしていた。

 「もう帰らないといけないわね……」

 すっかり暗くなった山を降りようとした時、ふと薄く光っているところが目に飛び込んだ。ウインリィは、そこに近づいて下を向いた。すると、何かペンダントらしきものを見つけた。彼女はそれを取り出して、じっと見つめると、突然その場に座り込んでしまった。その後、彼女の目から涙があふれだした。

 「……カインツ……」

 おそらくは、自分が大切にしていたであろう人の名前を呼びながら、手にした物を胸に抱いて泣き続けた。数分後、改めて手にした物を見ると、どこかで見たような模様をしたペンダントであった。ウインリィは、その事実に気づいたのか、

 「……これは、あの建物にあった模様と同じ……。……わかったわ、カインツ……。私が必ず、あなたの無念・・・・・・を晴らしてあげるわ」

 そう言いながら、すっと立ち上がった。このペンダントが、そして、ロリエたちがここで過ごした一時が、後にバルティスの歴史を大きく変えるきっかけとなることに、この段階では誰も思い到らなかった。



 翌日の23日の朝、ロリエはあることで悩んでいた。しばらくは、いつも立ち寄る皆川山にある建物の周辺(“例の場所”のこと)には入れないということで、通学する際にどのルートを通ろうか、ということである。彼女は、いつも“例の場所”で気持ちを落ち着かせて、トレードマークであるハチマキをつけてから学校へ向かっている。そこで彼女は、自分が住んでいる新浜市内の地図を見ながら、あれやこれやとルートを模索もさくしていたが、いいルートはなかなかが見つからなかった。その時、彼女の部屋に、

 「ロリエ、朝ごはんできたわよ。降りておいで」

 姉であるソフィが部屋に入ってきて、朝食ができたことを告げた。ロリエは、

 「すぐ着替えてから行くよ」

 と言いながら、パジャマを脱ぎはじめた。ソフィはすぐに部屋を出て、ドアを閉めた。着替える最中ロリエは、手のひらを叩き、

 「そうだ、いっそのこと、自転車で新浜の市内を探索しよう! 今日は暇だし……」

 そう言ったあとスカートに着替え、部屋を出て階段を降りてから、リビングに向かった。


 リビングに入ったロリエに対し、ソフィは、

 「本当に昨日はどうなることかと思ったわ。大切なレポートを忘れて……。忘れ物癖はなかなか治らないのね。それにあなたの通う“二商にしょう”のレポートのことは、私たちの高校でも話題になるわ」

 朝食を食べながらため息混じりに話した。“二商”というのは、ロリエが通う県立の、新浜第二しんはまだいに商業高校の愛称である。場所は、新浜市内のほぼ西の端に位置しており、すぐ近くには、昔からロリエがよく遊びに行き、学校のある日には毎日行く例の場所がある皆川山がそびえたっている。ちなみに、ソフィが通う高校は、名門私立であるセリス女学院(セリス女子、セリ女)で、二商とは反対方向にある、隣町のコリン市の中心部に位置している。ロリエの家からは、バスで45分程度かかるという。安岡家の経済事情は比較的良好で、またソフィ自身成績が優秀なため、学費の減免を受けている。そのため、有名人やセレブの娘が集い、学費も高い名門私立に通えるわけである。ロリエにも親族や中学時代の教師などから打診があったが、彼女はがんとして断って、今の高校に入ることに決めたという。ロリエ自身中学時代の成績はよく、セリス女子に受かるぐらいの学力を持っていたが、初めからその気はなかったようだ。どうやら、理由は“例の建物”と関連しているらしい。さて、ため息混じりのソフィに対し、ロリエは

