夜の自転車
以前、フォレストノベルに載せていたものです。
夜になると、家を飛び出したくなる。
「レッツゴー海!海に行こう!」
電話が繋がった途端そう言うと、電話の向こう側で沈黙が生じた。
「おーい?おいおーい?」
「……今、何時だと思ってんだよ」
くるりと部屋を見廻して、時計を確認。
「2時!2時!」
「2回言わなくても分かる」
「そっちが時間聞いたんじゃーん」
「すぐ行くから待ってろ」
返事する間もなく、切られた電話。私の幼馴染はそんな人。なんだかんだ言って、ごそごそと音は聞こえてた。最初から、すぐ行く!って、素直に言ってくれたらいいのにさ~、なんて有り得ないことを考えながら、私はそっと部屋を出て、慎重に慎重に家を出た。
家の前で、待って数分後、暗闇の向こう側から自転車がやってきた。目の前で静かに自転車が止まる。いつもと変わらない表情の彼がいた。
「乗れ」
「うんっ」
いつもの如く、私は後ろの荷台に乗る。がっちり股を開いて。目の前には大きな背中。
「行くぞ」
「うん」
抑揚のない声に頷き、ぎゅっと腰に手を回す。それを合図に、自転車はゆっくりと動き出した。程よい温度の風が、頬を掠める。辺りは暗く、人もいない。どこまでも広がる闇。自転車のライトが道を照らす。それが心地いい。
「重くない?」
静かな背中に問いかけると、すぐ短い言葉が返ってくる。
「重い」
「うわ、傷ついた」
「…嘘だ、軽すぎる」
「そっかー」
彼の答えにただただ笑う。
「もっとくっついていい?」
目の前の背中に問いかけると、小さく了承の声が返ってくる。さらに、ぎゅっと力を入れて、背中に頬をくっつける。優しい体温。大きな背中。
「汗かいても知らないからな」
今さらな言葉に、ついつい笑ってしまう。
「いいの。好きだから」
「……」
黙ってしまった背中。そんなところも好きなんだよ?
「あのねー明日も学校行けないかも」
「…大丈夫か」
「大丈夫大丈夫!」
「そうか」
いつだって淡々と。自転車が止まることはない。だって、それがいいから。海に行きたいなんて、うそ。嘘だけど、その嘘を優しい背中は分かってくれている。泣いたりなんかしない。この背中がある限り、大丈夫だから。
「好きだよ」
「ああ」
「好き。大好き」
「……俺も好きだ」
優しい声に、胸が苦しくなる。本当は広がる闇が恐くて仕方ない。光なんて見えない。ひとりでいるのが、恐い。
でも、どんなに辛くても。あの家が息苦しくても。命の砂が落ちていくのを感じても。愛しい体温。愛しい背中。彼がいれば大丈夫。夜に部屋を飛び出して、彼と自転車に乗って。そんな幸せな時間があるから。まだ、一緒に過ごせる時間は残ってるから。
「俺がいる」
「うん」
「俺が最期までお前のそばにいる」
「……っうん」
――夜の自転車は、止まらない。
fin
ちょっとわけありな主人公。
読んでいただきありがとうございました。




