表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の紡ぎ  作者: 翠凛
8/12

素直になれないお年頃

以前、フォレストノベルにも掲載していた作品です。


告白されたことはない

告白したこともない

だから気付いてしまった想いをどうすればいいのか分からなくて

私はまだ幼馴染のまま――





タン タン タン


 階段を駆け上がりながら、髪や額に触れる。汗をかいてないか、髪は乱れてないか。いつも通り、きっといつも通り。そう心の中で繰り返す。そして錆びたドアを押す。

――ドアを開くと、不快な音がし、ドアのすぐ近くの壁に寄りかかる人物を発見。ドアの不快な音に起こされたように、その人物は目を開け私を見た瞬間、ふ…と笑う。


「おう、もう終わったか?」

  

 柔らかい瞳と温かい声に、思わず心臓が跳ねる。昔と変わらないそれは、最近私を落ち着かなくさせる。その意味も分かってる。だけど、私は一歩踏み出すことができない。

だから……


「終わったか?じゃない!この馬鹿!」

「い、いてっ」

 

昔と変わらない関係を続けている。


 殴られた頭を擦る幼馴染の頭を見下ろし、乱暴に言葉を吐く。


「クラス委員が文化祭の話し合いをサボってどーすんの!仕切り役がいないと困るでしょうが!」

「だって、面倒だし。それに、クラス委員は俺だけじゃない。そのためのお前だろ?」

 

 格好つけたように親指を立てた手を、パシリと払う。


「サボりに私を利用するな!」

  

 文化祭が迫っているというのに能天気な幼馴染には本当に呆れる。クラス委員が、文化祭の出し物の話し合いを放置するなんてありえない。幼馴染でクラス委員をやると、片方は大変な苦労を被るということを私は最近学習した。


「座れば?」


 立っている私を見上げて、ちょいちょいと隣に座るように促す仕草にドキリとする。昔は平気で隣に座れていたのに、最近は戸惑ってばかり。距離感が分からない。だから、ひとりぶんの空間を空けて座る。


「……」


 その私の行動を見てか、隣から妙な視線を送られる。だけど、スルーする。だって、まだ言えない。まだ、分からないから。


「最近、お前…」

「うちのクラスは劇になったから。ちなみに主役はあんた、ね」


 逃げるように言葉を遮り、話し合いの結果を口に出す。


「文句は言わないでね。あんたがいないのが悪いんだから」

「おいおい。本人不在で勝手に主役決定って、どーよ?」

「だから文句は言わないでって言ってるでしょ。多数決で選ばれた同じ主役の由利ちゃんの御指名なんだから」

「はあ?」

 

 淡々としゃべり、不満気な声は無視し、空を見上げる。風が僅かに冷たい。

みんな恋愛物がいいとか言っちゃって。しかもヒロインは由利ちゃんしかいない、とか。その上、選ばれた由利ちゃんは相手役にこの隣の馬鹿がいいとか言うし。

……それこそ、最初から作られた劇みたいで。可愛くて優しくて男子に人気の由利ちゃんがこの馬鹿を…考えただけで、泣きたくなる。てか、ほんとに、泣きそう。


「まあ、そういうことだから主役よろしく!今から書類生徒会に出してくるから」


まだ泣くな、と自分に言い聞かせて書類を片手に立ち上がり、ドアノブに手をかける。


――が。


「だからさ。本人不在で主役決定はダメだって」


 書類を持った私の手を掴み、幼馴染は馬鹿を言う。

……さっき言ったことを忘れたの?この馬鹿は。


「だから、仕方ないことだって言ったでしょ!サボったあんたが悪い…って、何してんの!」

「ん?何って、主役の訂正。まあ、小林ぐらいでいいだろ」


 どこから出してきたのか分からない消しゴムとシャーペンで、勝手に主役名を変える姿に呆然とし、ドアノブから手を離す。

 どこまでこいつは自由人なんだ――っ!!


「そんなことしたら、みんなが怒るって!」

「別に何とかなるって。てか、クラス委員の俺が主役になったらお前の仕事増えるだろ?」

 

 ちょっとかっこよく聞こえる台詞は、残念ながら私には響かない。


「そんなのいつものことでしょーが!」

「あ、そうか」


 私のツッコミにあはは、と笑う馬鹿に眩暈がする。女の恐さを知らないからこんなに笑っていられるんだ。


「もう!とにかく主役はあんた!」

「お前はいーの?」

「……え」


 書類を奪おうとして手を再び掴まれ、真っ直ぐに目を合わせられる。いつもと違う声を目に心臓の音が大きくなる。


「お前はそれで、いーの?」

「…い、いいも、何も、決まったことなんだから。ちょ…っ、手!」


 振り払うように手を動かすと、空いていたもう片方の手も掴まれ完全に動けなくなる。

……な、なんで?


「ちなみに俺は嫌だね」

「は?」

「例え演技だろうが、お前以外を隣に置くのは嫌」

「……っ!?」


 顔に熱が集まる。なになになに!?なに今の発言?馬鹿にも程がある!き、きっと、いつもの馬鹿発言だ。うん、きっとそう!騙されるな私!


「な、なーに、馬鹿言ってんの。そんな台詞は劇に使え!」

「どんな顔して言ってんだよ」

「ひゃっ」


 掴まれていた手を突然引っ張られて、大きな温もりに抱きしめられる。いつも以上に大好きな匂いに、鼻がツンとなった。


「もう、待たない」

「な、なに、言って」

「好きだ」

「~~っ!」


 まさかの言葉と同時に力が強くなって、じわりじわりと、涙腺が緩みだす。何で泣きそうになるのかもよく分からない。でも、泣きたくて仕方ない。好きって言われた。好きって。ただそれだけなのに。


「おーい?ちゃんと、聞いてた?」

「…っ、ちゃ…っんと、聞いてた…っ」


 ボロボロと涙を零しながら背中に腕を回し、ぎゅうと抱き付く。


「ほんと、素直じゃないな」

「う、…るっさ…い!」

「可愛いけどな」


 は、恥ずかしいことをさらっと言うな――!!


「お前は、幼馴染とか色々と考えすぎなんだよ。すぐ飛び込んでこいっつーの。分かったか?彼女さん?」

「ば、馬鹿の分際で説教するな!」


 そう返して、私は念願の『彼女』という言葉ににやけているのがばれないように、幼馴染の……ううん、彼氏になった馬鹿の胸に顔を埋めた。













――まだ言えない。飛び込めない。戸惑っていた私に手を伸ばしてくれたのは、隣の馬鹿でした。






fin









――後日談。

 由利ちゃんが好きなのは本当は小林くんで、劇の配役も小林くんに振り向いてもらうための謀で。劇の主役は由利ちゃんと小林くんに決定しめでたしめでたし。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