 「へぇ、姉さんとこの高校でも、『二商のレポート』って話題になってるんだ」

 感心しながら答えた。『二商のレポート』(通称フタレポ)というのは、1年ごとに生徒がテーマを決め、各々のテーマに対し自分が研究や実験、または各所で調べたことをまとめ、そのテーマに関する意見主張をレポートで述べる、というものである。いわゆる、“高校版・卒業論文”と言える代物なのだが、当然ながらこれが通らない(合格しない)と留年となってしまうほど厳しいものである。さらに年に2、3回中間提出日があり、一定の基準に達して受理されるまでは、学校に泊まりがけでもレポートを書かないといけない。校内に宿泊施設があるのは、そのためでもある。ただし、フタレポが卒論と違うのは、後者は最終学年の年(大学なら4年)の時だけなのに対し、フタレポは学年ごとに毎回違うテーマで作成しなければならない。しかし例外はいくつかあって、たとえば、一定数のフタレポが受理された場合。この場合は、卒業するまでの残りの期間は、フタレポの作成は行わなくてもよい。なおフタレポの数には制限が無い・・・・・ため、過去には、1年の時に魔法と経済との関連を研究したレポートで、条件をクリアした生徒がいた。また、同じテーマでも、研究を深く掘り下げたものや、別の国を題材にしたものは別々のレポートとして扱われるなど、柔軟な部分もある。そういったこともあり、前日の中間提出日には多くの生徒が悲鳴をあげていた。そんなロリエに対し、ソフィは、

 「ロリエ、昨日の話は後でじっくり聞くとして、とにかく、人の話はちゃんと聞くこと。これが今のあなたに足りないところね」

 そう伝えたあと、

 「ごちそうさま。これから家庭教師のバイトがあるから、すぐに出かけるわ。それと帰るのは昼過ぎになるから、お昼は作らなくていいわ。どこかで食べて帰るから」

 こう言いながら、食器を下げたあと洗面所に向かった。母である陽菜は、ソフィを見ながら、

 「行ってらっしゃい。今ソフィちゃんの家庭教師の仕事ぶりが、周囲で評判になってるわ」

 穏やかな感じで、こんなことを口にした。その間ロリエは、手を止めて考え込んでいた。先程ソフィに言われたことに、すこぶるつきで・・・・・・・思い当たる節があったからだ。それはウインリィに助けられた時に、彼女から言われたことと全く同じであったからだ。さすがに『昨日人の話を聞かなかったために死にかけた』などとは言えるわけがなく、自分のいたらなさにため息をつくばかりであった。陽菜は、

 「どうしたの、ロリエちゃん? 何かあったの?」

 首をかしげながら聞いてきた。ロリエは、

 「ううん、何でもないよ」

 首を横に振りながら答えたあと、

 「母さん、わたしも出かけるけど、いい?」

 と言った。陽菜は、

 「いいけど、早く帰ってきてね」

 食器を洗いながら答えた。その時、

 「行ってきます」

 新しく買ったスーツに身を包んだソフィが、家を後にした。

 「行ってらっしゃい、姉さん」

 ロリエはこう言いながら、おもむろに立ち上がった。そして、

 「ごちそうさん」

 と言って食器を下げて、テーブルの上を片付けた。ふと何かに気づいたのか、

 「あれ? 父さんは?」

 陽菜に聞いた。母は、

 「ああ、ジュードちゃんね。彼は今日、歴史関係の取材に行ってるわ。近々、あのウインリィちゃんにインタビューを行うみたいよ」

 そう答えた。ロリエの父であるジュード・グリーンヴィラは、コリンにある出版社に勤務している。その出版社はセリス女子に程近いところにあるために、ソフィと一緒に家に帰ることも珍しくない。ロリエは、

