1話 月の雫(上)
1話が終わったら完結扱いにしてしばらく放置します。
短い間ですがお付き合いのほど、よろしくお願いします。
アヴァロンの央都の一角にあるアイテム生産工房『名称未定』。そこはアヴァロンでも有名な生産職の拠点である。厳しい審査と難関を乗り越えた二人の弟子を従えるのはアマガミと名乗る犬神族の青年。これはアマガミと愉快な仲間たちの××な物語である。
閑静な住宅街からちょっと離れた場所にその店はある。
ぱっと見ただけでは何の店かも分からない、レンガ造りの小さな店。小さな看板には『名称未定』と書かれている。窓はガラスなのに外から店の中を覗く事は出来ないマジックミラー。本当になんの店かも分からないのは店主の趣味だろう。
店に入ればさらにワケが分からなくなる。剣や鎧があれば貴族の令嬢にでも贈れそうなアクセサリーがあったり、様々な魔法薬――ポーションが並んでいる隣にタンスなどの家具まで置いてある。魔法のかかったものからそうでない品まで、商品は混沌か雑多というのが適切だろう。並びが適当でどこに何があるのか分からない。店の中を照明が照らしているが、目当てのものを探すのは並大抵の苦労では済まされない事が予想される。
だから店に客の姿はなく、そんな店の奥で店番をしている男は暇つぶしに本を読んでいた。
ページをめくる音だけが聞こえる、静寂が支配する店内。
「師匠! ついに出来ました!」
店の内側、店舗裏のスペースの扉を勢いよく開き、部屋に少女が入ってきた。
「うむ、ついに出来たか!」
部屋にいた男はメガネを光らせ少女の次の言葉を待つ。
「3ヶ月ですって♪」
おなかに手を当てはにかむ少女。思わず男も表情を緩めて少女を見つめ
「そうか、でかした・・・・・・ってバッカヤロー」
いつの間にか男の手に握られたハリセンが少女の頭部を強打する。突っ込みを入れられた少女ははたかれた頭を両手でさすりながら、恨めしそうに男を見つめる。
「ししょー、途中まで乗ってくれたんだから最後までお願いしますー」
「うるさい馬鹿弟子。さっさと出すものをださんか」
「はいー」
ちょっと涙目の少女が金色の液体が入った小さなビンを取り出す。男はそれを受け取るとスキル≪鑑定≫を使った。
「なあ馬鹿弟子?」
「はい、なんでしょうか?」
「俺の≪鑑定≫に間違いがなければ『月の雫』ベースのHP回復強化品に見えるんだが?」
「? その通りですが?」
「・・・・・・俺のインデックス(アレンジについても記載あり)、見てないな?」
『月の雫』は全状態リセット効果のある上級ポーションである。ついでにHPも回復する人気商品だ。ちなみに『万能薬』のようにデバフだけじゃなくてバフも打ち消す。たまに相性の悪いバフがあるから、それを打ち消したい時に使う。
閑話休題。
男の言葉に少女は「しまった」という顔をする。言い訳を言おうとするが、その前に男は容赦なくペナルティを宣告する。
「おまえ、今日のデザート無し」
たった一言で少女の表情は世界が終わったかのような絶望に包まれた。
「そんな・・・・・・ししょーのケーキが・・・・・・。今日はザッハトルテのはずなのに・・・・・・」
「おい、まだ冷やしてあるケーキの種類までなんで知ってる?」
男の呆れた声も少女には届かなかった。
ラノベには異世界転移というジャンルがある。彼の現状を表すならそれで充分事足りる。ぶっちゃけ、説明はめんどい。テンプレなので細かい事は気にしないで欲しい。
「さて、何でこうなった?」
店番男――アマガミは少女に問いかけた。彼の姿を表現するなら「2足歩行する犬」である。種族を正確に言えば上位の犬神族になる。艶のある、黒い毛並みを持った190cmの大男である。犬顔のため表情が読みにくく、初見の人には威圧感がハンパない。この店と裏にあるアトリエの持ち主だ。
