意地悪プリンスと少女A
――封印した想いがある
封印した名前がある
私はあなたのただの幼馴染
暑い暑い夏空の下。私はフェンス越しに池が見える校舎の裏側で、ある男と向かい合っていた。正直言って、迷惑極まりないしよく意味が分からない。
「えーと……罰ゲーム?」
「違うよ、本気。好きです、付き合って下さい。」
――……ほら、ね?意味分かんない。
目の前にいる彼をじーっと見つめる。彼は、いわゆるイケメンくん。背も高くてバスケ部の部長で、なおかつ成績も優秀。バスケの試合の時なんかすごいものだ。ほんとに応援してるのか分からないくらいの甲高い声ばかりで、耳を塞ぎたくなる。
それにかわって、私はどこにでもいるような女で、成績にしても運動神経にしても、何にしても平均ポジション。そんな私に、彼が本気?……そんなこと。
「ありえない」
そう言った途端、彼は顔を顰める。でもそれ以上に顔を顰めているのは私だ。そもそも、ほとんど学校で話したことのない私たちが、こうやってふたりでいるところをもし誰かに見られたら、終わりだ。ターゲットロックオンに決まってる。ネタだ。こんなの面白ネタだ。いやネタにはならないかもしれない、妬みになるかも。
「どうしてそんなこと言うかな……」
彼は、寂しそうにポツリと零す。いやいやいや……、その言葉そっくりそのまま返したいんですけど!困ったように目尻を下げた姿に、嘆息する。……すべてを吐き出すように。
「藤堂くんは、自分の立場分かってる?」
「立場?」
「おとぎ話に例えるとね、藤堂くんは王子様なの」
「へえー、俺のこと王子様って思ってくれてたんだ、それは嬉しいな」
にこにこと彼は笑いながら言う。
「……いや、私ではなくみんなが、ね」
……ほんと……これだから、私は彼が苦手なのだ。自意識過剰でもなく、謙遜することもない。おかしな人。
「……それで、藤堂くんはお城に住む王子様だけど、私はそこらの村にいるただの女の子なの。名前を与えられない少女AとかBとかそんなところなの。だから私たちがどうこうなるなんてない。出会うことすらない、別のおとぎ話の登場人物なのです。分かった?」
返答を求めるように促すが、彼は納得いかない顔をしている。でも、キリがない。頬を撫でるように吹く風さえも嫌になる。もう、やめやめやめ!
「王子様はそれに相応しい姫君を探してください。よろしくっ!」
ビシッと指差してハッキリと言い切った私は大きく回れ右をして一歩踏み出した。
――はずだが……
ドンッ!
「!!」
なぜか私は壁と彼に挟まれていた。だんだんと近付いてくる顔から逃げようとするが、逃げられることもなく、ただ心臓の音と闘うだけ。
「ちょ…っなに…」
「さあね」
さっきまでとは一変して、意地悪に笑う目の前の男。嫌な予感がジワリと滲み出す。例えば、幼稚園の頃、こういう顔で閉じた手のひらから蛙を見せられて私はひっくり返った。髪の毛なんてよく引っ張られた。昔の、あの幼き顔と被る目の前の顔。ざわざわと心が騒ぎ出す。
なんで、こ、こんなこと……。なんで…!?性格も大人になったんじゃなかったの!?もしや隠してただけ……!?
近付いてくる顔に、頭が真っ白になる。真っ直ぐな黒い瞳。なんで、どうして、なんで、そればかり。
でも。
もう無理なんだよお!うあああああ!
パニックになった私はぎゅっと目を瞑り、叫んだ。
「こーくん!近い!ストップ!」
叫んだあと、まるで時間が止まったかのように、音が聞こえなくなって自分の心臓の音だけが響く。
――私、今何て言った?
口元を押さえ、ゆっくりと彼を見上げると、きゅんとなるような優しい瞳とぶつかった。嬉しそうに笑う彼に、はっとする。
彼が王子様で自分が名前さえ与えられない少女だと自覚した、数年前のバレンタインの日。あの日私はある人の名前を封印した。――幼馴染の彼を遠ざけた。
ほんとはずっと好きだった。ずっとずっと好きだった。でも、あのバレンタインデーの日。靴箱から見えたそれ、机の引き出しから僅かに見えたそれ、休み時間に呼び出される彼を見て……私は彼が特別な人間だと悟った。隣にいることはできないんだと。だから彼を避け続けた。冷たい言葉で突き放した。幼馴染という関係も面倒臭かった。封印したつもりだった。この想いも。この名前も。
――『こーくん』 封印したはずだったのに。
パッと腕の中から抜け出して、背を向けるようにしゃがみこむ。どうしようもなく、隠れたい気分だった。ザリッと近づいてくる足音が聞こえる。
「まだ逃げる?」
私の目の前にしゃがみ込んで言うこーくんに、私は大きく首を振る。ばか、ばかばかばか!
「知らない!こーくんが考えてることなんて知らない!」
「だったら言うよ。何度だって。俺は」
「言わなくっていいってば!」
こーくんの言葉を遮り、滲む視界のなかでこーくんを睨み付ける。分かってる、分かってるよ。こーくんがそんな意地悪な顔を私にしか見せないことくらい。みんなの前では猫かぶってることくらい……分かってるから、恐い。それがどういう意味なのか。
「こーくんの大馬鹿者!!」
「え」
「意地悪!鈍感!猫かぶり野郎!今さらなに!?なんで今頃…!なんでいつもいつも振り回すの!?」
「ちょ、落ち着けって」
「~~っ!」
ぐずぐずと泣き出した私をこーくんは宥めにかかる。
――なんで、なんで、みんなの王子様のくせに、こんな私にばっかり色んな顔見せてくれるの!そんなんだから、勘違いしちゃうのに……もしかしたらっていつもいつも考えて……ずっと、ずっと、ずっと……!
「こーくんが大好きだったんだから!……あ」
――あれ?……今、何言った?え、なにこれ、逆ギレ告白?え、爆弾発言?
自分で言った言葉に自分でびっくりする。……うわああああ!恥ずかしいんだけどおおおおおお!穴に入りたい!穴!穴に入りたいいいいいいい!
「こーくん、ごめっ、今の、は…なしっ!」
「敵わないなあ」
「ちょ、こーくん!?」
弁解するようにわたわたしていると、急に引き寄せられて、ポスッとこーくんの腕の中に閉じ込められた。ジタバタするが、意外にもこーくんの心臓の音が速いことに気付いて、動きが止まる。
「ようやく聞けた」
「こーくん……」
ほっと息を吐くように零された言葉に力が抜ける。こうやって包まれてるのが、不思議なくらいに安心する。
「ほんと、鈍いからなー」
「ちょ、なにそれ!」
「はいはい」
「こーくん!」
くすくすと笑いながら、頭を撫でられるのが、子供扱いみたいでちょっとムカつく。でも。
「こーくん」
「ん?」
「こーくん」
「だから、なに?」
「……呼んでみただけ」
「なんだそれ」
「ふふ」
……名前を呼べる日が、来たことがどれだけ嬉しいか、君は知らないだろうから。
――封印した想いがあった
封印した名前があった
でもそれを壊したのは
ずっと想っていた、ずっと名前を呼びたかった、大好きな幼馴染のキミでした。
fin
幼馴染のお話第一弾。
読んでいただきありがとうございました。