 「わかった」

 とうなずいたあと、

 「今度父さんに頼みたいことがあるんだ。父さんが休みの時、ウインリィちゃん、いや先生を家に連れてきていい?」

 母にこんなことを頼んだ。母は、

 「……いいわ。私もウインリィちゃんの話をたっぷり聞きたいから。いろいろな意味で」

 笑顔でロリエの頼みを受け入れた。

 「ありがとう♪」

 お礼を言ったあと、ロリエは、

 「それじゃ、行ってくるね」

 そう言いながら、2階へ行った。


 2階にある自分の部屋に入ったロリエは、タンスの引き出しを開けて、何かを取り出した。彼女がはいているストッキングである。色もさまざまで、状況に応じて変えているらしい。たとえば学校では黒が中心で、たまに前日みたいに違う色をはいてくる。またルリカと遊ぶ時は、季節によってシックな色や明るい色を使い分ける、といった感じで、とにかく下半身のおしゃれに余念が無い。なお誰かを助ける時・・・・・・・は、丈夫な素材を使った柄物、たとえば、前日にウインリィがはいていた感じのものを着用する。実は柄物については、母親譲りのコーデであり、陽菜もこのコーデで、何人もの人を助けてきた。ちなみに、母親からもらった柄物のお下がりが1足あって、ロリエ自身も気に入っている。母親いわく、オーダーメイドのストッキングだという。ウインリィも陽菜の影響を受けているらしく、特に危険な場所を探索する時には、必ずといっていいほど丈夫な柄物をはいている。さて今回のロリエは、

 「よし、これにしようっと」

 薄いネイビーに決めたあと、鏡を見ながらストッキングをはいた。そして、横にある小さい引き出しから、ハチマキを1本取り出し、それをスカートのポケットに入れた。それからメイクをしたあと、彼女のハイフォンと自転車の鍵を上着のポケットに入れた。それと机に置いてある一冊のノートを取って、カバンに入れた。そう、これこそが、彼女が歴史を探索したことを記録する時に使う日記、


 ――ロリエちゃんの歴史探訪ダイアリー(通称ダイアリー)――


 である。


 準備を整えたロリエは、部屋を出て陽菜に、

 「行ってきます」

 と言いながら、外に出た。そして、充電してあった電動自転車のコンセントを抜き、自転車の鍵を外してから、家を出た。

 「今回はどこに行こうかな」

 そう言いながら、ゆっくり自転車をこいだ。彼女にとっては、別段目的はなかった。時刻は10時を回ろうとしていた。


 ロリエが自転車をこぎはじめてから15分ほどがたち、新浜市街に入った彼女は、

 「へぇ、結構人がいるのね……」

 感心しながら自転車をこぎつづけた。数分後、市街地の中心部にある中央公園に着いた彼女は、一旦自転車を降りて、押しながら公園内を歩いた。その時、ふと目にした3本の木を見つめた。すると、何か微妙な魔法力を感じた。これまでは、このような魔法力は感知出来なかったため、特に何も感じてこなかった。『これは何かある』と感じたロリエは、早速ダイアリーとは別に、気づいたことを書くためのノート(愛称チェッカー)を取り出し、メモを取った。それから、自転車をこぎはじめた彼女は、市街地を南に下り、さらに海側へと進めていった。その最中、来月ルリカと一緒に行く約束をした名店を確認した彼女は、その場所の住所を確認した上で、メモ帳に書き込んだ。しばらくこぎつづけると、目の前に海が見えてきた。南ナディア海である。ここでも自転車を降りた彼女は、雄大な海の景色を目の前にして、

 「気持ちいいわね……」

 そう言いながら、深呼吸を行った。その時、この近くでも何か微弱な魔法力を感じた。どうやら、発信元は海の中のようだが、道のすぐそばが海のため、降りる場所がなかった。そこで、すぐ近くにある目印となる建物や住所をチェッカーに書き込んだ。再び自転車に乗った彼女は、右側にある『モード変更』のボタンを押した。すると電動モードに変わった自転車はスピードが上がり、最大で時速50㎞程度まで上がった。そして、自転車道をそのまま進み、今度は西の端の海沿いを駆け抜けた。ここでも、一旦立ち止まって、自転車モードに戻してから、魔法力の発信元を探した。今度は空き地の一角にそれがあり、先程までと同じように、場所がわかるようにメモを取った。ここでロリエは何か疑問に思い、その場で考え込んだ。そして、なぜかカバンに入っていた地図のコピーを取り出し、感知出来た場所を線で結んだ。だが、もうひとつしっくりとこなかった。

