こんな夢を観た「煙突の町」
色も高さも様々な煙突には、思い思いの模様や絵が描かれていた。白地に赤い水玉のもの、縦縞、横縞、花柄。少し手の込んだ家になると、人気アニメのキャラクターをあしらってあったりする。
煙突は高ければ高いほど、裕福であることを示していた。言うなれば、財産に応じて伸びていく棒グラフのようなものである。
そんなカラフルな煙突達が何万、何十万と立ち並ぶ、ここはそんな町だった。
高さこそ違えど、その先からもうもうと出る煙の色はみな同じだ。
「今日は『ピンクの日』だったっけ」空を見上げながら、わたしはつぶやく。暖炉に薪をくべる時、役場から支給される特別な火薬を放り込まなければならない。全部で7色あって、日曜日のこの日は「ピンク」と決まっていた。
この町に留まっている間は、空が青い、という事実をうかつにも忘れてしまう。その代わり、「今日は何曜日だったろう?」などと首を傾げることもない。
楽しい日曜が終われば、翌日は青い火薬を焚かなければならない。空一面が不自然なほどに濃い青となり、また1週間の始まりをわたし達に告げる。
町に住む者は「ブルー・マンデー」などと呼んで、憂うつそうに空を仰ぐのだった。
火曜日にはオレンジ色の煙が舞う。なぜか、人々の心には闘争心が湧き、血の気の多くなる者がにわかに増え出す。
しばしば騒動が起こり、その度に井戸端ではあれこれとささやく声も聞こえてくる。
「まさか、あの大人しい人がねえ」
「ほんとに。そんなことをしでかすようには見えなかったのに」
わたしが一番好きな日は土曜日だ。日曜日も好きだが、当日が来てしまうと、もう「ブルー・マンデー」のことが頭をよぎって、なんだかそわそわしてしまうのである。
それに、土曜日には空が緑色に染まる。この新緑色が、わたしはどの色よりも大好きだった。
いっぽうで、もっとも嫌いなのは木曜日。使う火薬は「灰色」、まるで曇り空のように町のすべてが鉛色で覆われてしまう。
もっとも、たまに本当の雨降りだったりすることもあって、煙を残らず洗い流す。相変わらず重く暗い雲が広がっているけれど、かえってすがすがしく感じる。
同じ灰色なのに、まったく不思議だ。
ピンク色の空が、夕日を受けていっそう鮮やかに輝く。
わたしはのんびりと、町外れの丘目指して歩いていた。わたしだけではなく、あらかたの町民がぞろぞろと向かう。
この日は祝日で、日没から丘で夜店が並ぶのだ。
「よっ、むぅにぃ」後から肩をポンッ、と叩かれる。振り返ると桑田孝夫が立っていた。
「あれっ、丘で待ち合わせのはずじゃなかった?」わたしは言う。
「お前が『お化け煙突小路』で迷子になりゃあしねえかと、心配になって来てやったぜ」
「そんなわけ、ないじゃん」わたしは言い返した。
「お化け煙突小路」というのは、この先の途中にある坂だ。偶然の成すイタズラで、煙突の数が100本、200本……果ては、600本に見えてしまう。そのため、昔からこの場所で道順を間違う者が多かったという。
「それは、もう何百年も昔の話でしょ? 今じゃ、こんなに色とりどりの煙突なんだし、標識だって立っているんだから」
「だな。でもよ、そんな時代の町を覗いてみたかったな。絶対、今よか面白かったと思うぜ?」桑田が言う。
「お化け煙突小路」は極端だとしても、ほかにお化け煙突と呼ばれる場所はところどころ存在していたらしい。
煙突に色をつけ始めたのは、そもそもそうした混乱を防ぐことが始まりだったのだ。
「この坂は結構きついよね」前かがみになって足を運びながら、わたしは言う。
「後ろ向きに登ると、すっげー楽だぞっ」桑田はそれを実践して見せた。
「ほんと?」わたしも試してみたが、むしろ歩きにくくてかなわない。「うそばっかり言う。結局、登るんだから同じじゃん」
坂のてっぺんで一休みして、町を見下ろす。
確かに「お化け煙突小路」と称されるだけのことはあった。首をちょっと動かしただけで、見えている煙突の数がころころと変わってしまう。
「理屈はわかっていても、ほんと不思議だね」わたしは言った。
「うん、見ていて飽きねえんだよな。ガキの頃、幼稚園の遠足で初めて来た時、本気で煙突が出たり消えたりしたと信じたんだぜ」
丘の上の広場に来た頃には、ちょうど日が沈むところだった。
「まずは、たこ焼き。それとリンゴ飴」軒を連ねる屋台を、わたしはきょろきょろと探す。
「お前、食うことばっかだな。リンゴ飴はともかく、たこ焼きはまあ賛成だがな」
あたりがすっかり暗くなり、人の数もどんどん増えていった。
わたし達は、町を見渡せるベンチに腰を下ろし、熱々のたこ焼きをほおばる。
「そろそろ始まるな。こいつを見ると、いよいよ秋だなっ、って感じるんだ」桑田がしみじみとした口調で言った。
「あ、『桑田君』がおセンチになってる。あとで、志茂田に教えてやろうっと」わたしははやしたてた。
「ば、ばかっ。そんなんじゃねえ。夏もよかったが……秋も悪くねえな、そう思っただけだ」
町の真ん中あたりから、1発の花火が打ち上げられる。
「始まった!」わたしは叫んだ。
続いて、その周辺からポン、ポン、と飛び出していく。真っ暗な空がたちまち、輝く大輪で華やかに染まった。
それらの花火は、町中の煙突から次々と空へ放たれているのだ。
「おれんとこ、今回は奮発して10号玉を飛ばすんだぜ」桑田が言う。
「うわぁ、尺玉かぁ。スイカくらいの大きさのやつでしょ?」わたしは目を丸くした。「うちなんて、3号のリンゴだからなぁ。ここからじゃ、ぜったいに見えないと思うよ」
「吉岡んちなんて、3尺玉だとよ。しかも、10発もっ! あれ1個でいくらすると思う? 150万だぞ、150万っ!」
わたしは声を出すのも忘れてたまげてしまう。
「でも、花火は見るだけ、それも一瞬で終わりだしねえ」リンゴ飴をじっと見つめながら溜め息をついた。
「ほんと、お前は食うことばっかだなあ」
桑田はそう言って笑う。