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ホンモノが残る町  作者: 春哉那多
第一章.巳裂さま
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プロローグ

「これからどうしましょうかねぇ……」


 台車に乗せられた棺が火葬炉に入っていくのを見送りながら依実菜(いみな)は誰に聞かせるわけでもなく呟いた。しかし、耳ざとくそれを聞いていた人物がいた。


「決まっているだろう。一刻も早く見つけださなければならない」


 話かけられたからには返事をしないわけにもいかない。仕方なしに依実菜は返答した。


「ニエカワ様のこと、ですよね。ですが行方について誰ひとり知る人がいません」

「ああ、つまりは現状手詰まりということだ」


 住吉と呼ばれた男性は淡々とした様子で答えたが、そこには僅かに焦燥感が籠っていた。


「一応、家の中は探してみたのですが手がかりとなるものはありませんでした」

「御影さんは用心深い人間だったからね」

「……もしかしたらあかずの部屋を調べてみたら何かわかるかも――」

「それはやめておいたほうがいい」


 住吉の言葉に依実菜は歯噛みしつつも頷く。


 ――その様子を住吉は意外に思った。

 そもそも開けることができない、開けてはならないというのが“あかずの部屋”と呼ばれる所以である。にも関わらずその部屋を探すことを提案した依実菜も実は相当切羽詰っているのかと。


「そう悲観することはないよ。御影さんの存命時は何も起こらなかったし、最後にアレが行われたのだってうちの爺様がまだ生まれてもないときの話だ。案外この先も何も起きないのかもしれない」


 もちろん本音ではなかった。沖蔵御影(おきくらみかげ)が亡くなった今、ニエカワの家の人間は必ず必要になる。これは間違いない。たしかにここ数十年は何もなかったが、この先もそうであるとは限らない。一ヶ月、来週、明日にだって何か起きる可能性はあるのだ。

 だがそれをいったところで今の状況が解決するわけではない。ましてや現状を素直に話したところで(いたずら)に不安を煽るだけだ。

 だから住吉はできるだけ平静を装っていったのだった。


「そうですね、ひょんなことからあっさりと見つかる、なんてこともありますものね」

「楽観的過ぎないかい? ま、悲観的よりはいいだろうけど……ところで、依実菜ちゃん」

「なんでしょうか?」

「前にもいったけどうちで一緒に暮らすことについて考えてくれた? 御影さん亡き今、あの家に一人で暮らすのは心細いだろう。いい方は悪いがちょうど良かったんじゃないのかな」


 この少女を手に入れることが出来たら、という本音はおくびにも出さずいう。

 小柄な体格にキチンと切り揃えられたおかっぱ頭。年齢にしては大人びた声に楚々とした性格は旧き良き大和撫子を彷彿とさせた。

 住吉は黒いセーラー服を身に纏った依実菜を舐めるように見た。


「申し訳ありません。御影様にはあの家で暮らしてもよいと許可を頂いているんです。人が住まないと家はすぐに荒れてしまいますし、透里様たちが帰って来たときはお世話をしたいんです」

「そうか……それなら無理強いはできないな」

「はい、申し訳ありません」

「いやいいんだ。気にしないでくれ」


 再度謝る依実菜に住吉は鷹揚に振舞う。が、舌打ちしたい気分だった。


(御影さんが死んだら身寄りのなくなった依実菜を手に入れられると思ったがそうはいかないか。どれほどの恩を受けたかは知らないが彼女はニエカワに尽くすらしいな。ニエカワの人間は必要だが、いなければ依実菜が手に入る。まったく痛し痒しとはこのことだな)


「他の皆様はもう移動されたようですね」


 立ち止まって会話をしていたため周囲には二人しか残っていなかった。


「僕たちも行こうか。火葬が終わるにはまだ時間がかかるそうだからね」

「はい」


 ――住吉のあとに続こうとした依実菜は途中で立ち止まり、今一度火葬場を振り返る。


(御影様、今までお世話になりました。どこの者かもわからないワタクシを家に住まわせていただいたこと、とても感謝しています。どうか安らかにお眠りくださいませ)


 目を瞑り故人へと短く黙祷を捧げる。


(さて、それでは御影様との約束はしっかりと守りましたので、ここからはワタクシも好き勝手にさせていただきます。まあ、約束だって守る必要はなかったのですが、我慢を重ねたほうが欲しいモノが手に入ったときの喜びは大きいですし、ね)


「依実菜ちゃん?」

「……今行きまぁす」


 呼ばれた依実菜は淡く微笑むと歩みを再開した。


(ニエカワ様たちが。いえ、透里様が見つかったら……)


(ふふ、くふふふふ)


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