 「何かが足りないわね……。ウインリィちゃんなら、とっくに気づいてるかも……」

 そう言いつつ、頭を悩ませていると、彼女のハイフォンの着信のメロディーが流れた。ウインリィからの電話であった。

 「もしもし」

 ロリエが電話に出ると、

 「ロリエちゃん、新しい発見があったわ」

 ウインリィは彼女にそう伝えた。そのあと、数分間発見したものについて説明を続けた。ただ、昨日発見したペンダントについての説明はなかったようだ。ロリエは、チェッカーに書き込んだあと、

 「実はわたしも、何かを発見したんだ」

 と言って、新浜市街地にある微弱な魔法力の発信元の場所について、

 ウインリィに伝えた。すると彼女は驚いたらしく、

 「本当に!? 私も気づかなかったわ」

 と言っていた。ロリエは、

 「そうだったの? わたし、ウインリィちゃんならこのことに気づいてると思ったんだけど……」

 そう話したあと、“例の建物”についてウインリィに聞いた。すると彼女は、

 「そうね、あの辺りは『工事中』の看板が立ってあって、通れないようになってるわ。実際に土砂崩れも起きたし……。だけどそこ以外なら、特に問題はないわね」

 こう述べた。ロリエは、

 「ありがとう、先生もがんばってね」

 と言った。ウインリィは

 「それはお互い様ね……。また後でメールを送るから、必ずチェックしてね」

 そう言ったあと、電話を切った。それを確認したロリエは、ハイフォンをポケットにしまい、自転車をこぎだした。

 「そうだ。ちょっと高校に寄ってこ」

 二商に立ち寄ることに決めた彼女は、ひたすらスピードをあげて道なりに北上した。途中、海水浴場や漁港を通りすぎたが、彼女はそれに目もくれず、そのままこぎつづけた。しばらくすると、高校の入口の門の前に着いた。そしてチェッカーを出して、考え事をしていると、部活帰りであろう、同級生らしき男子生徒が彼女を見かけた。そして、

 「あれ? ロリエじゃないか。こんなところで一体何やってるんだ……?」

 気になって、ロリエに問いかけた。彼女は、

 「今、町中をサイクリングしてるところよ。ここにはちょっと立ち寄っただけ」

 そう言ったあと、

 「今日先生は学校に来てる?」

 逆に男子生徒に質問をした。彼は、

 「ウインリィ先生のこと?」

 と聞くと、ロリエはうん、とうなずいた。それを聞いた男子生徒は、

 「ウインリィ先生は、学校には来てないよ」

 そう答え、

 「じゃ、また月曜ね」

 と言いながら、学校を後にした。ロリエも、

 「うん、またね」

 手を振って見送った。その後、チェッカーに目を通したあと、

 「ちょっと“例の場所”に寄ってみようかな。実際にどうなってるのかを確かめたいからね」

 そう言って、皆川山に向かって自転車をこぎはじめた。


 皆川山に向かう道では、ほとんど車とすれ違うことなく、スムーズに山を登っていった。さらに山を登っていくと、「通行止め」の看板が立っていた。ロリエは、

 「あ、ウインリィちゃんの言った通りだ」

 と言いながら辺りを見渡すと、3箇所で土砂崩れが発生していた。

 「どうやら、しばらくここには立ち寄れないわね……」

 すぐに山を降りて、学校の北側に向かった。しばらく自転車をこいでいくと、釣りの名所といわれる岩場にたどり着いた。父親のジュードも月に1回は必ず訪れて、ここで五目釣りを行う。そういった日は、たいてい家の晩飯が魚のフルコースになるほど釣れるために、訪れる釣り人は後を絶たない。ジュード自身は、大会でトップ争いをするほどの腕の持ち主であるため、釣れない日は少ないことを考慮しても、来る人は多い。さてロリエは、ここでまた自転車を降りて岩場に向かうと、4箇所目となる魔法力の発生元を突き止めた。彼女はチェッカーに発生場所を記したあと、しばらくその場で考え込んだが、結論は出なかった。

