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5:Ut sementem feceris, ita metes.

挿絵(By みてみん)

 カラカラカラと、遠くで何かの回る音。それがどんどん遠離る。あれは車の車輪の音か。私から離れてどこか遠くへ駆けていく。馬車から落ちた私は地面にぶつかることもなく、ぽっかり空いた暗闇の底の底まで落ちていく。

 ……不意に、そんな想像が脳裏を巡る。何も見えないはずの暗闇の中、それでも私には見える景色があった。黒の中にも輪郭があり息づく者の気配があるのだ。

 それに気付けば世界が変わる。ほんの少し明るくなった。鬱蒼と生い茂る木々の中、私は倒れていた。だけど明るくなったとは言っても妙だ。一言でその違和感を表すなら……色がない。モノクロの影絵のような世界が広がる。森の木々なんて言ってもそれは枝も幹も木の葉も全部黒一色で表されている。別の色を探すなら、空高く……丸い月が浮かんでいる。それがこちらを見る誰かの目のようで些か居心地が悪い。その気味の悪い月。それだけが白い。

 ここは、そこから発せられる光によって映し出される影の森。実体はない。だって、手を伸ばしても木々には触れられないのだ。正直な話私が今を疑えば、この足場さえ消え失せてしまうのでは?そんな心許ない空間が今私がいる所。


 影劇で使われるような人形だ。それがひょこひょこ現れる。その数全部で8体。全てが骸骨。その内半分が真っ白な骨。残り半分が黒塗りの骨。それが月の光に照らされて、影絵の森に佇んでいる。面白いことに白い奴らの影は黒。それはわかる。だけど黒い奴らの影は……無いのだ。彼らは踊るように不思議な足取り。私の傍まで近づいた。


 「私に何か用か?」


 尋ねてみると、少し驚いたように戸惑う素振りを見せる人形達。カタカタと骨を鳴らして顔を見合わせる人形達。


(か、可愛い……)


 人形は小さいが良く見れば人骨に似た何か。それはそれはリアルな造形でとても可愛いとは言えた物ではないのだが……その思いも寄らぬ反応に、うっかり絆された。

 落ち着け。落ち着け私。ちょっと抱き締めたくなったとかそんなの駄目だ。私は毒人間だし……いや、あれは骨だし人形だし大丈夫?いやでも間接とか外してしまったら可哀相だし。


 「零の海で自我を保てる人間がいるとは……あれの言うことも全てが誤りではないと言うことか」

 「……え?」


 突然聞こえた声に振り返れば骨のような仮面を付けた1人の男がいる。彼は漆黒を纏う、黒いローブに黒い髪。見た目の迫力に反して、安らぎを感じるような不思議な声の持ち主だった。その声自体に聞き覚えはないのだけれど、何故か既視感を感じる響きがそこにはある。考え込んだ私に、その男性はあの人形達のように少し驚いているようだ。


 「本来……通常の人間なら肉声を発することも自らの形を保つのも困難。名すら思い出せないはず……まして、自らの色をまだそこに刻むとは」


 意味が分からなかったが、確認のために髪を解いてみれば……確かにそれは白ではない。銀色だ。彼は黒にも白にも塗り潰されない私に疑問を抱いていたのか。

 しかし彼の言葉は面白い。


 「生憎、普通の人間とも呼べない身の上なのでな」


 含み笑う私に、仮面の男は言葉を無くす。自虐ネタだったのだが滑ってしまったらしいなこれは。反応に困る仮面の男を見て、何故だろう……不思議と彼らやこの場所を恐ろしいとも思わないし懐かしいとさえ思う。


 「11年……10年ぶりか」

 「10年?」

 「貴様は10年前までこの森にいたのだ」

 「というと私が仮死だった頃の話か」


 男は妙なことを言う。


 「それではここは死後の世界という訳か」

 「あながち遠くはない」

 「なるほど、それは驚いた。要するに貴方は本物の死神と言うわけだ」

 「…………教会などにはそう呼ぶ者も居る」

 「それではさしずめ……以前トーラが言っていた、神の審判の片割れだという零の神?」


 確かトーラは、生を司る壱の神と死を司る零の神が神の審判を行っていると言っていた。

 その死の神が目の前にいると言うことは……とうとう私は死んだのか。確かにあれはなかなか痛かった。ショック死しても仕方ない。

 妙に納得する私を、彼は尚も不思議そうに眺めている。死して尚、観察されているという訳か。気恥ずかしい思いに駆られながら、生前のあんなこととかそんなところもばっちり見られてたと思うと神を前にしてもその存在を否定したくなる。その心から目に映る存在を私の頭はなかなか信じようとしない。恥の概念とは素晴らしいものだな。


