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神を思ってはならない  作者: 宮野香卵
第四章 機械と化け物の境界線
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 びく、と人の体が跳ねる。

 痙攣して、潰された蛙のような声を上げ、崩れ落ちる。

 彼女はそれを、ただ見下ろしていた。

 それでも、口は止めない。

 歌う。歌う。

 不可思議な旋律が宙を滑り、相手の耳に届く。

「──あ、が」

 それは、男だった。何の変哲もない男。

 麻の服で身を包み、至る所が擦り切れている。

 いかにも純朴そうな眼差しをしていた。おそらく、帰宅すれば家族が待っていたのだろう。大事な家族のため、その日の稼ぎを持って帰る途中だった。

 地面には、男が手にしていた紙袋が落ちていた。

 中から、焼き菓子がいくつか転がり落ちて土にまみれている。子どもに人気のある、甘い菓子だ。

 きつね色に焼き上げられた、低い円柱。

 スコーンという。しかし、歌い続ける彼女はその名を知らなかった。

 ただ、見覚えだけはあったのだ。普段行動を共にしている青年が、いつももそもそと食べていたから。

 早く、と彼女は思う。

 早く終わらせたい。こんなこと、したくない。

 彼女は泣いていた。泣けることなら、泣きたかった。

 しかし、涙を流すこともできない。そんな機能は、自分に備わっていないのだから。

 どうしてだろう。

 何故私は、こんな姿で生まれてしまったのだろう。

 何故、何故、何故。

 歌が、唐突に途切れた。

 しかしそれは、彼女の意志ではない。

 体を強張らせていた男が、倒れ込んだ。どさり、と重々しい音が響く。地面が石畳ではないだけ、まだましだったかもしれない。

 彼女は、足を踏み出す。

 とある町の路地裏。日が落ちてすっかり夜闇に浸かった町で、こんな場所にやってくる者はいない。

 歩く度、スカートの裾が足に纏わりついてくる。しゃらしゃらと、涼やかな音が鳴った。スカートの上、腰のベルトから吊している銀鎖のせいだ。

 倒れ伏した男の顔は、苦痛に染まっていた。

 本当に、証拠は残らないのだろうか。彼女は不安を覚える。

 研究員たちは、絶対にバレないと言っていた。

 理想郷だけでは、もう石を賄いきれない。だから、彼女たちは生み出された。

 国中から石をかき集めるために。

「……シオン」

 彼女は、ぽつりと呟く。

 主である彼の名を。いつも、甘い菓子ばかり食べている青年の名前を。

 彼の世話を焼いているときだけだ。唯一、空しさを忘れられる。時には、自分が人になったかのような錯覚を覚えることもあった。

 機械なのに、何故こんなに苦しいのだろう。

 彼女は束の間目を閉じてから、踵を返した。歩くと、先ほどは聞こえなかった音が鳴る。

 体の中から、からからと固い何かが跳ねる音。

 他の人間には聞こえない、らしい。防音は完璧だと、研究員に威張られた覚えがある。

 他の機械は、こんなことを考えないのだろうか。

 彼女は一人、夜の町を歩く。

 早く、次の町へ行かなければ。

 頭の中に、マルヴェラの地図が浮かぶ。

 しゃらしゃらと銀鎖が鳴った。路地裏の暗がりには場違いな、涼やかな音が反響する。

 早足で路地を行くその姿は、何かから逃げているようにしか見えなかった。

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