夢人-そのに-
今回も同一のキャラが登場しますが、あくまでそれぞれを短編としたいので連載小説にしませんでした。ご了承下さい。
ミスアンダスタンディング・ジェラシー
季節は冬。例年より暖かいとはいえ、たまにちらちらと雪が降っているのを見かけるような、そんな季節。ここは東京のある学校。教室の空気はストーブに暖められている。ストーブに近すぎず遠すぎず、ほどよく暖かい席で熟睡している少年の姿があった。少年は自分の腕を枕にして、よだれを垂らしながら寝ていた。
そんな少年を見つめている人がいた。その姿は校庭にある掲揚塔の上にあった。高くて細い掲揚塔に腰掛けているなんて危ないことをしているのに、誰も注意しない。どこの教室からでも、窓の外を見れば掲揚塔は視界に入る位置にあるのだ。だけど、誰も注意しない。その人は黒いシャツを着た上から黒いコートを羽織っていて、ズボンは黒いスラックスのようなもの、頭にはあまり見かけない形の黒い帽子、靴は黒い紐靴と、上から下まで真っ黒だった。そんななか、背中に生えている翼だけが真っ白で、酷く幻想的な風貌をしていた。顔は目深にかぶった帽子と立っているコートの襟で見えない。しかし、確かにその視線は寝ている少年に注がれていた。
「ん…ふわぁぁあぁぁ…。よく寝たぁ!さて授業にそなえ…って、あれ?」
なぜか教室には誰もいない。しーんと静まり返っている。
「まさか…」
俺が寝始めたのは昼休みの後半くらいから。五限目は体育で、今やっているのはサッカーなので集合場所は校庭。ということはつまり…。恐る恐る時計を見る。
「寝坊だぁ〜!!」
長針は授業の始まる12よりも二つ先の数字を指していた。
大急ぎで体操着に着替え、校庭に飛び出していった。
体育の先生はいわゆる体育会系なノリの怖い先生で、授業に遅れたことでたっぷりと説教をくらってしまった。とほほ…。ついてないぜ…。
ちなみにクラスの連中は面白がって誰も俺を起こそうとしなかったらしい。…ちょっとひどくないか?
「いや〜まさか学校の中にいて授業に寝坊で遅刻するなんて普通ないぜ!?あっはははは!」
と言ったのが、「俺を起こさないでおこう」作戦の立案者であり総指揮官であり黒幕である順平だ。
順平とは小三の時同じクラスになってからの付き合いだからかなり長い。実際、俺にとって一番の親友だし、順平にとっての俺もそうだろう。そう言い切れるだけの絆が俺達の間にはあった。…まぁ今日みたいな悪ノリをする時も多々あるんだけどな…。
結局サッカーにはほとんど参加出来ず、その日の授業は終わった。俺と順平は陸上部に入っているので、ホームルームの時も着替えなかった。二度手間になるからな。
順平と一緒に活動場所の校庭の片隅へと向かう。部活、といってもうちの陸上部は弱小部の代表のようなところで、部員も全学年で男女あわせて5人しかいない。内訳は1年が男2人に女1人、2年には女、3年には男が1人ずつ。ちなみにこの二人の先輩達はデキてるともっぱらの噂だ。まぁ実際そうなんだろうと思う。いつ見てもとても仲がいいのだ。うらやましい限りだなぁ。
陸上部に入っている俺だが、実は別に走るのが好きだったわけでもない。足だってそれほど速くなかったし、陸上競技に取り立てて興味があったわけでもない。ならなぜ陸上部に入ったかというと…
「ほら二人ともー!遅いよー!早く早くぅ!」
目指している校庭の片隅から、俺達を元気に呼ぶ声がする。声の主は体操着姿でぴょんぴょんと跳びはねている。
…そう。彼女の存在こそが俺が陸上に入った理由!英語で言えばリーズン!…っと、必要以上にテンションが上がってしまった。
彼女の名は今崎美羽。1年の陸上部の最後の一人であり華。ついでに言えば(もう言わなくてもわかっているかもしれないが)俺の好きな人、かっこよく言えば俺の想い人だ。
基本的に不真面目な俺だが、美羽のことは本気で好きだ。う…言ってて恥ずかしくなってきたが、まぁそのくらい好きだってことだ。このことを知っているのは俺の他には順平だけ。他のやつには可能な限りばれないようにしてきたつもりだ。修学旅行の夜にはつきものの暴露大会でもうまいことごまかした。
もう2年くらい片思いしっぱなしなんだが、未だに一度も想いを伝えられていない。本気だからこそ、今の関係が壊れてしまうのが怖いんだ。早く言わなきゃ、っていう気持ちとこのままでいいや、って気持ちが俺の心の中で冷戦を繰り広げちまってるってわけだ。はぁ…恋する男は憂鬱ってか?