 「夢幻の中に現の記憶をそこまで持ち込めるとは……惜しい逸材だ。才さえ壱に奪われなかったのなら、貴様も神子に等しい位になれただろうに」


 私を哀れむ響きを宿す男の言葉に、私が顔を上げると炎のように燃える彼の赤い眼は確かに私を哀れんでいた。


 「哀れだな、眠り王子」


 その声は心の底から私を哀れんでいた。


 「壱に縛られ、救われることもなく今日まで生かされてきたのだろう。死こそ其方の救いだろうに」


 その言葉に、どくんと胸が鳴る。思い出したかのように、私に鼓動を伝える。私はまだ死んでいないのか。


 「まだ死なせて貰えないのか私は」

 「そうでもない。其方が望めばそれも叶う。今の其方は幸福だ」

 「……面白い話だな」


 願いは何でも一つ叶うと謳いながら、カードになることで叶えられる願いも多い。いや、私の場合はそれまで叶うべき願いさえ遠ざけられていた。何者かの意思により。今はそこから逃れたから、私は再びここへ帰った。この男はそう言っているようではないか。


 「死か……」


 これまで何度も望んだ願い。唯こんなに簡単に死ねて良いのかとは甚だ疑問。私は償えたのだろうか。あの程度の痛みで。まだまだ足りなかったのでは。そう思う心もある。


(しかし……)


 今更だ。死の誘惑は甘い。もう私はその淵へと腰まで浸かっている。無理をしてまで岸に上がる気がしないのだ。川の流れに逆らって、戻る意味がそこにはない。

 私は無くしてしまった。守る者。守る場所。私を裁いてくれる人。非日常から逃げ出す相手ももういない。トーラもラハイアもリアももう居ない。

 生きれば生きるほど、過ちと後悔ばかりが増えていく。ああもっと早くに死んでいればこんなことにはならなかったとそんな思いばかりに支配されるのだ。


 「生まれ出づる悩みも痛みも悲しみも、生まれさえせねば生まれない」


 私に何かを教えるように仮面が私を見ている。


 「眠り王子よ、其方は刈り取ることを悪と言うが我はそうは思わん」

 「……?」

 「この世で最も罪深きは、生み出すこと。望まぬ生を与えることだ」


 殺しが罪ならば、何かを生み出すというのも同等以上の重み……罪を持つ。それくらい重いことなのだと彼は言う。人と交わることが罪なのではなく、新たに生み出すことが罪なのだと彼は言う。


 「人殺しが殺されるべきならば、子を為した男と女もそうされるべきなのだ。生と死とは同じものなのだから。仮に生み出した彼らが裁かれないのなら、人殺しもまた罪にはならず、裁かれてはならない。仮に人殺しが罪ならば、彼らが裁かれないのは不公平で不平等で理不尽だ」


 生まれることを拒否する権利が赤子にあるのなら、私はそれを選んだろうか?選んだだろう。こんなことになると知っていたのなら誰が望むものか、こんな人生。

 そんな嫌がる魂の声さえ聞かずにカラカラと紡ぎ車を紡ぐ女が居る。それこそが壱の神だと彼は言う。生まれること、生きること。生きていることが幸せになるための唯一の道なのだと信じて疑わず……世界に嘆きを振りまいている。

 悪があるのなら、さぁもっと人間を作りましょう。そうすればその人達が世界を変えてくれるでしょう。そんな人の善を信じて。

 だけどそうではない。そうではないのだと零の神。辺りを見ろと彼は言う。8体あった骨人形。いつしかみんな影が無く、4体あった白い人形も皆黒塗りに姿を変えている。世界は黒。生まれた時点での魂の色に限らず、須く人は世界に染まっていく。それを変えるためには数があっても無意味。世界自体を塗り替える、作り替える必要がある。

