emp
ガラクタの上、途方に暮れている彼女は捨てられてしまったお人形、捨てられてしまった理由を考えます。
彼女は昔からempと呼ばれていました。
空っぽと言う意味なのでしょう。
沢山いた姉達がemptyと馬鹿にしたように呼んでいたことを覚えています。
一体何が空っぽなのかと言うとempやその姉には硝子でできた心臓を中心に持っていました。姉達の硝子でできた心臓の中身はそれぞれ違っていて、紅玉やサファイア、紫水晶、エメラルド、様々な宝石が満たしているのです。
ですが、empの心臓だけはぽっかりと空っぽになっていました。
(心臓を満たせば、捨てられてしまったり、空っぽの出来損ないなんて言われないのかしら?)
empは心臓の宝石を探す為に立ち上がります。
これだけモノがあれば一つくらい宝石があるかもしれないとガラクタの山を掻き分けました。
ブリキの缶や壊れた時計、古い車を押しのけて掘り進めます。やはり、宝石のように大切なものはガラクタの中には無いのでしょうか? そのうちにぽつり、ぽつり、と雨まで降り出しましたが構わず掘り進めます。しかし、いくら探しても見つかりません。
頬を濡らす雫が雨粒か涙か、解らなくなった頃です。身体を濡らす雨がいきなり止まり、振り向くと一人の青年が傘を差し出しているのです。
「君は雨の中で、ずっと何かを探して居るね。何を探して居るの?」
「私の心臓に入る宝石を探して居るの」
「宝石ならそこらに、沢山あるよ」
「探しても見つからなかったわ、何処にあるって言うの?」
そこらを眺めても、サァ、と降る雨が見えるだけでした。
「ほら、そこらじゅうにある」
やきもきするempを止めて、振り返らせました。それは、雨の止みかけた西日が雲の陰から輝きを取り戻す姿でした。
雨の雫が西日を受け輝くのです。その光は確かに金剛の様でした。
「綺麗」
思わず言葉が溢れ、手を伸ばします。しかし、雨粒の金剛に手が届く筈も有りません。
「ありがとう、確かに宝石みたいだったわ! でも、私が欲しい宝石は私の心臓に入れる宝石なの、雨は宝石じゃないわ」
「そうかい? 心にしまえれば、十分それは宝石じゃないかい?」
「そうはいかないわ。私は出来そこないで空っぽの人形だから、内を満たすものが欲しいの」
「君は…、いや何でもない。僕の名前はアンジッヒ、人形師をしているんだ」
「……emp、私の名前」
「君は」が、何だか馬鹿にされて居るような、哀れまれて居るような気がしてありがとうと言えませんでした。
それから二人で探し物の旅を始めました。empがアンジッヒについて行くだけの旅です。 アンジッヒに見せてくれる宝石は、空を映す天の湖や暁の色を持つ空のカーテンなど相変わらず形こそ無いですが美しいものばかりでした。
「ねえ、アンジッヒは何を探しているの?」
ふと、気になり訪ねたのです。アンジッヒはしばらく黙っていたので聞いてはいけない事を聞いたのではと恐々としました。
「作った人形に合う宝石とその人形……」
アンジッヒはそれっきり黙ってしまいました。
どうして、その人形が居なくなってしまったのか、とか、綺麗な物をたくさん知っているアンジッヒの選ぶ宝石はきっと美しいだろうな、とか思うことは沢山ありましたが、黙ってしまったアンジッヒにそれ以上何も言えませんでした。
澄んだ空に幾億の星が凍りついたような夜の事でした。
相変わらず心臓は空っぽでしたが心のどこかでアンジッヒとの旅をやめたくないと望んで居るような自分が居るのです。ぶんぶん、と首をふり馬鹿にする姉達の顔を思い浮かべようとしますが思い浮かびませんでした。
姉達の様に宝石を持っていれば、アンジッヒに出会うことが無かったと考えると空っぽのemp も悪くないと思えてしまうのです。ですが、空っぽのままでいいと考えてしまうと宝石を探す意味も無くなってしまうのです。
