卑怯な恋
以前、フォレストノベルに掲載していた作品です。
最初から分かってた。
分かってたけど、簡単にそれを認めるのは悔しいから。
隣に居たいから。少しでも、私を、見てほしいから。
全部私の我が儘。
ごめんね。
もう少しだけ、我が儘を聞いてほしいの。
きっと、いつかは、離れてみせるから。
放課後の教室で隣の席に物静かに座る彼を睨む。一緒に帰ろうと迎えに来て、もう1時間経過した。女を待たせるなんていい度胸してる。
「いつまで本といちゃいちゃしてんの」
机に頬杖をついて、声をかけるが、目はひたすら文字を追っていて、肩はぴくりともしない。こういうところが私の神経を逆なでする。
「こら!」
ガタリと椅子を引き、手から本を奪う。本を掲げて、ムカつくくらいに綺麗な黒髪を見下ろせば、顔がこちらを向く。
「返せ」
五月蝿い、とも聞こえるその言葉。その声は静かな声なのに、どこか怒りを混ぜていて、だけど私はそんなことで怖がったりはしない。
「あのさあ……、私と本、どっちが大事なの?」
「本」
「……」
素晴らしいくらいの即答っぷりに呆れる。……馬鹿正直ってこういうのを言うんだっけな?
「あんたねえ…あ!」
呆れている瞬間に本を奪われ、再び本を開いていちゃいちゃし始める。
……私より本ってなに。黙々と文字を追う姿に嘆息して、彼を見下ろす。
「それそんなに面白い?」
「お前は」
クエスチョンマークの足りない問いかけ方に顔を顰める。お得意の質問に質問。言いたくないときは、私の問いを遠回しに避ける。分かりやすいけど、すごく卑怯。……ほんとに、卑怯だよね、いつも。
彼が持つ本をじっと見る。背表紙に書かれてある著者名を見ながら私は思う。
嫌い。きらい。キライ。大嫌い。憎い。悔しい。腹が立つ。
だけど。
「まあ、好きかな」
答えを待つ彼に私は仕方ないように笑って答える。醜い思いは全部隠して、私は今日も嘘をつく。もう、何度繰り返してきたことだろう。嫌いなんて言えるわけがない。そんな、そんなに嬉しそうな、照れたような、誰かを想う顔をされたら……言えない。
目を細め優しい指で本の表紙を撫でる、目の前の人は私の幼馴染みでもあり、好きな人。大好きな人。でも彼は。
「うん、俺も、好き」
彼は--、その本の著者を想っている。私の……姉を。姉の文章を毎日愛でるように読み、撫で、想い続けている。あれから2年経っても。姉の時間が止まった日から、更に想いを募らせて。
好きな人に好きな人がいるなら、振り向かせるために闘う。私はそう思ってた。だけど、闘えない。だって、いないから。この世にもう、そのライバルがいない。真っ向勝負もできない。彼の心にはずっとずっと、姉がいる。そして、私は彼の心には、その深いところには入ることができない。どうしようもないこともある。分かってた。人の心を簡単に変えられるならみんな恋愛に苦しんだりしない。でも、それでも、一方通行でも好きだから。
未だに、椅子から腰を上げそうにない彼を見つめる。夕日の差し込む教室の中で、名の付けられない顔をしている彼から目を反らす。
――私は、今どんな顔をしているんだろう?
「あと、30分したら帰るよ。絶対帰るからね。帰りにアイス奢ってよね」
「…ああ」
返事が返ってきたことに妙に安心して、彼の隣の椅子にまた腰を下ろし、机に顔を伏せる。
――彼の前では、泣かないと決めていた。
ーー止まってしまった姉の年齢に並ぶまでの想いにしようと決めていた。姉と同じ年になったら少しは何か変わるかと馬鹿なことを考えて。
ーーそして、今日がその日。私はついに姉の年に並んだ。
結局何も変わらなかった、変えることができなかった。
闘わせてもくれない姉は卑怯だ。
邪険にしながらも完全に私を拒まない彼は卑怯だ。
でも。
隣から離れられず、ひそかに涙を流す私も。
泣いていることに気付いてほしいと思う私も。
きっと卑怯。
fin
読んでいただきありがとうございました。