 「これじゃ、何がどうなってるのかわからないわ……」

 頭を抱えながら悩んだあと、

 「そうだ、図書館に行こう」

 そう言いながら、図書館に向かった。今度は電動モードに切り替えて、急ぐように進んだ。


 図書館は中央公園の近くにあり、蔵書の数も多い。カフェや会議場なども併設されており、県内のみならず、県外からも人が訪れるほどの人気施設である。ロリエは、図書館の近くの専用駐車場に自転車を止めたあと、図書館に向かった。その時、近くで一騒動が発生していた。彼女がその現場に向かうと、10人近い男女が何かでもめていた。

 「どういうことだ、お前はナディアがこれ以上踏みにじられてもいいというのか!?」

 声をあらげながら、ひとりの男性が言った。別の若い男性は、

 「そうじゃないよ。もっと世界の歴史に目を向けてから、ナディアの歴史を取り戻す方法を……」

 なだめるように話したが、さらに別の男性は、

 「そんなことを考えてどうするんだ……。結局はナディアのことを真っ先に考えてないから、相手にしてやられるだけじゃないか」

 そう言いながら、若い男性につかみかかった。その様子を間近で見たロリエは、二人の間に割って入り、つかんだ男の腕を払いのけた。そして、

 「ちょっと、アンタたち何やってるの!? この人が何か悪いことやったわけ?」

 そう言いながら、若い男性の前に立った。グループの女性のひとりが、ロリエに対して、

 「その人、何もわかってないのよ。その人が考えたやり方じゃ、人々の支持は得られないということをね。ナディアのことを中心に考えるやり方でないから、『歴史戦』で負け続けたりしたのにね……。だからいつまでもナディアの歴史を我々の手に取り戻すことが出来ないまま、苦しみ続けるのよ」

 怒りを抑えながら、こんなことを話した。すると、ロリエはポケットからハチマキを取り出し、それを頭に巻いた。それから、

 「アンタたち、それをウインリィちゃんの前でも言えるの!?」

 その言葉には、強い力が込められていた。若い男性が、

 「あ、あの……、もういいから……」

 と言いながら、ロリエをなだめようとしたが、

 「大丈夫よ。わたしが守るから」

 強い口調できっぱりと言い切った。すると、突然二人の

男がロリエに襲いかかってきた。だが彼女は動じることなく、攻撃をかわしたあと、二人の足を払い、地面に転ばせた。

 「……お前、ナディアの歴史を害する奴の味方か……!?」

 そう言いながら、ひとりの男がロリエに近づいた。

 「その人が、グループのリーダーだ……」

 若い男性がロリエに伝えた。グループリーダーは、

 「なぜ我々の思いを理解しようとせぬ。我々はナディアの歴史を取り戻そうと奮闘しておるのだ。どうしてその邪魔をしようとする……!?」

 そう言って、さらに二人の男をロリエの前に呼んだ。彼女が転ばせた二人も立ち上がり、4人でロリエを取り囲んだ。しかし4人は、リーダーを無視してまたもやロリエに襲いかかった。だが、彼女にあえなく返り討ちにあい、うずくまるはめになった。その時、別の女がロリエの言ったセリフに気になる言葉を見つけたらしく、リーダーに、