大きな街に立ち寄った時の事でした。アンジッヒは食糧や旅に必要な物を買いに店に行きました。
旅に出て初めての大都市にはしゃぐemp を見て好きに見てきなさいと伝えてくれたのでempは、色々な場所に行きました。
時計屋では色んな時計が思い思いに時を告げ、レコード屋では甘い音楽が流れ、見たことも無いようなものばかりが並びます。
上機嫌で足が羽になった様な思いに酔いしれていた時です。
傍らの道にとても高級そうな車が止まりました。一瞬みて通り過ぎようとした時、車のドアが開き中から聞き覚えのある声が馬鹿にしたように響くのです。
「あら、気の所為かと思ったけれど貴方は空っぽのempじゃない」
その声は、雲雀の様な美しい声を持つトパーズの姉でした。車の中、膝の上、芋虫の様な指に抱かれていました。
馬鹿にされても、もう悲しくも空しくも有りませんでした。
「お久しぶりです、お姉さま」
アンジッヒとの待ち合せもあるのでそれだけ言って立ち去ろうとしました。
「久しぶりの姉に対する態度がそれなの? 出来そこないのくせに」
ふん、と鼻を鳴らし、empをしばらく睨みます。そのうち何かを思いつき芋虫の様な指の男に耳打ちしました。男がさらに助手席に居る誰かに耳打ちします。
「良いこと思いついたわ、貴方の心臓に宝石を入れてあげるわ」
彼女がうふふ、と笑い、合図すると助手席からがたいのいい男が降りてきます。危険を感じ逃げだしましたが男の走りが早くすぐに捕まってしまいました。
腕や口を縛られ、無理やり車に積まれました。
宝石があんなに欲しかったのに、どうにも嬉しくありませんでした。
それどころか目から涙が溢れます。
「泣いてるの? 宝石が手に入るのがそんなに嬉しいのかしら?」
姉の声が弾むように響くのです。嫌だ、嫌だと心が叫びました。
姉が街一番の宝石店だと言う店に着くと車から降ろされました。宝石は確かに美しい輝きを放っていましたがどれもアンジッヒの見せてくれたものの輝きに比べるとかすれて見えるのです。
(こんな物が何で欲しかったんだろう)
これを入れられたら自分が自分じゃなくなってしまうような気がしました。
拘束されたまま、必死に暴れます。
助けて、助けてと必死に暴れました。
「emp?」
あまりに都合がよすぎて、幻聴じゃないかと疑いました。アンジッヒの声が店の奥から聞こえるのです。
「emp? どうしたんだ、そいつら?」
店先にでてきた、アンジッヒの姿を見て思わず涙が溢れましたが今度はもう悲しくありませんでした。
「マイスター!?」
驚いて叫んだのは芋虫の様な指の男でした。
「僕の人形なんだ、拘束を解いてくれないか?」
アンジッヒを睨む姉の横で、芋虫の様な指がいそいそ、と拘束の縄を解いていく。ときおわると芋虫の様な指の男は姉を連れ急ぐように逃げていきました。
「アンジッヒ、何でこんなところに?」
「宝石の仕入れ、僕は人形師だよ」
「忘れていたわ」
「まだ、宝石が欲しい?」
さっきの恐怖がまだ残っている、自分が自分じゃなくなる感覚。ぶんぶん、と首を振る。
にっこり、とアンジッヒが微笑みました。
「宝石はね、既製品のドールに入れるんだ、その方が見た目が綺麗に見えるから。でも、宝石を入れるとその人形の心は凍ってしまうんだ。なんたって中心に石を入れてしまうんだから。」
empの硝子の心臓が揺れた気がしました。
「僕の捜している人形の名前はempっていうんだ、でも、空っぽ、って意味じゃない、empathy 、共感のことだ。凍っていない心に必要なモノの名前」
幸せさが心臓を満たすようでした。
「人形を店に出すときに箱に君が混じってしまったのに気がつかなかったのは僕の落ち度だ、悪かった……」
目線にしゃがんでくれた、アンジッヒの額に抱きついて、微笑みました。
「いいえ、宝石きれいだったわ」
始めて在った時に哀れむように「君は」と言われて悔しくって言えなかった。言葉、いまだからいえます。
「ありがとう」