少女はセーラ。ぱっと見ただけなら人間に見える金髪碧眼美少女(14歳)であり、今は簡素な作業着に肩下まで伸びた緩やかなウェーブのかかった髪をリボンで束ねているがどことなく気品がある。顔立ちはツリ目の為に少々きつそうに見えるが、実際は柔らかな性格をしている。アマガミの弟子であり、「彼の製作した」NPCだったお嬢さんである。
「時間が無かったんです。失敗続きで材料も無くて、焦っていたら「作るのに成功した」だけのものを持ってきちゃいました」
しゅん、と反省して小さくなるセーラ。
セーラはまだ14歳であるがそれは設定上の話である。実力はあるのでアマガミからは大学の研究生レベルの扱いを受けている。
師匠から弟子への本日のお題は「新しい効果のポーション・『月の雫』縛り」である。『月の雫』はベースにしてもアレンジの為の素材にしても良い。ただし、現在までに確認されていない効果を持つことがクリアの条件だ。ベースにした場合『バフのみ解除』『HP回復無し』『HP回復強化』『特定バフ・デバフのみ解除』などのバリエーションに加え、素材としては『副作用の削除』や『回復効果の強化』『特定種族(主に妖精種)への効果拡大』が確認されている。今回のお題はそれ以外で何か使い道を考えるように、というものだ。
今回は配合比率と温度設定を変えたり希釈・濃縮をおこなったりした後に別のポーションとブレンドしてみたのだが、まったく上手くいかなかったらしい。
「・・・・・・成功しない事も視野に入れてる。この台詞は何回目だ?」
研究に失敗はつき物である。新しい効果の開発ともなれば成功しない事の方が多い。失敗事例を記録にまとめて新しいアプローチを探す資料を作成すれば元は取れる。アマガミにはその程度の認識でしかない。
よって、今回の話も資料さえまとめてくれたらそれで良かったのをわざわざ期待させてから落とすという余分な事をしたために叱っているのだ。
「でも~、金貨80万以上使って成果が出ないと焦りますよ・・・・・・」
ぱっと見だけで言えば貴族令嬢でも通る容貌のセーラだが、基本的に貧乏性である。「もったいないは正義です」「ゴミはちゃんと分別してください。資源になります」「要らないならください。売ります」というのが口癖だ。
弟子の言葉にアマガミはため息を吐く。
「今回のレポートですー」
萎縮して小さくなったセーラだが、せめて自分のやった実験経過だけでも、と細かく字の書かれた100枚以上ある紙の束を差し出した。アマガミはそれを受け取ると≪速読≫で内容を確認する。
「今回のペナルティは無しにしておいてやる。次から気をつけるように」
一通り目を通したアマガミは自分の甘さを再確認させられ、逃げるように店の奥に向かった。
アマガミがゲーム世界に閉じ込められ、『名称未定』を経営し始めてから半年ほど経過した。
当初はどうしようか、何をすればいいか分からなかったアマガミだが、ある意味いつもどおりに生活すればいいと気がついてからは穏やかな日々が続いている。
廃ゲーマーは常にゲームをプレイし続ければいい、と。
アイテム生産職である彼は田畑に果樹園、薬草畑を作り、そこから採れる素材と冒険者の持ち込み素材、時折通常の購入品でポーション製作をすることで生活している。
最初の3日ほど戸惑うところも合ったが、友人の支援を得たこともあり、すぐに無駄に荒稼ぎしてしまったほどである。
お金を貯め続けることは経済に良くないので、ここ最近はお金にならない趣味的な実験を繰り返している。
「セーラ。今回やった実験のうち、No87とNo89リテイク。変数は環境変化。条件は任せるけど、最低10パターンは試すように」
ポーション用の製作部屋に戻り、目に付いたレポートのみ返却。残りをファイリングしながら次の指示を出す。
高度なポーション製作は環境変化を嫌う。気温室温だけでかなりの変化が見られる触媒は多い。さらに言うなら、今回の『月の雫』は時間の影響――というより月の満ち欠けの影響か――を受ける。それら条件の変化を記録し、まとめ、法則性を見出すのが研究というものだ。