 「リーダー、どうやらあの女の子、ウインリィの名前を出したようですが……」

 こう話した。リーダーは、

 「慌てるな。どうせ名前を利用しようとしただけだろう」

 と、冷静な面持ちで女に伝えた。そして、

 「お前に問いたいことがある。我々のやり方のどこが間違っているというのかね……」

 ロリエに問いかけた。彼女は、

 「何で歴史を取り戻すのに、他のやり方を考えてる人をのけ者にしようとするわけ!? しかも、後ろにいる人を殴ろうとしてまで……。わたしを含めた・・・・・・・同じ目的を持つ人たちが足の引っ張りあいなんかやってどうすんの……?? それこそ、ナディアを踏みにじるものたちの思うつぼでしょう。ここにウインリィちゃん、いえ、二商に通う・・・・・わたしの担任のウインリィ・メーア先生がいたら、どう思うかしら……」

 強い口調でこう話した。その言葉を聞いた若い男性は、

 「え……!? じゃ、あの有名な若手歴史学者のウインリィが二商に来てるっていうのは、本当の話だったのか……!?」

 驚きのあまり、足がすくんでしまったようだ。他のメンバーにも動揺が走った。その様子を見たリーダーは、

 「……まさか……、いや、そんなことは……」

 と言いながらも、驚きの色は隠せなかった。そして、

 「どうやら、我々とは相容れないようだ。場所を移すぞ」

 と言って、この場を後にした。男性以外の残りのメンバーも後を追った。男性はロリエに、

 「……ありがとう……」

 一言お礼を述べた。彼女は、

 「お礼なんて言わなくてもいいわ。わたしはただ、アンタを放って置けなかったから……」

 そう言ったあと、

 「ところで、あの人たちって何物なの?」

 男性に問いかけた。彼は、

 「あの人たちは、『ナディア歴史奪回運動』というグループのメンバーなんだ。歴史を取り戻す目的で旗揚げされたんだけど、いつの間にか“ナディア至上主義”を掲げ、それにそぐわないものを排除しようというものになってしまったんだ。そのせいで、他のまともなグループまで白眼視されるように……。だからぼくは、世界史を別の側面から見ようと訴えたんだ。だけど……」

 話の途中でどうしていいのかわからず、言葉に詰まった。ロリエは、

 「わかった。じゃ、わたしがアンタのこと、ウインリィちゃんに紹介してあげる」

 そう言ったあと、

 「わたしは、ロリエ・安岡。二商の1年で、担任のウインリィちゃんとはよき歴史仲間・・・・なの。それで、アンタは誰なの?」

 簡単な自己紹介をしたあと、男性に質問した。彼は、

 「ええと、ぼくは、行方篤史なめかたあつし。コリン大学の魔法科学科の1年で、魔法師を目指してるんだ」

 と答えた。するとロリエは、

 「よろしくね、なめちゃん♪ わたしのことは、ロリエちゃんと呼んでね」

 そう言いながら、行方の手を握った。彼はすこし照れながらも、ロリエの手を軽く握った。


 二人は、そのまま図書館に入り、向かい合って座った。『魔法師を目指している』という行方の言葉を聞いたロリエは、

 「そうそう、わたしね、今日この街で4箇所微弱な魔法力の発信元を見つけたんだ。ウインリィちゃんに聞いてもわからなかったみたいだし……。もし、何か心当たりがあれば、何でもいいから教えて」

 彼にこんなことを聞いた。すると彼は、

 「ああこれね。以前ある教授が、これに関することを話してたね……。確か、『円錐形・・・がどうとか』って……」

 と言いながら、考え込んだ。そして、

 「ロリエちゃん、もしよかったら、その4箇所の場所を記した地図とかを見せて欲しいんだけど……」

 彼女にこう頼んだ。彼女はカバンの中から、チェッカーとコピーした地図を出し、そのうちのコピーを行方に手渡した。それをじっと見つめた彼は、地図の右側のある部分に丸印をつけた。そして、

