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ついに出た

 出た……。


 大学に合格し念願の一人暮らしを始めて、早五ヶ月。


 そりゃあ、ろくに掃除もしてなかったし、コンビニで買った弁当は食べた後、片付けずに置きっぱなしにしていたから、いつかは出るものだと思っていたけど……。


 黒光りした平べったい体躯。なだらかな曲線を描く触角。醸し出すオーラ。

 ついに俺の部屋に黒い招かざる客が現れた。


 ゴキブリだ。


 俺はヤツを見る。ヤツも俺を見ている。動く気配はない。俺も動けない。


 クモとか、ムカデとか見るだけで鳥肌が立つ虫も沢山いるけど、ゴキブリだけは別格のオーラを醸し出している。人間のDNAの中にはゴキブリを見ると絶望に打ちひしがれるプログラムでも入っているんじゃないかと思う。


 だって名前がもう気持ち悪い。ゴキブリだよ? 濁点が二つも入ってる。最初にゴキブリに名前をつけた人間はよくこんな気持悪い名前をつけてくれたなと思う。クリストファーとかなら少しは気持ち悪さも和らいだのに……。


 現実逃避はこのくらいにして、目の前にいる黒い悪魔をどうにかしないといけない。


 人類の英知である、ゴキジェットも今は無い。

 近くのコンビニで買って来てもいいけど、部屋に戻ってゴキブリがいなくなっていたらと考えると……。今後、この部屋では安心して眠ることができない。


 ……となると、そこら辺に転がっている雑誌を丸めて一刀両断か? いや、できればそれも止めておきたい。潰すと卵が飛散する……というのを聞いたことがある。


 そこからうじゃうじゃとゴキブリが生まれてきたら……と考えると、どうにも躊躇してしまう。


 頭の中で、解決策を模索する。無意識に後ろに下がっていたのか、机の角で太ももをぶつけてしまった。その時、一瞬でゴキブリは玄関の方へ数メートル移動した。そして止まる。


「ふひぇ」

 情けない声が出てしまった。

 実家に住んでいた頃は、父が丸めた新聞紙でゴキブリをバンバンぶっ叩いていた。そんな偉大な父はここにはいない。俺が一人で何とかするしかない。


 狭いワンルームの部屋を見渡す。何か役に立つものはないか。

 雑誌、テレビのリモコン。ティッシュ。クッション、扇風機、ベッドのシーツ……。


 ティッシュで優しく包んで捨てるか? いやいや、論外だ。例え、何十枚のティッシュを使おうが、ヤツを手に持つなどできない。

 そうだ。扇風機で風を送り玄関へと誘導してみよう。

 俺は極力、足音をたてないように扇風機の方へ移動し『弱』のボタンを押した。そして、風をゴキブリの方へ向ける。


 よし! 効果てきめんだ。ゴキブリはゆっくりと玄関へ移動していく。ああ、動くとやっぱり気持ち悪い……。

 いよいよ玄関のドアまでゴキブリは移動した。あとは最後の仕上げだ。ゴキブリをまたぎ玄関のドアを開け外に逃すだけだ。

 つまり、これまでで一番ゴキブリに近づかないといけない。しかし、この任務をこなさない限り俺に明日はない。


「ああああぅうう」


 おそらく今まで生きてきて、一番情けない声を上げながら俺は玄関のドアを開けた。


 運が良かったのか、ドアを開けた拍子にゴキブリは外に出て行った。

 すぐにドアを閉め、その場に座り込み長い溜息を吐いた。

 自分でも本当に情けないと思うが、あれは無理だ。


 あの黒い体躯を思い出しただけで、背筋に冷たいものが走る。腕には鳥肌も立っている。


 時計を見るとすでに深夜の一時を回っていた。はあ、もう寝よう。明日も休みだ。


 部屋の電気を消して、布団に寝転がる。


 そういや、ゴキブリって暗い所を好んで潜んでいるんだっけ? 今日は明るくして寝ようかな……。

 煌々と光る蛍光灯がまぶたを刺激し、中々寝付けない夜だった。

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