イラストレーター
駅をおりてもまだ、空にそら色が残っていた。
かすみは、もうそんな季節なんだ、と思う。駅を出るコンクリートの階段をゆっくり下りながら、こつこつと小さく響くヒールの音を聞き、連なる電線の隙間から空を見あげる。明るい。街路樹には赤ちゃんのような小さな葉が萌えでている。かすみは歩きだす。風にはかすかにフィトンチッドの匂いが編みこまれている。道を歩いているだけでも、春の力がかすみの口角に作用して口の端を持ちあげ、自然と笑顔を作らせてしまう。
三つ編み太郎の似顔絵、と太く墨書されたおおきな看板が目に入ってきた。人の肩の高さくらいはある。真っ白な地に黒い筆文字があらあらしくとぐろを巻いている。
かすみは看板へ続く道を歩きつづける。やがて看板は視界の端へとながれ、かわりに白い布をかけられた机の奥に髭をたくわえたオールバックのやせた男の顔が現われる。茶色い和服をきている。あのオールバックに見える髪が背中では三つ編みになっているのかしら、と背後を見透せないかと歩いていると、男と目があった。にこりと笑う。かすみは自分も微笑んでいたことを思いだした。男は笑ったまま頭を片がわにかたむけると、後ろ髪を手でつかんで持ち上げ、ちょっと静止して、ぽとりと落とした。
かすみは立ち止まっていた。
二メートルほど行き過ぎていたが、ひかれるように戻って白い机のまえに据えられたスチール椅子にすわる。
……
家につき、二千円で買った似顔絵をまた見る。ダイエットしなきゃダメだ、と思った。