 私には彼の言葉の方が正論のように聞こえる。ごくごく自然に、滅ぶべきなんだと私も納得をしてしまう。

 あの現の何処に希望があるのか。もはや潰えた。どんな善人だって世界の悪意の前に為す術もなく散らされる。信じるに足る物など地上の何処にも有りはしない。


 「……どうしたら、私はここから本当の死に場所へと行けますか?」

 「死を望むか眠り王子」

 「死にたい理由は幾らでも。でも……生きたい理由がありません」

 「ならば塔を目指せ」

 「塔?」


 彼は頷き片手で示す。その方向に骨人形達が一列に立ち並ぶ。その人形立ちの向こうに月明かりが差し込んで……これまで無かった一本の道を示した。この道の向こうに塔は有るという。


 「全ての未練を捨てて、塔の最上階まで上るが良い…………何故、笑う?」


 話の途中で私の口元が笑んだのに気付いたのだろう。別に彼を笑ったわけではないと私は首を振る。


 「てっきりどこかへ下るものかと思っていたので。まさか上るとは思わなかった……それだけです」


 仮面の男へと一礼し、私は道へ踏み込んだ。そんな私の後ろでカタカタカタ。

 示された道を辿る私の後ろを、骨を鳴らして付いてくる人形達。愉快な道連れだ。少し心を和ませながら歩みを遅めると、私を案内するよう一体が前へと進み出た。

 暫く進むとその先に小川が道を遮る。人形はその水に飲まれて姿を消してしまった。


 「おい、大丈夫か?」


 慌てて助け出そうと私も河へと踏み込むも、人形の姿はない。代わり暗い小川が白く輝き出していく。

 その光に飲まれると、景色は変わっていた。私の右目と左目……長途顔の真ん中から世界が二分されている。私は同時に二つの景色を見せられていた。まるで鏡合わせ。右と左が逆の世界。そこの住民達は私が見えていないのか、慌ただしくうろうろしている。

 そんな中1人だけ椅子に腰掛けどっかりと構えた長い黒髪の青年。彼は目を伏せ時を待っているようだ。

(あの……)


 右と左の世界に言葉を投げてみるが……先程までとは違うのか、私の声は目の前の人々には伝わらない。発したはずの声も有耶無耶に何処かへ吸い込まれるよう消える。そんななか左右対称の世界で扉が開いた。


 「!すでれま生お!王臾須」「須臾王!お生まれです!」

 「かうそ……」「……そうか」


 兵士に呼ばれた男は椅子より立ち上がる。


(須臾王……だと!?)


 言われてみれば……その室内の装飾品、建築様式……タロックのそれに似ている。

 右の世界では笑顔の医師が、左の世界では沈痛そうな面持ちの医師が王を迎える。


(か、母様!)


 若い。記憶の中の母より数歳若い。それでもその金髪と深い青色の目は忘れもしない。母様だ。出産での疲労で意識がもうろうとしているようだ。そんな妻の元へと駆け寄る王は、動かない赤子を見つけてしまう。

 医師は王へ、双子だったが一方は死産だったことを伝える。僅かに沈んだ王も、もう一人いるのならと……顔を上げその子を求める。王の言葉に、助産婦が銀色の髪の赤子を抱えて連れてくる。


 「すで子の男、らがな年残……様王」「王様!可愛い女の子ですよ」


 左の世界では泣きそうな顔で顔を背けて壁へと拳を打ち付ける王。右の世界では満面の笑みで、その赤子を手に取り抱く王の姿。


(これは……)


 「この娘は亜由多と名付けよう!マリー!お前に似て美人になるだろうな。今から将来が楽しみだ」

 「貴方ったら……随分と気の早い」


 右世界ではしゃぐ王に、母もクスリと笑う。

 対照的に左の世界では、王はもう赤子を見向きもしない。歯ぎしりの後、吐き捨てる。


 「なる怠を備準。るめ進くなり滞は件の例……。けおてけ付名もでと多由那はにれそ」

 「?!かすでのるせな死でま子のこ……は子のこ!っなんそ」


 無事に生まれた方の子供を死なせると言う男の言葉に、母は泣き叫ぶ。けれど王は振り返らない。それが決定だと言い残し部屋を後にする。


(那由多……)


 それは私の名前だ。

 右の世界では父は私だったかも知れない私を抱き上げ微笑んでいるのに。

 その両者の落差に私は、力なくその場に蹲る。口から乾いた笑いが漏れた。涙が込み上げてくる。ズキと両目が痛んだ。

 私の涙が川へと落ちたのか……それが合図となって二つの世界の幻が消えて……また静かな森に戻された。

 川の中に屈む私を心配そうに7体の骨人形がカタカタ言っていた。


死にかけ主人公。復活までまだ遠い。

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