部活といっても部活と呼んでいいのかどうかすらわからない規模だから、基本的に自主練という形なのだが、1年の3人は練習の始めは集まって一緒に準備運動をする。美羽が俺達を待っていたのはそのためだ。
「ぃよしっ!準備運動も終わったことだし、100メートル一本勝負すっかぁ!どうよ大輝ぃ!?なんなら三村屋の肉まん賭けてもいいぜ!」
「今日はずいぶん自信あるみたいじゃねぇか!いいぜ!望むところだ!」
ちなみに大輝というのは俺の名前だ。
俺と順平の足の速さはだいたい同じ位で、調子の良し悪しで勝敗が別れる。今日は肉まんもかかってるし、絶対負けられないな!
「あはは!好きだねぇ二人とも!じゃあまた審判やってあげるから位置について!」
美羽がいつものようにのってきた。俺達はスタートラインに立ち、合図を待つ。
「いい?いっくよー!よーい…ドン!」
合図と同時に全力疾走を始める。スピードはほとんど変わらないが、スタートダッシュでやや俺の方が前に出た。そのほんの少しのリードをなんとか保ちきったまま、俺が先にゴールした。
「ぃよっしゃあ!俺の勝ちぃ!」
「ちっきしょー!スタートダッシュミスったぜ!」
「ちゃんと肉まんおごれよ?」
「わぁってるよ!言い出しっぺだしな!くそぅ…俺の貴重な小遣いが…。」
順平は心底悔しがっている。小遣いがやばいならそんな提案しなきゃいいのに…と、思いつつしっかりと肉まんはおごってもらうぜ。約束は約束だからな。
「今日は大輝くんの勝ちだね!すごいすごーい!」
とまた美羽が跳びはねている。うむ、かっこいいとこ見せられたかな?
「くは〜…今日は疲れたなぁ。」
順平と二人で帰り道。あの勝負のあとは適当に走り込んだりして練習を終えた。
「あぁ…さっさと帰って飯食って風呂入って寝てぇな。」
二人でだらだらと歩く。ちなみに美羽は全然別方向なので学校でお別れだ。
「やっと一週間終わりだな。」
と順平がしみじみと言った。
「あぁ、そっか明日土曜日か。」
言われるまで忘れていた。
「朝寝てられるのって幸せだよなぁ…。」
またしみじみと言う。まぁ気持ちはよくわかる。
くだらないことをだべりながらだらだら歩いていたら、知らぬ間に俺と順平が別れる場所まで着いていた。
「んじゃあまた来週な。」
「おぅ。肉まんサンキューな。」
ぷらぷらと背中を向けたまま手を振って別れた。
家に着いて、着替えもせずにベッドにねっころがった。まだ夕飯の準備が出来ていないらしいのだ。
なんとなしにカレンダーに目をやった。すると、再来週の月曜日のところに小さい字で何かが書いてあるのに気がついた。近寄って見てみるとそこには、
「美羽の誕生日」
と書いてあった。
「そうだ!もうすぐ美羽の誕生日なんだ!…これはいいチャンスかもしれないぞ。誕生日プレゼントをあげて、そこから告白につなげる…。くぅ〜!燃えてきたぁ!」
一人変な興奮に浸っていると、母親の夕飯が出来たと呼ぶ声で現実に引き戻された。
「…まぁ善は急げっていうし、明日プレゼント買いに行くかなぁ。」
幸い、お年玉を全然使わずにとっておいてあるので、金銭的には問題ない。
「よし!決まり!さ、飯めし、っと。」
ちなみに夕飯はシーフードカレーというなかなか豪華なものだった。…まぁどうでもいいか。
次の日。俺は予定通りにプレゼントを買いに、商店街へ出て来ていた。勇んで来たのはいいのだが、問題が一つ。何を買えばいいのかわからないのだ。そもそも今みたいに話すようになったのは、中学に入って部活が一緒になってから。つまりプレゼントをするのは初めてなのだ。困ったなぁ。
ぶらぶらと歩きながら角を曲がったとき、同じ道の遠くの方に見知った顔を見かけて、俺は凍り付いた。見知った顔はもう一人の見知った顔と一緒に歩いていた。とても仲睦まじそうに。
その二人は、順平と美羽だった。
俺は、どこへ向かうでもなく走りだしていた。目の前の現実から目を背けるように、走っていた。思考は完全に麻痺し、目からは熱いものがこぼれていた。そしてただ思っていた。
ウラギラレタ。
気付くと、俺は家を過ぎたところにある公園に来ていた。あの商店街からは結構な距離がある。練習の成果かな、と自分で自分を鼻で笑った。
思考はまだほとんど止まったまま。しかし、そんな状態で考えてもわかることがあった。
順平の足の速さは俺と同じくらいなんだ。もちろん、他の陸上競技に得意なものはない。だから、特に考えなしで俺と一緒の部活に入ったのだと思っていた。でもちゃんと理由があった可能性だって十分にあったはずなんだ。俺が考えなかっただけで。
思い出してみれば、前に何度か、
「ちょっと野暮用があるから先に帰っててくれ。」
と、順平に言われ、一人で帰った覚えがある。あれは二人っきりで帰るということだったのかもしれない。