『月の雫』は大量の満月草と銀月樹の花びらから精油して冷めるまで待ち、遠心分離機で不純物を分離させるだけで出来る。上級ポーションにしてはかなり簡単なものだ。使う瓶も標準品で事足りる。
精油には圧縮釜を使うので、その取り扱いさえきちんとできるかどうか、それだけである。アレンジとしては精油前に他の植物素材を混ぜてみるか、作成後に別のポーションや液体素材を足すのが主流だ。
今回セーラがやったのは熱冷ましが他と違う。精油前に混ぜものをして、不純物を取り除く所までは普通の制作方法だ。違うのはその後、セーラは出来たばかりでまだまだ熱い『月の雫』を冷ます時間を小刻みに短縮して遠心分離機にかけた事。通常の方法なら常温まで冷めるのを待つ。その結果、冷えたものを加熱して温度を変えるのとは違った変化が見られたのだ。
「1度単位で120℃~70℃までの51回。精油前に葛の葉、医者いらず、弟切草、トリカブト、マンドラゴラをごく少変化分だけ混ぜて変化のパターンをチェック。当たり前だが、時間の確認も忘れるなよ」
「はいっ!」
師の言葉に弟子は背筋を正して応える。
葛の葉はバフ解除効果がなくなり、医者要らずはHP回復効果の促進、弟切草はデバフ解除効果が無くなり、トリカブトが状態異常解除の効果を無くす組み合わせだ。マンドラゴラは影響を与えない組み合わせである。
≪鑑定≫を駆使して途中経過を見守り、問題なければ遠心分離機にかける。この工房にある遠心分離機5個をフルに使って一つ一つの変化をチェックする。
素の状態では全てのバフ・デバフ・状態異常を解除するのだが、熱を冷ます前に遠心分離機にかけるとバフの解除数に制限が付く。高温であればあるほど解除数は少なくなり、120℃で1個、あとは10℃刻みでバフの解除数が1個づつ増えていく。デバフ、状態異常には影響を及ぼさない結果となった。
ちなみに、この効果は別種の方法でも再現できる。葛の葉を混ぜるのがそれにあたり、分量調整によって任意の解除数制限をつけることが可能だ。セーラもこの方法を知っていたから新しい発見という認識を持てず、誤解からの暴走に繋がったのだ。
「葛の葉を混ぜるとデバフ解除がデバフ耐性になっちゃいましたね」
最高温度のときだと、葛の葉の「バフ解除消去」効果が現れず、「一定時間デバフ効果を受けなくなる」効果が加えられた。温度変化により効果時間が変化し、葛の葉の分量を変化させた場合は葛の葉の割合が1~10%の間では増えるほどデバフ耐性の性能が上がり、それ以上では緩やかに性能が減少する結果が出た。『月の雫』としては、この効果は新しい効果に分類される。
その後に試した医者いらず、弟切草、マンドラゴラは特に効果が無かった。しかし、トリカブトで実験は劇的な変化を見せる。
「・・・・・・師匠。これ、どうしましょう?」
セーラは出来てしまったものにどう対応すればいいか分からず、師に助けを求めた。
発現した効果は「長時間(ほぼ1日)バフ・デバフ・状態異常の効果が継続する」というもの。効果時間前に使われたバフなどから、効果時間内に発現したものまでに影響を及ぼす凶悪な一品に仕上がった。
これは使い方次第で戦況を一変させかねない。ごく一部の強力なバフ・デバフは短時間しか効果が無い。ゲームバランスを考えれば当たり前の話だ。しかし、この『新・月の雫』を使えば時間制限が解除される。
敵が強力なバフを使えないなら敵に使い、デバフを最大限に使えばいい。敵がデバフを使えないなら自分たちに使って強力なバフを維持すればいい。敵がどちらも使いこなすなら、それはもう普通の『月の雫』を常備すれば済む話だ。それに、さらに新しい配合をすれば効果継続の恩恵を限定できるかもしれない。
「効果を確認するしかないだろ」
その言葉に、セーラの表情が凍りついた。
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