 「もし、教授の言った通りなら……」

 と言いながら、それぞれの場所を結ぶと、何と円錐形に似た形が出来上がった。そして何度かうなずいたあと、

 「ロリエちゃん、これ見て」

 立ち上がって、ロリエのもとに向かった。そして、彼女に地図を見せたあと、

 「これね、君が見つけた発信元ともうひとつ、先の大戦で西方司令部があったところを結ぶと、円錐形が出来たんだ」

 こんな説明をした。彼女は、地図の右側の丸印を見て、

 「……ここって、セリス女子があるところじゃない。一体どういうことなの……!?」

 驚きの表情を隠せなかった。行方は、

 「実はこの円錐形、新浜を守るためにかけられた魔法と考えられるんだ。おそらく、ここに守るべきものがあったと、個人的にはそう思うのだが……」

 そう言ったあと、考え込んでしまった。ロリエは、彼の見解に感心しながら、地図をじっくりと見回した。そして、

 「ねえ、なめちゃん、今から新浜城に行こう。図書館の近くにあるし、そこに行けば何かわかるかも知れないし……」

 こんな提案をした。彼もうなずいて、

 「そうだね、ロリエちゃんの言う通りだね」

 彼女の提案に同意した。ほどなく、二人は図書館を後にした。


 新浜城にきた二人は、その外観を見て、すごさを実感した。いかにも日本の城といったつくりで、築城から数百年はたっている、といった感じの建物であるはず・・なのだが、

 「これってどうやって再現・・したの?? 本当にすごいんだけど……」

 ロリエが行方に聞いてきた。彼は、

 「いやいや、そんなはずはないって」

 と答えたあと、

 「この新浜は、先の大戦の終わりがけに、連合軍がナディアに行った無差別爆撃でも、ほとんど破壊されずに・・・・・・・・・・すんだ数少ない街だ」

 こんなことを口にした。それから、

 「それなのに、どの教科書も・・・・・・『新浜は爆撃で大きな被害を受けた』と書いてあるんだ。これから、それが真っ赤なウソ・・・・・・・・であることを証明したいんだ」

 と言って、リュックから、何かの機械を取り出した。

 「これは、『年代測定器』という自分が作った魔法機械なんだ。これから出す光を建物に当てると、いつ作られたのかがおおよそわかるようになるんだ」

 そう言ったあと、周りに人がいないことを確認した上で、光を城の壁に直接当てた。すると衝撃的な結果が出た。新浜城は、『630年あまり前に建てられた』という結果が出た。ロリエは、思わず言葉に詰まったが、行方はただうなずいただけであった。事前に、いくつもの建物で確かめると、ほとんどが測定した結果の通りであった。この“事実”を前にして、ロリエは、

 「ウインリィちゃんに早速このことを知らせよう」

 と言って、ウインリィにメールを送ろうとしたが、行方が、

 「ちょっと待って」

 ロリエを制止するように言った。そして、

 「改めて、教授の立ち会いの元で調査をしたい。その上で、君たちに結果を伝えるよ」

 こう話した。その間にロリエはウインリィに、行方のことを紹介するメールを送った。もちろん、今二人がいる場所も添えて……。そして、

 「それじゃ、なめちゃん、アドレスと番号の交換しよう」

 と言って、自分の連絡先(ハイフォンとロップの両方)を行方に知らせた。彼もロリエにハイフォンの連絡先を伝えた。そして互いに登録を済ませたあと、ウインリィが新浜城に姿を現した。ロリエは、ウインリィをこちらに呼んだあと、行方のもとに行き、