なんにしても、裏切られたという気持ちは確かだった。世界で1番の親友だと思っていたのに。許せない。許せない許せない許せない許せないユルセナイユルセナイユルセナイ。
自宅に帰った俺は順平の携帯に電話をかけた。
プルルルル、プルルルル、プルルルル…
コールが長い。いつもは一度のコールで必ず出るのに。まるで出るのを躊躇っているような、そんな長さだった。5回目のコールの途中、順平はでた。
「もしもし?どうしたよ大輝?電話なんて珍しいじゃねぇか。いつもメールなのに。」
「今から会えるか?」
俺はただ用件を伝える。
「今から?まぁ大丈夫だけど、なんかあんのか?」
「俺ん家の近くの公園に来てくれ。そこで話す。」
「…?わかった。んじゃ今から行くわ。」
順平は終始不思議そうな声だったが、構わない。俺も公園に向かった。鞄を持って。
俺の方が先に公園に着いた。俺の方が近いのだから当然だが。
すっかり日は暮れていて、公園に一つだけある街灯が申し訳程度に俺を照らしていた。ここはあまり人通りが少ないところにある。だから、こんな季節の夜にわざわざくる人もいない。一人で順平を待っている俺の心は、どす黒い感情で満たされていた。そのことに俺自身は気付いていなかったのかも知れないが。
少し待つと、順平がやってきた。走って来たようで、冬の夜だというのに額には汗が浮かんでいた。
「わりぃな、遅くなって。んで話ってなんだよ。」
「あぁ。一つ教えて欲しいことがあるんだ。」
「ん?なんだよ改まって。」
「俺に…隠し事してないか?」
あまりに唐突な話だったからか、順平は一瞬呆気にとられたような表情になった。そしてすぐにいつもの笑顔になった。
「あっはははは!こんなとこまで呼び出すから何かと思ったら…俺とお前の間に隠し事はなし、だろ?どうしたんだよ、竜介あたりに変なこと吹き込まれたか?」
そういって順平は笑い飛ばした。それによって俺のどす黒い感情は溢れ出した。
「そうか…。素直に言えば許してやろうと思ったんだけどな…。」
俺は言いながら鞄のジッパーを開け、中身を掴む。そして…
「おいおい…何の話だかさっぱ、り……え……?」
順平は何が起こったのか把握できていないようだった。俺は順平の左胸に突き出した手を体ごと引くと、手元からぐちゃり、と音がし、順平は前にどさりと倒れ込んだ。
俺の手には、真っ赤に染まった、包丁が握られていた。
俺は包丁を手からこぼれ落とし、よろけてその場にへたりこんだ。人を、それも親友を殺した、その事実に足がすくんでしまったのだ。しかし後悔はしていなかった。俺は裏切られたんだ。順平が悪い…、そう思っていた。
ふと、手が何かに触れた。順平の携帯だった。ここに落ちているということは、ずっと手に握っていて、倒れた時に落としたということだろう。
なんの気はなしに、携帯を開いてメールを見てみた。最新のメールは美羽からのもので、今日はありがとうとかいう内容だった。俺のところに向かいながらも、美羽とメールしていたのかと思うと、また感情が溢れてきた。やはり殺して正解だとも思った。
しかし、そのメールをよく見ると、下の方にまだ続きがあるようだった。そこに書いてあったのは…
「せっかくアドバイスをもらったことだし、今度のバレンタインの日に勇気をだして告白してみるね!…大輝君に!」
初め、文章の意味が把握出来なかった。つまり、順平と美羽は付き合っていたのではなく、美羽が順平に相談していたのだ。……俺のことを。
すべてを理解した瞬間、猛烈な吐き気を催した。頭はじんじんして、死ぬほど気持ち悪い。目の前には動かなくなった順平。
「う、う、ぅああああああぁあぁああぁぁぁ!!」
意識がとんだ。
真っ暗闇の中にいた。何も見えない。死んだのかな、と思った。それでもいいや、とも思った。
すると、目の前で白い翼が急に現れた。いや、正確には全身が真っ黒で白い翼が生えた人だった。真っ暗だから翼だけがはっきりと見えたんだった。その人は言った。
「ずっと、見守ってたんだ。こうなるんじゃないかって思ったから。だからこっちに逃がしたの。」
その人が何を言っているのかはよくわからなかったが、その人は不思議とあったかい感じがした。
「だから安心して。またもとの世界に帰えるから。でも忘れないで。この結末になる可能性はけっして低くない。…頑張って。」
そう言って、その人はにこりと笑った。その笑顔は、やはりとてもあたたかく、優しい笑顔だった。
「…ん……あれ…?」
目を覚ますと、そこは学校だった。頭がひどくぼーっとしている。
「なんかすごく…悲しい夢を見ていたような……って、あれ?」
教室を見渡すと、誰もいない。時計は授業開始のところから10分先にいっている。今の授業は体育。
「遅刻だぁ〜!!」
季節は冬。東京のとある学校で、一組のカップルが誕生したそうです。なんでも二人の共通の友達が仲を取り持ったとか。
空では黒くて白い翼が微笑んでいました。