素直になれないお年頃
以前、フォレストノベルにも掲載していた作品です。
告白されたことはない
告白したこともない
だから気付いてしまった想いをどうすればいいのか分からなくて
私はまだ幼馴染のまま――
タン タン タン
階段を駆け上がりながら、髪や額に触れる。汗をかいてないか、髪は乱れてないか。いつも通り、きっといつも通り。そう心の中で繰り返す。そして錆びたドアを押す。
――ドアを開くと、不快な音がし、ドアのすぐ近くの壁に寄りかかる人物を発見。ドアの不快な音に起こされたように、その人物は目を開け私を見た瞬間、ふ…と笑う。
「おう、もう終わったか?」
柔らかい瞳と温かい声に、思わず心臓が跳ねる。昔と変わらないそれは、最近私を落ち着かなくさせる。その意味も分かってる。だけど、私は一歩踏み出すことができない。
だから……
「終わったか?じゃない!この馬鹿!」
「い、いてっ」
昔と変わらない関係を続けている。
殴られた頭を擦る幼馴染の頭を見下ろし、乱暴に言葉を吐く。
「クラス委員が文化祭の話し合いをサボってどーすんの!仕切り役がいないと困るでしょうが!」
「だって、面倒だし。それに、クラス委員は俺だけじゃない。そのためのお前だろ?」
格好つけたように親指を立てた手を、パシリと払う。
「サボりに私を利用するな!」
文化祭が迫っているというのに能天気な幼馴染には本当に呆れる。クラス委員が、文化祭の出し物の話し合いを放置するなんてありえない。幼馴染でクラス委員をやると、片方は大変な苦労を被るということを私は最近学習した。
「座れば?」
立っている私を見上げて、ちょいちょいと隣に座るように促す仕草にドキリとする。昔は平気で隣に座れていたのに、最近は戸惑ってばかり。距離感が分からない。だから、ひとりぶんの空間を空けて座る。
「……」
その私の行動を見てか、隣から妙な視線を送られる。だけど、スルーする。だって、まだ言えない。まだ、分からないから。
「最近、お前…」
「うちのクラスは劇になったから。ちなみに主役はあんた、ね」
逃げるように言葉を遮り、話し合いの結果を口に出す。
「文句は言わないでね。あんたがいないのが悪いんだから」
「おいおい。本人不在で勝手に主役決定って、どーよ?」
「だから文句は言わないでって言ってるでしょ。多数決で選ばれた同じ主役の由利ちゃんの御指名なんだから」
「はあ?」
淡々としゃべり、不満気な声は無視し、空を見上げる。風が僅かに冷たい。
みんな恋愛物がいいとか言っちゃって。しかもヒロインは由利ちゃんしかいない、とか。その上、選ばれた由利ちゃんは相手役にこの隣の馬鹿がいいとか言うし。
……それこそ、最初から作られた劇みたいで。可愛くて優しくて男子に人気の由利ちゃんがこの馬鹿を…考えただけで、泣きたくなる。てか、ほんとに、泣きそう。
「まあ、そういうことだから主役よろしく!今から書類生徒会に出してくるから」
まだ泣くな、と自分に言い聞かせて書類を片手に立ち上がり、ドアノブに手をかける。
――が。
「だからさ。本人不在で主役決定はダメだって」
書類を持った私の手を掴み、幼馴染は馬鹿を言う。
……さっき言ったことを忘れたの?この馬鹿は。
「だから、仕方ないことだって言ったでしょ!サボったあんたが悪い…って、何してんの!」
「ん?何って、主役の訂正。まあ、小林ぐらいでいいだろ」
どこから出してきたのか分からない消しゴムとシャーペンで、勝手に主役名を変える姿に呆然とし、ドアノブから手を離す。
どこまでこいつは自由人なんだ――っ!!
「そんなことしたら、みんなが怒るって!」
「別に何とかなるって。てか、クラス委員の俺が主役になったらお前の仕事増えるだろ?」
ちょっとかっこよく聞こえる台詞は、残念ながら私には響かない。
「そんなのいつものことでしょーが!」
「あ、そうか」
私のツッコミにあはは、と笑う馬鹿に眩暈がする。女の恐さを知らないからこんなに笑っていられるんだ。
「もう!とにかく主役はあんた!」
「お前はいーの?」
「……え」
書類を奪おうとして手を再び掴まれ、真っ直ぐに目を合わせられる。いつもと違う声を目に心臓の音が大きくなる。
「お前はそれで、いーの?」
「…い、いいも、何も、決まったことなんだから。ちょ…っ、手!」
振り払うように手を動かすと、空いていたもう片方の手も掴まれ完全に動けなくなる。
……な、なんで?
「ちなみに俺は嫌だね」
「は?」
「例え演技だろうが、お前以外を隣に置くのは嫌」
「……っ!?」
顔に熱が集まる。なになになに!?なに今の発言?馬鹿にも程がある!き、きっと、いつもの馬鹿発言だ。うん、きっとそう!騙されるな私!
「な、なーに、馬鹿言ってんの。そんな台詞は劇に使え!」
「どんな顔して言ってんだよ」
「ひゃっ」
掴まれていた手を突然引っ張られて、大きな温もりに抱きしめられる。いつも以上に大好きな匂いに、鼻がツンとなった。
「もう、待たない」
「な、なに、言って」
「好きだ」
「~~っ!」
まさかの言葉と同時に力が強くなって、じわりじわりと、涙腺が緩みだす。何で泣きそうになるのかもよく分からない。でも、泣きたくて仕方ない。好きって言われた。好きって。ただそれだけなのに。
「おーい?ちゃんと、聞いてた?」
「…っ、ちゃ…っんと、聞いてた…っ」
ボロボロと涙を零しながら背中に腕を回し、ぎゅうと抱き付く。
「ほんと、素直じゃないな」
「う、…るっさ…い!」
「可愛いけどな」
は、恥ずかしいことをさらっと言うな――!!
「お前は、幼馴染とか色々と考えすぎなんだよ。すぐ飛び込んでこいっつーの。分かったか?彼女さん?」
「ば、馬鹿の分際で説教するな!」
そう返して、私は念願の『彼女』という言葉ににやけているのがばれないように、幼馴染の……ううん、彼氏になった馬鹿の胸に顔を埋めた。
――まだ言えない。飛び込めない。戸惑っていた私に手を伸ばしてくれたのは、隣の馬鹿でした。
fin
――後日談。
由利ちゃんが好きなのは本当は小林くんで、劇の配役も小林くんに振り向いてもらうための謀で。劇の主役は由利ちゃんと小林くんに決定しめでたしめでたし。
読んでいただきありがとうございました。