 「この人が、なめちゃん。大学で魔法機械の勉強をしてるんだけど、結構すごい人なんだ」

 と、ウインリィに彼を紹介した。彼は、

 「ウインリィさんですね。よろしくお願いします」

 ウインリィに一礼した。彼女は、

 「こちらこそよろしく、行方さん」

 と言って、彼の手を握った。そして互いに握手をかわした。


 自己紹介も終わり、本題に入った。行方は、ロリエに説明したことと同じ内容をウインリィにも話した。すると、ウインリィは感心しながら、

 「なるほどね、事実と認められたら、ナディアを取り戻す“大きなきっかけ”となりそうね」

 と言いながら、

 「だけど、それを証明するには、もう一押しが必要ね」

 忘れずに忠告した。彼もそれに同意しながら、

 「ええ。それだから、大学の教授に見てもらうわけです。証拠資料となりうるかどうかを」

 こう述べた。その時、時間を確認した彼は、

 「もうこんな時間だ……」

 急ぐそぶりを見せながら、

 「ごめんね、これから用事があるんだ。結果が出たら、すぐに知らせるよ」

 そう言って、城を後にした。ウインリィも、

 「いい仲間を得たわね、ロリエちゃん。改めて感謝するわ。それじゃ、月曜に会いましょう」

 こう言いながら帰っていった。ひとり取り残されたロリエも、ほどなく、家路についた。そして、ダイアリーにこう記した。


 ――6月23日(土)

 今日は、充実した日になった。サイクリングに出た時、新浜市内の4箇所に微弱な魔法力の発信元があることを突き止めた。これは、以前に比べたら、自分の魔法力が上がっていることを実感できる、素晴らしい出来事であった。また、新しい歴史仲間である“なめちゃん”(行方篤史という大学生)も加わって、発信元の分析から、もう一歩であるウソを暴けるところまできた。だけど、“ナディア至上主義”を掲げる人たちは、本当に嫌だったね……。ウインリィちゃんに彼を紹介したら、快く仲間入りを認めてくれたんだ。数日後になる結果が待ち遠しいな――



 数日後、学校が終わったあと、帰りの途中にロリエのロップに着信が入った。行方からであった。彼女は内容を確認すると、

 「やったわね、なめちゃん。早速ウインリィちゃんに知らせよう」

 と言って、ウインリィに電話をかけた。そして、

 「ウインリィちゃん、なめちゃんの分析の正しさが証明出来たんだって。さっき連絡があったよ」

 うれしそうに、ウインリィに結果報告を伝えた。彼女はうなずいたあと、

 「わかったわ。ここからはわたしの仕事ね」

 そう言って、論文をまとめた。そして7月1日、その論文を提出した。それは、世界を震撼させるほどではなかったが、事実を以て・・・・・“歴史のウソ”を暴くことが出来た、という意味では、小さな、しかし大きな一歩となったことには変わりがない。



 それから7月のある休みの日、約束通り、ロリエはルリカとなかなか予約が取れないという名店のランチを食べにいった。そこでは、今月の初めにウインリィが発表した論文について、話が進んでいた。

 「ねえ、今回のウインリィ先生の論文って、ロリエちゃんの活躍が無ければ出せなかったって……。すごいよ、ロリエちゃん」

 ルリカがロリエの活躍をほめると、彼女は、

 「いや、わたしよりも活躍した人がいるよ」

 と言いながら、否定していたが、まんざらでもない様子であった。その様子を見たルリカは、

 「ねえロリエちゃん、今度からわたしも、あなたの歴史探訪に加わってもいい……?」

 こう聞いてきた。ロリエは、

 「もちろん、ルリカちゃんなら、いつでも大歓迎だよ♪」

 ルリカの願いに快く応じた。その後、論文の話で盛り上がった二人は、食事をすませ、店を出た。すると、ウインリィが待っていた。そして二人に対し、

 「ねえ、今日はどうだった?」

 と聞いてきた。二人は、口を揃えて、

 「美味しかったです」

 こう言った。ウインリィは、笑顔でその様子を見つめていた。そして、

 「ねえ、ロリエちゃん、次はどこの歴史の探索を行うの?」

 ロリエに問いかけた。彼女は、

 「まだどこかは決まってないけど、少なくとも、ナディアの歴史を取り戻すまでは続くかな」

 少しとぼけ気味に答えた。それから3人はウインリィの車に乗って、店を後にした。次なる歴史探訪を求めて……。しかし、それはまだ、ナディアの『真の歴史を取り戻す』戦いの序章が始まったにすぎないことに、果たして彼女たちは気づいているのだろうか……

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