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大学の友人

「今日のお帰りは何時頃でしょうか?」


 クリスは大学の教材の入った肩掛けカバンを差し出してきた。俺はその鞄を受け取り、肩に掛けた。


「今日の講義は午前中だけだから、お昼までには帰ってくるよ」

「それじゃあ、お昼は一緒に食べられますね」

「うん。それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 笑顔で手を降るクリスに俺も笑顔を返す。玄関のドアを閉めて、アパートの駐輪場に泊めてある自転車に乗り込み大学へ向かう。


 あれから二週間。長い長い大学の夏休みも終わり、今日からまた勉強の日々だ。

 クリスはそのまま俺の部屋に居着いてしまった。朝昼晩、安価だがしっかりと栄養状態を考えられた食事を振る舞ってくれる。しかも掃除、洗濯までもこなしてくれる。


 なんだか学生結婚したみたいだな……と考えたところで妙に顔がにやけてしまう。家に帰れば、誰もが羨むような美人が、百点満点の笑顔で俺を出迎えてくれるのだ。にやにやしてしまうのも仕方がない。


 同じ屋根の下で寝泊まりしているのに、何も間違いがないのは俺が紳士だからなのだろう。ただのヘタレなのかもしれないけど。


 今日も早めに帰って、クリスの作ったうまい飯でも食べよう。




 大学までは自転車で三十分程の距離だ。


 九月も中旬頃に差し掛かれば、午前中は涼しい風が吹き、秋の足音が感じられる。

 いつの間にかセミの鳴き声も聞こえなくなり、空も高くなってきている。さわやかな空気に心も晴れるようだ。


 通常よりも十分も早く大学に到着した。


 そこらかしこで休みボケが抜け切らない学生が、だるそうに歩いている。

 今日は出席しないヤツらも多いだろうな……などと思いながら、自転車を駐輪場に置き、講義のある教室へ入っていった。


 まだ時間が早かったのか、教室には数人の男女が座っているだけだった。その中のひとりの女性が声をかけてきた。大きな声を上げ、大げさに手を振り俺の名前を呼んだ。


「ひっさしぶり! 篤ぃ。元気だった?」


 静かな教室に明るい声が響き渡る。他の生徒の視線が俺に突き刺さった。


「お……おお。久しぶり。恭子も元気だったか?」


 西倉恭子にしくらきょうこ。俺がこの大学での初めての友人だ。学部が一緒でほとんど同じ講義を受けている。


「篤。なんだか顔がにやけてない? 彼女でもできたの?」


 恭子は頬杖を突き、ニヤニヤと俺の顔を覗いてくる。茶化すように顔を左右に振りながら俺を見ている。明るく染めたボブカットがゆらゆらと揺れた。


「できてねーよ。何言ってんだよ」

「本当にぃー。怪しいな」

「……お前さ……」


 喉まで出かかっていた言葉を押し込める。


「ふうん……。まあいいや」

 恭子は頬杖をついたまま、俺の顔から視線を逸らす。


 実は夏休みに入る前に恭子から愛の告白を受けている。生まれて始めて女性から愛の告白を受けたことで、舞い上がってしまった。


 しかし、まだ出会って日も浅い。友人としては好きだし、今後も付き合って行きたいと思う。しかし、異性としてみるとそこまでの感情は無い。


 恭子はとても感情豊かで、ころころと表情が変わる。うれしい時はまるで花が咲いたような笑顔を向ける。


 夏休み前の告白で、俺がまだ異性としか見られないと告げた時には、目を大きく見開き涙を浮かべていたのを俺は見逃さなかった。


 その後すぐ、表情を整え「ごめんね。急に変なこと言って」と返してきたが、その裏に悲痛な気持ちがあったのを俺は見逃さなかった。


 その後、夏休みに入り恭子は実家へ帰郷したため、合うのは久しぶりになる。正直少し気まずかったのだけど、今の恭子を見ていると気にし過ぎなのかもしれない。


「久しぶりの実家はどうだった? 俺はバイトで忙しくて帰る暇なんかなかったよ」


 言ってからしまったと思った。

 恭子は高校卒業の直前に自動車事故で両親を亡くしている。余計なことを言ってしまったかもしれない……。


「うん。お父さんと、お母さんにも篤のこと、報告してきたよ。大学での初めての友達だってね」


 恭子は視線を俺に向け『友達』というところを少し強調して言った。俺が言いよどんでいると、

「ハイ。これ、おみやげ」


 恭子は包装も何もされていない木彫のクマを差し出してきた。話題が切り替わったことで、少しホッとした。


「クマ? 恭子って実家北海道じゃないよな?」

「うん。違うよ。なんかおみやげ屋さんにあったから買っちゃった」

「あ……。そう」

「部屋全体がよく見える所に置いといてね。運気が上がるから」

「お前風水とか興味あったっけ?」

「ううん? 無いよ。なんで?」

「いや……別に。まあ、ありがと」

「どういたしまして」


 恭子は白い歯を見せ、笑顔でそう言った。


 教室には講義の時間が近づいてきたこともあり人が集まり始めていた。

 見知った顔も混じっている。俺がそいつらに夏休み中のことを聞こうと席を立とうとすると、恭子に腕を掴まれた。


 「ねえ、篤。今日講義は午前中だけでしょ? 午後はヒマ? おいしいパンケーキのお店見つけたんだ。行こうよ」


 あれ? 恭子に講義は午前中だけしか受けないってこと言ったっけ? でも今日はクリスにお昼までには帰ると言ってあるし……。


「悪い。今日は午後から用事があるんだ」

「用事って何?」


 恭子の目がスッと細められた。心なしか掴まれている手に力が込められたように感じる。


 別に付き合っているわけではないけど、クリスのことは恭子には言わないほうがいいような気がした。


「ちょっとバイトなんだ。悪いな」

 嘘をついてしまったことに少し罪悪感を覚えた。


「そっか……」

「ゴメンな。次、誘ってくれよ」

「うん。分かった」


 恭子は握っていた俺の手を離し、俺から目線をそらしゆっくりと俯いた。

 すこしそっけなかったかな? とは思ったが、次の機会に付き合ってやればいいかと思い、他の友人の元に行こうとした。


「篤!」


 ハッとして今日この方を振り返る。


「そのクマ。大切にしてね」

「お? おお。分かった」


 恭子は俯いていた顔を上げ、俺の顔を見ると満面の笑みを見せた。

良かった。なんか落ち込んでいたようにも見えたけど、俺の勘違いだったようだ。俺も恭子に笑顔を返した。

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